281.折角だしね
結局、最初の模擬戦を見た人の中で、体験希望をしてくれたのは一人だけだった。
その一人に関しては、何か凄い変人って事もなく、結構普通の人に見えた。
漏魔症の俺をあちこち触ってみたりと、中々大胆な感じだったけど。
そんな前例が出来てしまった為、次の回から俺と先輩は抑えめにやり合う事になった。まあそれでも何回かやり過ぎて、殊文君が静かにお冠状態になっていたわけだけど。
というわけで何事もなく、何事もなく?1日目が終わって、今日も前日と同じような感じで行こう、と思っていたのだが、
「勿体ないよ!そんなの!」
喫茶店のシフトから解放されたミヨちゃんが頑なに主張し、俺は自由時間を得る事になった。
「折角なんだから、色々回ろうよ!学園祭で食べる物って、何故か異様に美味しいんだよ?」
「縁日の焼きそばが5割増しくらいで味覚に訴えてくるのと同じ感じ?」
「そうそう!」
(((ほほう?)))
あ、食い付いた。
(((ススムくん。今こそ散財の時です)))
「ほら、カンナちゃんもこう言ってるし」
「分かった分かった。そんな慌てなくてもいいから」
という流れで、今日は明胤祭経験者のミヨちゃんに引っ張り回される事が決定した。ちなみに先輩も誘ったのだが、「俺を殺す気か?」とカンナとミヨちゃんを交互に見ながら断られてしまった。カンナを怖がるのは仕方ないけど、ミヨちゃんは別に先輩を攻撃したりしないと思うんだけど…?
って言うか、二人っきりになるじゃん。なんかデートみたいなんだけど。違うカンナ、これは違うから座ってろ。面白がろうとするんじゃない。
「って言うか、ミヨちゃん?」
「どうしたの?」
「着替えないの?」
と言うより、何で当番じゃないのにメイド服着てるの?
という俺の真っ当な疑問に対し、ホワイトブリムを頭に乗せた彼女は、両手でフリフリエプロンドレスのスカートを持ち上げ、道に咲く花のような愛らしい笑顔で
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
「ゴオゥフッ!」
壁に叩きつけられた。尊みで。
あの、急に暴力を振るうのはやめてください。
「て、て言うか、スカート丈ってそんな短かったっけ?もっとヴィクトリアンメイドっぽい感じだった気がするんだけど?」
「どっちも選べたから、ススム君が好きそうなこっちにしてみたんだ!」
「何で俺が好きって事になってんの!?」
「嫌い?」
「好きだけども!」
口が滑った。「やたっ」とか言って小さくガッツポーズするのやめて??そんなに俺がドギマギしてる所が見たいの???それなら毎日ときめき続きだからそんな事しなくても見れるよ????
「あ、あとこれ見てこれ!」
とか言ってたらスカートの片方を持ち上げて眩しい太ももと黒いレースを見せつけようとしてくる!??!?ちょちょちょちょちょ!?はしたないよ!?何考えてんの!?中見えそうだよ!?せめて警告と威嚇射撃をしてくれ!目を逸らすのが遅れて一瞬だけ直視しちゃったじゃん!
「ガーターベルトになってるんだ!かわいいでしょ!」
「……あの、勘弁してください………」
いま、心臓がバクバクしてるから…!全力の持久走後みたいになってるから…!
この…!ニマニマしやがって!男子の青い純情を弄ぶんじゃない!あったまり過ぎて体温が45℃超えるぞ!?
(((蛋白が変質しますよ?心臓がどうのと言っている場合じゃないでしょう?)))
とまあ生命への直接攻撃によって寿命が10年は縮んだ気がしたが、取り敢えず心拍数が異常値を叩き出す事に慣れたので、そのままの格好で二人……と一応カンナで回る事になった。初等部から高等部まで参加する行事で、部活含めて様々な棟を使っているが、一番人気は矢張り高等部の出し物らしい。
クラス演劇を見てたら、セットが回転・変形して背景とシーンを切り替えていた。
モンスターの身体構造についての展示を見に行ったら、G型の剥製まで置いてあった。
ある所ではダンジョンの順路周りの内装を完全再現した模型とか飾ってあった。記憶とピッタリ合致する高い正確性を持っており、ちょっと気持ち悪かった。
バナナ専門店とか言って、チョコバナナや焼きバナナ、バナナチップス等を提供しているクラスがあり、カンナの要望で全て腹に納める破目になった。
お化け屋敷をやってた所はリアル志向が行き過ぎたらしく、年齢制限が掛かっていた。本物の流血沙汰の体験者が本気を出したらそうもなるって。加減しろ。ちなみに俺ばっかビビるという醜態を晒したので、あれ作った奴らは絶対に許さない。
建物一つを使った立体迷路もあったが、何か床に穴まで開けていた。あれって後で誰かが塞ぐのかな?
先生方は基本的に撮影やら警備を担当しているようだ。途中で音楽室とかで飾ってありそうなおじさんと擦れ違った時、何故かこっちを渋い顔で見てたんだけど、あれは何だったんだろう?シャン先生はナチュラルに買い食いしようとして、同行していた星宿先生に怒られていた。
体育館内だけでなく、屋外にもライブステージが設けられ、それぞれでバンドの演奏やら漫才やらをやっていた。模擬戦場を使って、見栄え重視の魔法の撃ち合いみたいな事も行われている。「明胤生に挑戦してみよう!」みたいな企画まで。
「全体的に規模がデカいし本気度が凄い……」
うちのクラスも大真面目にメイドについて解釈を擦り合わせ、接客の質だとか料理はその場で作るべきだとか激論を交わしていたが、成程その熱量の理由が分かった気がする。これ本当に学生イベントか?ワンチャンそういうテーマパークとして売りに出せるレベルになってない?
クラスTシャツに留まらず、コスプレとか着ぐるみとかが氾濫している為、ミヨちゃんの格好が浮く事もなかった。まあ美少女がミニスカメイドやってるので、普通に目立ってるんだけど。そして視線はそのまま、彼女と手を繋いで赤くなったり青くなったりしている俺に滑り移り、「なんだあのチビ?弟か何かか?」みたいな不思議そうな顔を作る。中には俺を知ってる人も当然居て、露骨に顔を顰めて距離を取ったり、「なんであいつが可愛い子と……」みたいに憎しみを重ねたり……、いや、これは被害妄想だな。みんなそんな事思ってないよな?うん………。
まあその空気もあって気疲れし始めた俺は、屋台が立ち並ぶ中で一度空を仰いで一息吐いて、
(?カンナ?何見てんの?)
彼女が俺の背後に目を遣っているのに気付いた。
(((いいえ?何でも?)))
それ絶対何かある奴じゃん。
などと思っていたら、
「やあ、君、カミザススム君だね?」
後ろから肩を叩かれた。
「え?はいそうですけd」
振り返った所で、俺は息を詰めた。
イケメンだ。イケメンが居る。
その隣には目立つ見た目の、パンクギャルって感じの少女。
まあそれは良い。居るだろう、そんな奴も。
問題は俺が、彼らの顔に見覚えがあるという事で。
「ちょっと時間良いかい?」
カメラを持った彼は、爽やかにウィンクしてそう言った。
俺の左手を握る白い指が、蛇のように強く締まった。




