256.まあ、それはそれとして、ですよね part1
9月1日、夏休み最後の日である。
俺は模擬戦場の一つに呼び出されていた。1時間程貸切ってある。
メンバーは他に、ミヨちゃんと、ニークト先輩の二人。
WIRE上に、3人だけのグループを新たに作り、誰にも知られず待ち合わせをした。
そう、カンナについて、先輩に説明する為だ。
因みにこれは余談だが、先輩が俺以上にスタンプ機能に慣れてなさ過ぎて、無料のラインナップをぎこちなく使っているのが、何かおかしかった。ああ、俺もミヨちゃんとやり取りし始めた時は、こんな感じだったな、なんて、懐かしい気分もこみ上げて来た。
と、ヌルついた雰囲気はそこまで、本題は極めてシリアスだ。
何せ事はダンジョン最大の謎の一つであり、illの中でも特異な、“可惜夜”についての話。本来ならすぐにでも、政府なり研究機関なりに、持ち込まなければいけない情報。
真面目な先輩がその隠蔽に、一時的にでも加担してくれた時点で、正直奇跡に近いと思っている。果たして説得し切れるかどうか………。
いや、説得するしかない。なんとしても納得させるのだ。これまでそうだったように、必要なら土下座も辞さない。なんとしても要求を通す、くらいの気概で行く!
と、覚悟を決めたまでは良かったが、
「………」
「………」
「………」
「………おい」
「………なんですか先輩」
「これいつまでやるんだ」
なんか萎えた。
俺とニークト先輩は今、顔を至近で近づけ、目を見合わせているのだ。
互いの頭を押さえる手が、グググと忌々しげに力んでいるのもあって、なんとも間抜けな絵面だった。
暑苦しいし。
「いや流石にもう良いだろカンナ!この前だって結構早く終わったじゃん!」
「あれ、別にもう大丈夫ですよ」
「……っ!」
「おいこらカンナああああ!」
同時に相手を投げ飛ばすように離れてしまった。ミヨちゃんも合わせて、しっかりと脳内世界への招待が完了している。
やっぱすんなり行けんじゃん!今の時間何だったんだよ!何が悲しくてあんなむさ苦しい状態を継続せにゃならんのか。どうせやるならミヨちゃんであったまりたかったよ!
先輩なんかあんなに遠くに行っちゃって……いや、応戦態勢な所を見るに、間合いを取った感じだ。まだ先輩の意識が、カンナを敵認定しているのだろう。ほら変に怖がらせるから~。
「まったく……ん?ミヨちゃん?」
「ぅンっ!?な、何かな……?」
「いや、何か気分悪い?様子が変だけど、負荷とか掛かった?」
「うん!?ううん!?何でもないよ!ただ先輩がちょっと痩せたから、一枚絵の破壊力が……」
「破壊力?……ああ、まあ、お見苦しい物をお見せしちゃったか……」
「おいオレサマの顔面を見苦しいとは何だ!」
「いや今の光景は卒倒もんでしょ。意味わかんないじゃないですか」
確かに今の先輩は、黙ってたらガッシリした男前に見えなくもないけど、そういう話じゃないだろう。
「それはそうだが……」
「そうじゃないって言うか、ギャクニゴチソウサマじゃない!何でもないよ!うんうん!」
?
よく分かんないが、大丈夫って言うなら良いのかな?なんか「はわぁ」とか言って、両手で顔を覆ってるけど……?
「……お、おい!さっさとしろ!」
「あ、すいません先輩」
額に脂汗を浮かせ、どこか落ち着かない様子でいつでも攻撃出来るよう構える先輩に、シャツの裾を持ち上げて礼をするカンナを手で示して、
「紹介します。この人がカン、カンナァっ!?」
目を疑った俺は再び振り返ってその姿を確認したが、残念ながら見間違えじゃない!
丈が長くブカブカな癖に、胸元だけギチギチになって、灰色の肉がチラ見えしているワイシャツ一枚!
裾がスカート代わり、っていうかそれ下穿いてる!?穿いてると言ってくれ!
「随分とその、挑戦的な見た目だな……」
「またかお前!なんで俺の友達に紹介しようとすると痴女スタイルになるんだよ!」
俺はアタフタしながら先輩の視線を遮るように立つ。
「な、なんか穿いて!ほら露出度減らして!」
「はいはい、進君だけの生肌、勝負服、ですからね?他の男の人に、曝して欲しくないんですよね?」
「違う!恥ずかしいって言ってんの!」
「いつもは私が肌を出すと、見詰めてくれるじゃないですか?もっと喜んで良いですよ?」
「スケベチビ……お前……」
「やめろおおおおおおおおおお!」
先輩の中で俺の評価がガラガラ崩れ墜ちる音がする!
風評被害を発生させないと気が済まないのかお前!
「仕方ありませんねえ……」
カンナの下半身が覆われていく。脚の線が出るくらいシュッとした、黒いスラックスだ。
太腿部分とか、それ破れない?ハプニングみたいな顔してそういう事やってこない?もう全てが信じられないよ……。
「これでどうですか?注文の多いススムくん?」
「なんで俺が口うるさいみたいな感じになってるの……?」
「ススムくんが妬き餅焼きの、束縛体質なのは、事実じゃないですか」
「そ、束縛とかしないしぃー………」
と、いつもの悪ふざけを挟まれ苦心しながらも、どうにか先輩への大体の事情説明が済ませる事が出来た。




