280.ちわーす!逃げて来ました!
「あ!チビのカミザ!来んのおっそぉい!早く手伝ってよねー!」
9月14日、土曜日。
新開部に顔を出した瞬間、小憎らしい幼女に見つかった。
「プロトさーん?人の事チビって言うのやめてって、言わなかったっけ?」
「じゃあザコのカミザ!尻の下のカミザ!逃げ癖ダメ男!コーコーセーの癖に家出とかしちゃう思春期!」
「ぐ、ぐぐ……!」
こ、こいつめ……。
「良いから来て!アンタいちおう目玉なんだからさ!」
「人の事を物みたいにさあ……」
という訳で、実験室の一つで実演展示やってます。カミザススムです!みんなも第3号棟で俺と握手!
何やってるかと言えば、今日明日の二日間開催されている、明胤祭の出し物である。クラスで俺のやるべき事は前日の時点で終わる、当日はほぼ追い出される、という話をしたら、「だったら展示物になれ!」と言われてしまった。人権を無視した横暴である。
隣の部屋では各種資料やレポート、魔力感知カメラなどを用いた観察などが出来る。対象は勿論俺です。そんな中、物好きがこっち側に入って色々触ってみたり、組手をしてみたりといった事を試せる。え?漏魔症罹患者に近付きたい来園者なんていないって?まあ希望者が居なくても、相手役は部側で用意してある。
「じゃあ頑張りましょう、先輩!クラスの腫れ物同士!」
「オレサマは高貴な身だからそう簡単にツルんでやったり労役に従事してやったりはしないんだ!除外されているわけではない!頭を下げて依頼しない向こうが悪い!」
「はいはいそうですよね。先輩も参加出来て嬉しいですよね。ここは定番で、お昼ご飯とか賭けますか?」
「話を聞け浮かれチビィ!」
ニークト先輩と久々の手合わせだ。と言っても、本当に「手を合わせる」くらいの軽いデモンストレーションになるけど。武器もナシで行くし、演武みたいな感じだ。
「胸を借りますね!どうせお肉が余ってるでしょ?」
「フン、やればいい。『流星返し』でも何でも」
「ぶっ飛ばす!」
それを掘り起こすのをいい加減にやめろって言ってんだよお!?
(((そう言う割には、積極再利用していますが)))
そこで殊文君から合図が来たので、心おきなく殴り合いが始まった。
(((軽いお手合わせ、と言う話は何処へ?)))
いいじゃん!先輩相手なら何とかしてくれるって!
ミヨちゃんはクラスの喫茶店で忙しいけど、こっちに居る助手さん先輩が治療役になってくれるらしいから、最悪ミスって自滅しても何とかなるだろうし。
「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
効果を見せる為に、まずは魔法陣無し、魔力廻転のみでやってみる。肺呼吸強化による魔素吸引だけは最高効率で。
「“誅狼”!」
先輩はお馴染みの簡易詠唱だ。
よく考えたらリアル戦場みたいな所に簡易詠唱のみで突っ込んでるの、かなりぶっ飛んでるなこの人……。
「ひゅ、おおおぉぉぉ、お…っ!?」
俺が狭式呼吸を調えきる直前に、狼鎧から眷属を一体分離させて投げつけてきた!
ちょおっ!?
「俺の体内魔法陣見せる企画でしょお!?何初手から潰しに来てんすか!?」
「お前ならそのくらいわけもなく対応するだろうが!勿体ぶらずに見せつけておけ!」
「そうですけどおーっ!?」
左に一歩で回避した俺は飛んで行った1匹を取り敢えず無視して距離詰め前ステップからの左ジャブ!先輩は右腕に爪を生やして曲線で受けながら右足サイドキック!その出始めを感知した俺は後から左脚を始動させ相手の攻撃を迎撃!「追い着くか…!」お返しの右ストレートの内側に先輩の左腕が擦り合う!クロスカウンター!俺の拳が鎧を削る事で互いに減速、すると当然鋭利な方が有利!
先輩の首から狼の血が噴き出し俺の頸部を守る防具に幾筋かの傷が付く。着弾直前に貫手の形にしたことで打撃よりも断裂の形にする事ができた。先輩が右足でたたらを踏む。俺は相手の内股左右に2連で蹴りを入れて更に体幹を乱し、生じた無防備に左フックを捩じ込む。反応装甲が狼の皮を半分程吹き飛ばし、実体の拳が腹筋を抉るように入った。
開いた穴の周囲が狼の顎となって食いついて来るのを拳からの魔力噴射で押し返す。背後からやって来た狼にも同じように対処しようとした所で先輩が新たに生んだ眷属に自分の右半身を蹴らせて回転、左拳から前腕までの側面に生えた牙の列による斬撃。後ろに向かって魔力を噴いたり爆破したりすれば、反動が邪魔して下がれずにそれを喰らってしまう。
だから上半身を大きく反らして、どころか床に手を着いたブリッジ姿勢で回避。〈ギャウンっ!〉頭を狙ってきた1匹を魔力で吹っ飛ばしつつ、〈ギャバッ!〉反応装甲に四苦八苦しながらも食い破り下半身に届こうとしていたもう1匹を倒立の要領で蹴り上げて倒す。そのまま地を押して後ろに跳躍し一度距離を取って、互いに向き直った。
思ったよりダメージが通らないな…。狼鎧の硬さやコントロール精度が向上しているし、その上には体外魔力の膜が張ってある。以前戦った時より更に防御に磨きが掛かってるんだ。流石先輩。
ただ、呼吸法を始めとして、俺だって結構成長した。苦しげに被弾部を押さえているのを見るに、完全に無効化は出来ていない。
「ひゅ、ぅぅぅううう…っ!」
そろそろ次に行って良いだろう。
呼吸に集中し、魔力効率を上げていく。もっと速く、もっと強く。
体内に第二段階魔法陣を成立させる。
二重正三角は使うだけで消耗がハンパないし、まず動く事すら出来なくなるので今はお預けという事で。
「ひゅ、おおおぉぉぉ…っ!」
先輩がまた眷属をけしかけてきたが、ここまで来ると魔力を撃つだけで倒せる。爪を1本分離させ、ブーメランのように投げているが、それも反応装甲で跳ね返せる。
地が凹むほどに踏んで力を溜め、解放と同時に魔力噴射と背面魔力爆破を敢行、一手で距離をゼロにしながらの顔を狙った右テレフォンパンチ!
だが先輩はそこまで読んでいたようで、僅かに避けきれず抉られながらも身を低め、右腕を開いた腋下に入れてからの一本背負い投げ!俺の余勢を駆ってに地へと叩き伏せる!魔力と受け身で辛うじて止める…いいや!俺はある程度のダメージを許容しつつ横から自身に魔力をぶつけ切断するような足払い!何かをへし折ったような手応え、いや足応え!
右腕が狼に変化した鎧に嚙みつかれているのに構わず姿勢を崩した相手の左わき腹に魔力噴射も合わせて膝を曲げ突いてめり込ませる!
数十の風船が同時に割れたような破裂音!俺は更に相手の頭を寄せて追撃の右膝を入れようとして、
『そこまで!』
先輩の首輪が赤く点滅している事に気付いた。
『良観!頼む!』
「オーケー、任せといて?」
殊文君の指示で助手さん先輩が傷を治しに来た。
「す、すいません、先輩、大丈夫でしたか?」
「何がだ!オレサマはお前に心配されるほどヤワじゃない!」
流石だあ…!腹に穴が開いてても、全然やる気に満ち溢れている。
俺の残りポイントは……げッ!500点切ってるよ!背負い投げが効いたなぁ~……。
「危うく負ける所でしたよ」
「調子に乗るな!オレサマ相手に確実に勝とうなんて100年早い!」
「いや君達?これデモンストレーションだからね?なんでガチ目に殴りあってるのさ?」
あ、しまった。ムキになり過ぎた。
完全に火が点いてた。
「向こうの観衆、大方引いていると思うよ?もっと抑えめで行っても良いんじゃないかな?誰も体験したがらなくなるじゃないか」
「そ、そういえばそうですね…。趣旨を忘れかけてました」
「ゥウン………」
「しっかりしてくれよ…」
ど、どうしよう?完全にやり過ぎた。
と、オロオロしている俺に、
『諸君、朗報だ』
殊文君の声が届いた。
『体験希望者だ。くれぐれも丁重に持て成すように』
マジ!?奇特な方も居る物である。
「いいかい?『くれぐれも』、だからね?」
はい、肝に銘じます。
って言うか流石に、来場者の方を本気でぶん殴ったりはしませんよ?
ホントだよ?




