312.はい全員整列!作戦会議です!
「遅いわヨ!アータ達!」
「知らねー!あんたらが勝手にちんたらしてただけだしぃ!」
ってなわけで、6層まで退避してたら、八志教室勢力全部で10人も来ました。
「と言うよりあなた達、あっさり負け過ぎじゃないかしら?あれだけ大きくしたり顔しながら突っ走ったと言うのに、何も勝算が無かったわけ?」
「うるさいわネ!外に顔を出して来るなんて事、去年は無かったのヨ!」
「苦しい言い訳だ。SSSが聞いて呆れるな」
「言っとくけどマジよ?マジであれ、なんか強化されてるわヨ?」
「えぇー……?」
モンスターの強化って、例が無いわけでもないけど、でもかなり珍しい部類の現象だ。嫌だなあ、なんで今年に限って………ちょっと、皆さんその眼はなんです?
「アータ、本当にツイてないのネ?」
「ここまで来ると何も言えんな」
「異議あり!これは流石に俺のせいじゃないですって!」
「そうですよ!ススム君は関係ないです!」
「微妙に否定しづらいんだよねぃ」
「原因とかじゃあないんだろうけど、引き寄せられてる所はあるわよねん」
「諦めなさい。あなたは間違いなく厄介事に愛されているわ」
「気まずいな……?分かるぞ……?」
両陣営合わせて敵だらけなんだけどぉ!?明確な味方がミヨちゃんしかいない!あと和邇さんは何を理解したんですか!?全然事実無根ですからね!?
(((流石ススムくん。素晴らしい天運です。常に事態を面白い方向に転がしてくれます)))
シャラップ!何か本当に俺のせいな気がしてくるだろ!そういう思考は出来る限りやめるって決めたんだよ!
「さて、どうする辺泥・リム・旭?」
「……『どう』って?何が言いたいのヨ?」
「お前の予定では、そちらの手勢で勝てる算段だったのだろうが……」
ま、一から計算し直しだよね。
「あれだけの大きさ。単純に考えて、それだけ生命力を増しているということだ。L型に全力で治療されるあのデカブツに、何発当てれば倒せる?ローカルでどれだけ強化される?」
「頭痛いワー…!安全安心分業プランが台無しヨぉ!ダメージは足りてると思うけど、防御が持たないわネ…!」
「地上に戻って、追加戦力を引っ張って来るか?お前達の教室は全部で20人強。3年を除いて、それでもあと数名は居た筈だ」
「………いいえ、それは出来ない相談ネ。あの子達がこの深さに挑むのは、流石に足りなさ過ぎるワ。いい経験云々以前に戦いに参加できないし、最悪致命か後遺症を貰うワネ。百害あって一利ナシ!だから、先生とも話し合って、このメンバーなのヨ?」
他の数人に関しては、最初の数日で一緒にそこそこ潜った後は、もう一つのパーティーとして切り分けて、五十妹の人間に見て貰いながら、浅い層をゆっくり攻略させてるらしい。
安全も潜行実績も全員の強化も、あれもこれもを取れる体制。
非の打ち所がない運用だ。D型が急成長していなければ、だけど。
「それでは、このまま帰って、ここで終わりにするか?」
「そうするしかないワね……。妙案も特に思い付かないし、頭を冷やしてじっくり考える事にするワ」
「とは言ってもぉ、時間切れまで色々やってみるわよぉ?あれを倒して8層到達になるっていう、八志教室の伝統を絶やしたくないものぉ」
「そんなのあるんですか?」
横から入って来た雲日根先輩に訊ねると、
「そうなのぉ」
「うぉんッ!?」
ヘッドセット同士を擦り合わせるように頭を乗っけて、ほっぺをプニプニ揉み込み始めた。
「毎年欠かさず成して来た恒例行事よぉ。私達の代で途絶えさせるなんて、めっ、でしょう?先生の能力に疑いを抱かせてしまうものぉ」
「あの……ひょっとだふぇ、近……!」
「ちょっと!やめてください!ススム君が困ってるじゃないですか!」
「あらぁ、ごめんなさぁい?」
「もう!ススム君も!ああいうのはちゃんと『NO!』って言わなきゃダメだよ!分かった!?」
「ひやっ!にゃんでミヨふぁんも揉んでりゅのっ!?」
「返事!」
「ふぁい!」
と、俺の顔が好き放題玩具にされている間にも、本筋は更に進んでいる。
「お前達。そういった能書きに拘り過ぎるなと、私はそう教えた筈だが?」
諫めたのは、白髪を纏めゴーグル越しの目つきを研ぎ澄ませ、黒いケープを羽織っている初老の女性。杖を突いていても背は全く曲がっておらず、その立ち姿を見ているだけで首筋に刃の冷たさを感じてしまう。
彼らの担当教師で高等部の長でもある八志先生だ。
「記録としては喜ばしい事だ。だが義務ではない。誇りに縛られ本質を見失うな。お前達の義務は、いつだって生きて帰る事だ」
「よっ!ヤゴコロセンセイ!良い事言ったぜ!教育者の鑑!」
「それと、この小僧の口から出る雑音は8割方聞き流せ」
「おいおいそりゃねえぜ!これでも俺も教師だぜ!?」
茶化したシャン先生が普通に釘を刺されてしまった。あんな小学生みたいな合いの手を入れていたら、そりゃそうなりますよ。
「そういうわけだから、ここでお別れネ?アータらも頑張んなさい?」
「教えてやろうか?」
考えを練る為に地上に戻ろうとした辺泥先輩達の中に、ニークト先輩がいきなり言葉を放り込む。
「………」
「成長したD型に勝利する方法だ。簡単な解決策がある」
「………本気で言ってるわけ?」
「D型が戦闘状態に入った時点で、第7層の何処に居ても奴と相対する形になる。7層を同時に攻略するパーティー間において、D型討伐レースは成立しない」
「………どちらにしろ、ノーコンテスト、ってことネ?」
「え?……え?」
なんか分かんないけど、勝手に了解し合ってない?
ど、どゆこと?
「馬鹿ね。あの高慢男はこう言ってるのよ?」
教えてくれたのはトロワ先輩だった。
「うちと八志教室、合同作戦でD型を倒しましょう、ってこと」
「ああ!……あ?あぅううん?」
それはまた結構………結構思い切りましたね?
「それともなんだ?『“唯一の”D型討伐班になる』、そこまでが伝統なのか?」
「いいえ……、一二を争う上位で、且つゴール地点であるD型撃破まで進む。それを以て伝統と呼んでるワ」
「ならば、理は通っている」
「そうね。イヤミィな事にネ」
確かに、プロの潜行者で構成された部隊を退けた、深級D型。それと戦うのに、しかも相手は前例から逸脱した強さになっているのに、戦力が学生7人は心もとない。もっとはっきり言えば、危険だ。さっきあいつの魔力の圧を近めに感じて、余計に実感した。強くなる為に挑戦したいが、深入りすると結構な確率で死人が出そうだと、そう思えてならない。
辺泥先輩達が合流してくれるなら、人数は倍以上、実力で言えば百人力、大船に乗った気になって存分にチャレンジできる。まあ大船はさっきぶっ壊されてたんだけども。
そして反対に向こうからすれば、ここまで2番目に早く着いているというこの結果が、俺達の能力の証明になる。さっき言ってた「付いて来れない」みたいな心配は、しなくて済むって事だ。
「こっちは特に、10人以上の大人数潜行の経験が薄くてな。良い機会だ。お前達に付き合ってやる」
「いつでもどこでも目線が高いヤツだわねー。やんなっちゃうワ」
「まあ、ありよりのありではある」
「因みに、これって遠征のルールには違反しないんですか?」
一応先生方にも伺いを立てておくと、
「全く問題ねえぜ。その場で互いの利益をトレードして、即席でパーティーを作る、それか複数のパーティーで連合を組む。ディーパーの世界じゃ日常茶飯事、っつーかこの国の職業ディーパーはそういうパターンの方が主だ。大いに結構」
「そういった折衝を学ばせるのもまた、私達の一つの在り方だ。何を否む事があろうか」
と、前面許諾の姿勢を見せてくれた。
じゃあ、あとは………
「………どうしたのかしら?今の私を凝視するくらいだったら、剣を振っている時の私に見惚れなさい?」
「いや、こういうのトロワ先輩が嫌がりそうだなって……」
「あら、どうして?」
「『私がいれば大丈夫!これ以上戦力は必要ない!それとも私を疑ってる?』みたいな事言ったりしません?」
「私へのイメージがよぉっく分かったわ。無限素振りコースと底無し稽古コース、どちらが良いかしら?」
「大変申し訳なく思っておりますので有限な物をお願いします」
「何人居ようと、一番活躍するのは私よ!そんな事も分からないなんて、あなたこの数ヶ月何を見て来たわけ?」
はい、すいません。
俺の想像の斜め上を行っていました。
俺如きがトロワ先輩を量ってしまい誠に失礼いたしました。
「こちらは反対が無さそうだが、そっちはどうだ?イルカ擬き」
「………まずは帰るワね」
辺泥先輩は全員にハンドサインを送り、自らも殿の位置に列して撤退を開始。
「安全な所で心を鎮めながらじっくり考える。それまではオアズケ」
「良いだろう。色好い返事を期待している」
そうして、その日の潜行はお開きとなった。
同日の夕食時、辺泥先輩がまた一人でこっちの食卓に乗り込んで来て、ニークト先輩と対するように胡坐の形で畳に座った。
「……討伐者の名義は、『特別指導クラスの協力を得た八志教室』。これで良いかしら?」
「お前達の手勢が、許し難いほど使えない案山子でなければ、異論は無いな。互いの規模的にも頷ける表現だ」
「はいはい……」
辺泥先輩が肘を立てた状態で右手を差し出し、ニークト先輩が叩きつけるように握る。
まるで腕相撲でもしているかのような構図と、力の入りよう。
かと思えば同時に握力を緩めてからの、ハイタッチ。
彼はそこで立ち、踵を返した。
多分、「交渉成立」って事だ。




