242.プロフェッショナル二人
また一つ、ハーケンが投げられた。
これも曲射。
バッタ男を追尾するように追い回し、後ろ回し蹴りで迎撃される!
「ガネッシュさん!」
〈まだですぞ?まだ貴方の出番ではありません!まだ貴方は脅威と見なされてはならないのです!〉
バッタ男が後ろ肢を曲げ、力を溜める。
またあの超音速低空跳躍が来る。
ガネッシュも腰を落とし、避ける準備をする。
何度かちょこちょこと関節を戻そうとして見せ、フェイントを入れ、
藪から棒に水平ジャンプ!
だが彼は既に行動を開始している!
大きく一歩、最低限の身躱し!
衝撃波も含めてほとんどノーダメージ!
——あれはもしかして、象の生態を利用しているのか?
六波羅から見て、ガネッシュは相手の本命が来るタイミングを、ほぼ完璧に予見していた。その手段とは?
思いつくのは、象がその足に持つ特性だ。
彼らの足裏は、地面から伝わる振動を敏感に捉え、群れ同士や天敵との位置関係を把握する。
バッタ男の屈伸の中で、虚仮脅しと本気で体重が掛かった物を見分け、それが解き放たれるタイミングすら計る。蹴った時ですらなく、蹴る前の踏み込みで判定する、凄まじい精度での振動感知能力。
〈これもどうぞ!〉
バッタ男の着地際に投げつけられる次の1本!
長い鼻が投擲するハーケンは、カートリッジが挿入された魔具である。
小型化されていながら、振動、発熱、変形機構を搭載し、硬い路面に罅を入れ、食い込み、ガッチリと固定されるそれは、どれ程に急峻な断崖絶壁であっても、手懸足場を生み出す便利アイテム。ガネッシュ愛用、フィールドワーカー七つ道具の一つ。
一本当たりの値段で、超高級車が一台買える、目の飛び出る程の高コスト製品なのは、ご愛嬌。
〈それ!また1本!〉
それを敵に投げつけるという、想定用途外の使い方をする彼は、周囲からは狂人の類にも見えるだろう。
「も、勿体ねえ~……。後で一本くらい貰ってもバレないか……いやダメだな、人として……」
そんな呑気な事を言っている六波羅だったが、それは「何となく高い」事しか知らないからだ。正確な値を聞けば、卒倒する事だろう。
〈ぐぉルルルルぎゅぉルルルル………!〉
バッタ男は変わらず腹を空かせながら、ガネッシュのハーケンによる猛攻をいなしつつ、
〈ごぉるッ!〉
その超常の脚力によって、僅かな隙を逃さずゼロ距離へ!
中段へのフロントキック!
ガネッシュの鼻が顔の右にセットされていた牙を抜いて対抗!鍔迫り合い!互いの膂力は拮抗!
〈月の満ち欠けを生んだ牙ですぞ?そう簡単には……おっと、貴方への解説など、無意味でしたかな?どうにも学習意欲は、高い方には見えません〉
互いに押し合って距離を取る!
そこでバッタ男の背後から予め投げていたハーケンが迫るも、
マフラーと羽根の弾幕で減速させ後ろ蹴り上げによって反撥!
またも狙いを外され地に刺さる!
〈ご心配なく。私の能力は、相手の識字能力を問いません〉
——リテラシー?
ガネッシュの攻撃を見ていた六波羅は訝る。
ガネッシュ・チャールハートの能力は、この変身能力。
着脱可能で強い破壊力を持つ右の牙と、欲しい物を瞬時に掴み、投げた物が特殊な軌道を描く長い鼻、その二つ。というように知られている。
さっきまで見ていた限りは、単に誘導弾化するだけのように思えたが、しかし本質はそうではない?
——いや、そうか!
六波羅は気付いた。
だがバッタ男は、そうではなかった。
そいつは、直撃を完全に避けていると、勘違いをしていた。
だが、そうではない。
彼は最初から最後まで、狙い通りの場所にしか着弾させていない!
〈六波羅殿!詠唱を私にお願いします!〉
「“無量の名を称えよ”!」
ガネッシュの要請に応え六波羅が魔法を発動!
対象の能力を向上させる事に重点を置いたグルーヴが始まる!
〈肢がご自慢のようですが〉
ガネッシュが鼻で掴んだ牙の先を向け、バッタ男が投擲に備える。
〈足下がお留守なようですぞ?〉
彼はまたしても真上に放り投げて、
そいつは変則軌道にも対応する為に待ち構える。
そう、「待ち構えて」しまった。
落ちて来ない。
宙に浮きながら、種々の言語の文字を、その場に重ねるように書いて、
その中で一部の線が抜き出された。
五芒星魔法陣。
その中心は、バッタ男の立ち位置とピッタリ重なった。
〈グュッ!?ぎぎゅぎゅっ!?〉
バッタの後肢が、地にめり込みながら変形し、鉤状になっていく。
まるで、ハーケンのように。
〈ギュガガガッ!!ガギュっ!?〉
バッタ男が周囲を見て、気付く。
地面に刺さっているハーケン、それらの一部を線で結ぶと、今描かれた魔法陣と、ぴったり一致する事に。
〈所詮はG型と言う事なのか、それとも六波羅殿の力による効力が強かったからか、どちらにせよ貴方の耐呪は貫通させて頂きましたぞ!〉
——おいおい止してくれ。明らかにあんたが強いだけだよ。
口内を打楽器化しながら、六波羅は過ぎた評価に苦い顔をする。
ガネッシュの長鼻は、投げた物の軌道で、なんらかの文字を書かせる。
多言語をマスターし、応用すれば、魔法陣を無理矢理描く事だって出来る。
恐ろしいのは、相手に誘導しているように見せかけ、敵が自身の呪いへの耐性を利用し、その軌道を逸らさせる、そこまで読んだ上で、地面の狙った所に落とさせる、技術と先読み、アドリブ能力。百発百中とは行かないが、それでも尋常ならざる精度だ。
最後にはその牙を使って正面からぶつかり、魔法陣の中心に押し留める事までして、相手の立ち位置まで掌握していた。
極めて困難な方法で成立した魔法陣、且つ、効果は単純。
魔法陣を構成しているハーケンの、真似をさせるだけ。
強固な耐性を貫く程の絶大な呪いが、こうして生まれたのだった。
〈貴方の敗因は、文字が読めなかった事にあります!ですので、そこで良い子に授業を受ける事をお勧め致しますぞ!〉
手元、いや鼻元に牙を引き戻し、正面に先端を向けた状態で保持。
〈特大の真実を、一つ授けて差し上げましょう!〉
象は、その巨体にもかかわらず、或いはその重量故か、高い走行能力を持つ。
ライオンが束になって取り付いても、走って振り払い、轢き殺す程の。
かつて人類も、走り出したら止まらぬ戦車として、その種を利用していた。
〈私のバックパックを見て、無駄に荷物が多いと、そう揶揄する方々もいらっしゃいますが、〉
シンド出身、広い知見を持つガネッシュが、その理屈を知らぬわけもなく、
〈けれど“重い”とは、“強い”という事!〉
突!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!進!
バッタの胸を牙がぶっっっっち抜いた!
〈ぎょぉオオオオオオオッッッ!?〉
牙の径より明らかに広い大穴!
生存可能性は有効数字10桁でゼロ!
頭に張り付いた二つの大きな耳が開き、蒸気を噴出し排熱!
〈講義は以上で終了ですぞ!単位が欲しければ次回からも受講するように!〉
それを受けたら、何かを聞く事も何処かに行く事も出来ない、欠席落第確定拘束タックルを叩きつけておきながら、臨時講師はそう宣告した。
「ひ、ひぇ~……」
六波羅は目の当たりにする。
これが、チャンピオン。
理不尽に頭一つ抜けた特殊効果を持たずして、魔具の扱いと魔法の応用、持続力において突出し、世界トップ10にまでなった男。
それにしても、先ほどの魔法陣を描く為に書かれた文字。
「もしかして、漢字のライティングまで行けるんですか?」
引き気味の疑問に対し、男は胸を叩いてただ一言、
〈学者ですからなあ!〉
矜持と共に言い切った。




