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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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240.どうするつもりなんだ?

 もう、大丈夫だと、彼らはそう思っていた。


 危機は去った。

 犯罪者達は投降し、この場は一旦お開きとなる。

 逮捕された後の彼らがどうなるか。

 進は元の学園生活に戻れるのか。

 それらはこれから考える事で、今は命が助かった事に、胸を撫で下ろす。

 それを確認する為の、呼び掛けだった。


 けれど、


「ど、どうして……!」


 進は焦ったように訊ねる。


「どうしてだよ!?ディーズ!チャンピオンが、ガネッシュさんが来てるんだぞ!ここで戦わなきゃ取り返しがつかないって言うならまだしも、そうじゃない!今降参しても、命までは取られない!次があるかもしれない!」

「いいや、カミザススム」


 ディーズの目は鋭く据わり、リスクとリターンが見合わない賭けをすると言うのに、今までで一番落ち着き払っている。それと話している側は、彼らの無謀さを信じられない、自らの認識と不協和を起こし、益々不安になっていく。


「君を殺せば、世界が動く。そんな椿事が、いつまでも続く確証が無い。そして、僕らがまた君に辿り着ける、その保証も」


 彼は左腕でロクの首を取り、右手の拳銃をその頭に突き付けている。

 いくら左手が無いからと言って、素人一人、拘束するなんて朝飯前だ。


「他の連中はどう思ってるかはしらないけれど、僕らは誰にも君を渡さない。僕らが欲しいのは、金じゃない、“名前”なんだ。カミザススム暗殺の下手人。その名前が欲しい」


 彼は今回の仕事に、並々ならぬ不安を抱いていた。

 まだ姿を見せていないパワーゲームが、何処かで発生していると考えていた。

 それは、結果から言えば正しい見解ではあった。

 何者かに間引きされる暗殺者達、民間人なのにやたらと強力な護衛、

 極めつけには永級の逸失フラッグだ。

 カミザススム殺害希望列の先頭を切るのは、無駄死にの可能性の方が高かった。

 ディーラーに対して無警戒なままで、カジノで親の金を賭けるようなものだ。


 が、幸運があった。

 ディーラーにもトラブルがあったらしい。

 それか、二人以上のディーラーの、出し抜き合いだったのかもしれない。

 賽は良い方に転がった。

 不安要素をほぼ潜り抜けて、後一歩まで迫っていた。

 もう引き返す理由など無い。

 ここまでとんとん拍子に行く事は、もう二度と無い。

 胴元がそれを許さないだろう。

 


 ここしか無いのだ。

 彼らが、彼が、野望を遂げる。

 最初で最後の好機。

 流れを手放したギャンブラー程、惨めな生き物は居ないのだから。



「チャンピオン相手には勝てない。規格外だから。自分達とは違うから。それは、“正気”を言い訳にした諦めだ。大願成就など望めない、敗者の考えだ。

 どんな時にも考えるのをやめなかった者にこそ、やって来る物。それだけだ。ただそれだけが、“満足”なんだ。僕は満足したい。『こんな筈じゃなかった』と言って死ぬのは、もう御免だ」

「満足……?」

「ふざけないで!ススム君もロクさんも、あなたの満足の為に生きてるんじゃないでしょ!」

「それは誰だってそうだ。そして、誰であっても、満足する為に、誰かを使い潰す。そうだろう?」

「………!そ、それは……」


 彼女もまた、その理屈に関しては、納得してしまう。

 そしてより具体的な事は、秘匿されて分からない。

 故に、反論が出来なかった。

 彼らはこれをやりたい。心の底から、彼らの幸福を求めるが故に。

 その後ろにある方程式がなんであるのか、どうして進が狙われるのか。それが分からず、また相手が教えてくれるわけでもない以上、そこから議論が深まる筈も無い。

 平行線だ。

 理解が無ければ、提案も譲歩も不可能。


「やるって、言うのか……?」


 そして当人は、


「折角、生き残れたのに?さっきまで、生き残りたいって、言ってたじゃないか…」

「犬死にをしたくない、って言っただけだ。今ここで君を殺せば、僕らがやったと知れ渡る。それが理想的なんだ」

「死ぬのが怖くないって…?」

「死ぬのは怖いよ。死にたくないし、痛くて苦しい死はもっとイヤだ。それでも、この目的意識は止められないだけで」

「戦力が減ったのは、そっちだけだ。俺達は、ガネッシュさんが来て、むしろ大幅に強くなった。それと、本当に、戦うって……?」

「そうだ、カミザススム。僕達は、残りたい。死ぬのが、終わるのが怖いから。それを克服する為に、チャンスは逃さない。挑戦し続ける」

「そう、なんだ」

 

 進は、何かを悟った、思い至ったような顔をしていた。

 自分を殺しに来た青年を見て、

 鏡を前にしたように思えたのだ。


「そ、っか……」


 彼は構える。


「俺はまず、死にたくない」

 

 自分の心を確かめるように、言葉にする。


「だけど、ロクさんを死なせたくもない」


 どっちが自分に重要か。

 選ぶなら、どちらか。


「俺は……戦うよ、ディーズ。君達が俺を殺すのを諦めないように、俺はみんなを助ける事を諦めない。例えこの手で直接——」



——人を殺す事になっても。

 


〈貴方達の探究が、それであると言うのなら、〉


 ガネッシュもまた、スタンスに変わりはない。


〈咎めはしません。ただ除くのみです〉

 

 象の鼻がバックパックから、スルリと大きめの登山用ハーケンのような物を取り出した。


「言った筈だぞ……!オレサマに殺される前に、生け捕られるべきだと…!」


 ニークトは自信を見せようとして、しかし殺人童貞特有の緊張が、隠せていない。


「俺も大人だからな。子どもに背負わせるつもりはない。仕事はきちんと熟すさ」


 六波羅は躊躇いながらも、他の誰かに殺させるつもりだったら、自分の手を血で染める覚悟だ。


「なんで、なんでこんな……!なんでススム君ばっかり……!」


 詠訵は怒りを露にしながら、両手で一つの狐頭を作り、完全詠唱の構えを取って、




「“見逢って融け合う(マリアナ・マリファナ)”」




 先んじたのはドーブル。

 両手の指を組み、進達に向ける。

 その身体は、白と黒の肌が継ぎ接ぎとなっていた。

 彼女の意思で、二つの身体を引き合わせ、混じり合うように治療したのだ。


「私はドーブル、二人で一つ」


 二人の自己同一性が、同じ一人の人間として認識されていたからこそ、出来た事だった。

 そして彼女が呼んだのは、


「!」


 気付いたのは進だった。


「食われた、のか!?」


 あの一瞬で、肉の一欠けらでも、()()が口にしていたとしたら、


「後ろからだみんな!さっきの奴が——」


 天を割り、地を裂き、家々を切り開いて、


 そいつは来た。

 

 三種合成型飛蝗男(仮称)。


 そいつ自身は、呪いへの耐性を持っている。

 だが、そいつが食ったドーブルの、肉や骨の端を、血の一滴でも呼び寄せれば、

 体内のその動きを感知したバッタ男を、ここまで連れて来る事が出来る!


「あなたと……一緒……、地獄に……堕ちましょ………?」


 ドーブルの能力が、自身の肉体の欠片を呼び寄せたのは、

 元から隠し持った手札なのか。

 死にゆく片割れを求める想いが、深化を引き起こしたのか。

 その答え合わせは出来ない。

 バッタ男は彼女の胸を前肢で貫き、その心臓を握り潰した。

 

〈パゥアア!〉


 ガネッシュが上に投げたハーケンが誘導弾のように突き刺しに行くが、マフラーが翻りサイクロンのような突風が巻き起こって軌道を変化、勢いを減衰させ、それでも先端を向けようとしてくるそれを左中肢で受け流した!

 地に立ったハーケン!路面が1秒間だけ数度揺らされる!


「傷が、治ってる……、それに、更に強くなってる…!」

 

 魔力によって姿から見る以上の変化を感じ取れる進。

 何処かでバッタ男と同等の存在が殺されたとすら思える強化幅。


「カミザススム!この男を助けたければ来い!」

「!」


 クワトロの声に振り向けば、離れた所にディーズとロクを引っ張っていた。


「チャンピオンはどうやらお忙しいみたいだぜ!子守をしている暇はないんだとよお!」

 

 3人が角を曲がりその姿が見えなくなる。

 すぐに探知範囲外となるだろう。

 

「ガネッシュさん!そいつ相手に何人くらい居れば大丈夫そうですか!?」

〈六波羅さんを頂ければ高確率で犠牲ゼロに終わりますぞ!〉

「そうは言っても子どもだけで彼らを追わせるのは「分かりました!俺はロクさんを助けに行ってくるのでそっち頼みます!」ちょっとお!?」


 進が駆け出し、


「そういう事なんで!」

「成功報酬は約束の倍額を出させて頂きます!」


 詠訵とニークトが続く。


「ああ!もう!こういう事言うおっさんが嫌いだったけど、今は言わせて貰う!どうなってんだ最近の若いヤツは!?」

〈一刻も早く終わらせますぞ!それが最も安全第一な選択です!〉


 残った二人を前に、

 バッタ男は超音速のスタートダッシュを放った。

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