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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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248.望むなら求めるしかない、道理だな

 ネズミ共が群がり、リボンが端から黒ずんで、燃え尽きた煤のように失われていく。

 赤紫色の体毛を持つ軍勢、その背中から高射砲のように、細かな粒が連発される。

 それは障壁に当たり、その上を跳ね回り、点々と汚染を広げていく。

 その一つ一つが、“敵”だ。

 目でギリギリ捉えられるくらいの、小さい生物達。それで作られた黒い霧が、胸一杯の魔力と悪意を持って、俺達の盾を食い破ろうと殺到している。校内大会で戦った、三都葉先輩の魔法を思い起こさせる。ただし、あれと比べてしまうと、数も、単体の強さも、精密さも、桁違い。

 一片、一欠けらの隙間も無く、球形の防御壁全体を焼くかの如く、びっしりと穿孔攻撃で覆って来る。

 

 さっきあいつは何て言った?「小さき者ほど勇ましく」?

 それがここの窟法ローカルだとしたら、つまり体の大きさが縮む程、強くなるって事か?じゃあこの、ネズミくらいミニサイズなら、どれだけの強化が入るんだ?ミリメートル単位の虫けら共には、絶大な加護が与えられるんじゃないか?


「消せない…!弾き出せない…!」

 

 ミヨちゃんの焦った声が、俺の懸念の正しさを裏打ちしてしまう。

 互いの効力のせめぎ合いでは、無力にすら見えるその微小生命達に、むしろ分がある、いや、圧倒している!


 彼女の障壁が擦り減る速度に関して言えば、“火鬼ローズ”の時を上回っており、2分も持ちそうにない!


 特殊部隊男は壁とレーザーで身を守っていたが、完全詠唱が間に合わず、ボディーアーマーに小さな穴を幾つも抉り開けられ、そこから肉を啜り上げられている。彼はそのうちに胸を苦しげに押さえながらのたうち、肌色を黒々しく変えられ、鼠達に全身の肉をこそげ取られて、赤紫色の下に引きずり込まれた。

 クワトロとディーズは茨で身を守って、これもまた見えなくなってしまう。

 どちらもすぐに命が尽きる。

 阿鼻叫喚の一つとなる。

 

 あれが、瘴気に直に触れた場合、そのモデルケースだ。

 うかうかしていたら、俺達も後を追う事になるだろう。


 掌を突き破るくらいの力で、悔しさを握り潰す。

 ノミ女が仇かもしれないって想像を、なんとか腹の内から追い出す。

 

 ミヨちゃんとアイコンタクトを取り、それから冷や汗を垂らすニークト先輩の顔を振り返り、もう一度ミヨちゃんを見て、二人で頷き合う。

 先輩が黙ってくれるかどうかは、正直分からない。

 だがその危険を冒さなければ、賭け自体が成立しない。


(カンナ…!)

(((はい、心得ていますよ?助力の嘆願ですね?)))

(それについては全然信頼してるけど、一応聞く。勝てる?)

(((何時ぞやの雑草の方が、幾らか歯応えがありました)))


 心強いお言葉で。

 

(カンナ的に、今回は介入してもいいケース?)

(((そうですね。未だススムくんには、荷が勝つ相手かと)))

(じゃあ、)

(((右手を拝借します。手順に変わりはありません)))


 俺は右手を前に立てて、


「先輩、あの」

「分かってる!どうにかあのクソデカシマノミを討伐しないことには」

「いえ、そうじゃなくて」

「なに?」


 先輩はそこで、俺の様子がおかしい事に気付いたようだった。


「先に謝っときます。ごめんなさい。たぶん先輩は怒ると思うから」


 こういうのに、怒ってくれる人だから。


「おい何をわけわからん事を……!?」

「今は、俺から離れて」

(((ですが、ススムくん)))


 俺の右手を両手で包みながら、


(((このままでは、面白くないと、そうは思いませんか?)))


 それを綿雲のような胸部に抱いて、にんまりと唇を吊り上げる。

 猛烈に、嫌な予感がした。


(え)「カンナちゃん?」

「なんだ、何の話をしている?」

 

 それはミヨちゃんも同じだったらしく、先輩の前である事も構わず、その名を口にしてしまう。


(((つい数週前にも、私がill(イリーガル)を撃滅したでしょう?同様に進めるというのは、何とも芸が無いとは、思いませんか?)))


 あと1分くらいで、強力な呪い持ちのモンスターによって、3人ともが全身に集られ、刺され、蝕まれ、朽死きゅうしする。そんな局面で、彼女の悪戯心が活性化してしまった。


(((ススムくん、条件を付けましょう。そうですね、それが良いでしょう。名案です)))


 彼女は自らの思いつきに、一人勝手に頷いている。


「待って?どうしてそんな事言うの?カンナちゃん?ちょっと待ってよ」

「いい加減にしろ!誰だそいつは!お前は誰と話している!?」

(カンナ、条件って)


(((“オロチ”と“ハチ”に守らせるのは、二名までとします)))


 それは、

 誰か一人は、無防備に外気に晒される、という事で、


(((私は、たっ………ぷり、時間を掛けて、彼女をなぶるつもりです。それはもう、長ぁく、濃く、厚く……、忘れられない、最上の最期を飾らせて差し上げる、そのつもりです)))


 数秒耐えればいい、という話でもなくて、


(((ススムくん?何方を、選びますか?)))


 誰が、

「待って、ススム君」

 その「一人」になるか。

「ダメだよ?それは絶対に」

 生きるなら、何かを傷つけないといけなくて、

 欲張るには、それ相応の力が必要で、

 俺が出来る事、守れる物は、ほんの少しだけ、無いも同然で、

「ススム君、私が」


「俺だ」


 それでも、俺は選ぶ。


「カンナ、俺が外に出る」

「ススム君…!」

「血迷ってるのか!?」


 何故なら、俺がそうしたいからだ。


(((それは、責任感ですか?)))

(違う、我欲だ)


 俺の勝手だ。


(これから先、楽しく幸せに生きたいなら、俺を狙った全ての動乱に、対抗出来なきゃいけないんだ)


 今回だけじゃない。これからずっと、俺に生きてて欲しくない誰かと、イリーガルと、戦い続けることになる。

 俺はみんなと、一緒に居たい。

 あそこに戻って、成長して、人並み以上の人間になって、誰かを救える力を手に入れて、いつか遠い将来で大往生。

 ああ、

 ああ!

 そうだとも!

 勝手だ!

 全部俺の願望だ!

 俺だけの願いだ!

 俺の事だけしか考えてない!

 他の誰の事も気遣ってない、道徳ゼロ点の自己中な意思だよ!

 でも俺は、ずっとそうだったんだ。その気が無かっただけで、生物ってのは他を蹴落とし続けないといけないんだ。その中でも俺は、生きてるだけで迷惑してる人が普通より多くて、だからこんな事になってるんだ。失われる命の数で比較すれば、俺が死んだ方が話が早くて平和なんだ。

 俺は生きてるだけで他の生命に、同種同族である人間にさえ、多大な負担と不都合を強いるクズ野郎だ!

 俺が願えば、どこかで誰かの願いを潰すんだ!

 俺が居たからノミ女が、おじいちゃんとおばあちゃんを殺したってのが本当なら、ここで死ぬのが賢くて他人の為になって人情味のある決断で、だけど俺はそうしたくないんだ!


 だったら!

 どうせ最低なカス野郎なら、

 どっちにしろマイナスな価値しか持てないなら、

 無欲なゴミより、努力家な欲張りになれ!

 大人しく死ぬ気が無いなら、それがイヤだと一点張りするなら!

 

 敵の意見を曲げさせ、或いは何百何千何万何億回でも勝利し続け、殺したくても誰も殺せなくなるくらいに!


 力を、強さを得るしかない!


 悔いてるってポーズの為に縮こまって、自分は何も変わらないくらいなら、強くなって何かを、何もかもを出来る存在になる!それを目指す方が良い!



 “最強”になれ!

 イリーガルが束になっても勝てないくらいの“最強”に!



「ミヨちゃん。これは自己犠牲なんかじゃないんだ」

 

 カンナの左眼、目を焼かぬ程度に眩い橙色を見ながら、俺は彼女の真意を見抜く。


「逆だよミヨちゃん。これは俺にとって、絶大なラッキー、チャンスなんだ」

「ススム、君…?」

「カンナは俺に、叶える為の力を手に入れる、その道を見せてくれているんだ」


 ただ誰か一人が確実に死ぬ。

 カンナはその程度の事に、娯楽性を見出さない。彼女はそんなに悪趣味でも、安くもない。

 彼女が楽しんでいるのは、「3人全員助かる」という目的を、俺が果たせるかどうか、そのギリギリの綱渡りだ。

 って事は、その可能性がある、それを実現できるやり方がある。豆電球めいて頼りなくとも、暗中に光がある!

 

 じゃあ誰の行動でそれが可能なのか?

 無論、俺だ。彼女の干渉を受け、その行動の全てを彼女に見られている、この見世物舞台の主演。彼女が用意した解に必要なヒントは、俺だけに見えるよう転がされている。

 

 俺が正解する、その為の種は既に蒔かれている。


「これはきっと、テストとか、試練とか、通過儀礼とか、そういう話なんだ。絶対確実100パー出来る事じゃない。でも、必要な事で、やれないわけじゃない事なんだ」


 リボンが最後の1本になり、赤紫色がじわじわと浸透していく。

 だが、もう大丈夫。

 決心は済ませた。後は勝つだけ。


「大丈夫だよ、ミヨちゃん」


 振り返って、はらはらと涙を溢す彼女に、笑って見せる。


「俺がいつも通りに、モンスターに勝って、カンナの課題をクリアして、全員生きてここを乗り切る、それで——」


——万事解決だ。


 右手が解放され、カンナが後ろに、いいや、俺と重なるように立ち、左手を合わせる。


 まあ、結果的にはスッキリ出来る。

 これで心の赴くまま、理不尽に奪われた恨みつらみを、首謀者らしき奴を相手に、この手で直接ぶつけてやれる。


 よし、

「カンナ、始めるぞ」


 ぞぉおっ、

 氷点下とも言える怖気に、近くに居た二人どころか、障壁越しのネズミも虫も、一斉に竦んで動きを止めた。


「んン?か、んな?」

「…っ!」

「ヒュッ…!、お、おい、なんだ、今のは?おい、気負いチビ、おい?」

 

 これは、この雰囲気は、

 まるで俺達が気を昂らせると、血肉と肌から発熱するのとは逆に、

 

(((ススムくん、)))


 彼女の興が乗ると、外気も巻き込んでことごとくが——



(((あなたはとても、いですねえ……)))


 ふふふふふ

 ふふふふふふふ


 

「ぉぉぉおい!カミザぁ!」

 

 冷たく、重たく、存在感の密度が増していく。


「お前は!何を隠していたんだぁっ!?」


 音のさざなみも止まるくらい、深く静かな夜が来る。


「それはなんだカミザぁッ!お前は!おまえは!なんて物を隠し持っているぅっ!?」


 

 地獄の業火も、


 凍てつく時だ。

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