261.なんかシュールな鑑賞会
『なんだかんだここに来るの久しぶりな感がありますねー。学園編入前に一度潜った時と比べると、下調べほぼ完璧な事もあって、結構スイスイ行けちゃいます。まあ普通に死ねるんで気を抜くつもりはないんですけど』
映像が映しているのは、縦の階を持たず、藁のような屋根を被った、木造の宮殿。
大雨が降りしきり、足首くらいまで水没している。大きな建物の中には、ナンバープレイスの升目のように並ぶ9面を持つ、タツノオトシゴのようなボディに蝙蝠の羽を生やしたモンスターが待っている。
ぷっくり膨れた腹からモンスターを生む、A型“ドラコ”だ。
しかし撮影者は、その中を超特急で進み、牽制だけして次々と抜けていってしまう。道順は今日この時までの間に、頭に叩き込んで来たようで、のんびり喋りながら淀みなく先を急いでいた。
浅級ダンジョン、“不治水”の9層。
窟法は、「押さえるのでなく流すべし」。
常に足下のコンディションが最悪だが、濡れていればいる程に、敵の攻撃の影響を受けにくくなる、といった内容。
だが少年は、体外に魔力を噴射しながら進むことで、水を弾きながら戦っており、まるで関係ないと言った顔。
ここまでの所要時間は、約100分。潜行回数は少なく、最後に来たのは半年程前という事も考えると、驚異的と言っていいスピードだった。
『暫く来てなかったから、もうちょっと手こずるかと思ってたんですけど、意外と体が憶えてるもんですねー!なんなら自己ベスト更新しちゃいました』
少年の声を受けた万単位の人間の一部が、テキストチャットを書き込んで行く。
『しちゃいましたじゃないんよ』
『改めて見ると意味分からん』
『ススム、RTAを始めるな』
『ススム、このダンジョンの潜り方間違ってるぞ』
『申し訳ないとか思わないのかよ見殺しローマン』
『いつぞやと同じように高ランク勢のチャレンジが流行りそう』
『あの頃も大分だったのに、そこから見ても異常に強くなってやがる・・・』
『いや成長しすぎだススム、伸びしろどうなってんだ』
『ここが頭打ちだろwwwwww』
『魔力だけでモンスター殺すのやめろ、ススム』
『別に高ランクディーパーでは普通だから』
『なんか暗黒期を経て強くなってない?休止中に山にでも籠ってたの?』
『その状態で普通に喋れるなんて凄いやススム君!』
『あ、分かります?舌を噛まず、早口になり過ぎないように、呼吸のペースとかも崩さず喋るのが、一番大変なんですよー』
『走って喋る>>>>>越えられない壁>>>>>ダンジョン攻略タイムアタック』
『一番がそれでいいのかススム』
『もっと何かポイントがあっただろススム』
『こいつほんとに大物だな』
『何この……何?』
『モータースポーツよりも見づらい一人称視点カメラ』
『おじいちゃんおばあちゃんカワイソー、二度と善人ヅラすんな』
『戦闘内容はアーカイブ解析班に任せよう…』
『画面がわけ分かんないから実質雑談枠と化してるっていう……いや戦いながら雑談で間を持たせてるのなんなんだよ』
『あー、すいません。そろそろZ型攻略に入りますので、そしたらまたガバカメ君による3人称視点をお楽しみ頂けるかと……ん?』
正規ルートの途中で、映像が止まる。
『どうしたススム』
『あ』
『止まった』
『サーバーが』
『鯖落ちか?』
『すいません。少し寄り道をします』
分岐していたもう一方の道を行き、そこにあった棟を覗く。
『あの!大丈夫そうですか?え!?駄目そう!?わ、分かりました!』
その先で戦闘中だった4人パーティーに声を掛け、危険な状態だと判断してガバカメを自律モードにしながら加勢し、真っ先に敵が展開していた水の壁に突っ込み、魔力爆破で空間を開けて水一滴自らに触れさせず、強化された膂力と噴射魔力熱で大暴れして、みるみるうちに敵の数を減らし、味方から撃たれる魔法はしっかりと当たらないよう立ち回り、最終的には宙を舞いながらA型の頭のうち左上をターゲットに定める。
斜め下を踏むように蹴り砕いて反作用で一回転して離れては背中側を爆破して戻り、蹴り砕いては回転後爆破という単純な手順を繰り返して、9つ全てを割って撃破。
『ふー……、全部連続で砕けば万事解決……!あ、ありがとうございました!皆さん重傷とか負ってたりしてません?1層に戻った後はそのまま出れそうですか?あ、了解です。え?いえいえいえ!ただ乱入しちゃっただけですので、コアはそちらで分けてください!今の映像はちゃんと引きで撮ってたので、後で管理企業から何か言われたら、これを提出して同意の上での分配ですって言えば大丈夫だと思います。
あとすいません。実は今配信中で、企画やってて、急ぎなんです。はい。あ、日進月歩チャンネルです。カミザススムって知ってます?』
『ススムがみつかっちゃう~……』
『既に見つかってる定期』
『ローマンだったせいで最初から普通に悪目立ちしてた定期』
『既に世界規模定期』
『驚いてる驚いてる』
『後ろのクソデカリアクションネキ好き』
『あー、ススムがローマンだから映像すら目に入れないようにしてたタイプか』
『わかるぞその気持ち。だからこっち来い。俺と同じように沼にハマれ』
『はい!はいそれでは!はいー……!よしっ!じゃあこっからの走りで5分くらい縮めれば万事解決ですね!え?「ダンジョン外でタイム縮めればいい」って?いやあ、ダンジョンの外だと僕は一般愛され少年になるんで、こんな爆速で走れたりしないですよ』
映像内では階層の境界面を通過し、ところどころに岩土が露出しているだけの、濁流の前に出る。
ガバメントカメラが再度自律飛行モードとなり、傍らから少年の姿を収める画角に。
『「ハイエースで待ってるね」フフッ、待てや…!怖いって!やり口が誘拐犯なんですよ!出る時は110番用意してワンタップで通報出来るようにしときますから!「お持ち帰りおじさんを舐めるな(^^)v」クッ、ヒュフッ…!「舐めるな」じゃねえんだよ…!誇りを持つなそんなのでぇ…!大体なんでその道に熟達してるんですか…!絶対ヤバイ人しか身に付かないでしょそのスキル…!』
「どうだ?そっちは」
背後から声を掛けられた白取には、
「断定しかねます」
そう濁すしかなかった。
「と言うと?」
「今の彼の実力では、早々危機的状況に陥りません。あなたの仮説は検証段階、サンプル不足です」
「………まだ、確定させることを優先すべきだと?8割を10割まで詰める、必要があるか?残り時間の底が見えて来ているんだぞ?」
「壊した時に責任が取れると言うのなら、どうぞ、目でも耳でもお好きに取ると良いでしょう」
「……そうなっちまうんだよなあ……なんであんなガキの手に……」
窓が無い、薄暗い部屋の中、男はテーブルに腰掛ける。
「過去のアーカイブから見ても、確証はありませんでしたか?」
「どこにもな。ヤバくなったら頭を庇うのが当然。そうだわな、誰でもそうする。一般的、生理的な防御反応なのか、相手に触られるとマズい物がそこにあるからなのか、頭を守ったってだけじゃ、どっちとも取れる。あの映像だけで、それを区別なんて土台無理な話だ」
「アプローチを変える必要がある、という事でしょうか」
「お前、部活の顧問でもあるんだろう?何か気付く事は無いのか?体の一部の色やら形やらが、妙な変化をしているだとか」
「そうですねえ……」
画面の中では今まさに少年が、切り裂く風を起こす角を生やした人面と、蛇や龍のような胴を備え、雨と河を操る長大な水神、Z型ドラコの討伐に成功した所だった。
土砂降りの下にあって濡れず、水圧攻撃は当たらず、風を起こそうとした横っ面を魔力で叩いて斬撃を逸らし、ほとんど敵に為す術を与えなかった。少年の方は、コメントに返事をしながらであったのに。
『じゃあ急いで次に向かいましょう!まだまだ2、3個くらいならハシゴできそうです!』
休日一日を使って、幾つのダンジョンを回れるか、という企画だ。
概要欄には今回の趣旨、前準備の詳細、模倣行為を抑止する為の注意事項が書き連ねられている。「許可を出した専門家」の存在が明記されているが、これは恐らくパンチャ・シャンの事だろう。あの男の放任主義には、いつだって頭を痛くさせられる。
少々困難な、やる者がやれば危険行為とも言えるそれを、観客の目を意識しながらとは思えない程、集中力を尖らせながら実行し、けれど彼は、
「笑顔が、増えましたね」
「あん?」
「前より、固さが解れ、軽くなった気がします。ええ、自然体に見えます」
背負わなくて良い物を下ろしたか、
或いは背負うという行為を負担と感じなくなったか。
何らかの人間的成長が見えた。
「それじゃあ益々分かりにくくなるじゃねえか……」
男は額を押さえながら嘆き、
『また次のダンジョンでお会いしましょう!それでは!』
少年はそう言って、配信を一時終了した。




