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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

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309.権威が偉ぶってるのは、人を守れる力である為で

「ルカイオス家は、伝統と格式を重んじる」

「……強力な魔法を、維持する為に、ですか?」

「そうだ」


 俺と、先輩と、八守君。3人で人気のない廊下を歩く。


「楽園を統治し、神と諍いを起こし、狼に姿を変えられた王の物語。そしてそれを代々継いできた、末裔達。物語を継承していく事で、一族は血統によって神話と接続され、その血は神の力の影響を受けた、特別な遺物という意味を持ち続ける。」

「魔法で狼に変わるのは、その物語の、『神様の力』の部分を取り出そうって、そういう話なんでしたよね?」

「神話の御世みよを再現する為には、現代に存する残滓から辿るしかない。これまでの変遷の逆を行く事で、楽園の王に、神々と触れ合う神秘的人類に先祖返りする。


 かつて、人は獣に堕とされ、人擬きへと歪んだ進化を果たした。人に似せようと所詮は獣。だから神々が齎した権威が無ければ、我々は理性無き闘争者でしかなくなってしまう。

 ならば一度獣に返り、そこに働いた変化へんげの力を解き、真の我々へと還る事で、完全無欠の人間性を奪還してやる。


 それこそがルカイオスの究極の目的だ」


 狼の姿は飽くまで過程。

 血に混じった神通力をより濃く蘇らせ、適切な施術で解呪する事によって、神秘から只人へ零落していったその矢印を、反転させる為の手法。


 「狼である事を止める」、それこそが本題。


「ルカイオス家の子等は、楽園の王の物語と、いずれはそこに帰還するというストーリーを、物心つく以前から枕元で聞かされ続ける」


 そして、3歳の誕生日に深級ダンジョンに連れて行かれ、その時にディーパーとして覚醒させられるらしい。

 まだ右も左も分からないような年齢の子供達は、当然魔法を形作る時に、いつも聞かされる筋書を元にする。

 確実に、“ルカイオス”の物語を継承する。


「年齢に違いはあれど、継承魔法と呼ばれる物のほとんどが、同様のやり方で次世代に伝えられて来ている。

 それは貴族に限った話でもなかった。従者の物語を継げば従者に、王の物語を継げば王に。身分制度の本質はそれだ。多くの人間にとって最初に聞かせられるストーリーは、親が何をしてきたか、だ。ダンジョンが国に押さえられている事も含めれば、身分間の流動性というのは、余程世が乱れていなければ生じ得なかっただろう」


 だけど、人間の社会は変わった。


 資本主義と産業革命でダンジョンが企業の持ち物になって、身分的には搾取される側の労働者がディーパー化して、それが徴兵制に繋がった末の大規模世界大戦による総力戦で、下層身分の女性までダンジョンに触れるようになって、管理し切れる事でもなくなって………


 ダンジョンは前よりオープンな物になり、「ディーパーになれる事」自体が幸運や特権だった時代は、そうやって終わった。今や資本と大衆の時代だって言われる。

 逆に今も残ってる王族・貴族系は、異常に盤石な権威や財源、それか超常の魔法能力を保有している事になる。


 ルカイオス家はその中でも最上位クラス。

 チャンピオンにも名を連ねる、丹本で言えば五十妹レベルの名家。

 もったいないとか威張りたいからとか以前に、国を持たせるなら不可欠となる力。

 万が一にも失われる事があってはならないと、継承の為の風習も徹底した物になってるのだろう。


 抑止力の無い人間なんて、それこそ獣と同じ。

 統制出来ないと、法も秩序も守られない国になる。

 なんでって、人間はどこまで行っても、動物の一種だから。

 ルカイオスは、国を国のままにしてくれているシステムの一つだ。


「だが現当主であるオーンは、少々厄介な禍根を生じさせた」

「と言うと……?」

「海の向こうに遊びに行った折、何をどう張り切ったものか、一人の女に手を付け、愛故に種を恵んだ」

「あっ……?」

「しかもそれを認識しておらず、知ったのは出産後、子が丁度3歳になってからの事だったらしい」

「それってもしかしなくても、国際的特大問題じゃあ……?」

「言うまでもない事だな」


 エイルビオンでは救世教の影響から、一夫多妻が法的に認められていない。しかも異国の出自のよく分からない女性相手で、子どもまで生まれてしまった。そしてその子は、別の政府、つまり別の権力の下で育っている。


 血統に特別な意味を持たせたい、その中に特異な力が宿っている事にしたいルカイオス家、それに支えられてるエイルビオン、双方にとって容認出来ない問題だ。


「ルカイオス家は、その子をどうしたんです?」

「すぐさま“回収”し、物語を刷り込み、ディーパーに覚醒させた」

「『回収』って、そんな物みたいに……」

「だが、急ぎ過ぎた。ほぼ白紙に近い男児に、余計な物語が書き込まれる前にと、そういった思惑だったのだろうが、結果的には半ば失敗した。

 一族の秘奥、世界に唯一現存する『ヴォー・ブルフと迷宮の主』の古写本、その序章である『楽園追放』。その部分を読んだ子どもが得た魔法とは、ルカイオスの名を冠するに足らない、出来損ないだった」


 酷い話だ。無責任に妊娠させて、育てていた母親から奪って、大人の都合に振り回されたその子を、思い通りに行かなかったからって出来損ない呼ばわりして。


「女は丹本人だった」

「………!」

「その女が付けた名前は、今でもミドルネームとして残っている」


 少年の名前は「悟迅」。


「望まれざる失敗作の名だ」

「………」


 後ろを歩く八守君にも目を配る。

 彼は辛そうに俯きがちになっていたけど、驚いてはいない。きっと今のは、知っていた話なんだろう。

 

「その……お母さんは……?」

「病床にして、そのまま地平の何処にもその姿を見ないと聞いたが、どうだろうな?本当に病によるものかは、確かめようがない」

「その、ルカイオスの家が、権威付けに邪魔だからって……?」

「それか、世を儚んで、かもしれない。そんな事すら、知りようがなかった……違うな——」


——知ろうとしなかったんだ。


 ただ生まれて来ただけで、壮絶な宿命を決定づけられた。

 こんな事を言うのは、先輩からすると適当な同調に聞こえるかもしれないけど、何となく分かってしまう。

 自分が「要らない人間」で、だけどそんな俺達を得る為に、或いは守る為に、誰かが無茶を押し通して、挙句に近しい人が犠牲になる。価値はあまりに低いのに、危険性だけは人一倍持っている。

 

 嫌いになるんだ。そんな自分を。

 

「謂わば、妾腹、という立場だ。その上で光る才を見せるわけでもない。こちらで出生届けが出ている以上、居なかった事にも出来ない。えあるルカイオスの家系図に混ざったそれを、どうやって処理するのか」


 ルカイオス家は、大いに揉めたらしい。


「凡夫として歴史から消えるのは、ルカイオスの物語の否定になりかねない。これからの継承魔法の説得力に影響し、つまりその威力を弱めるやもしれない。『失敗作』は、作られた時点で家名を傷つけ危うくする」

「でも、あっちの基準で失敗がどうとか言って、ちっちゃい子にそんな事言ったって」

「だがルカイオスとは、最早英国(エイルビオン)全体の支柱と言って良い。伝統をほぼ完全に残す、数少ない家の一つであり、頂点だからだ。事は個人の情によって左右される話ではなく、故に彼らは何としても、その出来損ないを『見せられるレベル』に押し上げる必要があった」


 何らかの成功や逸脱によって、飾り付けなければならなかった。

 だから、


「だから、ですか?」

「だから、だ」

「だから、小学校上がりたてみたいな子どもを、深級ダンジョンに?」

「だからこそ、本来は絶対に考えられない選択であるからこそ、『深級の“門番”、(ダババ)型を超える』、という目標が設定された」


 正気じゃない。

 集団心理なのかなんなのか。国家最大の戦力の為、国民が害されるリスクを少しでも減らす為、そう言ってしまえば、幼い命を使って賭ける事までやるのか?


 でも、それはこの国も同じかもしれない。

 五十妹のトップである五十嵐さんの移動範囲が、一つの部屋の中に限定されているのは、国を守る為だ。本人は適性があるから平気だと言っていたが、果たしてどこまで素直に安心して良いのだろう?

 そうでなくても、ディーパーだとか防衛隊だとか、命や自由の支払いに偏りがあるのは、仕方ない事となってしまっている。


 日々を成り立たせる為に荷を負う人々を見て、それに付き合おうと言える人がどれだけ居るか。大抵の場合、「こっちも別のやり方で負担して限界だから、余裕のある誰かが支えてやるべきだ」、そう言うだろう。どれだけ辛いかを定量化できないから、辛さを平等に分けるなんて誰にも出来ない。


 その時に当てにされるのは、「特別」な人達だ。

 自分達とは違う彼らなら、ちょっとやそっとは大丈夫だろうと、そう思って押し付けてしまえるから。


 高貴と犠牲、英雄と生贄は同じで、誰か出来る人が多めに背負うしかないのかもしれない。誰しもが平等に死にやすい世の中って、誰もが生死のギリギリに追い遣られてるって事になるから、それはそれで不健全なのかも。


 けれども、そうは言っても、生まれただけの子どもにそんな重責を押し付けるのは、あんまりじゃ………


「試練の舞台にこの国が選ばれたのは、その出生が公的に記録されたのが、ここだったからなのだろう」


 俺が言葉と理屈の洪水の中で溺れかけている間に、先輩は先に進んでしまう。


「ダンジョンの選定に関しては、首都圏内だったから、以上の意味は無いだろう」

「『生まれた』って失敗を、『凄い事をした』って成功で、塗り潰せって、そう言ったって事ですか?」

「理解が速いな」


 胸を悪くする。

 そのふざけたすじにも、それを言い当てるくらい理解出来てしまっている自分にも。


「腕の良い傭兵と、そして一人の従者を伴って、本家の御膳立おぜんだての上でそのボンボンは、海を横断し生物学的な故郷へと帰ってきた」


 聞くのが怖かった。先輩も話したくなさそうだった。

 でもそんな話を、絞り出すようにして俺に聞かせたのは、強引に聞き出して欲しいという事なんだろう。

 自分の意思では逃げようとしてしまう一線を、背中から押して超えさせて欲しい、って。そうじゃなければ、今も胸の内に隠していたと思う。


 深級のD型に挑もうとしていて、だから仲間にその危険を正しく認識させないといけなくて、建前であってもそういう必要性がある、「今しかない」んだ。


「先輩、D型は、倒せたんですか?」


 だから俺は、その背中を突き落とす。


 彼は外から見て分かる程大きく胸を萎ませ、喉を、声帯を揺らす予備動作として、もう一度深く吸ってから——

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