241.誰ですかあなた!?
「なんて速さ…!どんどん遠くなる…!」
リスクもあるので、本格戦闘になるまで使うべきではないかと、一旦は見送った体内魔法陣構築。
結局はそれを使って追跡する事になった。
クワトロが予想外に速い。
彼の身体強化のレベルは、共闘した時に感知していたが、その時の推計を大きく上回っている。
魔法能力による、何らかの応用だろうか?
他のメンバーから十分離したと考えたのか、移動が止まった。
ビルの中階だ。
俺は窓から直接転がり入る。
「ようこそ俺の庭へ」
室内には虹色をした植物の茎や蔦が張り巡らされ、
空気が花粉やら胞子やらで満たされているようだ。
それを予想していた俺は、既にフィルター型の障壁を張っている。
余念は無い。
「ここならイソセとやらの身内贔屓魔法も届かねえだろ?司法も保証人も不在、よってお前本人に支払いを履行して貰う。でなきゃ借金のカタを持ってくだけだ」
「そうかな?何か借りた覚えはないし、そっちがロクさんを離して終わりだと思うけど」
「お前が何をしようと、投降以外を選べば、こいつの頭を吹き飛ばす。確実に」
「やってみれば?その後に俺に勝てるかは保証しないけど」
「ハッタリ、いや、あの稲を収穫して来たな?蟀谷に穴を通されても、すぐにそれを食わせれば助けられる、その可能性に賭けるか」
くっそ、流石に気付くか。
だがいい。俺の自信が見せかけでなく、根拠ある物だと分かったなら、牽制は成立する。
「ディーズが撃って、その人が死んじゃうより、俺が食べさせる方が速い」
「果たしてそう言い切れるか?」
魔力の動く気配!
四方八方から根や茨が伸べられる攻撃!
「刺されば体内に入り込み、アスファルトすら砕く力でお前を壊す」
「パワーが」障壁を一度爆破して周囲の粒子を吹き飛ばしてから魔力を撃ちまくって植物にぶつける!「どうしたって!?」足下から襲って来る事も当然分かっている!軽くジャンプステップを踏んで前へ!
距離を、詰めに行く!
「あんたの庭、よく手入れされてるじゃん!」張られたセキュリティーは全て身のこなしで突破!「すっごい通りやすい!」魔力爆破で前を開けながらロクさんへ向かう!
「気に入って頂けて何よりだ」クワトロが俺とディーズの間に挟まって、「ここからは俺が直々に持て成してやるよ」茨のムチで連撃を打つ!
魔力の反応装甲で防いでから殴り抜いて強行突破しようとして「!」自分の胸辺りから魔力を逆噴射してのバックステップ!直後クワトロの服を破って無数の棘が射出される!
「流石、良いカンをしている」
「そ、それも植物!?」
「空気の振動を切っ掛けに針を飛ばすサボテンの話、聞いた事は無いか?それを少し改造しただけだ」
彼の服の下には茨が巻かれ、その針の先から魔力を通して痛みを感じる。
それも、ただ刺された時のそれじゃなくて、
「毒を盛ってるな?それ」
「当たり前だ。殺そうとしてるんだからな」
「あんたの身体能力が上がってるのは、茨のパワーとやらのせいか?」
「それもあるが、それだけじゃない。毒は用法用量によって、薬にもなる」
「ドーピングかよ…!」
「棘を使って、血管内に直接だ。理解したな?お前の理解が俺の能力を強くする」
それでも俺なら、勝つことは出来る。
が、それでロクさんが助かるかが分からない。
今トリガーを引かれ、全力で妨害に徹されたら、俺は彼を死なせてしまう。
「だけど、俺を殺したいなら、お前らはロクさんを殺せない…!」
「しかしお前はこっちに来た。俺達が万が一、この男を殺してしまう、それを否定し切れなかったから、要求に応じた。その時点で、優位性は対等に、いや、俺達の側に傾いた」
クワトロの後ろで、花粉の効果だろうか?無抵抗に正座させられたロクさんの後頭部に、ディーズの銃口が付けられている。
「今からディーズが撃つ。安心しろ、カートリッジは使わない。普通の銃弾に貫通されるだけ、治療さえ間に合えば生き延びれる。そこでだ、お前が俺の薬を受け入れるなら、通してやろう。だがそうじゃなきゃ、こいつは死ぬ」
「な…!」
それはマズい…!制限時間を設けるつもりだ!
簡単に躱せる相手じゃないのは今ので分かった。
だけど頭を撃たれるんだから、すぐに処置しなきゃいけない。
決断に使えるのは1秒か?3秒か?5秒か?
その間に、俺はロクさんが死ぬ事を受け入れられるのか?
優先順位はどっちだ?
俺はどっちが嫌なんだ?
「ススム!」
悩む俺に、彼は言う。
「俺よりもお前を優先しろ!死ぬのは俺からだ!」
決めた。
「ロクさん。どっちも助かります。そう決まりました」
俺は決めたぞ。
「ディーズ、やれ」
運動会のリレーみたいに、銃声と俺の走り始めがほぼ同時。
俺は伸ばされた茨を素手で握ってやり、そのままクワトロの横を「馬鹿が。人畜無害な家畜の国民に相応しい末路だ」彼は俺の進行方向に回りながら茨を引いて腕を切りつけ、そのまま体から棘を射出!
「約束するなら契約書でも持って来るんだったな」
「生憎と持ち合わせが無くて、」
「?…!この気配は…!」
棘は流動魔力で後ろに逸らされ、その内側で俺は腕に反応装甲を纏わせていた。
「交渉は決裂と言う事、でえええええ!」
胸部への右ストレート!
茨や骨の上から肺を打った感触!
「ガバアアアッ!」
白目を剥いて軽く飛ばされるクワトロ!
「うわあっ!?」
その後ろで壁から生えた4本のリボンがディーズを弾き飛ばしロクさんを包み込む!
「ゥヴォオオオオオオンンンンン!」
青色でハイライトされた道を走り既にリボンによってダメージを入れられていた壁の一部を突き破って入室したニークト先輩!
その手に持った稲穂をロクさんに口へ!
蘇生成功!
「治療薬を……自分に、使ったのか…!こいつらが来ることを、察して…!この展開を読み、イソセの魔法を持って来る事も…!」
「俺の方があなたより早く気付けますし、詳しく知ってます。何せ、友達ですから」
生死の境を共にした事もあるミヨちゃんと、魔力の感触を完全に教えてくれたニークト先輩。二人が来ている事は、手に取るように分かった。
ロクさんの重傷に備えて稲穂を持って行く。俺でも思いつくような事を、ニークト先輩がやらないわけがない事も、確信していた。
ミヨちゃんのリボンがあれば、壁越しに中の様子が分かる。すぐに最適な行動を取ってくれると信頼していた。
クワトロが二人に気付いたのは、壁に取り付かれた後。
植物に視覚や聴覚がほぼ無いが故に、魔力や振動を感じれるまで、近付かれている事にはっきり気付けなかったのだろう。
「傷つく覚悟は、あなた達だけが持つ能力じゃない…!」
「見世物女にとって解毒・解呪は得意分野だぞ!この部屋の換気をするまでもなく、迷惑な花粉風情を無効化出来る!終わりだ背法者共!大人しく縛に就け!」
脂汗を掻きながらも、クワトロが膝立ちで持ち堪える。
ディーズは拳銃を折って薬室から排莢し、次の一発を装填しようとしている。
まだ折れていない。
再起不能にするくらいでないと、彼らは止まらない!
俺は魔力を——
——なんだ?
全く知らない反応、知らない流れ。
俺達が居るこの部屋に、新たな魔力が生まれていて、
「何か来てる!新手だ!みんな気をつけて」
「“両手を後ろに跪け”」
開通!
糸の如く細い道が綾取りのように複雑に絡み合わされる!
俺は魔力噴射と身体強化を全開にして回避に徹する!
ミヨちゃんとニークト先輩はリボンによって耐久!
「ぢっ!」
俺は避けきれず、
「え、なっ、強すぎっ!?」
「ぬぅっ!?」
ミヨちゃんとニークト先輩は防ぎ切れていない!
その魔法は、レーザーのような、赤い光線の姿をしていた。
触れただけで肉を剥ぎ取り、ミヨちゃんのリボンを外から引き裂いた。
彼女の魔法で止める事は出来ているが、減衰が足りなかった分が内へと食い込んでしまっており、たったそれだけで深めの切り傷を作っていた。
「動くなよ、ガキ共」
俺が入って来た窓から、その新戦力が投入された。
ディーパーのダンジョン内装備を、ミリタリーっぽく脚色した感じの外見。
まるで特殊部隊所属の軍人。
その右手には、これまた銃器が把持されていて、
赤線に囲まれて身動きが制限された俺に向かって、
その小さい穴が火を噴いた。




