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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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249. これは戦いなんだ、蹂躙じゃない

「あら、ワタクシの事は、お気になさらず。お姉様のお邪魔をするつもりは、毛頭ありませんの」


 この戦いにおける台風の目、世界の中心とすら言える存在を目前にして、且つ敵がそれを破壊する一歩手前に来ている。

 そこまでの状況で、手を出さないという言葉が、信用されるわけがない。

 にも拘らず、当然の摂理のように言い切った、日傘を差すゴシック装いの女。


 “北狄ゼブラ”はそいつの事を、不快に思う。


 彼女が操る瘴気、乃ち致死性の呪毒を持つ数百数千のノミ型モンスターの集合。マウスが媒介する寄生生物ラウス。その中に入った者は、シュレッダーに吸われた紙のように、繊維も鎧も魔法もビリビリに散らされ、体液という体液を吸い取られ、代わりに呪いを流される。

 特にこの“酷史廟デビルズ・イル”の中でなら、ローカルの影響が濃くなって、彼女の眷属達は更に精強になる。相手の攻撃への耐性も、与える呪いの重篤さも、同じイリーガル相手でも「致死」と言い切れるレベル。


 だが、その女は違った。

 家の一つ、その上に立ち、平気な顔で成り行きを見物していた。

 そう、「見物」だ。まるで物見遊山だった。


 “北狄ゼブラ”は幾らかの量の瘴気を集中させ、それをボールのように肢で投げるも、

「あなた、耳が遠いんですの?再度申し上げますの」

 眷属達は、そのドレスに触れた途端に、破壊されてしまう。


「無駄ですの。ワタクシは今、あなたと戦うつもりはありませんの。あなたでは殺せず、あなたにとって害は無く、あなたにとって真の脅威を履き違えておいでですの。お姉様を前にしながら、まるで意味ナシなワタクシへの攻撃にかまけているなんて、あまりにも残念な審美眼ですの」


 「まあ、どちらにせよ、勝敗は見えておりますけれども」、

 熱、か?

 煌びやかに見える服飾は、巌のように硬い上に、その内から極まった高温も伝わってくる。まるで血流の代わりに、マグマが満ちているかのように。

 

「一つ、アドバイスですの」


 「ガントレット」とすら呼べる、ゴツゴツと鋭角型のグローブで、鋭い人差し指を立てて言う。


「ワタクシに目移りしているのは、勿体ない事ですの。お姉様を、全身全霊、鱗の継ぎ目一つに至るまで全てで受け止め、感浸かんしんする事をお薦め致しますの」


 「全生命全存在、須らくそうするべきでしょう?」、

 煙に巻いているのか、本当に話が通じないだけか。

 心理戦において経験不足な“北狄ゼブラ”には、そのどちらなのかが分からない。

 こんな時、あの人ならどうするだろうか?

 彼女は家族の顔を思い出す。兄達と、そして長姉ちょうしと。

 失う事が本質である彼女が、生まれて初めて手に入れた物を、


〈守る……!〉

 

 一際小さい個体を数百程生み出して、その整った顔にぶつける。


「お前、本当にオツムが足りていないんですのね?」


 結果は同じだ。その女のどこか、何かに触れただけで、眷属は全滅してしまう。


〈それなら……!〉


 前肢の先端が別れ、槍衾となる。

 斧槍も含めた戦乱の記憶。何又にも分岐し、その数を増していく金属の矛先を見て、


「人のお話はしっかり聞きなさいな……」


 女はただ呆れたように、眉を顰めるだけ。


〈それなら、直接…!〉


 一本ずつがバラバラに制御され、正確に相手を貫き倒す軍列によって、鉄の雨を降らせる、

 直前、

 


〈!?〉

「ああっ♡」



 気配がそこまで香って来た。


〈来る…?遅かったけど、やっと……〉

「来るんですのね♡♡!来ましたのね♡♡♡♡!!!」


 寒気。

 恐ろしい。どこか心地良いのがまた、余計に。

 けれど、恐怖とは未知から来る物だ。

 彼女はそれが何か、知っている。

 “姉”から聞いたから、そいつの基となる概念を知っている。確かに強い。諸悪の根源と言っていい。けれど「知っている」のだ。理解しているのなら、戦える。

 消せるとは思っていない。

 ただ、こちら側に出て来ないよう、追い出す事なら出来る筈だ。


V(ヴァンガード)と、F(フェルツ)………あれらを超える方法なら、ある……!〉


 瘴気の向こう、何千本もの微細な指を持つ彼女の掌が包んだ、人間風情による儚い抵抗の中で——

 


「“一二(疼ぐけふを、)三四五(見舞う宵、)——」


 少年が右手を、親指から一本ずつ折り畳んでいき、


〈——六七八(惟神焼き、)九十(辜は永久に)”〉


 朗々と詠み合わせるように、声と左手が重ね絡められていく。




               〈カイ ホウ




 一寸たりとも一息ぽっちも逃さない、停止の境界。

 それは何一つも外に出さず、何であっても内に入れず、

 結果的に黒い球に、或いは虚ろな穴のように見えた。


 “北狄ゼブラ”はその包装を解こうとして、彼女の持つ戦力を押し固めるかのように投入し、しかし中を覗き見る事も叶わなかった。


 彼女では、禁を破る段階にすら、到れない。


 そして黒は晴れ、悪気あっきは散らされ、

 

さて、始めますか〉


 居る筈のない者が居た。

 在る筈のない者が在った。


 柔らかさ、後ろめたさ、儚さ、雅さ、凶々《まがまが》しさ、鋭さ、麗しさ、不滅さ。

 事象として成立し得る、限界ギリギリの極致まで、それらの概念を過積載。


 見る者を犯す美暴びぼう

 聞く者を覗く稟声ひんせい

 嗅ぐ者を芳恍ほうこう

 

 そして触れ、味わった者達は、自己も固形も存在も手放す程、この世ならざる快楽を得るだろう。ここまで離れても、それが分かる。分かるのに、求めてしまう。世に残るという彼らの衝動と、真逆の末期を欲してしまう。


 その倒錯に、より魅せられる。

 少女の姿の()()の前では、あらゆる憂懼ゆうくが多幸へと、化学変化を起こしてしまう。

 彼女の瞳に照らされながら、自らが失われていく。

 それが最良のイメージになる。


 その前に立てば逃げられない。どれだけ敵視しても、誘惑には勝てない。

 最高にして最悪。極上にして悪辣。

 恐竜のような巨体の中に、死病を孕む小虫共を満載した彼女でも、辺獄ダンジョンを生み出し窟法ローカルという細工を施したとしても、


 勝てるわけがない。


 勝てるわけがないのだ!


「来たぁ♡来た来た来たキタキタキタキタキタキタキタきたあああああ♡♡♡♡♡♡!!!」


 傘を持つ右腕で胸を抱いて、左腕でスカートの上から下腹部を押さえ、喜声きせいを上げながら身をくねらせる女。

 ほとんど露出していない頬でも、紅潮しているのがありありと分かった。

 

「お姉様!最果ての神格!お会いしたかった!おお…!おお!ワタクシの滅び!ワタクシの終わり!ワタクシの行く先!」

 

 やかましい興奮ぶりに対して、しかしさっきまであれだけ女を警戒していた“北狄ゼブラ”は、もうそちらに注意を遣る事は出来なくなった。


 全細胞が、あれほど憎かったモノクロオムに、恋していた。

 見ているだけで、焦げ付いて絶滅してしまうくらい、夢中だった。


〈あれ、もう屈従くつじゅうを選ぶのですか?〉


 挑発的な声と物言いに、ハッとする。


〈私としては、もう少し、持ち堪えて頂きたいのですが〉

〈……し…心配、いらない……!〉


 いけない。

 今完全に、眠りに落ちるように己を差し出す所だった。邪念も雑念も水飴のように溶け、ただ気の赴くままに俎板まないたに横たわる所だった。


〈私は、私は…あなたに、勝つ…!〉


 例え倒せずとも、殺せずとも、勝利する事は出来る。

 

〈あなたの防御の弱点は………、……??〉


 “可惜夜ナイトライダー”が顕現してから、10秒?20秒?実は数分経っていただろうか?

 散々に遅れて、彼女は漸くその事実に気付いた。


〈……?…カミザススム……、守らない、の……?〉

 

 そいつの持ち駒は、何故か無関係な二人を守り、宿主を放置している。

 これでは、あべこべだ。

 何がしたいのか分からない。彼の命を守る為に、現れたのではなかったのか。

 

〈……なに…?……?…どうして、そいつの命を、捨てるの……?〉


 理解に苦しむ。無意味を通り越して損にしかならない。

 合理性の観点からは論外。即殺されるだけなのだから、精神論が介入する暇すら無い。殺したいのか?彼女がその気なら、もっと速くて簡単なやり方があるのに?


〈苦しめたいの……?苦しんで、死んで欲しい…?〉


 導き出された解答はそれだ。

 少年が何かそいつの癇に障って、罰を受けているとしか思えない。


〈私が?ススムくんに?………あれ〉


 消去法で唯一生き残った可能性を聞かされた彼女は、一度眉根を寄せた後に、何か本気で驚いたように橙を見開き、こくりと流れる喉を控えめに震わせ、


〈くふっ、くっくっくっく………〉

〈なに……?〉

〈失礼。少し、困ってしまって〉

〈困、る……?〉

〈半分程、正解なのですが、〉

 

 苦笑している。

 呆れて、いるのか?


〈不正解部分が、思っていた以上に、誤り過ぎているようでして〉

 

 「おどろいてしまっただけです」、

 袖の陰のまどわしの微笑みは、新鮮な味感みかんに舌鼓を打っているように。


〈他に、じゃあ、他に…どう、どう説明する…!〉

〈そうですね、貴女に言って聞かせるなら〉


 改めるべき認識とは、


〈貴女が仕損じる、私はそちらに賭けています〉


 そういう遊びだ。

 そういう趣向だ。

 それはどうやら、大穴なれど成立するオッズ。


〈勝つのは私です〉


 完膚なきまでに。

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