断章その5:二の足を踏んで、二度と無い機を逃す
冷静になって振り返ってみれば、なんてみっともないんだろうって思う。
ダメだったらダメだったで、結論が出たのだから諦めれば良かった。
配信業を続けて、彼の配信を見る時間が減って、本末転倒も良い所だ。
だけど私は、完全に休止する事だけは出来なかった。
私は臆病だった。
今私が辞めたら、私を推してくれてる人達がどうなるか?それを考えて、踏み切れなかった。
私が彼に抱くような感情を、私に抱いている人が居るかもしれない。
登録者数は100万人を超えてしまった。
これだけの人数、一人や二人、それだけの想いを胸にしてる人が、居てもおかしくはない。
それを無責任に放りだして良いの?
100%私利私欲で始めた事で、人を無暗に上げて落として、そんなのって許さないんじゃあ……?
何を今更って、そう思う。
自意識過剰だって、指差されても仕方が無い。
あなたが考える事じゃない、そう言われても頷くしかない。
一方で、まだ何か可能性があるんじゃないか、なんて性懲りも無く思っている。
コラボは無理だとしても、何かしらで彼の助けになる事が、「こっち側」なら出来るんじゃないかって。
未練がましく、諦めが悪い。
なのに利己的な自分を、徹底する事も出来ない。
どこまでも中途半端な黄昏女。
同じ学園の先輩二人が、インフルエンサーの先達として接触してきた。
男の人と女の人の組み合わせで、だからか安心感があった。急激に有名になる事へのストレスに理解を示されて、そのせいで私は本当の目的も含めて、赤裸々に語って相談してしまった。
先輩は手段として、そもそものコラボや男性との接触を、徐々に増やしていくべきだと言った。それで、その3人が互いに誘い合うだけの仲良しだと、リスナーのみんなの前で見せる所から始めようと、そういう話になった。
だけど、これも度が過ぎてしまった。
明胤生である事を公表していた二人と、そこまで親密にしてたら、私もそうなんじゃないかと推察されるのは、考えてみれば当然で。
ネット上で学園の生徒の写真が幾つか並んで、特定班の熱量が本格化して、毎日大量に来るストーカー一歩手前のようなコメント群が頭から離れなくなって、私は二人と距離を取った。
彼ら二人は派閥的な繋がりで、私という新戦力をそこに組み込む為、逃げ道を絶っているんじゃないかなんて、疑心暗鬼になったりもした。
分かってる。
被害妄想で、逆恨みだ。
二人は私の相談に乗って、彼らなりの解決策を提案しただけだ。
私も同意した。
こうなったのは二人のせいじゃない。
頭で分かっていても彼らと居るのが怖くなって、それからずっと本能的な拒絶感だけが残ってる。
我が事ながらだけど、嫌な女………
一方表舞台での私は、身バレ寸前も何のその、明胤の制服姿で配信を始めると言う、効いてないアピールで逆に伸びていた。
止めるなら止める。
どうしても欲しいなら、地獄に堕ちようとやり切る。
そのどちらの決断からも逃げたが故の行動は、「肝っ玉が図太い」と持ち上げられた。
もう私は、全然分からなくなっていた。
私が何をどうしたら、どういう結果になるのか。
そこの公式に、私から見えない変数が多過ぎて、狙った答えを出すなんて夢のまた夢。
活動スタイルを大きく変える、その勇気すら私には出せなかった。
ホント、バカでノンキな「見世物女」だ。
そもそも私が配信デビューなんて大それたジャンプをしたのは、「いつ彼が居なくなるか分からない」、そんな不安に背中から突き落とされたからだ。
自分の身可愛さにそれを忘れてたか、それとも計画の一番最初を過剰に達成してしまい、心のどこかで世の中を甘く見てたのかも。
だから、タイムリミットが来た。
11月。
外の空気が肌を固め始める頃。
配信中、彼の本名と漏魔症である事が暴露された。
彼はそれに動揺した隙を突かれて、モンスターに襲われ、そこでガバカメが破壊されたらしく、放送が途切れてしまった。
そしてそれ以降、彼が浮上する事は無かった。
丁度その時電車を待ちながらそれを見ていた私は、慌てて目的地をそのダンジョンに変更。脚も肺も心臓も張り裂けるくらいに必死で、もしかしたら無意識で魔力を使ってたかもしれないくらい無我夢中で走って、彼を最後に見た階層まで最速で潜ったけど、そこにはもう、何の痕跡も無かった。
ダンジョンやモンスターに“掃除”されたのか、命辛々逃げれたのか、それすら確かめられなかった。
悪い事は続く。
アンチ漏魔症コミュニティという、粘着質で執念深い過激派の巣窟がある。元は漏魔症関連の健康被害への素朴な懸念から立ち上がったものらしいが、今ではやってる事のほとんどがヘイト行為そのものという集団。
彼らにニシン君が、日魅在進君が見つかった。
漏魔症である事を隠して人気者になろうとした、と言うのは、彼らからしたら大罪の中の大罪。絶対に復活させまいと、低評価攻撃やコメント荒らしと言った嫌がらせが「執行」された。
一度、新しい配信枠が立ち上げられた事がある。
私は狂喜した。
彼は生きていて、またその姿と声を、私に届けてくれるって。
タイトルとかサムネイルとか無編集だったのは気になったけど、生存の喜びが一番に来た。
だけどその枠が始まる前、待機所と呼ばれる状態の時のコメント欄は、オブラート無しに言えば肥溜めだった。
botも含めた心無い言葉の激流。私が何度それらを薄めようと書き込んでも、1秒もせずに画面から追い遣られた。
枠は消え、配信は実現しなかった。
動画に通報を連発され、アカウントを削除される事への対策としてか、アーカイブも全て非公開になった。
彼が私にくれた物、それら全部の存在証明が、取り上げられて手の届かない所へ。
身バレ情報を少しでも減らす為か、彼はSNSアカウントを公表していなかった。
彼が生きている証拠も、確かめられなくなった。
TooTubeのアカウントを動かせたのだから、生きている筈だという楽観と、
ご遺族の方が、息子がしていた活動はどういう物だったか、それを確かめに来て絶望して、一連の操作を行ったのかもしれないという悲観。
頭がおかしくなりそうだった。
神様仏様は、私に推しの生死すら教えてくれなかった。
安心も落胆も、生を祝うのも死を飲み下すのも許されない。
宙吊りどころか逆さ吊り状態で、死に切れずに揺さ振られ続ける。
これは、罰だ。
因果応報。
私が二つから選べずに心を揺らすままで、どちらにも進もうとしなかったから、だったらずっと揺れてればいいって、この位置に吊られてしまったんだ。
後悔しても、もう遅い。
私は彼のチャンネルページを一日に何百、何千回と更新して過ごした。
いつか彼が戻って来るんだって、それを諦め切れなかった。
表では「みんなに愛されて幸せな“く~ちゃん”」を装いながら、学園ではこもりちゃんに体調を心配され、家ではスマホ依存症を疑われていた。
彼が居なくなった、だけだったら万が一くらい、立ち直る余地があったかもしれない。
彼と会えたかもしれないのに、彼を助けられたかもしれないのに、自分の意気地の無さが足枷となって、最悪の結末を迎えたという慙愧。
あれだけ苦労して、怖い思いを一杯して、当初の目的を何一つ果たせずに、意味を失った配信だけが残った虚しさ。
後ろ髪を鷲掴んで引き摺り戻す、彼がまた配信を始めてくれるという、未確定だから細々生き続けてしまう、夢のような可能性。
それらが引力となって、私を縛り付けた。
もし漏魔症の事で傷ついているなら、そんなの気にしてない、応援してるって、それだけでも言いたかった。もう二度と会えないのだとしても、私はこれまで楽しかったって、感謝だけでも届けたかった。
けれど、コメントを書く動画も、話し掛けるアカウントも、お金を払うシステムも無くて、どうやってこの声を届ければいいの?
誰よりも大きな声で、あなたに居て欲しいって、叫びたいのに!
それを聞く彼の耳は、もう私の手には入らない。
私は一生、このページに囚われ続けるんだって、そう思って、
何なら、特定班が暴露した情報を利用して、住所だと言われてる場所に、ファンレターでも出そうか、
もういっそ、その居住区に押し掛けてしまおうかとまで思い詰めて、
そこでまた、情報の確度とか常識とか倫理観とか、「正しさ」を理由に行動できなくなる引っ込み思案に、自己嫌悪を増して、
『すいません!深級の第8層にいます!助けてください!』
その終わりの無い回廊から救ってくれたのも、彼だった。




