239.まだやるんかい!? part2
セロ直属の“家族”達は、誰も彼も、切れ者だった。
ある者は知能的に、ある者は物理的に。
ディーズはその中で、彼独自の位置を確立しようと、死に物狂いだった。
役に立たなければ、セロへの忠誠を「ナメた」事になり、「処刑は続行」だからだ。
いや、「処刑」を待てれば良い方だろう。ディーパーになりたくてもなれなかった彼では、“家族”の気紛れや不注意で、死亡事故の当事者になれる。
何より彼は、本当に価値ある物を得たかった。
金でも、一時の快楽でもない、それらを手段として目指すべき、人間の理想。
セロに言われたからじゃない。
彼は気付かせてくれたが、それを欲するのはディーズの心からの意志だ。
家族の中どころか、組織の中ですら一番の腰抜け。
いつもは自信を知らぬように、背を折り曲げて卑屈に佇む。
弱虫泣き虫背虫のディーズ。
だけど誰より、物を見ている。
気が付いた時には、セロがカルテルのトップで、ディーズは彼の後継者に指名されていた。彼の正体は“家族”以外に隠しているとは言え、歴史的には快挙と言える。
でも、まだだ。
ここが終わりじゃない。
勿論、セロから王座を譲られるなり奪うなりすれば、それで終わるものじゃない。
まだ彼は、金で買うべき本当に尊い物を、見つけられていない。
手にしていない。
「名を残す事だ、ディーズ」
セロは言っていた。
「死なない生き物ほどつまらない物は無い。だが、不可能に、永遠に挑戦しない人生ほど、貧しい物もまた、無い」
彼の目的はそれだ。
誰にも真似できない頂点に君臨する。
治安機構を買収し、国家にまで食い込んで、それらは全て名誉の為に。
「記憶される事だ。崇められ、焼き付けられれば、人格は死のうと、神格は死なない。
そしてその為には、巨大な悪である事だ。善人として語られる者でも、誰かにとっての悪人だが、悪人として語られる者は、誰にとっても同じ悪になれる。善行の逸話は時に嫉妬を呼び、ケチをつける者が出る。だが悪事を働いた噂なら殆ど否定されず、誰もが喜々として語ってくれる。誰かにとっての宝物でなく、誰にとっても呪わしき物となるのだ。
スケールの大きい悪によって、書物や伝承に名を残した者達は、枚挙に暇がない。
彼の大王がそうであったように、彼の独裁者がそうであったように、人類の末尾にまで残る者は、莫大な数を殺し、支配した者だ」
人は時に彼らを軽蔑する。
しかしそれは、怖いからだ。
残虐な者程、“普通の人間”にとって、自らから切り離したい相手となる。
“異常”と言って弾く。
誰もがその座に居ても、同じことをしても、おかしくなかったのに、
自分とは違うナニカだと主張する。
つまり、悪魔や怪物と同じ存在に、昇華してしまう。
洪水や雷を、自分達の日常と切り離すように。
そうやって、憎まれ、嫌われ、恐れられた者は、
神話になれる。
「晦まされるな、ディーズ。金を求めても、富に焦がれるな。道徳に背けども、仁義を忘れるな。真に価値ある物を得るんだ。今所有するだけなら、手に入る物の量には、何処かで限界がある。しかし時間を超えて支配し続ける事が出来れば、それは大王が言っていた、無限に広がる領地となる。
誰かがワシらを、魔法の根幹に置く時代が来る。NNS達の中に、あの虐殺を基に魔法を再構築する者が居るように、ワシらは誰かの魔法として、この先も生き続ける。人々が忌避し、故に忘れられぬ名を、残す事さえ出来たのならば」
それはセロの夢だったが、ディーズもいつしか、それを望むようになった。
今の彼らが、神様の名前を唱えながら、奇跡を呼び寄せるように、
将来この国の、もしかしたらもっと離れた場所で、彼らの名が呼ばれ、
上位者の内の一柱として、並び立つ。
そう、彼は、きっとそういう、根本的な野望が欲しかった。
どうやっても変わらないように見えた世界、その形に手を加えたかった。
どれだけ無様でも、恐ろしくても、命に執着した理由が分かった。
ディーズは名を残す為に、生きて戦う事を選んだのだ。
だから、
「ありがたい申し出だけど……、僕は、譲る気は無いよ」
今や彼の答えは決まっていた。
「カミザススム、大人しく心臓を差し出してくれ。そうすれば、このおじいさんを生かして解放する」
チャンピオンが相手であろうと。




