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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十一章:大事な物ばっかり目に見えないのはどういう不具合ですか?

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271.合理性に基づいたプラン

「お頼みそうらう。乗研、吾妻、それがしと来てはくれまいか?」


 正気じゃない、とも言えないギリギリの線だった。

 言っているのがその男だからだ。

 

 グランドマスター、遠山喜三郎。

 相撲取りとしての顔も持ち、頭も体も横に広いが、だらしのない体つきとは思わせない迫力がある。髪はかつて大銀杏に結ばれていたらしいが、本格的にディーパーに力を入れると決めた時に剃り落としたそうだ。

 明胤学園で各学級区分に設けられている主任階級の一人であり、対人対モンスター問わない実力者。

 言ってしまえば、吾妻や乗研より明確に強い。どころか全ディーパーの内、上から数えた方が速い人間である。

 経験豊富で、ここまで大規模でないものの、フラッグ対処の経験もあるのだと言う。


 そんな人物の口から、セオリーに反する提案が為されたのなら、そこに何らかの勝算があるのだと考えるべきだろう。


「話を聞きましょう。どういった状況ですか?外はどうなっているんです?」


 だから乗研は続きを促した。


「うむ、上は現時点で言うなら比較的落ち着いておる。目につく獲物がなくなった後は、次を探して外へ外へと広がって散らばっておるようだ」

「規模が大きいだけで、これまで観測されたフラッグの流れからは外れていませんね」

「然り。先読みはしやすいと申しそうろう。つまり、動くなら今だ」

「ここで待つという選択は?」

「それはお勧め出来ぬ、と申し候。理由は幾つかあるが、第一は此度こたびのフラッグの規模だ」


 通常なら防衛隊以外、嵐が過ぎ去るのを待つのが得策だ。

 地震の時に「おかしも」を守るというのと同じく、フラッグに遭えば隠れて待つよう教育される。

 遠山は、今回はその限りではないと言うのだ。


「大き過ぎる。そして多過ぎる。防衛隊と、警察組織も動員して、民間のディーパーから有志の協力を募ったとして、恐らく止めるのが精一杯であろう。そして、まごついている間に」

「まさか、第二陣が来ると?」

「最初の特異変異体からの攻撃も含めて数えれば、第三波だと申し候」

「それは、想定が悲観的過ぎる…!」

「いいや、まだ深級生成に対しての組織的な対策が不十分だった時代、モンスターの行軍は波状ウェーブという形で記録されておる。そうでなくなったのは、初動で速やかに第一・二波を制圧し、第三波以降があっても顔を出した瞬間に狩るという、水際対策が可能となったからである」


 現代の先進国において、ダンジョン生成時のフラッグから、「第三波」という概念は消滅し掛けている。それが出て来る頃には封じ込めが完了するようになっているからだ。異形化した人間による予波と、ダンジョンから出て来る本派、その二つに分けられるのが定番。

 一方で社会情勢が不安定な場所であったり、絶賛戦時中の国境沿いであったりに出現した場合、人の対処が遅れてモンスターは伸び伸び暴れられ、三度目、四度目の襲来が成立してしまう。

 陸続きの国境が無く、治安も比較的良いという地政学的条件が、多数ダンジョンの同時管理という離れ業を丹本に許している。


「そして今回、防衛隊に前線を押せている気配は無い」

「必然的に、『第三波』がダンジョンから出て来てしまう、と?」

「その時ここが、諸弟ていが無事なままでいられるかは、賭けになると申し候。そうなる前に、この場に救助要員を引っ張って来るべきである。どうやら負傷者の姿も見受けられるようであるからな」


 横になって介抱される2、3人を遠目に確認する。


「……あのモンスター、生気と言うか、エネルギーと言うか、そういう何かを吸い上げるようです」

「そのようだ。この次があるとなると、体力が持つまい」

「………助けるには今行くしかない、ですか」

「少なくともあの3人は命を落とす、と申し候」

 

 籠城は必ずしも堅実でなくなった。

 どうやら本当に、彼らが助けを呼んで来る以外に無くなってしまったようだ。


「諸弟の実力は某が最も良く知っている。であるから、教職分でありながら教え子に頭を下げる」


 胡坐をかいた中世武士スタイルで腰を下ろしていた遠山は、言葉の通りに上体を倒す。


「頼む。某と共に、ここに居る者達を救う手助けをしてはくれまいか」


「………けっ…!」

 

 吾妻は不満げだったが、乗研は少しだけ安堵していた。一触即発のまま、ここで閉じ込められているよりも、事態改善の為に自ら動いている方が、どれだけか気が楽だろう。


「分かりました。おい、それでいいな?」

「………いーもわりーも、選ぶ余地がねーだろ。それに」

 彼女は首だけ振り返り、聞き耳を立てていた者達相手に目を尖らせ、

「こいつらとここで一緒は、もっとゴメンだ。間違いなく死ぬからな」


 「どっちが死ぬのか」について、敢えて胸にしまう分別は残っているようだ。







 他のディーパーは最後まで名乗りでなかった。彼らも最初から腰抜けを戦力として当てにしていなかったから、特にしつこく探る事もしなかった。


 遠山の言葉の通り、モンスターの密度は驚くほど低い。

 この凪が続いている間に、ルートを確保し救助人員を派遣させる。

 

「行くぞ。遅れる事のないように」


 スピードが命、その表現に誇張なし。遅れた分だけ人命が危うくなる。

 遠山を先頭に3人は駆け出した。

 流石はグランドマスター。重く広い体躯を感じさせない速さ。

 ビルの間を縫いながら、時たま残されている丸顔共を、余計な音一つ無く処理していく。彼の魔法は「区切る」事で遮断や破壊を為す物であり、射程内の低級モンスターは危なげなく仕留められるのだ。これなら数分も経たずに、防衛隊の前線に辿り着ける。


「時に諸(てい)


 喚かれて目立ってしまわぬよう、空や建物内の気配を探っていた二人に、遠山が進みながら話を振る。


「上位モンスターと行き遭った場合、如何いかがする?」

 

 それは確認作業だった。


「逃げます。深級のフラッグと思われる事を考えると、モンスターとの戦闘は避けるべきです。更に一つの上位モンスターの周囲には、下位が複数いる場合が多い。W(ワジール)型であれば最悪です。何がなんでも正面衝突を避けるべきだ」

「乗研らしい、範となる回答である」

 「有望な勇士だよ、ていは」、そう口にする遠山に対して、乗研は表情も見えないのに何故か、「残念そう」な様子を見て取った。


「それでは問おう」


 そして疑問に思う。その誘導に従って、彼らが行き止まりを前にした事を。


「この場合はどうする?」


 遠山の魔力が、大きく広がった。

 いや、唐突に過ぎる。

 出現したにしては、速過ぎる。

 まるでそこに最初からあったかのように「リュージ!ヤベーぞ!!」「ああ俺も今感じた!」


 二人の背後に2体のモンスターが立っていた。


〈プ……クプ……〉

〈キャハ……カ、アハ………〉

 

 ウェンディングドレス、一目ではそう見えた。

 純白のヴェールの下には艶やかな黒髪が伸びて、丸く大きな頭、細い胴と下に行く程膨らんでいくスカート。

 白く女性的な獅子舞とでも言うべき外見。


其奴そやつらは恐らく(ワジール)型だと申し候」


「は?ふざけんなよオイ!?」

「どういうつもりだ……!?何をしている……!?」


 遠山の魔法能力で、こいつらをここに隠していたのか?

 何の為に?決まっている。

 

「其奴ら、すぐに呼ぶぞ?同輩を」


 ここに来た奴を殺す罠とする為に!


〈キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!〉

〈キャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!〉


 刺すように高い周波数が響く。

 注意深く計るまでもなく、魔素の流れが確かに変わった。

 

 来る。

 殺される。

 そう思った。

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