326.しっかり見てる人が居た
「まずはそこに座れ」
「ぼっちゃん?なんですか、こんな時間にお話なんて」
「何でもいいだろ。オレサマの命令を聞くのがお前の仕事だ」
夜も更けて、そろそろ就寝の時間となった頃合い。
ルカイオスが現地に取った高級ホテルの一室。
そんな時に彼は、紅茶の後片付けをする従者を呼び止め、「話がある」と切り出した。
「明日ではいけませんか?」
「ああ、今でなきゃいけないんだ」
「………まさか、」
「そうだ。お前は——」
「夜伽のご希望ですか?」
「す!わ!れ!」
「御意のままに」
一々おちゃらけなければ会話出来ないのか。苦々しげに鉄面皮を睨みつけながら、しかしやがてその目を伏せる男児。
「………いよいよ、明日だ」
「ええ、そうですね。結構な回り道をしましたけれど」
「お前が変に道草を食わせるからそういう事になる…!大衆浴場に行く意味は絶対に無かっただろう…!」
「でも、楽しかったですよね?」
「そう…!いや…!楽し…!くは…!あったが…!」
「であれば、従者としても鼻高々です」
「なぜお前はそういう……いや、今は良い。それよりも話したい事がある」
「丹本で独自進化した“ラーメン”も、美味しかったでしょう?央華のそれから魔改造されてて」
「明日の潜行だがな」
「うちは料理でいつも馬鹿にされますからね。それからゲームセンターも——」
「聞け。大事な話だ」
メイドは口を噤んだ。
もう有耶無耶には出来ないと。
観念して腹を割るしかない。
「お前は残れ」
彼が当然そう言うだろうと、彼女はそれを恐れていた。
「……それは、承服しかねます」
「命令だ」
「それは『御命令』ではなく、『お願い』です」
「いいや、お前は付いて来てはいけない」
「私は、ぼっちゃんの従者です。その業務内容に矛盾するので、それは『お願い』です」
「オレサマの言う事を聞けと言っている。それがお前の仕事だ」
「ぼっちゃんをお守りし、その役に立つ事が、私の職務です」
「お前に出来る事は何も無い。お前が来たところで成功率は上がらず、お前が勝手にやられるリスクだけが生まれる。その時その損害分を、誰が補償してくれると言うんだ?」
「ぼっちゃんの盾になり時間を稼げます。これはメリットです」
「必要ない」
「私が、役立たずで呪われているから、だからそんな事を仰るのですか?」
ズルい言い方だと、自分でも思う。
こういう話となれば、彼は否定するしかないと、それを見越した卑怯な論点逸らしだ。
「そうだ」
そして彼は、そこまで分かった上で、暴君の仮面を利用する。
「死にたがりのローマンなど、居てもジャマになるだけだ。付いて来るな」
「………」
「理解したか?」
「ぼっちゃんは、」
「オレサマの下が嫌になったと言うなら、どこへなりとも行け。手切れ金くらいは出してやる」
「ぼっちゃんは、憎まれ役が下手ですね」
「な、なに?」
「私にとって、ぼっちゃんに仕える以上の喜びは、他にありませんので、そのおつもりで」
彼女の口元で、見ず知らずの他人なら気付かないような、薄っすらとした笑みが模られる。
「それに私を忌むなら、最初から拾わなければ宜しかったでしょうに。本家の方々に疎まれながら、我儘を突き通してまで」
「単なる気まぐれだ。あわれむ事でオレサマの支配欲の捌け口にしてるだけで、道徳だとか博愛だとかは関係無い。お前は明確に劣っていて、だからオレサマでも偉そうに出来る」
「でも私は救われました」
「だから、『善行を積んだ理想の君子』か?そんなものは何もしてないのと同じだ。世界に数千万人存在するローマン共を、そんな程度で救えるものか」
「偉い人は言いました。『目の前の一頭が救えないで、コキ使われる世界中の牛を救えるものか』、と」
「フン、聞きかじったようなことを」
「ぼっちゃんが私に教育を、衣食住と一緒にお恵み下さいましたから」
「オレサマのアクセサリーがみすぼらしいのが、我慢ならないだけだ」
「だから武器まで下さったんですか?」
「時代遅れの単発ライフル型魔具だ。それにオレサマが稼いだものではなく、ルカイオスの金を使っての散財。そして銃刀法から目溢しさせたのも家の力だ。お前が思うほどオレサマは人間が出来ていない」
「いいえ、あなたが思うよりずっと、ぼっちゃんは素敵な方です」
だからきっと、いつか、
「ぼっちゃんの事、しっかり見てくれる人が、ぼっちゃんを支えてくれる人達が、現れますよ。世界は広くて、ぼっちゃんは目立ちますから、いつかきっと」
彼を英雄に仕立てる事は、彼女の力では不可能だ。
彼女の役目はその時が来るまで、彼をしっかり守る事だ。
必ずや来る、彼が報われる明日へと、繋ぐ事である。
「私には、ぼっちゃんを未来へ連れて行く、その使命があります」
例えその身が滅びようと、彼の記憶にへばりついてでも、その背中を押して前に進める。それだけの決意を、彼女は持っていた。
「どうなっても知らないぞ」
「嬉しいくせに」
「………」
彼は否定せず、そのまま話を続けられなくなってしまった。
だから翌日、彼女は最後まで付いて来た。
彼は、彼女の遺品一つ、持ち帰れなかった。
——言っただろうに
——仕え甲斐の無い主だと
何故か彼女の顔を思い出しながら、彼は土産物屋を物色していた。
事前に調べた所によると、どうやら木刀を購って行くのが定番らしい。
とは言え意外と種類が多く、どれも同じ物に見えてしまう。どれがいいかもよく分からなかったので、取り敢えず鍔付きの、一番豪華そうに見える物を選んで引き抜く。
「お持ちするッス!」
声に釣られて隣を見下ろすと、満面の笑みで両手を差し出す、小柄な従者が立っていた。
「……懲りないな、お前も」
「自分はニークト様に忠誠を誓った身ッス!どこまでもオトモするッス!ちょっとカッコ悪い事やったくらいで、離れられるとは思わない事ッス!」
どうして毎度毎度彼の“忠臣”は、思う通りに動いてくれないのか。
「なら一つ言っておく。お前にはオレサマを守る義務などない。持ち主であるオレサマがお前を守る。勝手に居なくなってオレサマに損をさせるな。いいな?」
「はいッス!かしこく留まりましたッス!」
「“畏まり”だ」
「それッス!」
彼は呆れ笑いを浮かべながら、従者の手に刀を載せるのだった。
ニークト=悟迅・ルカイオス。
模擬戦闘時において、簡易詠唱のみで高い状況対応能力を見せる。
またその他の試験での成績も極めて良好で、高等部の水準と照らし合わせても、総合的に見て充分に通用すると判断せざるを得ない。
よって、戦前から続く明胤学園の歴史の中では異例中の異例、中等部2年目からの編入を認められるに至った。
ただしこの事実によって増長した場合、実家の権力と合わせて手が付けられなくなる可能性有りとして、本人への点数開示は見送られ続けている。




