断章その4:災難も極まるとバズりすら呪いになるみたい
集客力については、実は少し勝算があった。
ダンジョン配信は、今最も「来ている」ジャンルの一つ。
タグ付けするだけで、サムネが勝手に色んな人の目に入るだろう。
加えて私が通っているのは、丹本最高の潜行者養成機関。
そして私は、明胤学園の方から招待された、それなりの才能の持ち主。
友バカの証言はともかく、学校では割と人目を集める方で、中等部に上がってからは、何回か告白された事もある。
身バレ防止の為に、顔は半分隠して声も少し変えるけど、ただベースとなる私自身の魅力については、そこまで悪くない筈だ。
一学園内という井の中だけど、海水に入った途端死んじゃう事は無いと思う。
やっていればそう掛からずに、彼に並ぶくらいの登録者を得られる目算。
自惚れの強い皮算用だったけれど、そう言い聞かせないと「普通」な私は、そこまで思い切れなかった。
パテメン募集と言うのは、SNSでよくやっている。
中には、配信大歓迎という物もある。
リアルタイムで映像共有されながら、悪い事やりたい人はそんなに居ない。
安全と言い切るまではいかないけど、一人で潜って死ぬ可能性よりはマシ。
私はそれぞれの募集を吟味し、それなりの歴がある配信者さん主催の潜行企画に応募し、審査に合格。
夏休み中、10人程度のパーティーによる中級潜行で、初配信を飾った。
才能発掘企画みたいな物も兼ねていて、主催の方のリスナーさんに見て貰える。そして長期休暇期間を狙った配信。つまり、新規ファンを獲得するチャンス。すぐにでも登録者1000人規模になりたい私にとっては、渡りに船と言える企画内容。
私は張り切った。
事前に学園で集団戦の訓練を積んで、企画で訪れるダンジョンについてよく勉強して、道具を揃え魔法の練度を高め、彼の背中を追い掛ける者として恥じない構えで当日に臨んだ。
結論を言えば、私は張り切り過ぎた。
空回って失敗し、周囲に迷惑を掛けた?ううん、私は上手くやった。
攻撃力としてそれなりに活躍した自負もあるし、みんなを補助する役としての存在感も示せた。
ただ敵を倒すだけじゃない。色んな戦い方も出来る事から、飽きさせない事。周囲を見るだけの視野の広さだってある事。ムードメーカーとして立ち回れるから、エンタメとしての能力も持っている事。
それらみんな、押しに押し出してアピールした。
手応えはあった。
メンバーのみんな、主催の人、見ている皆さん、それぞれの反応を見た限り、好感触だと思われた。
そしてそれは正しかった。
配信が終わり、100人弱に増えた登録者を見て、これなら目標までそう遠くないかもと思っていた私は、数日後に腰が抜けてしまう。
いつから伸びが加速していたのか、それは分からない。
初配信の後も、何回か浅級にソロで潜ったり、別のパーティーに一時加入させて貰ったりして、もしかしたらそっちの放送のせいかもしれない。
いずれにしろ、活動開始から1週間で、登録者が10万人を超えた。
俗な言い方をすれば、「バズって」いた。
私が気を抜いている間に、日進月歩チャンネルどころか、それなりに人気な個人ディーパーのチャンネルを追い越し、一気に“中堅”と呼ばれる層の仲間扱いされる地点に登ってしまった。
「バズる」。
多くの人間からの関心が、爆発的に集まる現象。
ネット上では「アメリカンドリーム」の現代版みたいに言われるそれを迎えて、私は頭を抱える事になる。
これがまだ、魔法や戦闘能力への注目だったら、幾らか良かった。
発言力が大きくなり過ぎたけど、でもニシン君を有名にしたいなら、逆にもっけの幸いとはりきる事も出来た。
でも、私のチャンネルに送られてくる、或いはSNSで観測出来る言葉の数々は——
『可愛い!か゛わ゛い゛い゛!!』
『カワボ過ぎて耳が常にゾクゾクしてる』
『ASMR出さん?』
『現役JK?JC?』
『彼氏いますか?』
『微妙な露出だけで分かる顔面レベルの高さ』
『一目惚れしました。何があってもあなたの味方です。頑張って下さい。』
『くれぷチャン(#^.^#)!!オジサンとお食事( ^^) _旦~~しないカナ?くれぷチャンみたいにカワイイ(●´ω`●)子には、奮発して(;゜Д゜)破産しちゃいそう(*_*;』
『魔法のスペックがどうとかよりも売れっ子アイドル感が最高です(゜_゜>)』
『顔だけアイドルと違って社会の為になる実力がある。応援してます!』
『そこらの似非芸能人を過去の物にするルックスとなんちゃってディーパーを鼻で笑える能力、分かる人にはこれが“本物”だって分かる筈』
『ボディースーツが見せる体のラインがいいね、胸が控え目なのも個人的に加点』
『うお……それは流石にファンサし過ぎ……』
『セクハラコメばっかりで最悪、みんなく~ちゃんの気持ち考えましょうよ』
『隠キャラくん達ワラワラで草、女って得だよな』
『オタサーの姫って感じ、実力と数字が見合ってない。いつか痛い目見るよ?ま、それが分かるほど賢いなら配信者とかしないか』
『どうせ彼氏いるのにご苦労様オタク君』
『インターネットパパ活女さんチーッス』
『アンチの人達は何か勘違いしてますよね?彼女があなた達に何かしたんですか?優れた外見を持つ人が嫌いなら見なければいいんじゃありませんか?どうして事実無根の誹謗中傷を軽々しく口に出来るんですか?それとも彼女が誰々と付き合ってるみたいな証拠がありますか?最近はネットは無敵ゾーンじゃなくなってますよ?彼女が裁判費用のクラウドファンディングとかしたら一瞬で溜まると思いますよ?裁判所からのお手紙を振るえて待て』
こんな惨状。
「ガチ恋」とか「処女厨」とか、そう揶揄されていると後から知ったけど、その時私が受け取ったのはそういう感情だった。
私の事を性的に見る人が出て来て、確かに外見への自信があったとは言え、想像よりだいぶ気持ちが悪かった。
ただ、人前の目立つ所に立とうとして出て来たのは私の方だし、そういう風に見るかどうかはその人の自由だから、最悪そこは呑み込める。
問題は、明け透けにそれを出す人が多過ぎる、という事だ。
インターネットとは言え、そんな事を恥ずかしげも無く言える人って、どちらかと言えば少数派だと思う。と言う事は単純に考えて、私をアイドルのように捉えている人は、少なくとも今表に出て来ている人の倍以上、もしかしたら数倍、数十倍居るかもしれない。
私についてくれたリスナーの皆さんの中で、それは結構な割合を占める勢力になる。
そして、そういう流れが強くなった結果、私に余計な反感を持つ人も増えてしまった。仕方ないと思う。実状がどうあれ、情報という川のほんの浅みにある一掬いの水だけで見れば、「よく知らない小娘が大勢の人に浅薄な魅力だけでチヤホヤされてる」、そんな風に思えるだろうから。
潜行配信という「肉体的戦い」、「本物の命懸け」、「アクション」、「アトラクション」、「好奇心」といった魅力で競い合う世界を、「アイドル売りのブルーオーシャン」のように見て参入して来る人達は、界隈に長く居る人にほど烈しく嫌われる事が多い。「可愛いだけのアイドルと違って社会の為になってる」、とか言い出す人がいるせいで、逆にアイドル界隈からまで嫌われたりする。
そして私は結構な人数から、その一人と見做されてしまっている。
実際、私の動機が不純で、実力と外れた所でまぐれ当たりしてると言う指摘は、ある程度正解なのだ。私がこれを始めたのは、推しと会う為なのは誤魔化しようがなく、ここまで広まってしまったのは、こもりちゃんの言葉で「外面が良い感じ」だからだろう。その人達の言い分に少しは理があるのが、話をもっと複雑化していた。
この風評が、今後にどう関わるか?
叩かれて私が嫌な気持ちになる、だけなら全然良い。
ただし、これに巻き込まれた人がいたら、どう思うだろうか?
今の私は、頭からガソリンを被ってる状態と同じだ。他の人に触れようとした静電気で、いつ点火してドッカーン!ってなるかも知れない。
特に男の人相手は、想像出来る範囲で最悪な選択。
アイドルだと思って応援してくれてる人達が、私を裏切り者と罵るだろう。
それが10人20人くらいの騒ぎだったとしても、反感を持つ人が見逃してくれる可能性は低い。
炎上は、作れる。
まして今まさにブレイク中の、耳目を集めやすい話題の渦中なら。
「女の武器で男を騙してた性悪娘」、「あれだけ愛想を振り撒いておいて彼氏持ち」、みたいな感じで、怒りを焚きつけようとするのが容易に想像が付く。
私が擦り寄った相手が有名人なら、まだ「話題性狙い」や「仕事としてのコラボ」感がある。だけど彼らの目から、「ほとんど一般人」みたいな枠に入る相手だったら?疑惑の生々しさが強くなる。私が彼氏の売名に加担してる、みたいな捉え方だってされかねない。そしてその言い掛かりも、過程や細部はどうあれ真相を一部言い当ててる。
ニシン君への活動支援費用の足しになればと申請した収益化が、即断で受理されてしまったのもまた良くなかった。
私が異常なバズに気が付いた時にはもう遅く、「性で釣ってお金を払わせる配信者」の構図が完成してた。
どういう事か?
ニシン君と、コラボ出来なくなった、という事だ。
今の私が彼に近付けば、諸共に爆散してしまう。
今から色コメとかだけでも投げられないようにする?
でもそれってどういう印象を与えるんだろう?
多くの人間の意識が入り乱れた場所で、多数派の期待と違う事をすると、思ってもみなかった影響が返って来る。
活動を一時休止してほとぼりが冷めるのを待つっていうのも、同じ理由で危険。
今不自然な行動に出れば、これからの一挙手一投足を全て勘繰られる事になる。
例えば急に私が活動を再開して、すぐに彼とのコラボを発表すれば、誰でもそこに因果関係を浮かべてしまうだろう。
「私が彼に会いたくて活動を始めた」、それは絶対知られてはならない。
悪いのは私なのに、彼が共犯にされてしまう。
配信頻度を控え目にして、熱狂が収まるのを待つ?
それは一つの手段だけど、根本的解決にはならない。
私に付いてる「ガチ恋」リスナーさん達。
彼らをどうにか遠ざけなければいけない。
でも、一度付いたファン層を切り捨てる事に、穏当なやり方なんかない。
結局、私が燃えるのは変わらず、それでは彼に余計な火の粉を振りかけてしまう。
考えても考えても結論は出なくて、時間と共にこの事故みたいなブレイクが終わるのを待つしかなかった。
急に休止したりすれば、それは事件となって、強烈に残り続けてしまう。
だったら少しずつ少しずつ、配信時間や頻度を減らしながら細々と続けて、自然と勢いを萎えさせる。
そして「ああ聞いた事あるかも、誰だっけ?」、くらいに冷めた所で、何回目かのコラボ相手に、彼を指名する。
穴だらけの計画だけど、私はそれに賭けるしかなかった。
そしてその目論見は、あっさり崩れる事になった。
爆発は止まらず、誘爆に誘爆を重ね、登録者も最大同接数もうなぎ登りに増えていった。
配信をしてない時にすら、一度の更新で3ケタくらい数字が変化するのを、私は絶望的な気分で見ていた。
もう今更、名前を変えて再出発、というわけにもいかなくなった。
外見の一部どころか、魔法能力まで知られてる。
もうやり直せない。
私は身動きが取れなくなった。




