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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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237.いつだって「もしも」に意味は無く

 重傷者の命を、どうにかして繋ぐ。

 カミザススムは医者でもなく、回復能力の持ち主でもない。

 ならば、五十妹に頼るしかない。

 魔力生成物である稲を、その人の口に入れるしか。

 

 それをする為には、止まって、屈んで、相手の顔を覗き込むだろう。

 隙だらけだ。

 高濃度魔素環境下のカミザススムが、その背を、首筋を、受刑者が断頭台に向けてそうするように、八雲の前に無防備に差し出している。

 彼は懐から、ネイルガンのような違法改造魔具を取り出した。

 “不可踏域アノイクミーヌ”内のとあるダンジョンに存在する、おおやけには未発見である新型の呪い。

 これにセットされているカートリッジは、そのダンジョン原産コアから作られており、本体に刻まれている魔法陣は、ほぼ正確に効果を再現する。

 海外の犯罪組織を壊滅させた際に、便利そうだから“譲って”貰った代物だ。


 彼は高揚も充実も達成感も無く、

 ただ作業的に先端を押し当て、

 その引鉄を〈それはいけませんなあ〉


 アイボリーで先が鋭い、曲がった棒のようなものが通過し、

 彼の腕が落とされた。


〈その方を損なうなど、とんでもない〉

「へっ、うぉっ、???」


 同色の、伸縮する長い物体が八雲の首に巻き付き、

 彼を引き寄せる。


〈人類がまた一つ、遠のく事になりますぞ?〉


 それは、魔法で変身した人間だった。

 と言っても、頭部が象のそれになっているだけ。

 右の牙が折れている。さっき投げつけたのはそれだ。

 そして長い鼻が、尋常ならざる膂力で、八雲の首を絞め捕らえて、

 彼の肉体強化能力を以てしても、ビクともしなかった。


「が、ガネッシュさん!?」


 詠訵三四の口に籾を押し込んだカミザススムが、振り返ってその男の名を呼ぶ。

 ガネッシュ・チャールハート。

 チャンピオン4位。


「ど、どうしてここに!?」

〈今最も学術的価値の高い、人類史の宝のような存在が、失われんとしていると聞きましてなあ!まんじりともしていられなくなったのですぞ!〉

「は、はあ……」

〈それより貴方には、やるべき事があったのではありませんかな?〉

「あ!そうでした!」


 少年は比較的重傷な六波羅に、五十妹の魔法を与えようと走る。

 ガネッシュが掴んだ八雲には目もくれない。

 そういうものだからだ。

 能力はまだ活きている。

 では、


「どう、して、僕を……、攻撃し、た、の……?」


 今にも消え去りそうなくらい、弱く途切れ途切れの問い掛けに、


〈学者ですからなあ!〉


 彼はそう答えた。


「な、んて……?」


〈どんな当たり前も、深く疑い、考え、無理を道理で破壊し、常識ではなく真理を探る!それこそが私達の仕事ですぞ!〉


 成程。

 ある意味において、八雲の同族。

 だから相性は、最高で最悪。


 見られない能力が、見られていないという思い込みに変わり、逆に「彼を見ている誰か」という、脅威の存在を見えなくした。

 一種の因果応報。

 魔法効果が引っ繰り返され、八雲は敵が見えなくなっていた。


 そういう立派な能書きを垂れる人間は他にも居たが、大抵は八雲をスルーする。

 しかしこの男は、しっかりと世界の曖昧さを実感している。

 しかも、学者という職を選ぶとは。

 ここまで全てを徹底して疑いながら、それでも知ろうとする事をやめないバイタリティー。八雲には真似できそうもなかった。


〈私は少し外しますぞ!すぐに戻ります!〉

「え?は、はい!どうぞ!」


 六波羅の身体をくっつけ、ニークトに走っているカミザススムに一声掛けて、ガネッシュは八雲を路地裏に引きずり込んで行く。

 

〈申し訳ありませんなあ……。私以外の人間に対処困難であるなら、貴方を生かしておくわけにはいかないのです〉


 そう言って、鼻の力を強めていく。


〈貴方が次に彼を狙った時、私がまた近くに居れるとは限りませんからなあ。人類の進歩を足踏ませ、後退させる障害を、私は個人的に許せません〉

「ま、そう、だよね………」


 八雲が命を落とした瞬間に能力が切れて、彼の死体は社会的な問題となる。

 が、この場所なら、死と崩壊に囲まれた戦場の中なら、

 死してなお、彼は周囲に紛れるだろう。

 「そういうもの」だからだ。

 今更だが、さっき能力を解除して、一般市民のフリをしながら助けを求めれば、まだ機会を作れただろうか。まあ、既に言っても詮無い事である。

 それが咄嗟に思いつくほど、彼はこの世を重く見ていなかった。

 

 この能力が通用しないのは、これで二人目だ。

 一人目は——

 



——それじゃあ、なんで、君はこの業界を選んだの?

——どうしてその話を、私にしてくれたの?

 



 彼は思い出した。

 あの時何を聞かれたのか、

 そして、何故この稼業に、手を染める事になったのか。


 彼は考える。

 もしも、彼女より先に、ガネッシュに会っていたなら、

 彼は学者になっていたのだろうか。


——いや、


 この仕事以外に就いている自分を、彼は上手く想像出来なかった。

 可能性や適性がつゆ程にも無いのか、

 それとも、もう彼女と出逢ってしまったからか。

 「if」を考えるとは、無為な話なのだと、彼は改めて思う。

 それが起こらなかった現実、その経験を基に考えて、分かるわけがない。


 何より、この世の全ては、有るか無いかも分からない。

 それなのに、

 

——ああ、そうだね、君の言う通りだ。


 人を好きになる人殺し。

 それ以上に弱い奴なんて、この世の何処にも居ないだろう。


 自分だけが確かな世界で、スクリーンの向こうの物を、

 対等な相手と扱うなんて。

 

 頸の骨が折れる音を聞きながら、

 

 彼は自分が、思ったより酔狂な人間だったと気付き、


 少しだけ惜しい気持ちになった。

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