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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

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319.どういう集まり?

「ふぅむ、勘付いたようじゃな」


 姿見が様々な高さで掛かり、ぐるりと360°を囲んだ部屋。

 警備員が詰める監視ルームのようでもあり、どちらが壁か分からない迷路のようでもある。


「“火鬼ローズ”とやった経験が活きたかのう?憶えているようで、何よりじゃ」


 中央には絢爛な布を被せられた木製の玉座があり、どっかりと童女が腰を下ろしていた。


「優秀優秀。相変わらず身のこなしも頭の巡りも、ちょこちょこした奴じゃのう」

「………納得いきませんの」


 離れて立ちながら映る景色を見渡すのは、ゴツゴツしたゴスロリ姿の長身女性。

 口周りは面頬で隠れて見えないが、言葉と声からぶすくれているのは伝わった。


「なんじゃ。ご希望通りに整えてやったじゃろう。何がそれほど気に入らん?」

「もっと盛大にやるべきですの!お姉様の寵愛を得る者の選別の儀ですのよ!どうして庭石の裏のダンゴムシのようにコソコソとやらなければならないんですの!」

「こっちが組織立って動いていると知れるのすらマズいと言うておろうが!オヌシは何を聞いておったんじゃ!」

「お姉様の前では瑣事さじですの!」

「妾にとっては重大事じゃわい!」


 図体の大きな聞かん坊を前にして、童女は口うるさく言いつける。


「オヌシが好き放題やって、勝手に朽ちるのは構わんがのう。それで知性モンスターの存在が向こうに知れるのは、あまりに利が無い。害が大き過ぎる」

「ワタクシには関係の無い事ですの!」

「『関係の無い?』…ほおおおう……?」


 「妾と、オヌシが、無関係、それでよいのかのう?」、

 一転、猫撫で声。


「二度と『お姉様』とやらを拝めなくなるが、それでも良いのか?」


 女はその問いに、よく動く舌を詰まらせた。


「二度と、じゃ。此岸から零れてしまえば、最早やり直しは無い。流れ着く彼岸はもう過ぎておる。妾達にとって、これが最後の期なのじゃぞ?」

「ぬ……それは……」

「オヌシは、死というものを分かっておらん。馬鹿は死んでも治らぬ、という事かの」

「………」


 完全に静かになってしまうゴスロリ女。


「良いか?妾がオヌシに付き合ってやるのは、今回が特別じゃ。オヌシがやり過ぎるとこっちに迷惑が来るから、ある程度希望を聞いてやってるに過ぎん。若しもオヌシが妥協を覚えず、図に乗って妾の旗下を離れると言うのなら——」


 鏡が一斉に女を睨む。

 影になった怪物が目を光らせる。




——分かるな?小娘




 その時そこは、星一つ無い夜の空となった。

 そこで一人ぽつんと漂い、上っているのか落ちているのかも分からず、後悔すら出来ないほどに細かく失われていく。そんな自身を幻覚した。


「……わ」


 熱い体液が凍てついていくのを感じながら、女は苦心して口内を解凍する。


「分かって、ますの……。ワタクシにとって、得なのは、あなた方と、互助関係を結ぶ事、ですの………」

「うむ。物分かり良し」

 

 鏡が元の配置に戻る。


「き、聞きたいのは……」


 喉が弛緩し呼吸を取り戻した女は、童女に問う。


「この分け方に、意図があるのか、という事ですの……」


 鏡に映る人間達。

 彼らは今、童女の能力によって幾つかに引き離され、別々の場所で戦っている。

 

「ふむ。教師を離す意味は、分かるの?」

「戦闘員として優秀。けれどこれ以上が望めない。故にすぐ駆け付けないよう足止めだけに専念、ですのね?」

「そうじゃ。オヌシが試したいのは、()()に相応しい器に成り得る者。ならば将来性は重要じゃろう?時間とは、それを持つだけで化ける余地となる財じゃ。100年程度で途切れる人間共なら、尚更にの」

「ええ、ですけれど、残り3つは……」


 そこで童女は女の言葉を手で制し、ぐるりと首を回して背凭せもたれ越しに振り返る。


「オヌシも観戦かえ?遠慮せず座るがええ」


 女は弾かれるようにその視線の先を確認する。


 鏡の一枚に、男が映っていた。

 瘦せ型で黒づくめ、長髪パーマの薄ら笑い。


「本当かい?いやあ、助かるナア……」


 そいつは手前に歩いて来て、「よっこいしょ」と足を外に伸ばし、彼女達の側へと()()()()


「どうにも、息苦しくってさあ。最後まで見れるか、不安だったんだよねエ……」

「お前……!?」

「久しいの?息災だったかえ?“最悪最底ワーストランカー”」


 何てことのないように、視線を戻す童女。


「ちょ、ちょっと!あれ!」

「何じゃ騒々しい」

「人間!人間ですの!」

「見れば分かるじゃろうが」

「知られてますのよ!さっきそれはダメだって話!してましたじゃないですのっ!」

此奴こやつはよいのじゃ。最初から隠せる相手ではあるまい」


 「それに知らぬ仲でもなし」、

 その言葉に耳を疑いながら、警戒心を剥き出すゴスロリ女。


「ボクは人間社会の爪弾き者だし、世界構造を転覆させたいだけなんだ。その為には、ill(イリーガル)の皆にも頑張って貰わなくちゃいけないから、そう簡単に君達を暴いたりしないよ」

「……言ってる意味が分かりませんの……」

「じゃろ?こんなんじゃから、目の届く場所に置いておかねば危ういんじゃよ。8月の“環境保全キャプチャラーズ”との衝突でも、しれっと現地の戦闘に混ざっておった」

「ボクはほとんどサボってたけどね」

「大それた野望を持っておる一方で、予期せぬ影響を与える事に消極的であり、故に力がありながら、大規模抗争には滅多に介入せん。様々な場所に現れ、単独で死の恐怖を撒く事だけを主眼に置いた、無差別テロリスト。

 こやつが丹本政府に協力する可能性も、丹本側がこやつの言うことを真に受ける可能性も、ほぼ無いも同然じゃな。見つかったら問答無用、即抹殺じゃ。何より——」

「何ですの?」

「こやつは生真面目な奴じゃ」


 「約束は破らん」、

 非常に疑わしい根拠であったが、しかし話が終わってしまった。

 流し目でウィンクする男を見て片頬を不快げに吊り上げながら、女は渋々同席を承諾する事にした。


「で?何の話してたの?」

「ああ、そうじゃった。配分の話じゃよ」

「配分?……おー……、ふーん……、そういう感じ、か……」


 鏡の向こうを端から順に覗きながら、男は感心したように一々頷く。


「面白い人選だね?思い切った、一点賭けって感じだ」

「それは……ワタクシも、そう思いますの……」

 悔しげな同意。

「分け方が、極端過ぎるような気がしますの」

「これは『選定』なのじゃろう?であるならば、先に絞ってやったまでの事よ」

「本命と、対抗、って事かナア?」

「それと、大穴枠の木っ端(わらべ)共、じゃな」

「………」


 女の目には、教師二人を例外として、3つ全てに死相が見える。

 全滅。

 それは必ずしも彼女の本位ではない。


 今の器はあまりにせせこましい。そのような不自由に甘んじさせるなど、至高の主には忍びない。

 最も有望なのは誰か。“彼女”にはより良い選択肢があるのではないか。それを確かめる為の奇襲。


 次の候補が見つかる前に、今のれ物が壊れてしまえば本末転倒。

 同意無しに“彼女”を移すのは、望む所ではない。


「勝てる、とお思いですの?」

「この難易度調整レベルデザインで適切だと……この言い方は、五十嵐のが感染うつったカナァ……」

「なぁに、オヌシが何を心配しておるのか、手に取るように分かっておるわい」


 「そちらは単なる見世物じゃ」、

 子供騙しを見る目で欠伸を一つ。


「見世物、かい?」

「そうじゃな。オヌシらはかつての妾と同じじゃ。()()が選んだという事実を、過小に捉えておるのじゃよ。いやいや無理もなかろう。妾達総じて、騙されとったからのう」

「なんと?」

「妾から言わせれば、そちらではない。見所は他じゃ」

「他?」


「残りの16人。そ奴らが生き残れるかどうか」

 

 一人は、一番死んで欲しいが、しかしほぼ確実に勝てる。

 残りはまあ、そんなものだろう。


「どう見る?“最悪最底ワーストランカー”?」


 童女は戯れに問う。


「どうすれば、全員がここから助かるのかのう?」


 男は親指と人差し指で、顎を持ち上げ沈思して、


「二つ」


 少しだけ楽しげに算出した。


「奇跡が二つ、それも今ここで」


 同時に二つ。

 それこそが答え。

 それこそ奇跡。


「選別とはこうやるのじゃよ、“臥龍メガサウリア”」


 粗い網の目では、

 温い試練では、

 “良い物”を選り分ける事は出来ない。


「さあてさて、何人残るか賭けるかえ?」


 酷薄に笑う童女を見て、女は知らず身を震う。

 女は人間を、居らずとも変わらない雑兵、簡単に蹴散らせる虫けらのように見ている。

 それは同類達の間で、共通した視点の高さだと思っていた。

 事実彼らは一様に、あの少年を軽んじている。


 だが、認識が少しだけ足りていなかった。

 この童女は、価値を感じているのだ。


 一つ一つ異なる輝きを持つ、宝石を見る目を向けている。

 愚かさにも、苛立たしさにも、犬死ににも、珍味として舌鼓を打つ。

 その気になれば、簡単に抓み取れる物。

 己が支配し、命令する事が出来る端役。

 それらの矮小さ、くだらなさにすら、一種の“あはれ”を見出している。

 そいつが他者の心に付け入る事が出来るのは、自らもまたその対象を、何らかの側面で好ましく思っているからだ。


 そこまであたいを付けた上で、簡単に費やすか、捨ててしまうのだ。


 情緒を揺らさぬ絵を飾り、風味を知らぬ酒を飲む。

 そういった次元とは較べるまでもない、真の放蕩を為す“散財家”。

 世の全てに高値を見ながら、自身が余さず所有し命じるに足り、よって惜しくもないと放る。“傲岸不遜”の本意の現身うつしみ


 この童女が“転移住民リーパーズ”の中で、最高位に就いている所以。


 やっと女の細い瞳孔が、その端くれを捉えたのだった。

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