31.謝罪配信のやり方って誰に聞けばいいんだろ
“人世虚”内、第4層。録画中のガバカメの前に立つ。
「き、緊張してきた……」
エゴサはした。
怖過ぎてそんなに深掘りはしなかったけど、表立って悪し様には言われてなかった、と思う。
ただ、大半の視聴者というのは、何も言わずに去ってしまうものだ。声を上げるのはごく一部。つまり今日、同時接続者数が目に見えて下がっている、ということが無いとは言えない。いいや、そうなっている可能性が高い。
それか、最近改善されつつあった、コメント欄の雰囲気が悪化している。これも有り得る。
まだ収益化も通っておらず、数字を気にするなんて考え過ぎ。ディーパーとして実力を付ければ、収入には困らないから、配信も不要になる。そういう意見もあるだろう。
だけど、これは気持ちの問題だ。
見込んでくれた人達を、俺が裏切った事の証明。
俺の夢である、人に勇気を与えるような、希望となること。それから大きく遠のいたと、目に見える形で宣告される。
俺はこれからそれを喰らう。
それがどれだけ大きい打撃となるか、計り知ることはできやしない。
見えている痛みへ、自分から飛び込むのだ。
気分が良いわけがない。
(((……配信行為については、私にとって興味の外です。人に見せずとも、潜行は出来るでしょう?)))
カンナにしては珍しく、消極的な提案だ。恐らく、俺のメンタル回復に手間取るのを、何度も繰り返したくないのだと思う。
それでも、なんだ。
「これは、俺には必要なんだよ」
ただ強くなるのでなく、ただ稼げるのでなく、
誰かの支えに、頑張る理由になる。
カンナという幸運に恵まれた俺は、必要最低限の目的でなく、もっとずっと高い野望へと、手を伸ばさずにはいられなくなった。
だったら、「人気」というものを、諦めてはいけない。
その為には、約束は守る。失望させたら謝る。それが必要なのだ。
「信用は積み上げないといけないんだ。一度で崩れてしまうとしても、また一から積まないと」
カンナは真剣な表情で俺の目を見て、それから認めてくれたように口元を和らげ、
(((貴方にとって、それが動機付けとして機能するのなら——)))
——佳いでしょう、やりなさい。
よし。
両手で挟むように、頬を叩いて奮い立つ。
言いたい事はまとめてきた。
原稿も覚えた。
時間だ。
映像のネット配信を開始。
『あ』
『きた』
『うおおおお』
『時間通りに始まった!』
『うんうん、来たね!』
『よっ』
『ススム~』
『大丈夫?』
『よう』
『どうする?カミザススム』
『本気かススム』
『まさか何事もなく予定通り開始とは思わなかったぞススム』
『ススむん逃げたんだって?』
『まーだ懲りてないのかこの迷惑系配信者』
『ススム、俺は信じてたぞ』
!?
………!!???!?
え、ちょ、多い多い多い。
コメント欄がいつにも増して高速スクロールだし、同時接続も凄まじい勢いで増えていく。
注目されてる…?
あ、これあれだ。最初にバズった時と同じように、アンチとか野次馬が大挙してるパターンだ。
おおおおおい!これじゃあどれだけの固定層を失ったのか、全然分からないじゃん!どーすんのコレ!?
ヤバイ。頭から色々と抜け落ちた。
えっと、第一声はどうすれば…?
「あ、あのー、どうも、あ、違う、い、いらっしゃいませ。日魅在進です………」
『あ、これはどうもご丁寧に』
『まるで初配信のようなぎこちなさ』
『初々しいな、ススム』
『配信は初めてか?ススム』
『肩の力抜けよ、ススム』
『なんでダンジョン内なんですか?自分の力量をまだ理解してないんですか?』
『キッツ、数字に取りつかれたバケモン生まれてんじゃん』
『命捨ててまで知名度乞食する人生は楽しいか?』
『大して強くもないのに有名人に影響されてソロ潜行とかやっちゃうの恥ずかしい』
やっぱり、コメント欄の険悪さが、“爬い廃”から生還した直後と似てる。あの時ほどじゃないけど、大分「否」に盛り返された。
だけど、それと押し合うくらいに、「賛」側が居る。見覚えのある名前も、大量にあった。俺を気に入ってくれた人達は、まだ完全には離れていない、どころか、結構な数が踏み止まってくれている。
この人達を、逃してはいけない。
ここからの言動に懸かっている。
落ち着けぇ…、決めた通りの流れで行け…。
「皆さん、まずは昨日の配信が、あのような形で終わってしまい、申し訳ありませんでした」
最初に、俺の気持ちを、しっかり表明しておく。
感謝と謝罪はもったいぶらない方が良い。“自分”を出すなら、それと向き合わないと。
「配信の空気を悪くしましたし、僕が挑戦し続けると信じてくださった方々にも、不誠実な態度だったと、あの後反省しました。あの場で『次回は必ず攻略する』って、そう言えなかったのは、おr…僕の弱さが原因です」
配信者が、楽しみを提供する側が、負の感情を見せてしまった。
「やる」と宣言したコンテンツを、投げ出すかのような言動。やってはいけないことだった。
「僕はこれからも、中級攻略を続けるつもりです。明胤学園編入にも必要ですし、何より皆さんと約束した事です。あっさり引き下がるつもりはありません」
ここもまた、強調するべきところだ。
少なくとも今はまだ、俺に辞めるつもりはない。それをハッキリと示しておく。
「勿論、現在の僕に第5層が厳しい事は、よく分かってます。そこで、今後に関してなんですが、更なる自己強化の為に、試行錯誤する期間にしたいと思ってます」
どれだけ意気込んでも、このままではお手上げなのは変わらない。
だったら、それ以前、俺自身の能力を変えない事には、状況は好転しないだろう。
「代り映えのしない、退屈な映像が続くかもしれませんが、これだけは信じてください。俺はまだ諦めていませんし、それを選択肢に入れるつもりもありません」
「死なない」為にじゃなく、「生きる」為に。
俺にはこれしかない。
自分の衝動の前に、逃げ場所なんて、無いんだ。
「全部、最後に達成する為の、通過点です。停滞ではありません」
これは、カンナから言われた事だ。
「私がやらせる事には、どれだけ無駄に見えても、必ず意味があります」、彼女から言い聞かされたことがある。
俺はそれを、信じたいと思う。同じように信じて欲しいと、頭を下げる。
「至らない事、不快に思わせる事、じれったくなる事もあると思います。それでも、これだけは、分かって下さい」
それだけでいい。
それ以外は要らない。
「まだ俺は生きてます。だから、まだ負けてません」
「これからも、よろしくお願いします」、そう言って、カメラに向かって頭を下げた。
ゴーグル内で、コメント欄が加速しているのが見える。
その中には、罵詈雑言も混ざっていたが、
ほとんどが、「気にするな」とか、「信じてる」とか、「良かった」とか、そういう前向きな言葉で、
混じっていた悪意は、不安と一緒に押し流されてしまった。
最近上り調子だったからって、調子に乗り過ぎてた。
俺なんて、何も上手く行かないのが普通だったじゃないか。
でも、そんな俺でも、こうやって結果を出せている。
今俺が立ってるのは、全然振り出しなんかじゃない。
あの深級ダンジョンから生き残って、まだ2ヶ月。
だけど、その期間で俺がやってきた事は、確実に報われている。
なんたって、俺に味方が出来た。
それだけで、最高の成果だ。
拳を握り、最近緩くなりがちな涙腺を締め、堪える。
勘違いなんかじゃなかった。
俺は、前に進めているんだ。




