表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

473/983

321.自分が一番って人じゃないと、人を大切に出来ないって、よく聞く話

「何?どういう意味だ?」

「いや、どーゆーもこーゆーもそのまんま、つーかさー……」

 

 つい先日とは逆に、その夜彼は、彼女から呼び出しを受けていた。

 彼としては今更話し合う事も無かったので不思議ではあったが、断る理由も特に思い付かず、何食わぬ顔で休憩スペースに足を運んだ。

 自販機のラインナップを再度確認し、矢張り紅茶が売っていない事に納得行かず、仕方が無いから待ち人の分だけを購入するにとどめた。

 

 5分程待って、彼女が来た。


 何の用かを問いながら飲料缶を渡すと、何故か責めるような目つきで睨まれた。

 感謝しても良いくらいな場面で、どうしてその態度が取れるのかと憤ったのだが、どうやらそのジュースを選んだ理由が気になっていたようだ。


 だがいつも彼女が飲んでいた物と同一である筈だ。「人の好みとかをちゃんと見ておけ」と、かつて従者から注意されていた影響で、きちんと日頃から観察しておいたのだが、記憶違いをしていたのだろうか。そう考え問い返したが、「キモッ」の一言で話を打ち切られてしまい、解せない思いを抱え込む事になった。


 そして彼女はそれ以上渋るでもなく缶を受け取り、これまでと同じように美味そうに口を付ける。何も間違ってないじゃないかと彼が少し不機嫌になっていた所で、その質問が急に飛んで来たのだ。


「オレサマが、奴を好意的に見ているのは、まあ認めてやっても良いが……」

「いやツンデレはいーから。いまどきおもんないって。もう認めれ。割とガチでオキニって言え」

「………知らん」

「逃げんだ?」

「お前の言葉の定義が分からんと言ってるんだ!」


 あの男の能力を評価している。

 それ以上でもそれ以下でもないと、彼は言う。


「今もホラ、あれじゃん?カミザにヘイト向き過ぎないようにって、無駄に怒って見せてんじゃん」

「八志教室への態度の話なら、あれは奴らが失礼千万であるが故に、オレサマの癇を一々刺激するからだ。奴は何も関係ない」

「でもカミザがすっかり打ち解けてんの、アンタがありえんハッスルしてっからっしょ?」

「それは、そういう側面もあるかもしれんが……」

「んねっ!」

「『側面がある』と言ったんだ!オレサマが意図する所じゃあない!」

「ゴージョーなヤツ」

「認めるべき事実が無い!と言うか話はそれだけか?オレサマは帰るぞ!」


 そのまま腰を上げようとする頑なな彼を、


「あのさ!」


 缶をべこりと握り潰しながら呼ぶ彼女。


「ムリだから!」

「……何を言っている?意味が分からん」

「もう二度とやんないで」

「何の話だ」

「さっきの、ワルモノヅラして、みんなナカヨシってヤツ。ガチでない」

「最速最善だろうが」

「イヤだ、って言ってんの!」

「じゃあ何が気に入らないんだ!」

「アンタがクソみたいに言われてんのが!分かれ!それくらい!」

「………?」


 不思議で仕方ないというその顔が、彼女を余計に苛立たせた。


「アンタが悪く言われんの、ヤだよ……」

「分からない。何故お前が傷つくんだ」

「うっさい。自分で考えろバカ」

「お前なあ……!」

「………あーしさ、」


 寝巻の獣耳付きフードを深く被り直し、彼女はポツリと溢す。


「頭も体も超つよつよな兄貴からのギャップで、めちゃんこバカにされてさ。でもあーしが頭悪いだけだから、しゃーなしだって、そう思ってた。みんな出来の良い方を見るのは普通だし、あーしが出来てない、努力とか足りてないからだって」


 「けどさ」、

 そこで顔を上げ、隣の彼の目を見て、


「アンタが最初、Kポジに向いてるのはあーしだって言ってくれてさ。ムー子とあーしが組んで良い感じになるって事とか、知っててくれて。あの時何となくわかっちゃった。ああ、あーしって、見られてないの気にしてたんだなって」


 ずっと、自分にも隠していた本音を、ひらいて見せた。


「俺は別に、お前を見ていたわけでは……」

「分かってるって。模擬戦とかで分かってるデータ全部、頭に叩き込んでただけっしょ?パテメンになってからも、それぞれ分析して全体のバランスとか引きで見てたから、あーしをKポジに置こうとか思い付いたんだって知ってる。あーしも別に、特別ガン見されてたなんて思ってないし」


 ただ、誰かが自分の積み上げた成果を見ていたのだと、何らかの興味を持ってくれていたのだと、その事実を知って勝手に気を良くしただけだ。

 言ってしまえば、きっと誰でも良かった。それだけの思い入れ。結局はきっかけでしかない。彼女から彼への興味、その最初の一歩。

 道で迷っていた所に声を掛けられたとか、宿題の分からない所を教えてくれたとか、そういう些細な出来事。

 仲良くなってもいいか、という心理の芽生え。それだけ。


 ただ視野の端で、何となくハイライトされるようになった。

 人の列の中で、少しだけ色が付いた誰かになった。

 そうやって彼の行動が、勝手に頭に入るようになって、

 いつしか、視界の中心で追うようになっていて。


「アンタはさ、どういう理由があるのかは知らんけどさ、自分がサゲられるのが当たり前で、だから全然平気って思ってるかもしれんけど——」



——そんなことないっしょ。



「言われたら、イヤじゃん。色々自分なりに考えてやった事、ニワカにアレコレこき下ろされて、そんなん、おもんねーの当たり前じゃん。強いとか弱いとか、正しいとか正しくないとかじゃなくて、傷つくじゃん、フツーに」

「……お前がそうだから、俺もそうだと?」

「少なくともアンタはそう。そういうヤツ。これは知ってる」


 彼がどこかで、考え過ぎなくらい繊細なのは、もう分かっている。

 それくらい、見てれば分かる。


「アンタがあーしの頑張りを見ててくれたのと同じように、かは分からんくてもさ、あーしだってアンタが頑張ってんの、見てるんだわ。いつもアンタがいっちゃん、周り見てんだから。軽々しく、おバカな憎まれ役なんてすな、ってコト」

「………お前にそこまで評価されてるとは思わなかった」

「ドンカンなだけっしょ」

「そう、なのか。お前からは嫌われているかと思っていた」

「あ!でも言っとくけど!アンタへのエモは何というか、そう、“推し”みたいなアレだから!一歩引いてるってゆーか、こう、ライクな!全然ラヴ的なあれじゃないから!」

「誰もそこまで言ってないぞ」

「きゅう……っ!」

 

 盛大な自爆をしたのだが、男はそれにどこまでも疎く、あっさり流してしまった。

 彼が思い浮かべているのは、ほとんど古ぼけて復元の難しい思い出。


——ぼっちゃんは、もっと偉そうで良いんですよ。

——そこまでの人間ではないから、恥ずかしいですか?

——だったら態度に負けないくらい、強くて格好良くなればいいんです。


 励ましの過大評価を受けるのは、昔も今も変わらない。

 それほどまでに、頼りないのだろう。

 どれだけ尊大に見せても、枯れ枝のように折れそうな本質は、決して隠せる物ではない。

 下々を不安にさせる己を自嘲してから、「お前の言いたい事は分かった。考えておこう」、そう言って今度こそ立ち上がった。


「プリム」


 そしてまた、意味不明な言葉に肩を掴まれ、その場に止められる。


「………?」

「あーしの名前。六本木天辺(プリム)

「名前?お前、それは……」


 それは彼女が、ずっと隠してきた事で。


「クッソキラキラネームっしょ?『テッペン』で『一番プリム』ってマジ草。厨二かっての。付けてる側のエゴがバチボコに出てて、ダサみがエグいってゆーか」


 だから彼女は、それを嫌っていた。

 彼女に理想を負わせる親と、それに応えられなかった自分。

 そのどちらをも、否応なしに思い出させる。


「ああもう、この前のノリドパイセンの時といい、自分語りエグ……、ウケんね……?こんなん自慢にもならんのにさぁ……」

「な、なぜ、俺に」

「いやなんか、あーしがアンタを推してるっての、信じてないっぽいから」

「お前、そんな事で……」

「あれじゃん?苗字だと、後々変わったり、同じになったりすんじゃん?だから変わんないヤツ、教えとく。一回しか言わんから、覚えれー?」

 

 「ま、嫌過ぎてムリになったら、改名とかするかもだけど」、

 あっけらかんと言う彼女に、暫し唖然とした後に、


「お前は強いな」


 綻ぶような笑みを吹きいた。


「これで、あーしの事だけ呼べるっしょ。特別だかんなー?」

「ああ、肝に銘じておこう」

「呼ぶとき笑うのはナシで」

「笑わんさ。良い名だ」

「そんな良さみある?」

「付けた側が当然のように子を支配出来るつもりでいて、名付けられた側がその名の通りに親を越えて、その皮肉が特に気に入った」


 彼女は彼女だけを特別と思えている。

 彼女の「一番」は彼女だ。

 誰かの所有物にはならなかった。


「あ……そ……。ま、アレ、口だけなら、ってヤツ」

「そう言われるとな。行動で証明するとしか——」

「だから、取り敢えず一回ホラホラ」

「………良いのか?お前は呼ばれたくないような口振りだったが」

「折角教えたんだから一回は言われときたいじゃん。初回特典」

「なんだそれは」


 ここまで来ると、彼は感心するしかない。

 だから、彼女の強さを見込んで言う。



「頼りにしてるぞ、プリム」

「これからもよろ。その……さ…、サトジ………」

 


 彼はまだ、トンネルの中だ。

 光は無く、途方に暮れている。

 だが傍らには、守るべき者が居る。

 彼は、勝たなくてはならない。


「オレサマは、ニークト=悟迅・ルカイオス」


 “ルカイオス”は()()を過程とした。

 そこに拘るなと言った。

 それを呪うべき罰と、やがて脱ぎ捨てる物とした。

 だが幼い頃の彼が心を動かしたのは、神話で讃えられる理想郷でなく、

 

 変身物語と、

 その後の滅び、

 そして破壊だ。


 まだ丹本で、母の胸の中に抱かれていた時、

 テレビの中で人が何かに変わり、

 周囲を壊しながら派手に暴れて、

 大いなる理不尽から、何かを守って。

 きっと彼の本来の原体験は、そっちだ。

 だから、変身した後を、


 神様がくれた、「狼に変われる不思議な力」をこそ、

 魔法の主題に置いた。


「俺の名は、悟迅」


 物語を、「ルカイオスの継承」というフィルターを通して見ていたから、

 だから思い出せなかった。

 復元するのだ。

 彼女のように、そこにある呪縛を可視化するのだ。

 彼は彼にのみ支配される。他の誰にも操られない。

 そこにある枷すら、彼に使われる武器の一つ。

 彼の中にある物を、全て使って唯一を作れ。

 贖罪を考えるなら、考えるからこそ、

 己を他の何かの陰に埋没させるな。

 

 「一番」になれ。

 

 夜目を光らせ、

 耳を澄ませ、

 鼻を利かせ、

 



 彼は暗いトンネルの中、ようやく出口への方角を見つけた。




「虎次郎とやら!頼まれろ!」


 思う存分、

 

 偉ぶってやる時だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ