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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

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326.しっかり見てる人が居た

「まずはそこに座れ」

「ぼっちゃん?なんですか、こんな時間にお話なんて」

「何でもいいだろ。オレサマの命令を聞くのがお前の仕事だ」

 

 夜も更けて、そろそろ就寝の時間となった頃合い。

 ルカイオスが現地に取った高級ホテルの一室。

 そんな時に彼は、紅茶の後片付けをする従者を呼び止め、「話がある」と切り出した。


「明日ではいけませんか?」

「ああ、今でなきゃいけないんだ」

「………まさか、」

「そうだ。お前は——」

「夜伽のご希望ですか?」

「す!わ!れ!」

「御意のままに」


 一々おちゃらけなければ会話出来ないのか。苦々しげに鉄面皮を睨みつけながら、しかしやがてその目を伏せる男児。


「………いよいよ、明日だ」

「ええ、そうですね。結構な回り道をしましたけれど」

「お前が変に道草を食わせるからそういう事になる…!大衆浴場に行く意味は絶対に無かっただろう…!」

「でも、楽しかったですよね?」

「そう…!いや…!楽し…!くは…!あったが…!」

「であれば、従者としても鼻高々です」

「なぜお前はそういう……いや、今は良い。それよりも話したい事がある」

「丹本で独自進化した“ラーメン”も、美味しかったでしょう?央華のそれから魔改造されてて」

「明日の潜行だがな」

「うちは料理でいつも馬鹿にされますからね。それからゲームセンターも——」


「聞け。大事な話だ」


 メイドは口を噤んだ。

 もう有耶無耶には出来ないと。

 観念して腹を割るしかない。


「お前は残れ」


 彼が当然そう言うだろうと、彼女はそれを恐れていた。


「……それは、承服しかねます」

「命令だ」

「それは『御命令』ではなく、『お願い』です」

「いいや、お前は付いて来てはいけない」

「私は、ぼっちゃんの従者です。その業務内容に矛盾するので、それは『お願い』です」

「オレサマの言う事を聞けと言っている。それがお前の仕事だ」

「ぼっちゃんをお守りし、その役に立つ事が、私の職務です」

「お前に出来る事は何も無い。お前が来たところで成功率は上がらず、お前が勝手にやられるリスクだけが生まれる。その時その損害分を、誰が補償してくれると言うんだ?」

「ぼっちゃんの盾になり時間を稼げます。これはメリットです」

「必要ない」

「私が、役立たずで呪われているから、だからそんな事を仰るのですか?」


 ズルい言い方だと、自分でも思う。

 こういう話となれば、彼は否定するしかないと、それを見越した卑怯な論点逸らしだ。


「そうだ」


 そして彼は、そこまで分かった上で、暴君の仮面を利用する。


「死にたがりのローマンなど、居てもジャマになるだけだ。付いて来るな」

「………」

「理解したか?」

「ぼっちゃんは、」

「オレサマの下が嫌になったと言うなら、どこへなりとも行け。手切れ金くらいは出してやる」

「ぼっちゃんは、憎まれ役が下手ですね」

「な、なに?」

「私にとって、ぼっちゃんに仕える以上の喜びは、他にありませんので、そのおつもりで」


 彼女の口元で、見ず知らずの他人なら気付かないような、薄っすらとした笑みが模られる。


「それに私を忌むなら、最初から拾わなければ宜しかったでしょうに。本家の方々に疎まれながら、我儘を突き通してまで」


「単なる気まぐれだ。あわれむ事でオレサマの支配欲の捌け口にしてるだけで、道徳だとか博愛だとかは関係無い。お前は明確に劣っていて、だからオレサマでも偉そうに出来る」


「でも私は救われました」


「だから、『善行を積んだ理想の君子』か?そんなものは何もしてないのと同じだ。世界に数千万人存在するローマン共を、そんな程度で救えるものか」


「偉い人は言いました。『目の前の一頭が救えないで、コキ使われる世界中の牛を救えるものか』、と」


「フン、聞きかじったようなことを」


「ぼっちゃんが私に教育を、衣食住と一緒にお恵み下さいましたから」


「オレサマのアクセサリーがみすぼらしいのが、我慢ならないだけだ」


「だから武器まで下さったんですか?」


「時代遅れの単発ライフル型魔具だ。それにオレサマが稼いだものではなく、ルカイオスの金を使っての散財。そして銃刀法から目溢しさせたのも家の力だ。お前が思うほどオレサマは人間が出来ていない」


「いいえ、あなたが思うよりずっと、ぼっちゃんは素敵な方です」


 だからきっと、いつか、


「ぼっちゃんの事、しっかり見てくれる人が、ぼっちゃんを支えてくれる人達が、現れますよ。世界は広くて、ぼっちゃんは目立ちますから、いつかきっと」


 彼を英雄に仕立てる事は、彼女の力では不可能だ。

 彼女の役目はその時が来るまで、彼をしっかり守る事だ。

 必ずや来る、彼が報われる明日へと、繋ぐ事である。


「私には、ぼっちゃんを未来へ連れて行く、その使命があります」


 例えその身が滅びようと、彼の記憶にへばりついてでも、その背中を押して前に進める。それだけの決意を、彼女は持っていた。


「どうなっても知らないぞ」

「嬉しいくせに」

「………」


 彼は否定せず、そのまま話を続けられなくなってしまった。

 だから翌日、彼女は最後まで付いて来た。

 彼は、彼女の遺品一つ、持ち帰れなかった。




——言っただろうに

——仕え甲斐の無いあるじだと




 何故か彼女の顔を思い出しながら、彼は土産物屋を物色していた。

 事前に調べた所によると、どうやら木刀をあがなって行くのが定番らしい。

 とは言え意外と種類が多く、どれも同じ物に見えてしまう。どれがいいかもよく分からなかったので、取り敢えず鍔付きの、一番豪華そうに見える物を選んで引き抜く。

 

「お持ちするッス!」


 声に釣られて隣を見下ろすと、満面の笑みで両手を差し出す、小柄な従者が立っていた。


「……懲りないな、お前も」

「自分はニークト様に忠誠を誓った身ッス!どこまでもオトモするッス!ちょっとカッコ悪い事やったくらいで、離れられるとは思わない事ッス!」


 どうして毎度毎度彼の“忠臣”は、思う通りに動いてくれないのか。


「なら一つ言っておく。お前にはオレサマを守る義務などない。持ち主であるオレサマがお前を守る。勝手に居なくなってオレサマに損をさせるな。いいな?」

「はいッス!かしこく留まりましたッス!」

「“かしこまり”だ」

「それッス!」

 

 彼は呆れ笑いを浮かべながら、従者の手に刀を載せるのだった。




 



 ニークト=悟迅・ルカイオス。

 模擬戦闘時において、簡易詠唱のみで高い状況対応能力を見せる。

 またその他の試験での成績も極めて良好で、高等部の水準と照らし合わせても、総合的に見て充分に通用すると判断せざるを得ない。

 よって、戦前から続く明胤学園の歴史の中では異例中の異例、中等部2年目からの編入を認められるに至った。

 ただしこの事実によって増長した場合、実家の権力と合わせて手が付けられなくなる可能性有りとして、本人への点数開示は見送られ続けている。

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