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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十二章:過去はいつだって不意打ちのように顔を出す

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302.ちょっとした逢引きかな!?

 その日、WIRE上に突然個別のメッセージが送られてきて、彼女の心臓は跳ね上がった。

 しかも、皆が入浴も済ませ、部屋で就寝の用意をしようという時間になって、「今から会えないか」という打診。

 「これってそういう事だろうか」、一瞬そう考えた自分への殴りたさで、耳がカッと熱くなる。


 「これはそういうのじゃない」、誰に向かってでもなく何度も呟く。

 その呼び出しが「そういうの」ではないという意味なのか、それに対して動いた自分の感情が「そういうの」ではない、なのか。

 よく分からなくなって、意味も無く部屋を角から時計回りに歩く彼女に、同室の女子陣が目をつけない筈が無かった。

 日頃付き合いのあった所謂“ギャル”に分類される陽キャ女子軍団が、彼女を囲んで質問攻めにし始めたのだ。「恋バナ」なんて餌を肉食獣の檻に持ち込んだわけであり、しかも本人は「恋バナ」扱いしたがらないという初心うぶさもあって、余計に好奇の火が強く燃え上がる。

 親友に助けを求めようにも、諸事情からここでない部屋に寝床を用意されているので、今や離れ離れ。物理的にも比喩的な意味でも八方塞がりと言えた。


 とまあ揉みくちゃにされながらも、知らぬ存ぜぬの一点張りでなんとか部屋を抜け出した彼女は、待ち合わせ場所に指定されていた、自販機が置かれた休憩スペースにまで足を運んだ。途中で一度急に引き返して走ってみれば、思った通りに角の所で数人が隠れ見ていたので、全員その場で追い返しもした。


 変な誤解をされるのが嫌だっただけで、決して二人きりを邪魔されたくなかったからではない、と心の中で言い訳をする。自分に言い訳している時点で、結論は決まったも同然なのだが、それについては気付かないフリをした。


 歩く途中で、今自分がフワフワしてピンク色の入った、着ぐるみめいているカワイめのパジャマを着用していると気付き、それからさっきまですぐに寝るつもりで気を抜いていたのだと思い出し、慌ててスマホの内カメモードを起動。首を深めに縮める事で顔を隠してメイクは諦めるとして、髪が乱れてないかを矢鱈と気にし始める。これもあの男に笑われたりナメられたりしないという対抗心であって、決して良く思われたいからではない。ないったらない。


 と、甘酢漬けにされた胸中に蓋をし呑み込んで、もう口から出て来ないように保険を打っておいてから、彼女はベンチに座っていた彼に声を掛けた。


「よっす、来てやったけど、なに?」

「悪いな遅くに」

「ビジュー……」

 

 堰き止めていたダムが決壊。

 本音があっさり漏洩した。


「何?どういう意味だ?」

「べ、別にいーじゃんっ!あーしらの言う事って9割ノリじゃんっ!一々聞き返してんなよっ!サムいって!」

「む、そうか。どうもオレサマはその辺りに疎い」


——あ、危な……!


 それもこれも、あれだけブクブク膨れていた体型が、最近どんどんガッシリ感を残しながらシャープになって来て、「男前」と呼んでいい感じになりつつあって、しかも今だって首回りを緩めた浴衣姿という非日常の中にある事を強く意識させるような恰好になっていて変な色気を錯覚させるその男のせいで


——って違ぁう!別になんとも思ってなぁい!違うんですけど!?


 またしても対象不在な言い訳をしつつ、彼女は表情を変えないよう苦心しながら腰を下ろしてから、


「………」

「……な、何?」

「いや、お前、そんなに距離感に無頓着な人間だったか?」

「は?……あ」


 無意識にすぐ隣に座っていたと気が付く。


「これっ、ちがくてっ」「別にお前が良いなら良いんだが」「ひゃっ、あっ、な、……な、なならイチイチ言うなし!」


 普通に座り直せば良いものを、彼女は飽くまでその席に拘ってしまう。

 その理由は、「わざわざ立ってから座り直す理由とかないのにメンドい事したくないっしょ」という意地であったり、「ここで離れられたらコイツがカワイソーな感じになるじゃん?」という哀れみであった、という事にした。


「お前、大丈夫か?様子が変だぞ?注意力散漫と言うべきか……、体調が悪いなら日を改めるぞ?明日一日は休憩として仕切り直すのも、一つの選択肢だ」

「へ、ヘンって何がぁっ!?あーしはいつもこんな感じだしっ!」

「いやそんな感じではないだろ」

「ヘンなのはアンタの方じゃんデブ……ってはないけどウエメセニク!いつもみたいにエラソーにしてろっての!心配してる感じだすな!キャラじゃないっしょそんなの!」


 両手で口元を隠し、指先を弄りながら、その間から相手を見る。二人の顔の間に何かを挟んでおかないと、どこか落ち着かなく思えてしまったからだ。

——ナニコレ顔あっつ!?

 掌から伝わる人肌が、昼の太陽の下みたいに火照っているのは、まだ湯冷めしてないから、などと屁理屈がどんどん苦しくなっているのを、嫌でも自覚させられてしまう。


「そうか、すまん……」

「だっ、だからっ、そこで謝んなって……、あーもー!何なん!?こんな時間に急にさあ!話あんならさっさとしろってゆーかさあ!」


 霧のような胸のモヤつきが、晴れるどころか濃く、湯気のように熱くなっていく。どこか痛みにも似たそれを持て余しつつも、何かに詰め込んで肺から外へ出そうと、スカスカした言葉ばかり並べてしまう。相手の反応がギクシャクとしていると、そんな自分のやり方で傷つけてしまったかと、過剰に心細くなってしまう。


 どうすればいいのか、自分でもよく分からない。別に憎まれ口を叩かなければ良いのだ。最近はトクシのパテメンに対して、柔らかい口調で話せるような関係性になっている。いつもなら軽口を楽しむだろうが、ただならない空気の今は、普通に、真面目に喋った方が良い。それは分かってる。

 

 だけど、頭が上手く回らない。SNSを使い続けた時のスマホみたいに、酷く発熱して処理が重い。普通とか真面目とか分からなくなって、結局いつも通りの受け答えしか導き出せない。だけど意識の上ではそうならないようにと思ってるわけで、それが言葉をどうにか変えようとして、結局叶わずに出力されてしまう。最終的に仕上がったのは、口ごもったチクチク言葉。


 そうとも。彼がどうかは別として、少なくとも彼女は間違いなく「変」だとも。

 

 ただ、この状態の治し方について、彼女の経験の中に答えは無い。


「ああ……その、お前に……頼みたい事があってだな……」

「へ……?」


 彼女が自分の葛藤に、形や名前を与えるその前に、彼が本題に入ってしまった。


「頼み?アンタが、あーしに?」

「ああ」


 使い物にならなくなった思考回路が、「頼み」の内容についてあれこれ飛躍した想定を、計算結果として弾き出す。その一つ一つがどれも赤面ものの妄想であり、彼女は顔を左右に振って、無限に算出されるそれらを生まれた傍から放り出す。

 

——ないないないない!

——違うから!

——そういうフインキじゃないから!

——も!し!も!もしも!仮にだけど!もしもそうだとして!コイツとは絶対にないから!

——まぢで!マジないから!

——ガチで!


「なに?改まって」


 大暴走する脳内は奥底へと押し込んで、どうにか声を乱さずに訊ねる事に成功した。


「……今の、トクシでの潜行、どう思う?」


 彼は答えるのでなく、まず質問する事から始めた。

 その内容に、彼女は少しだけ落ち着きを取り戻す。「ほら、そういうのじゃないじゃん」、と。


「どう、って……なんか見直さないと、って話になってんじゃん」

「そうだな。今の所は、お前の能力の配分を変更するという事で、同意している」

「とりま、それやってみてから、って事っしょ?」

「ああ、あの場ではそう纏まった……が、」


 当然彼は、それだけで納得していないから、こうして彼女と話している。

 けれど、何故彼女に?


「しゃーなしっしょ?確かにしんどいのは変わんねって思うけど他に案もナシなんじゃ、やれることやるっきゃなくね?」

「他に……無ければ……そうだな……」

「………まさか」


 何かあるのか?


「ちょっ、言えし。何故に隠してるわけ?」

「……問題が、ある」

「言うだけタダっしょ。ムリゲーかどうかはそれから考えればよくね?なに勿体ぶってるん?おこなんですけど?ゲロれー?」

「………」

 

 らしくない。

 この男は変に迷ったりだとか、出来ないかもしれないだとか、そういう事を滅多に口にしない。彼女が行き詰ったと感じた時はいつも、彼は既に手段を見つけていて、横車を蹴り飛ばして来た。

 それがこんなに、何かに怯えているように——


「六本木、」


 彼女の疑問は、意を決した彼の一言で、氷解する事となった。


「お前、K(キング)をやるつもりは無いか?」

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