257.護国と暗闘 part1
『いや、お疲れ様。ご苦労だったね。お蔭様で、プランβの無期限凍結が確認されたよ』
「たくよー……。俺のSNSが炎上すんのは、まー割といつもの事だが、にしたって、国とズブズブだって思われんのは良くねーだろーが」
三ツ星ホテルのスイートルーム、折角夜景を楽しめる大窓に、カーテンが引かれた広い部屋。目元を腕で隠し、大きなソファに横になりながら、吾妻漆は巫女服姿の気弱そうな女に、それが抱えるタブレットの向こうの男を相手に、散々愚痴を溢していた。
「いつでもこの国見捨てれます未練ありませんアピールで築き上げた、守銭奴ブランディングがパーだぜ」
『君はブランディングの為に、お金を追い掛けていたのかい?知らなかったな』
「はいはい。金が必要なのは本心ですよー。うぜーなー」
異常な職務であり、だからこそ報酬も良いとは言え、今回の仕事は常軌を逸し過ぎである。
「普通頼むかー?『5人の戦闘員を海ごと捕まえろ』だとか、『諸機関に漏らさず暗殺騒動に介入しろ』だとか」
『君が常識を問うタイプだとは、知らなかっ』「はいはい俺が言ー筋合い無いですねー分かってますよー。イヤミなヤツー」
フラッグが起きてくれたから、大手を振って戦闘出来たものの……いや、そのせいで優先目標を見失ったのだから、結果オーライとすら言い難い。あの少年のタフさが足りなければ、今頃彼女が怒られていた。
破天荒で型破り、自分のやり方を通しがち。そんな彼女が組織の一員として括られているのは、上司の手腕あってこそ、それも承知している。
そういった理由から、連日続いた耳を疑うような命令に対して、あまり強く批難できない面もあった。
だから、こうやって不平を垂らすだけで収めている。
「聞ーとくけどよー。フラッグは予測してたのか?」
『まさか。あんな事が起こるなんて確信があれば、総理にもっと強く出れたよ。君への戦闘許可だって、早い段階で下ろせたさ』
「だよなー。で、その総理はと言やー、」
あれだけ消極的だった、防衛隊や警察組織の武装強化を、寧ろ推し進める立場を取っている。近いうちに修正防衛予算案が、閣議決定を通過する。
この国でこの早さ。行き当たりばったりでなく、用意された既定路線だ。
「ダブスタ……ってわけでもねーよなー」
『違うだろうね。元より今の彼が、本懐に近いと思うよ』
「なら俺達が妨害を受けてんのはどーゆーこった?危機感煽って、その後の工作を有利にする為ってか?」
『しかし彼は国民や、何より国家の為に働く部下達の命を、軽んじるタイプじゃない。モブにだって感情移入する人だ。リザルトはなるたけ完璧に、いつもそうさ』
だから、如何に筋が通った反論があったとは言え、彼らの展開をギリギリまで渋ったのは、不自然に思える判断と言えた。
「国民には死んで欲しくねー。だけどあそこに、出来るだけ死んで欲しー、国の敵みたいなのが居た、ってか?」
『浮浪者か、不法滞在者か、それとも、』
「カミザススムー……?なんだってんだまったくよー……」
彼らは飽くまで駒だ。宗教団体の形を取る五十妹もまた、政治への影響を最小限にすべく、任務に必要な情報しか得られない。
「お偉いさんの腹の内は分からねー、か」
『どれだけ強くても僕らはNPC、それかマップ兵器さ。プレイヤー扱いはして貰えない。皮肉な話だよ。僕らは諸外国の内情にはそれなりに通じているけれど、自分の国の政府中枢からは、距離を置かれて意図も共有されていない』
「灯台下暗し……、いやちょっと違ーか?」
『医者の不養生、かな?』
丹本防衛隊別設特殊作戦班。
縮めて特作班。
非公式諜報機関たる彼らも、世の軛からは逃れられない。
しがらみの中で、敵と戦うしかない。
それでは、敵とは誰か?
『あの子も何も喋らないから、困っちゃって』
「あー、あいつなー?どー見ても痛がってるし、俺らにビビッてんのに、口を割らねーんだよなー。変なトコで根性見せてんじゃねー……」
『仕方ないよね?内側の方を、深めに探ってみよっかな』
「そいつは越権になるんじゃねーか?」
『だから、こっそりステルスチャレンジさ』
「僕らの得意分野でしょ?」、
吾妻はその言葉に、
口の端を持ち上げるだけで応える。
「違いない」、と。
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「で、あのガクシャセンセイとやらは、どれくらい怪しんでる?」
「もう怪しんではいませんね。ほぼ確信しています。ええ、危険信号です」
暗室。
宇宙飛行士めいた男と、もう一人。
「チャンピオン一、いや、人類一執念深い男か。嫌なヤツに目を付けられたな」
「目を付けたのは、もっと以前かもしれませんが、しかしここまで興味を深められてしまうのは、こちらとしては宜しくありませんねぇ……」
ここ最近、チャンピオンとしての強さと特権を遺憾なく発揮し、カミザススムに纏わりつくようになった男。
「それに私も、大っぴらに動けなくなってきました」
「何かしくじったか?」
「恐らく。襲撃事件の際、一部の教師が私に牽制めいた事をして、探りを入れて来ました。ええ、間違いなく何かを疑っているようでしたねえ」
「チィ…ッ!教師ってのはどうしてこう、青臭くて融通が利かねえヤツが生き残ってやがんだ。向こうにとっても悪い話じゃねえってのに、七面倒な遠回りを踏ませやがる。利益は山分け、それすら受け入れられねえときた日には、どうしようもないな」
最初から例の少年が、彼らに引き渡されてさえいれば、ここまで話が拗れなかっただろうに。
それがどのようなものかはまだ不明だが、少年は鍵を握っている。
「そのカギがガキの手にあるのが最悪だ」と、彼は言う。
相手が国や大企業なら、不確定な価値の為に、手出しするのを躊躇うものだ。だが一少年が持つのなら、上手くやれば奪えそうに見える。そこらのチンピラでさえ、充分な情報があれば、掠め取れるように思える。
実情がどうあれ、少年がそうやって舐められている事は、否定しようのない現実だ。
そしてそのせいで、「鍵」は持つべきでない者の手に、渡ろうとしている。
それは彼らのような、資格ある者が管理しなければならない。
一介の漏魔症風情が、持っていいものじゃない。
そう、漏魔症だ。ダンジョンの外では無防備に等しい彼に、どうしてその大役を任せられると言うのか。
「10月の甲都遠征までには、決着を付けてえ」
「政十、ですか」
「ああ、奴等のお膝元だ。教育機関の質を誇るあっちの態度は、今は最高学府の範囲に留まっているが、高等教育でもトップを取ろうという動きが出て来ている」
「被験体としてだけでなく、生徒としてのカミザススムにも興味を持っている?」
「漏魔症への態度で批難が行きやすい政府と、程々の距離感を持っている故に、接し易いと言う事もあるだろう。それでも差別意識はあるだろうが、ネームバリューに箔を付ける為に、使えるなら使う方針だ」
「『漏魔症ですら成功者に仕立てた機関』。ええ、魅力的な看板でしょうねえ」
「勤め人としても見習いたい姿勢だ」
引き抜いて来る。
最終的には“鍵”を得る事を目的としつつ、アンコウのように全身全霊を美味しく利用し尽くすつもりだ。
「本社からも催促が来た。明胤祭の後、遠征前までがリミットのつもりで行動する」
「承知しておりますとも。ええ、私は言われた事を忠実に遂行します」
学術研究・科学分野に秀でるとされる、三都葉グループ。
旧三大財閥の一つ、現御三家の一角。
外資や諸国家、自国の政府までをも含めた強引なやり方に直面し、
ライバルの魔の手が忍び寄るのも感じ、
後が無い彼らの強権もまた、歯止めを脱落させつつあった。




