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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十一章:大事な物ばっかり目に見えないのはどういう不具合ですか?

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267.そういう世界に生まれただけで

 初めに違和感を抱いたのは、いつだっただろう。


 生まれた直後の記憶は、当たり前だが持っていない。

 だがあの両親ならば、きっと祝福してくれたのだと、そう思える。

 子宮の中に入っている時だって、腹を撫でて声を掛けてくれたに違いない。その頃の言葉を一つも思い出せない事に、彼は少しだけ罪悪感を覚える時がある。そういう愛情をしっかり受け取れなかったから、“外れて”しまったのか。それとも生まれつきだったのか。

 彼らから注がれた温かい物を、無駄にしてしまったのではないか。

 胎児にその努力をしろなんて、そんな言い分は無理筋だと分かっている。しかしこと自分相手となると、明らかな道理より呵責かしゃくが勝ってしまうのが、彼の困った気質タチだった。


 兎に角、「いつからだったのか」、その話だ。


 保育児童だった時代の体験は、ほとんど覚えていない。特に変わった出来事は無かったように思えるし、その思い出の幽かさが、自らの情の薄さの証明のように思え、余計に自己嫌悪が募る。若しかしたら、愛を知る普通の人間は、幼少期に誰かから受け取った全てを、ありありと思い出せるのではないか、と。


 彼がはっきりと浮かべる事の出来る光景、その最古は、初めてダンジョンに触れた日の記憶だ。家族から聞いた話では、5歳の時分。

 中級ダンジョン生成に居合わせて、彼と彼の家族全員が、体内魔術経路を得た。

 天に立つ柱のような白い光。

 湧き出る悪鬼の軍勢。

 彼がその時思ったのは、「危ない」という恐慌と、「なんとかしなきゃ」という焦燥。

 彼は自分の勇気を奮おうと、絵本で読んだ宝を守る竜の姿を思い浮かべ、抱きかかえられながらキッと異形を睨みつけた。

 その時金色の何かが放たれ、怪物の一匹を打ち据えたのだ。


 難を逃れた後の話だ。漏魔症等の、身体異常が無いか検査された時、彼が比較的大量の魔力を保有していると発覚。

 その後の数回に及ぶ追加検査で、魔力の変換効率も優れていると分かり、1年後には明胤学園から招待状が届いた。


 矢張り、それについてはハッキリ思い出せる。どれだけ人間の皮を重ねて被ってみても、彼が内心で真に重きを置いているのは、魔法についてだけなのかもしれない。

 それとも、他者から高く買われた、という話の方か。

 自分が誰より勝っているという、優越の愉悦しか味わえないさもしさ。

 

 何度も言う事になるが、いつからそうなったのか、どれだけ思い返してみても、彼には分からないのだ。

 明胤行きが決まった時、両親も兄も喜んでいた。彼の目から見て、家中がはしゃいでいるように見えた。自分がその空気を作っているのだと知って、彼は誇らしく思ったものだ。

 初等部の基礎訓練の時点から、彼は体力でも魔力でも、相当な上位だった。勉強だって、全教科で平均以上を常にキープした。あの明胤学園でだ。家に帰ってそれを自慢すると、みんなが喜んでくれたものだ。

 偉いと言われた。誇りだと言われた。天才だと言われた。

 それを聞いて、彼はもっと頑張ろうと思った。

 どこまで行けるのか試してみたい。みんなをどれだけ喜ばせられるのかやってみたい。そんな野望は尽きる事が無いように思えた。


 それで、雲行きが怪しくなったのは、

 そう考えると、初等部の高学年から、中等部上がりたて辺りに起こった変化だったのか。いや、そういったものは得てして、徐々に遅々として進行するものであり、種はもっと以前から植わって、生長を続けていたのだろう。


 何があったかと言えば、何も無くなったのだ。


 「そうなんだ」、

 「流石、違うな」、

 両親も、兄も、同級生も、教師も、

 彼のやる事を当然の物と受け入れていた。

 高レベルな授業と、磨かれていく魔法能力。

 中等部からは模擬戦闘訓練も始まり、生徒間での序列も明確になっていく。

 明胤生という上位層の中でも、彼は明らかに優秀な側の人間。魔法能力で言えば、同年代トップクラス。このまま行けば、国内随一の潜行者となる事も夢ではなかった。


 それを聞いた家族は、


「うん、流石竜二だな」


 概ねそういう事を言った。


「竜二はやっぱり天才だ」


 彼は何故か、その時あまり喜べなかった。

 別にオーバーリアクションをして欲しかったわけじゃない。悪く言われたわけでも、思われたわけでもない。彼がそこまでの人間になると、信じて貰っていた事も示唆する、嬉しい言葉の筈だった。

 学園の中でも、当然のように言われた。


 「10年に一度の天才」、

 「あいつは物が違う」、

 「最高の才能の原石」、

 

 彼は家でも学園でも、「天才」だった。

 新たな成果、常に更新される高み、それらを前にして、彼らは「天才」と称した。


 彼はその時、誰にも興味を持たれていないような、奇妙な孤独感に苛まれた。


 「天才」という称賛を受ける度、それを口にした者と彼の間には、深い溝が掘られて行くように思えた。

 それはつまり、「あいつには他の人間より持つものが多い」、そういう目だった。


 彼の数年間は、その間に何度も行った反復や研鑽は、施設の中で最適な形や出力を試行錯誤しながら何度も魔法を使って、休み時間や放課後といった空いた隙間でもクラスメイトの誘いを断り何冊も本を読んで、家に帰っても娯楽に手を付けず何回も問題集を解いて、目を覚ませば冷や水で頭を叩き起こした上で早朝に近所を何周も走って、休日も長期休暇も家族での大した遠出も無く何日も修練に費やして、飽きもせず、飽きたとしても食いしばって、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もやって来たその執着は、

 

 全て「天才」というカテゴライズを通す事で、“正常”な世の仲間入りを果たした。

 誰にも負けないくらいに積み上げた過程は、結果を当然の事のように出力された事で、自然で自明な事実に落ち着いた。

 彼がした事の全ての原因が、「天才」という言葉に包括された。

 彼の成功は当たり前の物となった。


 人を褒めるというのは、見下しているという行為だから、失礼な上に相手を駄目にする、という事を言う者が居る。「それが出来ない」と決めつけているのだと。

 それは時に、正しい理屈なのかもしれない。だけれど、努力によって困難を超えた、「出来ない」と思われた壁を打ち破った。その決着を平熱で受け止められるのは、最初から出来た事だったのだと納得されるのは、ある種の苦痛が伴うのだ。

 特に、同じだけの事をした他人が、諸手を上げて迎えられているのを見ると。

 それは人間の未熟さだ、社会が間違っているのだ、気の持ちようだ、自分の価値を他人からの評価に求めるな、

 そう言われても、彼の戦いが軽んじられているのは事実。


 彼がテストで満点近くを取った時、夕飯はサバの味噌煮、前日からの作り置きだった。

 魔法使用の試験で学年トップを取った時、家族はそれぞれ思い思いの時間に夕食を摂っていた。

 数学の試験で平均40点程を取っていた兄が、難易度の高い模試で80点を取った日の夜、急遽出前で寿司が取られ、兄好みのシュークリーム4個を、父が駅前のケーキ屋で買って来た。甘いクリームがそこまで好きではないと、言い出せずじまいだったことを、彼はその時に深く後悔した。


 彼はその辺りで気付いた。自分は同じ事を毎日毎回全力でやって、一部の隙も無い強者を作るその過程に、苦痛を感じるタイプの人間だったのだと。

 言われたからやるだけの、志の低い奴。勤勉さなど持ってはいなかったのだ。


 中等部に上がってから、授業外でダンジョンに潜る許可は、あっさり下りてしまった。

 同級生も後輩も魔力使用技術を盗もうと軽率に同行したがって、万が一を常に見越す彼の神経を多いに擦り減らした。かと言って断る度胸も無く、一匹狼のように振舞う事で、自然と周囲から遠ざかるように仕向けていた。


 ダンジョンという命のやり取りの中に入っても、彼なら死なないだろう。

 成長すれば、誰も彼に勝てないだろう。

 彼さえいれば全て上手く行く。

 だって彼は選ばれた側だから。

 皆がそう信じている。


 自覚はしていないのだと思う。彼らは「普通に」接しているだけなのだ。

 ただ彼が敗北した時、「体調」やら「心持ち」やら何かの異常を執拗に疑われた事で、「負け」すらも許されていないのだと知れてしまった。


 他の人間がテストで赤点を取ると白眼視されるように、彼は一回負けただけで懐疑的な視線を向けられるようになっていた。



 だから、彼にとってはある種の救いだった。


 彼が負けた相手が、彼と対等且つ学園トップクラスで、互いに勝った負けたを繰り返す関係に収まれたのは。



「テメー、本気だな?」


 二度目の激突の後、床に転がされる事になった彼女は、仰向けになりながらの上目遣いで、傍に突っ立っていた彼を見た。


「本気で『強くなりてー』って、思ってるタイプだな?」

 

 ヴァーミリオンの魔力の使い手は、何が楽しいのか目を輝かせていた。


「もっと強くなりてーだろ?満足できねーだろ?でもぶつける相手は、目標はあんのか?」


 強くなって、何がしたいのか。

 その力は、守る為に。

 死地の中にあって、それでも大好きな物の為に、最後まで諦めないと決めて、だからめた力だった。

 その後は、評価され、求められ、応える事で磨かれて来た。

 だが、今は、


「その辺は、よく分かんなくなっちまってんだ」


 いつかまた、誰かを守らなければならない時、確実に守れるようにという備え。

 この先が果たして必要か、分からなくなった。

 周囲から土台の異なる別の生物として認識され、何処かでそれに納得してない自分が居て、そんな状態で走り続けるべきか、今止まれば、今の内に失望されればまだ、“人間”に戻れるんじゃないか、そう思い始めていた。


「じゃーさ、」

 

 それなら、



「俺と一緒にデケー事やろうぜ?」



 「俺達にしかできねーことをさ」、

 吾妻漆は、そう誘ったのだ。

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