275.モラトリアムの終わり
永級10号の政府高官内での呼称は、“箴埜筵”とされた。
報道によって、民間にもそれが広まった。
ダンジョンの管理権は当然の如く行政行となり、周辺の土地も国が高値で買い取った。現地には防衛隊の拠点が新たに開設され、ダンジョン内モンスター数の維持と、有事への備えとなる事が決定した。
が、幾つかの団体が、そこに異を唱えた。
世界的にも僅かしか存在しない、永級特異窟。その恩恵を政府にのみ独占させる事は、強権的であるとの不満が吹き出したのだ。
彼らは民間との合同管理にするべきだと強弁し、国のやり方を「地上げ」のようなやり口であると糾弾、更に可及的速やかな防衛力配置について、近隣住民の許可を得ずに新たな「基地」を作る事だと抗議。土地の所有者達を抱き込み、民家等の建築物の取り壊し、撤去作業を停滞させる。
「寡占軍国主義丹本反対」「国民に犠牲を強いる政府を許すな」等のプラカードが掲げられ、建設現場には毎日多数の人間が座り込みをして、警備員と揉み合いや乱闘騒ぎとなり、警察の機動部隊が動員される事もあった。その中には大学生の姿もあり、後に彼らが自死を以て体制への反抗を示した事で、運動は更に過激化。
放火や車両の交通妨害、防衛隊や警察職員への暴行事件が幾度もニュースを賑わせ、警備側で潜行者でもあった男が、暴動との衝突の末に死亡する事態にまで発展。
その事件を前に、政府単独管理反対派はハッと気づいたような顔で言った。
「我々の怒りの火は潜行者でさえも止められない。この声は政府に必ず届く」
これにより運動は益々隆盛になる、かと思いきや、先鋭化が過ぎた事で追いつけなくなった者達の離脱、それを罰する内ゲバ、反発する者達の分裂が始まり、その隙に防衛隊拠点が完成し既成事実化していった事もあって、弱体化の一途を転がり落ちて行く事になる。
最終的には政府の方からの謝罪と共に、「十分なコンセンサスを得る為」として和解の申し出があり、反対運動側がこれに応じた事によって、数年続いた闘争に終止符が打たれる事になる。
乗研はその一連を、全てテレビやスマートフォンの画面越し、或いは新聞の紙面越しに見ていた。主要メディアは政府の行動を総理の専決による混乱だと批判し、ネットの中では賛成派と反対派、中立、対立煽動などが入り混じっていた。
職務を全うしたが故に命を落とした者に対してすら、全員が全員大人しく黙祷したわけではなかった。
彼は政府批判の材料として、墓まで利用し尽くされていた。
思い出すのは、かつてすぐ後ろを歩いていた、小さな足音の記憶である。
吾妻が彼を連れて来た時、乗研は馬鹿な事はやめろと突っ撥ねるべきだった。
彼女に勝った時に、関わるのをやめておけば良かった。
愛されているのに、家族が居て、友人も作ろうと思えば作れて、ただほんの少し思い通りに行かないから、不満足だから、それだけの理由で孤独なんか感じて。
そういうのはいいから、真面目に生きてれば良かったんだ。心が通じた親友なんてクサい物を欲しがって、願いの響きだけは良いから止める理由が無くて、
そんな事をやっていたから、モンタはあの町に来てしまった。
乗研が連れて来たのだ。
彼は苗町に来て、フラッグの後は避難誘導を試みて、モンスターに応戦し、手傷を負って地下鉄の駅まで逃げ込んだ。
そこで、乗研達が出遭ったのと、似たような状況になってしまった。
乗研ほど弁が立つわけでもないし、吾妻ほど社会性に欠けているわけでもない。
何より人を守りたい正義感は、乗研や吾妻が飛びついた見せかけのそれとは違い、本物だった。
彼は要求を快く呑んだという。
ある者は自ら進んでそうしたのだ、とまで証言した。
他の人間が隠れている場所からは離れ、一人で救援を求めに行った。
その後は、分からない。モンスターが残っていたのか、それとも遠山に会ってしまったのか。目撃者も映像記録も残っていないから、分かりようがない。
いや、分かっている事は一つある。
胸から上の8割、それだけ見つかったから、生死自体は確定している。
式に参列した乗研は、彼の家族になんと声を掛ければいいか、分からなかった。
「俺が彼を連れて来たんです、ごめんなさい」、だろうか?
そんなの、自分が楽になるだけだ。
彼らが乗研を罰する手段が無い事を分かって、一方的に吐き出して終わりだ。
ネタにしようと押し寄せる報道陣に怒りを抱いたが、乗研は彼らを責められるだけの潔白を持っていなかった。
地下鉄に残っていた人間は、全員が生還したらしい。
紋汰・プルミエルは、小さな英雄になった。
モンスターを食い止め引き付けた、勇気ある若者だと。
だがその後、生き残った中に治癒能力を持つディーパーが居た事が特定され、そこから当時ディーパーであることを隠していた人間が続々と暴露されるという、ディーパー叩きの炎上騒ぎが始まった。
彼らは口を揃えて、潜行者は役立たず、人を守らないなら危険なだけだと、そう言い募った。
例外的に勇敢だったモンタを旗印として、ディーパーには例外なく有事での労役義務を課すべきだと、一部の民衆から声が上がっていた。
それに対抗して、彼が他の人間と共に、地下鉄内で大人しくしていたら、彼自身を含めて誰も死ななかった、彼は無駄死にだったと主張する勢力も現れる。プロとして他者を危険に晒す自己満足をするべきではない、名乗り出ず残っていたディーパーの方が正解だったのだと。
「紋汰・プルミエル」という名は、分断の元として悪目立ちし始め、
表で口にするのは憚られるようになり、
SNSでは荒れるかブロックされる呪文として口にされなくなり、
世間から忘れられていった。
吾妻に助けられたあの地下階の生存者達が、どう思いどう叫びどの立場で参戦したのか知らないが、漏魔症に罹った人間の声なんてどの道、大局に影響を与えなかっただろう。
そんな中、乗研は3年生になっていた。
背後に足音はもう響かず、代わりに笑い声ががなり始めた。




