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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十一章:大事な物ばっかり目に見えないのはどういう不具合ですか?

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285.後始末って表に出ないだけで滅茶苦茶大事

「あれれー?論破されちゃったカンジですかぁー?」

「そうやって、話し合いにすぐ勝ち負けの概念を持ち込むのは、ネットユーザーの良くない所だね」

「そーやって、主語を大きくして晦ますのも、インターネットのたみの悪い所ですよねー?」

「まあね」


 BLTサンドの残ったもう一つを片付けながら、丸流の煽りにも笑顔を絶やさず眉間に皺も作らない披嘴。


「実りはあったよ。彼が思ったより、物を考えていると知れた」


 だから、残念だ。


「どうして無遠慮に力を振るってしまったのか」


 彼が強者の自覚を持つのが、もう少し早ければ、何か変わっていたのだろうか。


「坊ちゃんボコっちゃいましたからねー。あれが無ければ、本社のおっもい腰も、上がらずに済んだのかもしれなかったんですけどー」

「漏魔症が御三家に並ぶ、その価値をまるで理解していなかったのだろうね。もっとも、彼の視座なら全てのディーパーが雲の上だったろうから、坊を圧倒するという意味を、軽々しく捉えてしまうのもむべなるかな、だけど」

「そこらの低ランクに蹴り入れるのと、おんなじだって思っちゃったって事ですかぁー?」

如何いかんともし難い、という奴だね」


 彼らがこのような小細工を弄する必要が生じたのも、全て彼が目立ち過ぎて、自らの大きさをぶくぶく太らせたのが原因だ。

 彼がその人物を殴り倒す、その意味が分かっていなかった。

 “可惜夜ナイトライダー”と出遭ってしまった彼が、異常な成長を遂げて賤民せんみんから英雄になり、三都葉の視界の中心に転がり出る。

 平民から超人チャンピオンを目指そうという、あの物質化した「上昇志向そのもの」の前へ。

 巨大な資本が、恥も外聞も体面もなく「欲しがる」と、どうなるのかを想像しろと言うには、あの少年の半生は貧し過ぎた。力も平穏も楽しみも全て、なんて、望むべくもない事なのだ。


 どれだけ強くても、どれかを失うのを避ける事が出来ない。場合によっては、全てを奪われる。人は強大になるほど、より多くの人間とぶつかるようになり、よってより強い抵抗に身を晒す事になる。


「『接近する為に注意を惹きつけて、更に実演に戻らないよう時間稼ぎもしろ』、なんて、上はいつも無茶な注文をしてくれるよ」

「なんだかんだミッションコンプリート!ですかねー?」

「そうだね。後はあの男の領分だ」

 

 カミザススムが暴れた事で起こった乱世カタストロフ、その後始末は、その者に一任されているのだから。


「彼なら抜かりなく、任務を達するだろうね」




—————————————————————————————————————




 男は人混みに紛れ、100m離れた場所からその二人を追っていた。

 焼きそばやらバナナやらパンケーキやら、その腹には色々たらふく詰め込まれた。ならば、そろそろだ。そろそろ「そのタイミング」が来てもおかしくはない。


 昨日さくじつ、彼は新開部の実演参加者として、カミザススムに接触した。

 その際、魔力噴射を肌で確かめる振りをしながら、彼が他者から何処を守ろうとするのか、隠そうとするのか、それを確かめていた。

 間違いない。

 ほとんど100%と言える。

 股座、心臓、口、鼻、左眼、どの急所よりも、彼が触れられるのを無意識に嫌がっていた箇所があった。


 右眼だ。


 “可惜夜ナイトライダー”はそこに何かを仕込んでいる。


 時間も無い。行動に移す条件は揃っている。今日この学園内で、決着を付ける。


——まだか?

 

 そして彼は、待っている。

 避け得ない、必ず訪れる機。

 食ったら出す、それは必然。

 小さいガタイの割に食い意地が張っているらしく、やたらと口に放り込んでいた。ならばそれは近い。近い筈なのだ。

 だが…!


 だが、まだあの場所に向かう様子が無い。


——学校では行かない主義か?小学生じゃねえんだぞ…?

 

 いや、或いは、


——ガールフレンドの前では行きたくねえってか?思春期成り立てじゃあ…、いや、待て、そうか…!


 読み違えたかもしれない。

 小学校の大半、及び中学校時代の全て、友達付き合いといった事を経験しておらず、途中からは不登校。

 対象の社会性の発達が平均と比べ遅れている可能性が高い、という事を計算に入れていなかった。小中学生メンタルだったとして、不思議ではない。

 いいや、だとしても、生理的欲求を堪えることなど出来ない…!

 いつかは来る筈だ。直に、そのうちに。

 だがその前に実験棟に戻られたら?若しくは模擬戦に参加する事になれば?

 対象本人、及び周囲への発覚を防ぐ為に、“マーキング”を解除せざるを得ない。絶好の機会を逃してしまう…!

 このまま近付いて行って、耳元で「イベントの場合は利用者が多く、平時とは比べ物にならないほど混むだろうから、早めに入れる場所を探すのが、賢い男のやり方だ」と、そう教えてやりたい。

 その逸りをぐっと抑えて、彼は追跡を続ける。

 

——大好きな女の目の前だぜ?

——幻滅されたくはないだろ?

——だったらやる事は一つ。


 そう、


——!主要な人の流れから外れた…!

——同級生からも離れた…!

——行き先は当然…!


 W.(ウォーター・)C.(クローゼット)

 手洗いである。

 

 だが当然、すぐ近くのそれは満杯。特に個室となると、数十分待ちもあり得る。

 対象は学園内部の人間で、つまり職員以外立ち入り禁止な場所でなければ、入っていく事が出来る。密集地を離れ、人気の無い建物を探す。公衆便所のような物まで設置されているくらいだ。どこかに空きは見つかる。


 対象を襲撃するタイミングは、いつが良いのか、彼はそれをずっと考えていた。

 通常、関係者以外が学園内に居れば、それだけで不自然。

 忍び込むにも警備は厳重。

 “理事長室バックランク”一人を抱き込んだ程度では、侵入はほぼ不可能。

 更に対象と同室の青年は、不良生徒と見せかけて、油断ならない手練れである。

 そうでなくても対象の周囲には、ランク7の少女がべったりくっ付いている。

 要人クラス。大したセキュリティである。

 

 だが、この明胤祭、そして対象が催すこの時、

 外部の人間が居てもおかしくない中で、自分から人目が少ない場所に向かってくれる、今日。

 逃してはならない、これ以上ない狙い目。


 対象が常設便所の一つに入った。

 清掃員がすれ違って出て行く。

 しめた。直前まで清掃中という事は、内部に人が居る可能性は極めて低い…!


 先程、三都葉に繋がりのある生徒の手で、対象を足止めさせていた時、彼は通話を装いながら近づき、ズボンの後ろポケットにボタンを入れておいた。

 制服に付いている物と全く同一。もし入っている事に気付いたとしても、不自然には思わないだろう。

 

 だがそれには、微弱な魔力が込められている。彼の魔法の一部が。

 彼は妖精のような物を生み出す。妖精の持ち物を手に入れた者は、何かを代償として失わなければならない。それを持っている時間に応じて、取り立てられる対象価値も上がって行く。


 弱く、しょっぱい能力。

 類似するジャミーラ・サマーニャの方が、使い勝手も破壊力も遥かに上。だが強過ぎないせいで、気付かれにくく痕跡もほぼ残らないという利点が確かにある…!

 機密文書やパスワードの強奪、暗殺等に使う能力。

 けれど今狙うのは、眼球一つだけ!


 目を抉られた対象が悲鳴を上げて、しかし周囲に聞きつける者はいない。治安機構は全て明胤祭に際しての大量の来園者に付きっきり。スマホで連絡する可能性もあるが、それが出来るくらい冷静になるまで、その時間は稼げる!彼が離れて人混みに紛れるには充分な時間を。

 

 ボタンの座標が少し低くなり、止まった。ズボンを下ろし、便座に腰掛けたのだ。

 対象は個室の中、2重に覆う壁によって発覚は更に遅れるだろう。

 

——完璧だ。俺は注文通りの仕事をした。


 その口が詠唱の為に「トイレの清掃員を、例外無く尊敬してる」


 背後から出た指が、その舌を掴んだ。


「ァハ…?」

「誰かの汚れを(ぬぐ)う仕事に、ボクは(いた)く憧れるんだ」


 彼の頸に手を回しているのは、さっき中から出て来た——


「あらゆる生命は、汚い物だ。穢れは必ず現れる物だ。だけど人間は、己とセットであるそれを、嫌悪してしまうんだ」


 薄い水色をした、清掃作業用帽子の下から、二つの暗い瞳が覗く。


「だけれど、それを忘れ得ぬ人達が居る…。生存の為に衛生を求める人間の、その本能に攻撃されながら、他者の穢れを処理する人達がいる…。見ず知らずの誰かから、汚濁を忘れさせる為に」


 「ボクは、彼らのようになりかったんだ」、

 その顔は。

 その、人相は…!


「ゴミはゴミ箱に。そうすれば汚い物はこの世から消えて無くなる。そう思っている人は多いね……?」


 だが、その先がある。

 ゴミを見えないようにする役目が。


「穢れと向き合い、戦い、苦しんでいても、汚れに塗れた自らまで諸共に嫌悪されても、皆が顔を顰める時間を少しでも短くしようと、不快を滅ぼし快適をもっと広げようと、そう足掻いている人達が居る」

「わ、ワあ、す、と…!」

「ボクがやろうとしていたのは、それだった」


 けれど、


「気付いたんだ」

「な、ふぇ…!」

「本当のボクは、彼らになりたかったんじゃない」

「ぅぅ、ぉ、ぉ、お、お、お、お、お、お……!」



「彼らを救いたかったんだナア、って」



 男には分からない。今、何を聞かされているのか。


「君は、デッドラインを超えたんだ」


 そして、これから先の事を、分かりたくない。


「君が特に悪いわけじゃなくて、時機が丁度悪かったんだ……」


 だから、そいつは来たのだと言う。


「この後、メインイベントがあるから」

 

 「君はそれに、水を差しそうだったから」、

 その悪党が仕える者にとって、不快になるだろうから。


「興を冷ましてしまう前に、あの御方から、見えなくなってもらうよ……?」


 それが仕事と言わんばかりに。

 



 狙われていた少年は、何事もなく“野暮用”を済ませ、電話で新開部に呼び出されたので、ダッシュで戻る事になった。


 追跡者はもう、どこにも居なかった。

 茂みの中に腕が落ちていたが、泡となって地に沁みて消えた。

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