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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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251.お前は、お前らは、結局何なんだ

「ススム君!ススム君!大丈夫!?今治すから……!」

「ゲホッ……!ゴホッ…!う、うん、おねがゲホ!ゲホーッ!」

「無理して喋ろうとしないで!」


 ill(イリーガル)モンスターが死んだ。

 だが何故かダンジョンがまだ崩れない。

 右眼に戻ったカンナが言うには、特に放置で問題ないらしいが、これ以上何も起こらないとは、保証してくれなかった。


 備えないと。

 次に何が来る?次は何だ?俺を殺したいのは何処の誰で、後何人だ?


「ハァー……!すぅー……!ふぅー……!……よし」


 気管も肺も良い感じだ。中に入った何かを魔力で殺した余波で、自分の魔力で自分の中身を焼き焦がしてしまったせいで、一息だけで灼熱の熔鉄を呷るような苦行に見舞われていたが、それも何とか収まりつつある。あの極限細分化状態を解除したのも理由の一つだろう。


「ありがとう、ミヨちゃん……。ごほっ、これで、一旦はヨシだな!」

「う、うん……」


 あ、あれ?なんか浮かない顔だ。

 まあダンジョンがそのままだから不安になるくらいが丁度良いか。

 今はそっちより——



「カミザ……」



 俺は立ち上がってもう一人に、まだ震えが残って蒼白な顔で、カチカチと歯を鳴らすニークト先輩に向き合う。


「先輩、やっと俺の名前まともに呼んでくれましたね」

「茶化すな、この…隠蔽チビ!さっきのは、何だ!何て物を、持って、何をやってるんだ!あれは、あれは!あれは兵器とか厄災とか、そんな生易しい物じゃあないぞ!お前は許されない事をしたんじゃ、してるんじゃないのか!?」

「分かってます。糾弾される行いなのは、重々承知してます。それも分かって、俺は彼女を隠していました」

「『彼女』、だと!?あれに人格を感じているのか、お前?」

「はい。俺の大切な恩人です」


 先輩は苦しそうな、恨めしそうな、哀しそうな、色々と複雑に混ざった貌をして、


「お前は!お前に聞きたい事が山ほどあるが、」


 「今はそれどころじゃない!」、

 自分を無理矢理納得させるように地団駄を踏んで、


「後で洗い浚い吐いて貰うからな!いいか!?洗い浚い!一切合財だ!」

 

 そう言って背を向けた。


「すいません、先輩、本当に——」



「ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああ♡♡!♡!♡!♡♡♡!!!!」



 唐突に降ってきた奇声に、俺達は慌てながらも瞬時に構える。


「濃厚!濃厚なお姉様分ですのぉおお♡♡♡♡!!」


 自分を抱き締めながら身を捩っているのは、この前俺の命が狙われている事を教えてくれた、あの変人ゴスロリ女だ。

 ここに居るって事は、


「やっぱりお前もイリーガルか!」

「ちぃっ!次から次へと!」

「このダンジョンが残ってるのもあなたのせい!?」


「お前達!」


 さっきまで喜色満面だった彼女は、突然表情をぶすりとけんたせ、


「お前達は!今!ワタクシの!お姉様からの供給に悶絶する至福の時間を!何の権利があって!邪魔するんですの!」


 割とガチギレした。


「「「………」」」


 えぇ…?


「もう!数千年に一度に巡り合えた幸運に浸っていたと言うのに!風情の無い奴等ですのね!」

「「「………」」」


 いや、その、なんかごめん……?


「はぁー……、まあ、いいですの。本日は良き物を見せて頂きましたし、それで手打ちに致しますの」


 なんか引っ掛かるが、今日の所は帰ってくれそうな空気だ。

 心変わりしないように、俺は口を噤むことにした。ミヨちゃんも同じような判断っぽい。


 だけど、


「おまえ……?」


 先輩の様子がおかしい。何度か鼻をひくつかせて、何かを嗅ぎ取ったようだが、しかしその顔はみるみる青くなっていく。


「おまえ、俺は、お前を知っている…?」

「先輩?」

「あら?」

「いや、なんだこれは……?二つだ、()()ある」


 先輩は頭を抱え、虚空を見つめながら、うわ言のように「二つ」というフレーズを口にする。


「二つ……!どっちだ……?どっちが本当なんだ……!お前……!お前は!俺を知っているのか!?俺は、お前を知っているのか!?」

「ちょ、せ、先輩?」

 

 らしくない、何が何だか分からない問いだ。

 俺とミヨちゃんの二人で混乱していた一方で、


「はぁ、なるほど、お前、よほど強く憶えていましたのね?」


 女には通じたらしい。


「ワタクシはお前を憶えていませんが、お前が憶えている可能性は……そう、お姉様を直に知覚したせいかもしれませんの。真理を体感し、改変への耐性がついたと考えられますの」


 カンナを見て、「改変」への耐性?


「せ、先輩、どういう事です?どうなって」「昔々、ある所に、」


 そこで女が急に、まるで関係無いように聞こえる事を、喋り出した。


「大きなお山がありました」

「は、あ?何言って」

「シッ!」

 人差し指を立てて俺を睨むゴスロリ女。

「折角ワタクシが教えて差し上げようと言うのですから、大人しく、そして心して聞きなさいな」

「………」

 

 半信半疑ながらも、先輩の様子が気にかかる。解明の為に、俺は最後まで聞いてみる事にした。


「宜しいでしょうか?コホン、


  昔々、大きなお山がありました。

  お山の近くには人が住み、お山に神様が住んでいると信じていました。

  そのお山が今まで何度も、大きく轟き噴き上がりながら、

  火や、岩や、灰を降らせたから、人はそう考えたのでした。

  ある日、村に住む男の一人が、山から大慌てで駆け下りて来ました。

  彼は、『山に大きな竜が居るのを見た』、そう言いました。

  山に神様が居ると言っても、これまで姿を現した事はありません。

  初めは誰も、男の言う事を信じようとはしませんでした。

  しかし別の日、山の様子を見に行った別の男が、同じ事を言いました。

  また別の日も、更に別の日も、何人も何人も、口を揃えて見たと言いました。

  村の者は、神が顕れた、お怒りだと、口々に言いました。

  そんな中、鎮めなくてはいけないと、誰かが言いました。

  そうだ、そうするべきだと、誰もが言いました。

  神様の気を鎮めるには、当然捧げ物をするべきです。

  人々は村中から食べ物を搔き集め、宝と呼べそうな物を引き出して、


  村で一番若くて美しい娘を、生贄として用意しました。


  捧げ物は、村長やまじない師、大勢の男衆の手によって、

  山の中にまで運ばれました。

  彼らは竜を見ました。黒く硬い皮を持った、大きな竜でした。

  赤く溶けた岩から顔を出した竜の前に、捧げ物を置いて、

  彼らは祈りながら、山を下りました。

  

  それからしばらくして——」

 


——竜は山から下りて来ました。



「どうなったでしょう?」

「………」

「正解は、みんな竜に食べられてしまいました、ですの」


 「みんな、みぃんな」、

 何が面白いのか、女は笑いを含みながら、そこまで語った後、


「私は()()ですの」


 そう言った。


「そ、それ……?」

「私は記憶、私は記録、私は物語、私は——」




——“爬い廃レプタイルズ・タイルズ




 は?

「え?」

「な……っ!?」


 “爬い廃レプタイルズ・タイルズ”って、それは、


「それは深級ダンジョンの名前だ!」

 

 俺が初めてカンナと逢った、初めてバズった場所。

 忘れたくても忘れられない「お、おい待て」

 待ったを掛けたのはニークト先輩。


「カミザ、“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”は、深級ダンジョンだと言うのか?」

「そ、そうですよ!しっかりしてください!先輩だって詳しかったじゃないですか!弱体化されてないD型にも会った事あるって言ってたでしょ!」

「ススム君が有名になった切っ掛けですよ!間違いないです!」

「いや、それだ、それが二つあるんだ」

「それって、だから何が!?」


「お前が潜った深級は“精螻蛄トゥイッチン・ウォッチン”!だった!俺の記憶では!」

 

「……はいぃ?」

 

 それは、俺が夏休み前半に、ミヨちゃんと攻略してた中級の名前だ。

 

「いや、それは」

「そう、二つある!俺は、“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”が深級だった記憶も、幽かにだが持っている!“あの日”の記憶が、二つある!」

 

 俺達は混乱していたが、先輩は輪をかけてパニックに陥っていた。


「俺が忘れる筈が無いんだ…!お、俺が、あの日の事を、忘れる筈が……!」


 信じた物が土台から崩れた、それくらいの錯乱ぶりだった。


「さっきから先輩、まるで、深級じゃない“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”なら、知ってるみたいですけど……?」


 ミヨちゃんに言われ、先輩は言葉を搾り出す。


「陽州の、とあるダンジョン。世界最大級ながら、詳細どころか、名称すら、一部の人間にのみしか知らされていない……!」


 それって——!


「通称を“永級第8号”……!」


 永級ダンジョン…!

 この際、ダンジョンの位置が大きくズレてるとかを、置いておくとして、女の言う事を信じるなら、


「そう、ワタクシ達ill(イリーガル)は、お前達が“ダンジョン”と呼ぶものの究極態、或いは成れの果て」


 「そう捉えて頂いて結構ですの」、

 そう言ったって、どういう事だ?

 俺はてっきり、どこかのダンジョンのZ(ゼロ)型とかが意思を持って、ダンジョンごと持ち運ぶ能力を持った上で、好き勝手動いているのかと思っていた。

 でも、ダンジョンがモンスターを生んで、その最終形がイリーガルモンスター?

 イリーガルというのは、もしかして普通のモンスターと、思ってた以上に違うのか?


「とまあ、ご高説を垂れておいてお恥ずかしい話ですけれど、ワタクシも新参者ですの。これ以上は、正確な情報をお教え出来ませんの。それに、うっかりと喋り過ぎて、お姉様の興を削ぐのもいけませんの。よって、伏せさせて頂きますの」


 教えてくれるのは、そこまでのようだった。


「ワタクシの魔力供給が止まり、このダンジョンもそろそろ形を保てなくなりますの。これにて失礼させていただきますの」

「おい!話しはまだ!」

「お前!ちんちくりん!」


 どう見ても納得いっていない先輩をまるで無視して、ダンジョンの化身たる女は俺を指差す。


「何度も、何度でも言いますの!くれぐれも!くーれーぐーれーも!お姉様を、そこらの下賤な馬の骨に、掴ませてはなりませんの!今回の働きを認め、一時的に預けますが、誰ぞに指一本でも触れさせてみなさい!」


 「車裂きを慈悲だと感じさせて差し上げますの!」、

 女の言った通り、石造りの町が薄れゆき、コンクリートの雑居ビルが浮かび上がる。


「ごきげんよう!お姉様と、ちんちくりん!」


「待て!」


 先輩は恐怖していたのか、激昂していたのか、それでもどこかで冷静だった。自分が彼女にそのまま向かっても勝ち目が無いと分かっていて、怒鳴るだけで追おうとはしなかった。


 元々内装以外は残っておらず、戦闘によってそれすらめちゃめちゃにされたフロア。

 

 俺達は全員、そこに戻っていた。


 女はもう、何処にも居なかった。

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