251.お前は、お前らは、結局何なんだ
「ススム君!ススム君!大丈夫!?今治すから……!」
「ゲホッ……!ゴホッ…!う、うん、おねがゲホ!ゲホーッ!」
「無理して喋ろうとしないで!」
illモンスターが死んだ。
だが何故かダンジョンがまだ崩れない。
右眼に戻ったカンナが言うには、特に放置で問題ないらしいが、これ以上何も起こらないとは、保証してくれなかった。
備えないと。
次に何が来る?次は何だ?俺を殺したいのは何処の誰で、後何人だ?
「ハァー……!すぅー……!ふぅー……!……よし」
気管も肺も良い感じだ。中に入った何かを魔力で殺した余波で、自分の魔力で自分の中身を焼き焦がしてしまったせいで、一息だけで灼熱の熔鉄を呷るような苦行に見舞われていたが、それも何とか収まりつつある。あの極限細分化状態を解除したのも理由の一つだろう。
「ありがとう、ミヨちゃん……。ごほっ、これで、一旦はヨシだな!」
「う、うん……」
あ、あれ?なんか浮かない顔だ。
まあダンジョンがそのままだから不安になるくらいが丁度良いか。
今はそっちより——
「カミザ……」
俺は立ち上がってもう一人に、まだ震えが残って蒼白な顔で、カチカチと歯を鳴らすニークト先輩に向き合う。
「先輩、やっと俺の名前まともに呼んでくれましたね」
「茶化すな、この…隠蔽チビ!さっきのは、何だ!何て物を、持って、何をやってるんだ!あれは、あれは!あれは兵器とか厄災とか、そんな生易しい物じゃあないぞ!お前は許されない事をしたんじゃ、してるんじゃないのか!?」
「分かってます。糾弾される行いなのは、重々承知してます。それも分かって、俺は彼女を隠していました」
「『彼女』、だと!?あれに人格を感じているのか、お前?」
「はい。俺の大切な恩人です」
先輩は苦しそうな、恨めしそうな、哀しそうな、色々と複雑に混ざった貌をして、
「お前は!お前に聞きたい事が山ほどあるが、」
「今はそれどころじゃない!」、
自分を無理矢理納得させるように地団駄を踏んで、
「後で洗い浚い吐いて貰うからな!いいか!?洗い浚い!一切合財だ!」
そう言って背を向けた。
「すいません、先輩、本当に——」
「ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああ♡♡!♡!♡!♡♡♡!!!!」
唐突に降ってきた奇声に、俺達は慌てながらも瞬時に構える。
「濃厚!濃厚なお姉様分ですのぉおお♡♡♡♡!!」
自分を抱き締めながら身を捩っているのは、この前俺の命が狙われている事を教えてくれた、あの変人ゴスロリ女だ。
ここに居るって事は、
「やっぱりお前もイリーガルか!」
「ちぃっ!次から次へと!」
「このダンジョンが残ってるのもあなたのせい!?」
「お前達!」
さっきまで喜色満面だった彼女は、突然表情をぶすりと険立たせ、
「お前達は!今!ワタクシの!お姉様からの供給に悶絶する至福の時間を!何の権利があって!邪魔するんですの!」
割とガチギレした。
「「「………」」」
えぇ…?
「もう!数千年に一度に巡り合えた幸運に浸っていたと言うのに!風情の無い奴等ですのね!」
「「「………」」」
いや、その、なんかごめん……?
「はぁー……、まあ、いいですの。本日は良き物を見せて頂きましたし、それで手打ちに致しますの」
なんか引っ掛かるが、今日の所は帰ってくれそうな空気だ。
心変わりしないように、俺は口を噤むことにした。ミヨちゃんも同じような判断っぽい。
だけど、
「おまえ……?」
先輩の様子がおかしい。何度か鼻をひくつかせて、何かを嗅ぎ取ったようだが、しかしその顔はみるみる青くなっていく。
「おまえ、俺は、お前を知っている…?」
「先輩?」
「あら?」
「いや、なんだこれは……?二つだ、二つある」
先輩は頭を抱え、虚空を見つめながら、うわ言のように「二つ」というフレーズを口にする。
「二つ……!どっちだ……?どっちが本当なんだ……!お前……!お前は!俺を知っているのか!?俺は、お前を知っているのか!?」
「ちょ、せ、先輩?」
らしくない、何が何だか分からない問いだ。
俺とミヨちゃんの二人で混乱していた一方で、
「はぁ、なるほど、お前、よほど強く憶えていましたのね?」
女には通じたらしい。
「ワタクシはお前を憶えていませんが、お前が憶えている可能性は……そう、お姉様を直に知覚したせいかもしれませんの。真理を体感し、改変への耐性がついたと考えられますの」
カンナを見て、「改変」への耐性?
「せ、先輩、どういう事です?どうなって」「昔々、ある所に、」
そこで女が急に、まるで関係無いように聞こえる事を、喋り出した。
「大きなお山がありました」
「は、あ?何言って」
「シッ!」
人差し指を立てて俺を睨むゴスロリ女。
「折角ワタクシが教えて差し上げようと言うのですから、大人しく、そして心して聞きなさいな」
「………」
半信半疑ながらも、先輩の様子が気にかかる。解明の為に、俺は最後まで聞いてみる事にした。
「宜しいでしょうか?コホン、
昔々、大きなお山がありました。
お山の近くには人が住み、お山に神様が住んでいると信じていました。
そのお山が今まで何度も、大きく轟き噴き上がりながら、
火や、岩や、灰を降らせたから、人はそう考えたのでした。
ある日、村に住む男の一人が、山から大慌てで駆け下りて来ました。
彼は、『山に大きな竜が居るのを見た』、そう言いました。
山に神様が居ると言っても、これまで姿を現した事はありません。
初めは誰も、男の言う事を信じようとはしませんでした。
しかし別の日、山の様子を見に行った別の男が、同じ事を言いました。
また別の日も、更に別の日も、何人も何人も、口を揃えて見たと言いました。
村の者は、神が顕れた、お怒りだと、口々に言いました。
そんな中、鎮めなくてはいけないと、誰かが言いました。
そうだ、そうするべきだと、誰もが言いました。
神様の気を鎮めるには、当然捧げ物をするべきです。
人々は村中から食べ物を搔き集め、宝と呼べそうな物を引き出して、
村で一番若くて美しい娘を、生贄として用意しました。
捧げ物は、村長やまじない師、大勢の男衆の手によって、
山の中にまで運ばれました。
彼らは竜を見ました。黒く硬い皮を持った、大きな竜でした。
赤く溶けた岩から顔を出した竜の前に、捧げ物を置いて、
彼らは祈りながら、山を下りました。
それからしばらくして——」
——竜は山から下りて来ました。
「どうなったでしょう?」
「………」
「正解は、みんな竜に食べられてしまいました、ですの」
「みんな、みぃんな」、
何が面白いのか、女は笑いを含みながら、そこまで語った後、
「私はそれですの」
そう言った。
「そ、それ……?」
「私は記憶、私は記録、私は物語、私は——」
——“爬い廃”
は?
「え?」
「な……っ!?」
“爬い廃”って、それは、
「それは深級ダンジョンの名前だ!」
俺が初めてカンナと逢った、初めてバズった場所。
忘れたくても忘れられない「お、おい待て」
待ったを掛けたのはニークト先輩。
「カミザ、“爬い廃”は、深級ダンジョンだと言うのか?」
「そ、そうですよ!しっかりしてください!先輩だって詳しかったじゃないですか!弱体化されてないD型にも会った事あるって言ってたでしょ!」
「ススム君が有名になった切っ掛けですよ!間違いないです!」
「いや、それだ、それが二つあるんだ」
「それって、だから何が!?」
「お前が潜った深級は“精螻蛄”!だった!俺の記憶では!」
「……はいぃ?」
それは、俺が夏休み前半に、ミヨちゃんと攻略してた中級の名前だ。
「いや、それは」
「そう、二つある!俺は、“爬い廃”が深級だった記憶も、幽かにだが持っている!“あの日”の記憶が、二つある!」
俺達は混乱していたが、先輩は輪をかけてパニックに陥っていた。
「俺が忘れる筈が無いんだ…!お、俺が、あの日の事を、忘れる筈が……!」
信じた物が土台から崩れた、それくらいの錯乱ぶりだった。
「さっきから先輩、まるで、深級じゃない“爬い廃”なら、知ってるみたいですけど……?」
ミヨちゃんに言われ、先輩は言葉を搾り出す。
「陽州の、とあるダンジョン。世界最大級ながら、詳細どころか、名称すら、一部の人間にのみしか知らされていない……!」
それって——!
「通称を“永級第8号”……!」
永級ダンジョン…!
この際、ダンジョンの位置が大きくズレてるとかを、置いておくとして、女の言う事を信じるなら、
「そう、ワタクシ達illは、お前達が“ダンジョン”と呼ぶものの究極態、或いは成れの果て」
「そう捉えて頂いて結構ですの」、
そう言ったって、どういう事だ?
俺はてっきり、どこかのダンジョンのZ型とかが意思を持って、ダンジョンごと持ち運ぶ能力を持った上で、好き勝手動いているのかと思っていた。
でも、ダンジョンがモンスターを生んで、その最終形がイリーガルモンスター?
イリーガルというのは、もしかして普通のモンスターと、思ってた以上に違うのか?
「とまあ、ご高説を垂れておいてお恥ずかしい話ですけれど、ワタクシも新参者ですの。これ以上は、正確な情報をお教え出来ませんの。それに、うっかりと喋り過ぎて、お姉様の興を削ぐのもいけませんの。よって、伏せさせて頂きますの」
教えてくれるのは、そこまでのようだった。
「ワタクシの魔力供給が止まり、このダンジョンもそろそろ形を保てなくなりますの。これにて失礼させていただきますの」
「おい!話しはまだ!」
「お前!ちんちくりん!」
どう見ても納得いっていない先輩をまるで無視して、ダンジョンの化身たる女は俺を指差す。
「何度も、何度でも言いますの!くれぐれも!くーれーぐーれーも!お姉様を、そこらの下賤な馬の骨に、掴ませてはなりませんの!今回の働きを認め、一時的に預けますが、誰ぞに指一本でも触れさせてみなさい!」
「車裂きを慈悲だと感じさせて差し上げますの!」、
女の言った通り、石造りの町が薄れゆき、コンクリートの雑居ビルが浮かび上がる。
「ごきげんよう!お姉様と、ちんちくりん!」
「待て!」
先輩は恐怖していたのか、激昂していたのか、それでもどこかで冷静だった。自分が彼女にそのまま向かっても勝ち目が無いと分かっていて、怒鳴るだけで追おうとはしなかった。
元々内装以外は残っておらず、戦闘によってそれすらめちゃめちゃにされたフロア。
俺達は全員、そこに戻っていた。
女はもう、何処にも居なかった。




