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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十一章:大事な物ばっかり目に見えないのはどういう不具合ですか?

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276.そして誰もいなくなった

 彼はあれから、ダンジョンに潜れていなかった。


 選択教室内では元々腫れ物扱いだったから、それで特別問題は起こらなかった。

 しかし10月には、全員参加の甲都遠征がある。

 その時も不参加を貫くべきか、吾妻と共に挑戦するべきか、その問いは乗研を大いに悩ませた。


 夜な夜なあの“声”に魘されながら、浅級にさえ及び腰になっている彼が、彼女の隣で戦っていいのか。負い目と劣等感があった。

 

 吾妻漆は、あの時に深化していた。


 遠山にもそれで勝ったらしい。

 彼女は史上最年少、9文字詠唱を会得したチャンピオンとして認定される、その予定だという噂まで出ていた。

 乗研は天才だった。

 吾妻はその上を行っていた。

 彼は勝手に彼女を対等な友と思い込んでいたが、そうではなかったと露呈した。

 彼女は彼と違って、才能を満杯に容れられるだけの、大きな器を持っていた。

 限界が見えている、真の強敵には敗北する彼と違い、彼女は勝利する側だ。

 

 乗研は半端に優れているだけの、弱者だった。


 今はまだ、向こうはそれに気付いていないようだった。

 だが行動を共にしていれば、いつかバレる。

 失望される。

 そこまでの時間は、長ければ長い程、無駄なだけだ。

 だから彼は、彼女を避けるようになっていた。

 もう自分に関わらないで欲しかった。

 それが彼女の為か、自分のプライドの為かすら、よく分からなかったが、

 もう会いたくない、それだけはハッキリしていた。

 

「おいリュージ!観念しやがれ!やーっと見つけたぜー?」

 

 しかしどうやら、彼は逃げる事でさえ、満足に熟せないようだった。

 ある日、学園内でもほとんど人が来ない穴場で、隠れるように時間を潰していた乗研は、吾妻に正面から声を掛けられ、無言で去るわけにもいかなくなってしまった。


「……どうした、鬱陶しさが倍増してんぞ?」

「どーしたも何も、テメー最近全然顔見せねーじゃねーか!っつーか、見せねーよーにしてねーか?何逃げてんだよ」

「逃げてねえよ」

「嘘こけ」

「巡り合わせが悪かったんだろ?」

「有り得るかボケナス。あんだけツルんでたのによ」

「気分に任せてたら偶々近寄っただけだろ?いつもいつもベッタリとは限らねえだろうが。小坊の馴れ合いじゃねえんだ」

「……イヤーな言ー方じゃねーか。何かムカついてるっつーならそう言えよ」

「違えよ。偶然だっつってんだろ。俺が言ってるからそうなんだよ。そういう事にしとけ」

「何を怖がってやがんだよ?らしくもねーなー?」


 耳が痛いとはこの事だった。

 彼は何かが決定的になるのを避けて、彼女をなるたけ長く遠ざけようとしている。おっしゃる通りのご明察。ぐうともスンとも言えない図星。

 形が決まらぬ焦りばかりが募って、彼はぶっきらぼうな応対をより強くする。


「……俺らしい、ってなんだよ」

「あん?」

「何でもねえ。モン坊の事があってから、テメエとは顔を合わせづらいだけだ」

「あー、モン坊、モン坊な……」


 それは一つの反則だった。

 その名前を出せば彼女は口を噤み、気まずい沈黙が場を押し固めて、時間がチャイムまで流してくれる。そういう打算10割で、死者を使()()()

 

 死者だ。


——ああ、

——モンタは、死んだんだ。

 

 その時彼は、ずっと口の中で飲むも吐くも出来なかった物を、喉の中程まで下す事が出来た。彼はもういない。乗研が居て、吾妻が来て、しかし彼は現れない。

 何かの間違いでも奇跡的妙手による偽装でもなく、

 紋汰・プルミエルはどこからも居なくなった。


「ま、いーさ、そんな事よりさ、聞ーてくれよ」

「………あ?」

 

 

——今コイツ何て言った?



 耳を疑った乗研は、つい無関心を装っていた顔を上げ、マジマジと吾妻を仰ぎ見てしまった。それを「釣れた」と判断した吾妻は、嬉々として先を続けようとする。


「テメー言ってただろ?政府から目を付けられてウンヌンって。あれさ」「アヅマ」


 呼ばれた彼女の眉間が険しくなる。その姓を嫌っている事は、とうの昔に伝えておいた筈の基本事項だったからだ。


「……ミスったのか?………おい。忘れちまったか?ご自慢の記憶力はどーした?優、等、生」

「んだよ、偉そうに。将来の取締役殿は随分と高圧的態度が板についておやがりだ」

「テメー……、耳掃除はしっかりしとけよ?大事な話、全部聞けてねーみたいだなあ…?」

「聞いたさ。家柄も財産もとことん利用する癖に、“アヅマ”で一括りにされたくねえ、だと?笑えるぜオイ。甘えた半端モンもいい加減にしろ」

「だから…!そんな事言えた義理じゃねーのは分かって…!だけどお前には…!お前にだけは…!」


 イヤだ厭だ。

 食道の真ん中に倦んだようにへばりついた物を、あの手この手で取り出そうとして、吐き戻せるのはイガイガした言葉。

 スッキリなんてするわけもなく、出しただけ逆に重くなるのに、それでも排出を止められない。


「どうしたよ。話があったんだろ?とっとと言えよ。モン坊より大事な話なんだろ?さぞや面白いんだろうな?」

「何でモン坊より大事って事になんだよ…!?ぁあ!?ざけてんじゃねーぞ繊細ゴリラ!」

「ゴリラは元々繊細だ浅学スケバン気取り。テメエにとっちゃ、嫁だか婿だかそういう人の付き合いも所詮道具か?壊れちまったらあっさりポイかよ?」

「だから…!なんでそーなんだよ!モン坊が死んじまった事と、俺が目出度い話持って来た事になんの関係があんだよ!嬉しいなら嬉しいでいーだろ!?」

「俺のどこら辺を見て嬉しがりそうに思えるんだって聞いてんだよ!」

「は、んなもん、だって、お前が言ったんだろーが!」

「何を!」


「国が採らざるを得ねーくれー強くなるってよ!」


 そうなった。その通りになった。


「俺に勧誘が来た。ケッコー段違いにキナクセー所からだ」

「………………テメエを、雇うって?」

「そーだよ。部外者には詳しく言えねー、っつーか、こんな事言っちまうのもホントなら禁止なんだろーが、だがよー、これはゼッコーのチャンスって奴だぜ?」

「ぜっ、こう……?」

「そーだろーが!俺が向こーに掛け合って、テメーと二人1セットで入り込む!それが出来んだろ!俺達二人で、なんか色々変えられる立場になって、偉くなるんだろ!?」


 「そーだろリュージ!」、

 単純な一色いっしょくに染まる吾妻を、乗研は理解出来ない化け物のように見ていた。

 

 吾妻は強くなったのだ。                  乗研と違って。

 吾妻は前を向いているのだ。                乗研と違って。

 吾妻は失う悲しみに打ち克ったのだ。            乗研と違って。

 吾妻は国に選ばれたのだ。                 乗研と違って。

 吾妻は本気で達するつもりなのだ。             乗研と違って。

 

 対等?理解者?どの面が言っている?

 他から異端視されているだけで、彼は彼女の足下にも及ばない俗物だ。


 彼はまた偉くなりたかっただけだ、褒められたかっただけだったのに。

 失望されるより、喜ばれる事の方が多かったあの頃へ、戻りたかった。

 愛されていたのに、分かり易い証明を欲しがる。

 乗研は才能を持って生まれて、けれど弱さも一緒に付いて来た。

 吾妻と違って。


 ()()()()


 そう思った。


「なー!リュージ!俺達さ!」

「消えろ、アヅマ」


 この先彼は、治るかも分からないトラウマと、延々揉み合って引きずるように生きるのだ。フラッグを相手にするどころか、ダンジョンに入れるかも分からない。誰かを守る、誰かの為になる、そういう行為の全てに反吐が出てしまう。彼を守る者にも、彼に守られる者にも、いつ敵になるかと恐怖してしまう。

 ディーパーとしての復帰に何年掛かるか、それが可能なのか分からない。それは巻き込まれた結果ではなく、全てが彼の自業自得だ。


 稀代の才能が世を良くする流れの中で、乗研は川底の岩と同じだ。ほとんど影響力は無いのに、完全に削られるまで微妙に突っ掛かる。時が作る奔流を、誰の気にも留まらないくらい、小さく地味に遅らせる。


 彼女が出来損ないの「天才」を推薦して、それが求心力や言動の説得力に瑕を付けたら?そいつに歩調を合わせようとして、小股でチマチマ行く無駄な時間が生まれてしまったら?



 彼女の負担となる。彼にはその想像だけで、耐えられなかった。



「お願いだから、もう俺に話し掛けないでくれ」

 

 両手で爪を立てる程に、強く己の顔を掴み、乗研は単なる問答無用を、拒絶を示し続けた。


「………………………………あっそ」


 根負けしたように、失望したように、冷たく小さく打ち切りを宣言して、


「一生そこで震えてろ、ビビリなガキがよ」


 思ったより静かな足音で、そこから去った。


 

 それ以来、彼は一人で逃げ続けている。

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