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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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239.まだやるんかい!? part1

 ファミリーの中で言えば、自分が一番恵まれていると、ディーズはそう思っている。


 彼はなんだかんだ言って学校にも行った事があるし、親に愛された事もある。


 そりゃあ、最終的には薬物漬けで、酒とクスリの代金を息子に稼がせるような母だったが、それでも愛してくれた事は確かだ。

 学校では基本的にいじめられる人間だったが、見返す事がモチベーションになり、賢くなれたのはそのお蔭とも言えた。

 金の為にディーパーを始めようとして、それで芽が出ず、なんなら最悪の目が出た事で生活苦が加速して、遂にはヤバイ仕事に足を突っ込んだのも、運び屋やら売人やら裏稼業の世界に入門したのも、結局の所は彼の意思だ。


 当時は強制されたように感じ、自分の運命を呪っていたが、しかし面前に引き出された彼の、涙ながらの哀訴(あいそ)を聞いたある男の言葉で、その認識を改める事になる。


「坊や、そいつはなあ、ママに甘えてるだけさ」


 男の名前はセロ。

 勢力を拡大していた麻薬カルテルのNo2で、後に首領ドンに上り詰める人間だ。

 そう、ディーズの場合、ラインを踏み越えた報復として、相応の罰を与えられる為に、連行される形で彼と会ったのだ。

 そこもやはり、自分のツイてた点だと、後から振り返ればそう思える。


「いいか?人間ってのはなあ、彼岸あっちでも役に立つから聞いておけよ?人間ってのは、自分がやりたくなった事しか、出来ないようになってるもんだ。悪いと思っているのなら、本当に罪を憎むと言うなら——」


——死にゃあ良い。


「そうだろ?死ねよ。首を括って、喉を裂いて、頭をハジいて、死んでしまえば良いんだ。真に清廉潔白なのは、死んだ奴だけだ。だろ?軍に掴まったスパイだとかでなければ、誰だって死ぬことくらいは簡単に出来る。

 でもお前は、ここまでウチのシマを荒らして、シノギにケチをつけるまでの事が出来るのに、死んでないじゃあないか。それは、お前が自由の下に、やりたい事をやったからだ。つまりお前は、ワシらに楯突く事を、許されざる大罪だと、そう思っていない。という事は、だ、どういう事になるか分かるか?」


 灰皿に葉巻の火を押し付けて、


「ナメてんだろ」


 優しく言い聞かせる祖父のような声から一転。

 夜の森で語り掛ける地鳴りのように、重みを持った言葉。


「お前は、ワシらに掴まる事が、死ぬことよりマシだと思っている。ワシらの法より、お前のママの酒代の方が、重いと思っている。ワシだって金が好きだが、それはワシがやりたい事を叶えてくれるからだ。金に魂を売るヤツを、ワシは軽蔑する。酒も、ヤクもそうだ。幸福を得る為にそれを使うのであって、それ自体を幸福とするのは、愚か者のやることだ。

 手段の奴隷となり、目的を見失い、人間が持つ最大の美徳、理性と魂を軽視する。そんな事をやっているから、単なる粉で簡単に壊れる。お前はお前のママと同じだ。酒やヤクに溺れるように、金に、いいや、それで買えるかもしれない、ママからのご褒美に入れ込んでいるだけだ」


 ディーズは、

 その通りだと、納得した。

 目から鱗、という言葉は、あの時のディーズの為にある物だ。

 彼は物事の本質を、自分自身の時間や自由の大切さも、偉大な人物であるセロに逆らう罪深さも忘れて、ただ母親から褒められたいが為に、こうなる事を“選んだ”のだ。


 他の誰でもない。

 彼の今は、全て彼が作っているのだ。


 自分の人生を正しく捉え直す。

 難問を解いたような快楽と開放感に、彼は何も言わなくなり、涙も止まり、ただただ己の愚かさを自覚して、


 セロに礼を言った。

 死ぬ前に、世界を見せてくれた彼は、自分の父のような存在だ。

 本物の父を知らないから、よく分からないけれど。

 自分のような考え無しにも、理を説いてくれるような人物の、邪魔をするような事をしてしまい申し訳ない。

 そう言った。


 セロは、そこで初めて、ディーズに興味を持ったようだった。


「お前、物を知らないだけで、悪くないかもしれんな」


 どういうわけか、彼は気に入られた。


「道理、道義のなんたるかを分かっている、ようにも見える。まだ何とも言えんが、教育してやれば、勤勉な男になるやもしれん。そうだな。まだ若いお前には、チャンスをやる価値があるだろう」


 ディーズは大きな目をパチクリとまばたく。

 執行前の囚人の心持ちで居たのに、唐突に未来を示されたからだ。


「とは言え、何も無しに許してやるわけにはいかんな。お前の場合……ディーパーは、ほとんど適性が無い、だったな?今回仕出かした事についても、頭脳労働、マーケティング・経営担当って所だろう。うん、ならば、問題なかろう」


 何かを勝手に納得したセロは、中空に漂わせた目線をギロリとディーズに向けて、


「お前、嫌な事は何だ?」


 それから続けて、


「痛い事は、死ぬより怖いか?」


 ディーズは、正直に答えた。

 その人には、誠意を見せなければならない、そう思ったのだ。


「そうか、痛めつけられるなら、死んだ方がマシ、か……」


 彼は部下に何かを指示し、それから懐に手を入れ、金ピカに磨かれた50口径の拳銃を取り出し、上品な木製調度のテーブル上に置いた。


「弾は入っている。もしお前が望むなら、それを使わせてやる。だが、もし、お前に、ワシの生き方に道義を感じ、正しい事の為に生きたいと言う覚悟があるのなら」


 そこに、キャニスターをゴロゴロと言わせながら、金属製の大きな台が運ばれて来る。

 上には、工具類や、調理グッズのように台に固定された長い刃物など、様々な道具が置かれている。


「利き腕はどっちだ?」

 

 どこまでも常人な彼は右利きだった。

 

「では左手を斬り落とせ。方法は任せる」


 ただし、


「もしお前の態度を見て、まだワシらをナメていると感じたら、拷問による処刑は続行だ。お前にはまだ、楽な死を選ぶ権利がある。しかしその台の上にある道具に手を掛けた時点で、その自由は無くなる。選べ。お前の覚悟が見てみたい」

 

 ディーズは、散々に迷った。

 汗と涙と鼻水を垂らしながら、一度は拳銃に手を掛けようとした。

 しかし最後には器具を取った。

 そこには沢山の道具がある。

 ただ斬るだけで、こんな種類は必要ない。

 一つの罰に、どれだけの忠誠心を籠めれるか。

 これはそういう試験だ。

 彼は最終的に、五指の爪を一枚ずつ剥がし、指を1本1本先端から細切れにして、途中途中で死なないように止血処置だけ受けながら、最終的に手首を落とすまで30分を掛けた。

 泣き喚きながら、あらゆる聖人の名を呪って、それでもやり切った。

 セロはそれを見て、

 一言だけ、


「“家族”へようこそ」


 そう言った。

 その日、ディーズはこれまでの逃げとは違う、本物の“選択”をした。

 彼の新たな誕生日だった。

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