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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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235.良い所で恐縮なのですが、ここでクイズです part1

 「八雲やくも」とは何者か?

 

 例えば日魅在進に聞いたとすれば、


「え?八雲さんは八雲さんですよ?誰かって、ロクさんのお知り合いの方じゃないですか。下水道を開けてくれたうちの一人ですよ。あの時からずっと同行してるのに、今更なんですか?」


 それならばとロクに聞いたとすれば、


「八雲か?ああ、この区画に住んでる一人だ。いつから居るかって?んなもん忘れたよ。住民票を管理してるわけでもないんだ」


 試しにディーズに聞いたとすれば、


「や、八雲?この辺の住民一人じゃない?どうして戦わないのかって、ニホンの市民なんてそんなもんでしょ?じゃあどうして行動を共にしているか?ほっとくと死んじゃうから、彼らが保護してるんだろ。ロクとかいうおじさんと、同じだよ。そ、それが何?」


 三人の話は、辻褄が合っているように思える。

 しかし結局の所、問いの本質的な部分には、答えられていない。


 「『八雲』とは何者か?」、

 それを聞かれた時、人は考えの途中で、何かしら勝手に納得し、それ以上を掘ろうとしない。

 皆が皆、彼の存在、行動に、「そういうものだ」と思っている。

 そして、彼が在り方を変えると、当然のように、上記の質問への答えを変える。

 インタビューの様子を撮影して、それを後から見せれば、おかしいと思えるかもしれない。けれど、そもそもわざわざそれを聞こうとする、そういう発想が出て来ない。


 時には彼が、その場の出来事に、完全に関係のない人間、何なら事物として振舞っても、

 「そういうものだ」と誰もが捉え、時には居る事さえ忘れるだろう。

 例えダンジョンの中に居ても、Z型が居る10層でくつろいでいても、

 ディーパーも、モンスターも、内装の一部として受け入れる。

 

 彼に対する違和感は、全て無力化される。


 それが彼の、“それってこんな顔ポコント・エルゴ・スム”だった。


 その能力の由来は、極めて自己中心的な世界観。


 彼は言う。

 

「自分以外に、確かな物なんて、何処にも無いじゃないか」


 それは、世界を恐れるが故の、逃げの発想ではなかった。

 彼が彼なりに、世界の仕組みについて、突き詰めた結果であった。


「僕が見ているのは、脳が処理した情報だ。僕が聞く物、嗅ぐ物、触れる物、味わう物、全てそう。脳味噌が勝手に作った加工品だ。僕は、僕の脳を、自由に動かす事は出来ない。

 だから例えば、そこに何も無くても、視覚を司る領域が、石の像を生んじゃえば、僕にとってはそこにある事になる。感覚野がそれに合わせて触覚を刺激して、筋肉が命令通りに止まったり動いたりしてくれれば、」


 彼は小石を拾い上げる。


「こうやって、掴んで、持ち上げて、重みを受け取る、ように感じる事だって出来る。いいや、筋肉を動かす必要も無い。僕の意識に、動く手という映像を見せて、そういう感触を植え付ければ、僕はこの石がある世界で、生きていく事になる」


 「分かるかな?」、

 彼は手中の石を、宙に放り、


「つまり僕にとっての世界って、僕の脳さえその気になれば、何でも作れる不安定な物なんだ」


 落ちて来たそれを再びキャッチ。

 それを彼女に見せながら、


「で、君はこれが何に見える?」

「小石に見えるね。灰色で、スベスベしてて、角が丸まってるカンジ」

「僕と同じだ。でもそれって、本当にここに小石があるから?僕と君の脳が同じ偽物を見せているから?僕の脳が君の言葉を改変して、辻褄を合わせているから?それとも——」


——君の存在自体が、嘘だから?


 世界の形を証明してくれる根拠なんて、何処にも無い。

 神様だって、脳にかかれば偽造し放題だ。


「どんな偉大な科学者も、本当は意味の無い事をやってるんだ。全部妄想だって言われて、それに反論するには、余程のおバカさんでないと無理だ」

「うん、確かに……。仮想世界オチとか、5分前仮説とか、否定しようにも、出来ないからね」


 ベンチに座った彼女は、興味深そうに彼の私見を聞き、


「じゃあ、君が人間に興味が無いのって、そういう考え方が原因?」


 閉じていた瞼を上げ、吸い寄せるような視線と共に訊ねる。


「ちょっと違う」

「と言うと?」

「僕は世界に興味が無い」

「わあお」


 そう、彼にとって、実在と虚構に区別など無い。

 考えれば考える程、生きる事と、画面の向こうの物語を楽しむ事は、同じであるように思える。

 作り手ではない彼にとって、どちらも100%思い通りには行かない、他人事である。

 

「何も確実じゃない世界、か」

「それも違う。確実な事は、一つだけあるよ」

「それは?」

「僕だ」


 世界を確定させる神は居ないけれど、

 世界を肯定する事が出来る自分は居る。


「僕は石を掴んだ。本当は無いかもしれない。騙されているのかも。でも、騙されている“僕”は居る。勿論、『僕』という認識も、脳の拵え物かもしれない。いや、『脳』っていうのも間違いで、もっと違う形をしたシステムなのかもしれない。でも、どんな物であれ、情報を処理する機関自体は、存在する。偽物がどれだけ作られた所で、それを見る者が居なければ、どうでも良い話なんだ」


 だから彼にとって、自分は神より上の存在だ。

 彼が居なければ、神様だって居ないのだから。


「だから僕は、僕が『こう』と決めた世界を、『そういうもの』として受け入れるし、僕が作っただけの世界に、特別尊い価値なんて見出さない」


 それは彼女に対しても、同じ……そう、同じだ。


「僕の魔法は、それを反映したんだろうね。脳が見せるままに、世界を『そういうもの』だと思ってしまうように、僕がそこに居るのを、『そういうもの』と思ってしまう。

 

 どんな意識であっても、例えモンスターや、居るか知らないけど宇宙人であっても、()()()()()()()を、生きる為に持っている。それが無いと、終わる事のない猜疑心によって、何一つ真面まともに出来なくなるから」


 それは生命を生命たらしめる、原初の習性。

 彼はその力を、ただほんの少し、端っこだけ、借りているに過ぎない。

 故に、対生物最強。

 どんな能力も、その呪いだけは解く事が出来ない。

 それを解いたら、暗闇に一人取り残されるのと、同じ無間むげんに陥る。

 誰も彼を止められない。

 自分の喉に刃を突き立てられたとして、何か防御や治療はするだろう。

 しかし、彼がそれをやる事自体には、ノーリアクションだ。


 雨が降ったら、傘を差す。

 風が吹いたら、首を竦める。

 朝には起きて、夜に寝る。


 雨風(あめかぜ)太陽を止めようとはしない。


 身を守っても、攻撃はしない。

 根本原因を変えようとは思わない。

 「そういうもの」だから。


「そっか」


 彼女は、彼のほとんど全てを理解して、


 それでも最後に一つだけ、


「それじゃあ、なんで——」




——あの時、なんて聞かれたんだっけな?




「イチチチチチ……」


 今まで感じた事のない痛みの中で、彼が思い出したのが、その時の光景だった。

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