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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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245.あまりに遅い気付きだけど、それでも気付けた方が良いんだと思う part1

 罪悪感があったかと言われると、よく分からない。


 彼がその少年を憐れに思うのは、自分をより正しい人間だと、思いたいからかもしれない。

 

 彼が軍に入ろうとしたのも、きっと同じ理由だ。

 世界は敵と味方で二分されて、正義と悪で選別出来て、弛まぬ努力と理想の果てに、人は天国に行けるのだと、そういう世界観で生きていたかったのだ。


 初めの内は、上手く行っていた。

 訓練兵の同期の中で最高成績を取り、初陣もその次も更にその次も、浮かれ過ぎる事も怯え過ぎる事もなく、ただ淡々と務めを全うし、成功させた。

 同胞を自爆させたり、民間人を巻き込んだり、よく知らない国や神の名を唱えたり、そういう狂人達を相手に、銃撃戦、暗殺、破壊工作を行い、決して後悔しなかった。

 彼にとって、それらは分かり易い「敵」であり、「悪」だったからだ。


 だが、今となっては、それも怪しい。


 彼は、それらを知らなかった、理解していなかっただけだ。

 きっと向こうから見た時、弾丸で同胞を殺し、政情を揺さぶる事で民間人を殺し、よく知らない国の正義を唱えて、そんな彼らは「悪」だったのだと、今なら分かる。

 どちらが先とか、どっちが定量化してより悪いとか、きっとそういう話じゃないのだ。手打ちにする為に、形式上それを決める事はあっても、本心では、誰もが自分達が正しいと思っている。そして、それが本当なのかは、結局の所は価値観によって変わる。


 手掴みでの食事を汚いと思う者達と、マナーと思う者達が居る。

 声を上げる事を必要だと思う者達と、みっともないと思う者達が居る。

 神を信じるのを崇高な事だと思う者達と、気持ち悪いと思う者達が居る。


 必要なのは、

 世界平和が欲しいのならば、

 やるべき事は、正義を貫き通す事じゃあない。

 相手が折れる事を信じて、自らの正義もほどほどに折る事だ。

 だが、現実はそうはいかない。

 囚人のジレンマゲームだ。

 自分だけ折れたら、損は全部自分に来る。

 囚人なら自業自得だが、集団や国なら民の全てが巻き添えを食う。

 折れる事はリスクが高く、更に折れなかった前科持ちが相手とあれば、譲歩なんて自殺行為、そう簡単に出来るわけがない。

 出来る事が、正しいとも限らない。

 理想の平和を見て、現実に生きている同じ集団の所属者達に、損や危険を呼び込んでいるのだから。

 

 メンバーの中の誰もが、平和の為なら喜んで死ぬと言うような、覚悟の決まった賢人達なら?

 殺戮か支配の対象となり、他の国に乗っ取られ、文化も風土も塗り替えられ、かつての精神性は消される。平和を目指していた尊い人々は、跡形も残らない。殴り返さない賢人より、先に手が出る愚者の方が、この世界では強いのだ。

 彼らは結局の所、亡国を招いた愚民と同じになる。

 

 彼がやっているのは、その絶望の再生産の、片棒、いや一角、否々《いやいや》一端を担う事に過ぎない。

 世界全体が、同時に正義を折る事が出来れば、地上に理想郷が降りる。その僅かな可能性、衛星軌道上から深海の針の穴に糸を通す事よりも困難な偉業を、絶対に不可能にしている一人。それが、国家の正義の為に人を殺す、彼の仕事だった。


 それに気付いたのは、彼の任務が妻を悲しませている事を、知った時だった。

 彼女は物の道理が分かる人だ。

 仕事で夫が中々帰って来ないのも、国を維持する為に彼のような人間が必要な事も、吞み込める。

 

 だが、夫がいつだって死神の隣に居る事実を、怖がるのは止められなかった。

 愛する人が、自分から死にに行くのを、見送るような生活。

 手紙や電話が掛かって来る度、最悪に怯え続ける日々。

 彼女にとっての最優先は、神でも国でもなく、彼だった。

 だから、彼の意思を尊重して、戦場に赴くのを止めなかった。

 だから、彼の死を想像して、暗い夜でも眠れなかった。


 彼は神を、国を、妻を想い、その安全の為に、正義を執行した。

 自分の最善を尽くして、それが最愛の人を追い詰めていた。

 

 すぐ隣の彼女の心すら、分かっていなかった。

 それを知った時から、

 彼女と、敵と、その二つには、理解しきれないという共通項が結ばれ、

 彼が相手にする「悪」は、全てが妻と同じ、

 


 “人間”になってしまった。


 

 彼は、そこで止まるべきだった。

 辞めるべきだったのだ。

 撃ち殺す相手に感情移入出来てしまう時点で、人は兵士で居続ける事は出来ない。

 守るべき物と、それ以外。それらを大別出来ない者には、いつか限界が来る。

 彼らの仕事は、人が人である限り、必要不可欠だ。

 しかし、病んでいる。

 自己矛盾を空っぽの正当化の中に入れ、蓋をして、なんとか健康体を装えているだけだ。

 蓋を開けてはいけなかった。

 開けたのなら、それと真っ向から膝を突き合わせ、対話するべきだった。

 彼は見えなかったフリをして、

 人間相手ではない、モンスターとの戦いなら、そこに悪は無いと、苦し紛れの言い訳に逃げて、

 

 あの遠征に行った。

 

 結果、どうなった?

 彼は結局、人を殺していた。

 結局、嘘を吐いていた。

 妻の近くに居なかった。

 その異変に気付けなかった。


 あの遠征が、全てを手遅れにした。

 彼は戦場に捕まって、

 今や彼女を殺そうとしている。


 彼の能力は、彼をよく表している。

 彼は守護者のフリをして、実態は奪う者なのだ。

 奪う言い訳に、守っているだけだ。

 

 だが、それは彼の罪だ。

 彼への罰だ。

 他の全てを差し出すのは受け入れたとしても、

 彼女を巻き込む事は、ないじゃないか。

 彼女のような、正しい人が失われるのは、間違っている。

 間違いは、正されなければならない。

 だからきっと、本当の所、




 子供を殺すと言うのに、

 彼に罪悪感は無いのだろう。

 どこまでも、変われない男なのだ。

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