256.まあ、それはそれとして、ですよね part2
「………」
「せ、先輩、あの、この事は…」
「はあぁぁぁぁー……っ!」
デッカい溜息を吐かれてしまった。
「お前なあ……!中学生の身分でブラックバイトに手を出して、挙句深級で死にかけ、偶々そこで伝説的モンスターに気に入られ、憑りつかれ、その教えを受けながら強くなる事を約束させられ、最終的にはイリーガルに、知性を持ったチャンピオン以上の脅威に勝たねばならない、だとぉ……!?」
「う、その……」
改めて聞くと、頭の健康を疑われてもおかしくない話だ。
何言ってんだコイツ案件過ぎる。
「その上、ダンジョンの秘密が詰まっているらしいそいつの顔色を窺って、政府や研究機関にも届けず隠し、話したがるまで何も聞かずに、挙句にオレサマにもその隠蔽に協力しろ、だとぉ…!?」
「はい、その……はい……」
「色ボケ女は、それを普通に受け入れたのか……!?そんな、人類史を書き換えうる重要な事態を、いとも容易く……!?」
「か、簡単にってわけでは………いえ、すいません……」
二人してションモリして正座である。
色々ごめんなさい……。
「ぬ、うううううううう………!!?」
先輩はいかにも頭が痛そうに、眉間を親指でグリグリと押し込んで、体感1分程狼のように唸っていたが、
「……ふー……っ、いいだろう、巻き込まれてやる、巻き込まれてやるよ愚か者共……っ!」
「え!?本当ですか!」
これから議論、という名の拝み倒しをする気満々だった俺は、あっさりと折れた先輩に肩透かしを食らう。
「どうやら、お前の恩人だという事は、確からしい…!お前に不正をさせているわけでもなく、ただ力の使い方を教えているだけなら、優れた家庭教師、というだけだとも言える…!そいつが呼ぶ厄介事も、お前が背負う覚悟があると言うなら、オレサマからは何も言えん…!」
「あ、ありがとうござ」「ただし!」
人差し指をビシリと向けて、
「ただし、この先、その女の危険度が過ぎていると判断すれば、お前を洗脳し好きに動く人形のように扱う気配があるなら!また、オレサマにとってお前より優先すべき何かを侵害しそうであれば!オレサマは容赦なく通報し排除を試みるからな!お前は悪い女に騙され易そうだからな!あり得る話だ!いざそうなったらオレサマが最後の防波堤になってやる!」
なんか失礼な事を言われたが、先輩にお世話になる事には変わりなかったので、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「理解ある御学友です」
カンナにもちょっとイラっときたが何とかスルーした。
「それと、もう一つ!」
中指も追加して、
「これはお前と言うより、ナイトラ……つまり、カンナ嬢への提案だが」
「へ?カンナに、ですか?」
そこで先輩は彼女に向き直り、姿勢を正して綺麗に直立し、
「………俺、にも、稽古をつけて、欲しい………」
………え、
「あれ、驚きました」
カンナが上体を前に傾け、少しだけ顔をニークト先輩に近付ける。
先輩はそれを受けて、びくりと体を震わせたものの、漂わせた視線を何とか相手と合わせ直した。
「貴方には、嫌われているものかと」
「………正直、そうだ。恐ろしい。本当なら今すぐに、お前が入っている右眼を、カミザから抉り出したいくらいには」
いつもの腹の底からの声でなく、凍えのようなものが滲んでいる。
「だが、こいつがそれを拒絶した。それにこいつのやり方で、お前から情報を引き出せるなら、この国や、何なら世界にとっても、お前がここに居る事は……有益だ。しかし雛鳥のように口を開け、無策で付き合うのは、あまりに危機意識を欠いている」
「だから、直接私から引き出す、ですか?」
「お前の強さを一部でも頂く……。他でもない、この俺が恐れる、その一部でも」
「私がそれを通して、貴方をも支配するかもしれませんよ?」
「だがそこまで踏み込まなければ、お前が仕掛けて来た時、本当に気付けない…!そしてお前に勝つ、最低でも撃退出来るようになる為には、強くなる手段を選んでいられない……!」
「それだけ、ですか?」
先輩は、被捕食者の顔をしていた。
奥歯を鳴らさないように苦心しながら、
「それだけ、だ」
何かを隠した。それは俺にも分かった。
だがカンナは、特にそれには言及せず、
「そうですか」
顔を離してくるりとターンし、背を向けながら考えるような素振りを見せた。
「あの!カンナちゃん!」
そこでミヨちゃんが右手と声を上げる。
「私も!お願いできない、かな……?」
「ミヨちゃん?」
「今回の事で、守りたい人を死なせない、ってだけでも、まだまだ全然足りないって思い知らされたから」
彼女は、ノミ女の攻撃に押し負けた事を、それ以前にロクさんを守り切れなかった事を、気にしているのだろう。もしかしたら、俺がネズミとノミの猛攻とやりあっているのを見て、「自分も成長しないと」みたいな焦りを感じているのかも。
更なる高みを目指す二人に提言に、
「ススムくんには、異論はありませんか?」
カンナは俺の意見を求めて来た。
「え?いや、俺はそりゃ、二人の希望を叶えてあげたいって思うけど」
「なら良いでしょう。決まりです」
これもあっさり決まってしまった。
なんか、もっとじっくり考えなくて良いのかな?いや、俺からすると、ありがたいことだらけなんだけどさ。
「ただし、外から見るお二人と、内から全てを管理しているススムくんでは、成長効率に差が生まれる事は、ご了承ください」
「分かった」
「やっぱり、そうなんだ?」
「それはもう。ススムくんは私に、隅から隅まで飼育……失礼、把握されていますから。趣味趣向やホクロの数、自らを慰める回「わあああああああ!!?」
何言い出してんのこの人ぉ!?
「お、お前、進んでるんだな……」
先輩!その遠くなってしまった知人を見る目やめてください!四六時中一緒だし、俺の意識と繋がってるから、避けようがないだけです!見せつけてるわけじゃありません!そういうプレイとかじゃないです!
「や、やっぱり、そうなんだ……」
ミヨちゃんも!落ち込まないで!あなたのパーティーメンバーは変態じゃありません!
「か、カンナちゃん、ススムくんにナイショでその情報を渡す方法とかって………」
「何言ってんのミヨちゃん!?」
「いや、な、なんちゃってねー!アハハハハ!じょーくじょーく!くれぷすじょーく!」
「色ボケ女……お前……普通にセクハラだぞ……?」
わ、忘れて……!今の一連を記憶から消し去ってくれえ~……!
「は、はい!というわけで!」
ミヨちゃんが両拳をグッと構えて、強引に纏めに入った。
「みんな心機一転、頑張りましょう!ということでいいよね!」
「う、うん!そうだな!」
「あ、ああ……」
ダンジョンの事とかillの事とか、色々と謎が増えたけど、まあ直近の目標は変わらない。変わったのは、カンナの強化訓練のメンバーが、俺だけじゃなくなったこと。
これからは3人一緒に、遥か格上相手にも勝てる自分を目指して、装い新たに、
装い新たに——
「あれ?」
その時に気付いた。
「ミヨちゃん、なんか髪型変わった?」
なんか前髪が、片側に寄ってるように見えて……あ!
「ああ、ヘアピンつけたんだ」
青・白・黒のチェック柄のアクセサリーが、増えている。
俺が手を打って、一人納得していると、
「トウヘンボクネンチビ……マジかお前……」
先輩からドン引きしたような目を向けられてしまった。
?なんですその目は?別に単なる気付きで「ススム、君?」
俺は先輩の危機察知能力が正しかった事を知った。な、何だ?なんでこうなってるんだ?
「み、ミヨちゃん?」
顔が引きつるのを自覚しながら、突如発生した寒波の方に視線を戻すと、
「今気付いたの?」
「えっ、あ、え」「今、ここで、気が付いたの?」
で、出来ればその、目蓋の隙間から真っ黒な眼で見るのは、やめていただけると………
「夏休みの後半から、ずっとなのに?次に会う時、ススム君が何て言ってくれるかなあ、って、気合入れてたのに」
「え゛!あ゛、ああー!いや!あまりに似合ってるから、自然に受け入れちゃったと言うか!そのぉっ!」
「『言う暇が無いから、流されちゃったのかな?』、『でもいつかちゃんと褒めてくれるかな?』、って思ってたんだよ?でも、見えてすらいなかったんだあ?」
「そうだった!そうだったね!うん!そんな気がした!感覚的にはピンと来てた!」
「何度も見つけるタイミング、あったよね?視覚的に分かりやすい変化だったよね?」
「『なんか違うなあ』って、ずぅっっと心に引っ掛かってたんだけどぉ!」
「先輩の変化には、すぐに気が付いたのになあー?」
「こっちに被弾したぁ!?け、軽率チビめ!雉も鳴かずば撃たれまいに……!おい何とかしろ!」
「か、カンナ!終了!話し合い終了!今すぐ現実に戻して!」
「餡蜜は矢張り、白玉が調和しますねえ。果実も悪くはありませんが……」
「いや食べ比べしてないでさあ!」
「ススム君、私の事、まだ眼中に無いんだねー……?」
「そ、そんな事は!」
「訓練のついでに、じっくり『お話し』して、仲を深めよう?ススム君?」
絞め技、寝技、関節技って、強いんだね。
しっかり体感させて頂きました。
い、良い修行にナッタナー………。
この後、死んだ目をして戻された先輩を見た八守君から、「何したんスか!?」としこたま怒られる事となったのは、また別の話だ。




