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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

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320.嵐は抜けて、荒れ地を歩いている、そう思っていた

 一枚、裁断する。

 一枚、引き千切る。

 一枚、咬み散らす。


 進む。進む。歩いて先に。

 一枚、剣が止められる。

 牛の角。

 更に一本伸び突いて来るのを、右に一歩踏んで躱す。

 その先を狙った球体。爪と牙を生やした腕でガード。

 踏み止まった所に大口が頭からかぶりつこうとする。

 足を上げて再び動き始めるのが間に合わない。

 床が横へ波打つ。

 大口が奥に押し込まれる。

 大矢が降る。水流が幾つかの矢の先を砕く。

 それでも命中コースにあった一本を、剣の刃に沿わせて逸らす。

 遅れて火炎が降る。牛の角に引火する。

 その巨体が機敏且つ無作為に振り回される。

 角と蹄を体中から生やし、ただ前方に破壊を撒くだけになる。

 正対でぶつかれば重傷を避けられない。退しりぞくしかない。

 また退がって、後ろの者達と攻撃力を結集させて、押し返して。


 こちらの疲れと、向こうの恨みが溜まる。


 繰り返すほど、時間を掛けるほど、彼らの不利益は嵩んでいく。

 ここにはいない4人。

 鼻が彼らの場所を探せない。

 それだけ遠いのだろう。合流の目途は立っていない。

 待っていれば状況が良くなる、という可能性は低い。

 その楽観を肯定できる根拠が何処にもない。

 時間は完全に、向こうの味方だ。

 彼は、

 それでも彼は、ここを越えなければ、

 あの男を助けに行かなければ、

 でなければ——


——ぼっちゃん?

——そんな調子じゃ、


 分かっているのだ、そんな事は。

 分かっていても、変わらなかったのだ。

 変われなかったのだ。

 彼はずっと、トンネルの中だった。

 途中でそこから逃げて、二度と入らないと心に決めた。

 だが、出られていなかった。

 トンネルの中に居る、その事実から逃げていただけだった。

 あの時から、彼が居る場所は変わらない。

 同じ出来事が、繰り返されるのだ。

 ここから出るまで、それは続くのだろう。

 彼は出なければならないのだ。

 

 如何なる手段を行使しても。


 また一枚、斬った。

 その先で、地に落ち広がる艶やかな黒髪。

 暗闇が実体を持って、寂しさを紛らわせようと、道連れを引き込む為に溢れ出た姿。

 色取りりの糸が固まった毛玉、或いは繭。

 その中から生える、蝶の胸から上のような形状の折り紙。

 触覚があるべき場所からは、貴人のような豊かな頭髪が伸び、

 繭から糸を引き出して、その場で衣を織り作る。

 黒の下に隠されていた白い髪が、寄り集まって紙へと変わる。

 目にも留まらぬ早業。

 出来上がったのは怪物1匹。

 それを同時に何度も何体も。


——A(アマゾン)…!


 3階建てのビルくらいの大きさ。

 無際限に伸びる黒い触手。

 斬られたらすぐに形を変える為に、剣に自負のある彼女も苦戦している。

 先程、あれに掴まれた一人は、恐るべき剛力で脚を捩じ切られた。

 今は二人掛かりで治療されている。

 四肢欠損クラスの重傷だ。部位がごっそり持って行かれて、取り返せもしなかった。繋ぎ合わせるのでなく、再生させる人間が必要。ここにはそこまでの使い手が居ない。地上に戻らなければ。


 けれどさっきまで彼らが背負っていた出入口が、ラポルトが見当たらない。

 道順も変わり、光が数m先で途切れている。

 改装されたのだ。あれだけ僅かの間に。

 何かが起こっている。が、それを突き止める余裕は無い。

 深級のA型とその仔ら。犯罪組織を相手にした時以上に、恐ろしい。

 当然だ。人間は彼らの真似事をしているに過ぎない。チャンピオンを以てしても、永級を踏破した例が無いのがその証拠。根本部分で隔たりがある。


 更に、

 そう、更に、なのだ。

 まだ付け加える情報がある。


 A型ゴーストがまた1体を産む。

 直立した狐の形の折り紙に、緋色の直衣のうしをお仕着せる。

 その袖の先がほつれて、幾筋の線となって他の個体に繋がる。

 そこに振動を伝え、時に強く引いて、全体を操っている。

 そいつを狙った眷属や飛び道具といった攻め手を、即製の網や持ち前の爪で迎え、

 刃のような鋭利さを持ち、敵を追尾する符を投げて応手とする。

 L型と似たような、盾にも剣にもなる飛び道具。

 回復能力が無い代わりに、攻撃力と弾速が遥かに速い。



 これまで見なかったような形態と特性。

 間違いない。W(ワジール)型だ。

 必然あのA型は、上位個体(勝ち抜いた者)たるRQ(レッドクイーン)である事が確定。


 あれが出て来た時、A型だったら最悪だと思った。

 あれがA型だと分かった時、RQ個体なら最悪だと思った。

 

 最悪だった。


 事実として、可能性の中でも最も悪い状態だった。

 起こって欲しくない事ばかり、気軽に起こってくれるものだ。

 溜息吐く暇もあればこそ、また一枚を散り散りに殺す。

 その間に5体程増える。

 肩を並べるシャチは、2体を順に破り殺した所だ。

 甲冑も良いペースで敵を減らしている。

 ここに他の援護が加われば、こちらが押し戻せる。

 そう思われた。

 が、


「辺泥さん!また来る!」

〈退避イイイイイイ!!〉


 勢いはすぐに削がれる。

 A型が黒髪を幾つかに束ねて、螺旋状の流動を編み作り、多角的な包囲突撃によって前線を襲う。

 斬撃やジェット水流などでは処理し切れず、退きながら押し留めようとするしかない。

 

〈!回り込んでる!右翼構えなさい!〉

「こっちに壁よろ!」


 更に暗い街の中を大回りさせて、建造物を貫通しながら後衛を狙う。

 単なる髪の毛だ。

 一度止めてしまえば、穿孔攻撃としての威を失う。巻き付かれるまでいかなければ大した損害にならない。

 そう思いたかった。

 だが赦されなかった。

 黒い穂先は展開された障壁に食い込み、破り、穴を拡げ、中に殺到した。

 コピー&ペーストで作られた城壁も、障子戸同然に抜けられた。

 様々な防御・攻撃手段を動員して、止めるしか無かった。

 そして前が押しあぐね、後ろが別の事に攻撃手段を切ったので、

 敵の数がまた初期値に戻った。


「ああ゛あ゛ッ!」

「当てられた!?」

「被害報告はよ!!」

「負傷者2名!」

「シィット!」

「こもたや!酷めな方なるはやで!もう一人にはイヌ人形回して!」

「“我家オイコー”!結構重傷!ちょい時間要る!」

〈左翼からも!遅れて来てるワ!〉

「ムー子!髪なら燃やしやすいっしょ!」

「“グレっち”あんど“ブーちん”…!」

「燃えても止まらねーんですけどもぉ!」

「止めんだよスカムギャル!」

「脆い!気まずい!」

「本体に当てないとだよ!撃ってよ!早く次弾投げなきゃだよ!」

「それどころではなあい!フんんんんッッッヌゥゥッッッ!!」


 巨漢が誇る鋼の肉体が破通はつうされ、胸を刺し貫かれ心臓を摘出されそうになる。

 横から四角形と鋭角三角形が黒髪を往復寸断。続け様の攻撃を海が減衰させる。

 壁が破られるのは今に始まった事ではない。すぐに巨漢への治癒が始まるも、その前に付けられた傷も完全に癒えておらず、徐々に傷が深くなっている。間に合っていない。


〈辺泥ちゃん!私を噴射してぇ!本体を直で沈めるわ!〉

〈危険過ぎるワ!失敗した後にバックアップ出来ない!〉

〈どの道このままじゃ死んじゃうわよぉ!小四水ちゃんと壱百ちゃん、虎次郎くんに構えさせて!隙を作れば“砲撃”も通るわぁ!〉

〈許可出来ない!無謀過ぎ!WかLに止められたらどうすんの!〉


 液体化している女とシャチが言い争う。

 その間にW型に統率された軍列が前進。

 球と符と矢が注ぎ降る。

 負傷者が増えて行き、治療役の魔力負担が嵩を増していく。

 敵全体の勢いが極めて激しく、戦線を維持しようとすると後手に押しやられる。


 A型の攻撃はその魔力だけを見れば、もっと緩やかな被害で済むと試算できる。

 だが今見えているのは、こちらの魔法がとおされている現実。そいつから生まれた敵を殺す事で、ローカルの強化が、“憾み”がA型に積み上がっている。そう結論づける他無い。

 押し合いを続けるのは、自殺と同じだということ。


 だから一発打開を考えるべきだと言うのは、理屈では正しい。

 けれど失敗したら、ほぼ確実に一人死ぬ。そこから更に手が足りなくなる。

 倫理的にも戦術的にも、危険と言うしかない暴挙。

 それを頼りにするしかない局面が、すぐそこまで来ているのかもしれない。


 膠着させるには守りが脆く、

 突破するには切っ先が鈍い。


 そして責め苦は、時間で激しさを増す。


 教員達とは言わずとも、せめてあの二人が残っていてくれれば。

 器用にもクリティカルな戦力だけを持って行った、意思さえ感じるイリーガル事象に向かって、不平を垂れてしまいそうになる。


 丁度だ。

 丁度足りない。

 攻撃と防御、どちらでも起点となり得る人間が、一人ずつ離された。

 

 彼は考える。

 最悪、彼自身の命の保証は度外視で良い。

 ここに居る者達を助け、ここから居なくなった者達を生きて連れ戻す。

 その方法が無いか。


 捜索に優れた誰かを逃がし、教員達を探させるか?

 いや、あのA型が逃してくれるとは思えない。

 しかもここは、ただでさえ深級7層なのだ。ランク6程度が一人で生き延びるなど、考えて良い場所じゃない。

 単に一人が別個で殺されて終わりになる。

 

 タヌキ人形の能力を使わせるか?

 人形自体は壊れたものの、本人が簡易詠唱をすれば発動可能だ。

 それで教員やあの二人を呼び寄せれば……

 いや、その範囲内に全員が居る確証が無い。遠くの敵を呼ぶリスクの方が勝る。

 それに、無駄に魔力を消費させ、今生成されている人形達が消滅してしまえば、大幅な戦力ダウンだ。せめて5分以上の賭けでなければ、冒せない。

 

 全力で逃げながら出口を探すか?

 どちらが6層行きなのかも分からないのに?

 ボールを転がす暇も無い。8層行きのラポルトに着ければまだ良い方で、見当違いな方向に行軍し延々とループして、道中で他のモンスターも合流し、ただ袋のネズミになるだけだ。

 

 彼らは閉じ込められている。

 A型を殺さねば出られない。

 これは殆ど動かない前提条件。

 それが分かっているから、誰もここで撃ち合う以上の策を提案出来ない。

 ここに居ない4人の内誰かが、特に高度情報処理能力を持った高等部主任が来てくれる事に望みを掛けながら、耐える事しか選べない。


 最終的には、訅和の完全詠唱の中に全員で籠る、という時間稼ぎにオールインせざるを得ないだろう。だが弾かれるほどに攻撃力が増していくこのダンジョンの中では、これまで散々恨みを募らせたあのA型の前では、1分も持たずに崩壊するのが目に見えている。

 


——ぼっちゃん?

 

 

 分かってる。

 分かっている。

 彼がやらねばならないのだ。

 彼は常人で居る事を許されていない。

 それではいけない。

 いけないのは分かる。

 だが、彼は、凡人なのだ。

 出来ない。

 彼には出来ないのだ。


——あの男のように

 

 彼は思う。

 あの小さな勇者のように、

 弱さもひっくるめてヒーローになれる、あの男のように、

 ああなれたなら、違ったのだろうか。

 違ったのだろう。

 彼には無理だ。

 彼は、重すぎる。

 ああやって軽々飛び越えて行くなんて出来ない。

 彼の空は、あんなに自由じゃない。

 彼の上に、空は無い。

 彼が自ら、そこを行く事を選んだ。

 ずっと、トンネルの中にいた。

 外に向かって、進んだつもりでいた。

 暗くて何も見えなかったから、分からなかった。

 彼は足踏みしていただけだ。

 進んでなどいなかった。

 傍らには、彼女が居る。

 守れなかった彼女が。

 彼は進まなければならなかった。

 守れるようになる為に、自由になる為に、そこを抜けると自分で決めた。

 だから何があっても、歩き続けるべきだった。

 10年間、何をしていた。

 彼女と会った時から、何も変わってないじゃないか。

 どうして彼女を拾ったんだ。

 守れもしないクセに、どうして呪われた生に巻き込んだ。

 あの傭兵達だってそうだ。

 どうして変えようとした。

 どうして強くなれない。

 どうして変わらない自分を許容しない。

 お前が惨めで汚らしくて、それで終わっていれば良かった。

 一人で死ねば、本家に迷惑が掛かるだけで済んだ。

 生まれなければ、母はまだ生きていた。

 

 彼がルカイオスとして相応しい男であれば、

 母を守れた。

 本家を納得させられた。

 彼女を守れた。

 傭兵達は生還した。

 彼女にマシな生活を与えられた。

 この戦いも切り抜けられた。

 あの男は——




——アンタさあ、

——カミザの事ケッコー好きくない?

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