277.お、おぉう……… part1
「と、まあざっくりとこんなもんだ」
「………」
「おい、何か言えよ」
「………ぎゃふん?」
「ぎゃふんと言わせたくてこの話してんじゃねえんだよ」
いや、重い……!語り口に反して内容が激重でしたよノリド先輩……!
後輩と遊びに行ったら偶々そこに永級が生えてきて、避難先ではディーパーである事を理由に体の良い捨て駒にされそうになって、挙句自分はフラッグの第三波で死にかけて、後輩の方は死んじゃって、対人対モンスター恐怖症と自責の念を併発して、挙句気の置けない仲だった友達と喧嘩別れするって、そんなの、
そんなの……!
「!?……いや……別に泣くような話じゃねえと思うんだが……」
「びゃ、だっでええええ……!」
「五月蠅いし汚いぞナイーブチビ!もっと神妙に聞けないのか!?」
「ススム君は優しくて感受性豊かなんですぅ!綺麗な心を持ってるんですぅ!」
「み、ミヨっちゃぁん……?それは全肯定が過ぎないかねぃ……?なんか厄介な保護者みたいになってるよ~……?」
「考えてみれば、境遇で言ったらあなたも似たような物でしょう?」
「自分以外の゛悲しい話わ゛別腹っで言うかぁ!」
「スイーツか!なんか余裕あるっぽいのジワるくね?ムー子?」
「ショモ……」
「あー!?ムー子が縮んでんだけど!?よしよし辛い話でしたねー?びっくりしちゃったねー?」
細かい事までは語られなかったけれど、淡々とした事実の羅列は逆に刺さる物があった。俺は顔面の形を気にする余裕も無く泣いて、いたんだけど張り付くようにそれを観賞しようとしていた女に気付いてすぐに鼻をかんで何とかお見せできるレベルに戻した。
(((減点。もっとしっかり見せてください)))
そんなに俺のぐちゃぐちゃシワクチャ顔見たかった!?涙も引っ込むレベルでドン引きなんだけどぉ!?
「ノリっち先輩、それじゃあこの前のフラッグの時は……」
「意外と平気だったな?時間が万能薬ってのは本当だぜ」
訅和さんが微妙に苦めな顔をしているのは、きっとあまり平気には見えない何かがあったのだろう。
「乗研せんぱ」「やめろカミザ」
先手を打たれてしまった。
「今も昔も、俺は勝手にやって、勝手に自滅してるだけだ。テメエは関係ねえ。だから礼も要らねえ」
「……じゃあこれも、必要だからじゃなくて、やりたいからって事で受け取って下さい」
——ありがとうございます。
怖い思いを推してまで、俺を助けに来てくれて。
「……フン………」
「それで、今の話で、あなたが改めて言いたかった事って、何かあるのかしら?」
この流れで涼しい顔してるトロワ先輩はもうなんなんですか?共感性はある筈なのにそれって、ポーカーフェイスなのかタフなのか。
「簡単な事だ。俺という先達に学ぶなら——」
——決断の軸を他人に求めるな。
先輩は、そこに要点を置いた。
「俺はまあ、弱っちくてこんなザマだがよ。テメエらも他人事とは行かねえんだ。誰かに褒められて、誰かに叱られて、誰かが凄いと言ったから、誰かに見下されたから、誰かの役に立っているから。そういうのを行動原理に持つってのは、恐ろしい事だ」
「目隠しで断崖を歩いてるようなもんだ」、そう言ったその人の目、いつもサングラスに隠れている瞳は、こうしてしっかり向き合ってみると、弱々しくて優しそうに見えた。
「見えてねえ内は良い。怖いモン無しで足取りしっかりだ。そんで悠々と進んで、渡り切る前に視界が開けて、その道の両脇が奈落だと知っちまったら?自分の中に、殆ど何も詰まってねえって、後戻りできなくなってから理解しちまったら?」
怖くて動けなくなるか、足を踏み損ねコロリと落ちるか。
「あれから色々あった。AI技術の進歩があって、ダンジョン内で自律するカメラなんてモンが出来て、潜行も、それを配信しエンタメ化する事も、随分楽になった。コンテンツとしての潜行が広まり、ディーパーのスターが続々と世に出て、日々の生活を支える務めが華やかに展覧されて、界隈への風当たりは良くなって来ている。良い事だ。本当にそう思うぜ。命懸けで国の平和を維持してる奴等が、蔑視の対象になる社会ってのはクソだ
俺もまあ、そこらのダンジョンなら入れるようになった。時間ってのは本当に強え」
状況は8年前より改善している。けれども、
「だがテメエらは、ディーパーってのは、何処かで人間扱いされてねえのは変わらねえ。そう思っておいた方が良い。諸手を挙げてテメエらを歓迎するのは、これまで恐れの対象だった部分が、『カッコ良さ』だとか『映え』だとか名前を付けられ、変換されてるからってだけだ。線を引いて、“平和な日常”から遠ざけてるのは変わらねえ。
何かトラブルがあれば、すぐにあからさまな化け物扱いに切り替える。『信じてたのに』と被害者面が出来る分、以前より激化するのかもしれねえ。『騙された』って信じさえすりゃ、死地に押し出す後ろめたさを薄めれるからな」
皆が皆、仲良く分け隔てなく、そう行ってくれたらいい。だけど現実はそうなっていない。
潜行者として生きるということ。それは人から外されるリスクを負うという事だ。
「人間は、より多くの対価を必要とし、自分で払わざるを得ないモンを有難がる。だが本当に必要な物ってのは全員に関係のある話だから、負担を分けるシステムになっていて、見かけ上少額で買える小物と錯覚しちまう。
ましてやディーパーからコアを買うのは、電力会社や加工業者、企業だ。民衆が自分の金を潜行従事者に突っ込むなんて、配信界隈誕生以前にはほとんど見られなかった。医療やら大道芸やら、もっと別の業界に出て、初めて感謝、感激される。そういうもんだったんだ」
俺達の感覚だと、ディーパーは超人とか英雄とかに見える。だけどそれが必要とされながら、一方で日の目を見ない、世間的には暗部とされている時代があった。
何処かで聞いた都市伝説を思い出す。
ディーパーの語源は、“深みに嵌まった奴”という、蔑称だって話を。
そしてその在り方は、いつまた終わってもおかしくない。
「モンスターと戦うのに、必要な事をやってる人達だって、そう思ってくれてないって事ですか?身近な話だと警察としてとか、大きな災害とか海難事故の時だって、一番活躍する人達なのに」
「事件発生を未然に防ぐだとか、フラッグを起こさせずエネルギー産業を回すだとか、成功してる時が一番忘れられるんだ。何も知らねえで見れば、何も起こってない事実があるだけだからな。それで、本当に必要なのか、特定のどいつかが過剰に強くなって不当な利益を貪ってんじゃねえか、そういう話になるんだ」
もし力ある者達が平和を達成して、それを維持する事が出来ていると、要らないと思われ協力されなくなり力を削られ、そして平和が崩れ、その穴埋めのお鉢は力ある者達に回ってくる。
背後を気にしながら誰かを守る、モンスターの脅威と戦う事を主眼とした潜行者には、そんな矛盾に満ちた生き方が待っている。
「これで終いだ。落伍者からの説教なんて、つまらん話を悪かった」
誰かの為に。
それは俺が目指している物だ。
俺は俺のやりたい事をやって、それが結果的に誰かに力を与える。それが一番良い。
だけどもし、これまで俺を応援してくれていた人が、ある日「人間」というカテゴリからすら、俺を蹴り出してしまったら?
それか、これまで「ローマン」と呼んで石を投げて来た誰かが、救いを求めて手を伸ばしたら?
俺は彼らの幸せを、望めるのだろうか?
「ススム君」
隣からミヨちゃんが、考え込んでいた俺の左手を取って、ギュッと抱き締める。
「少なくとも私は、ススム君と一緒が良いから。誰がどれだけススム君を怖がったり、気持ち悪がったりしても、ここに一人、別々扱いは絶対にイヤだって思ってる女の子が居るから」
「それを忘れないでね?」、
湿潤な腕をぷにゅりと押し付けて、天使の笑顔で彼女は言った。
「はぅ、ぅはぁい……」
「アツー……!」
困ります狩狼さん。フラッシュを炊かないで下さい。




