233.それを常識と思えなかったから
「ディーズの中から俺の魔力と種を、個別で取り除けばこうはならなかった。呉越同舟の美しさにのぼせず、誰かがこの可能性に気付いていれば、もっとマシなトレードになっていた」
クワトロはミヨちゃん達と、俺達二人を交互に見る。
「最後の最後に、悪い所が出たな?正しく間抜けたニホン人よぉ……。お前達がハラハラドキドキのアトラクションを遊んでいる時、俺達は本物の戦場に居た。お前達の覚悟が、浅い決意で結ばれた魔法が、俺達家族に届くと思うか?今、まず一度、格付けが済んだぞ?」
「お、俺は、」
なんとか、悪い流れを変えようと、口を開く。
精神的に押されるのは、負けパターンだ。
魔力にしろ魔法にしろ、相手より格が下と認めてしまうのは、
許していい事じゃない。本当に負けてしまう。
「俺はさっき、戦闘に参加してなかった。それでも、お前達と互角だった。今は違う。俺の強さは見ただろ」
「そうか、そいつは大変だ」
「それで?」、
クワトロの目が、暴力と恐怖を生業にする男の冷たい視線が、
俺を刺す。
「お前は、俺達を殺せるか?」
見えないように、半身で構えた体で隠した右手、それを思わず握り締める。
掌の中は、既に汗でグショグショだ。
「そのガキに限らず、だ。誰か俺達を殺せる奴が、この中に居るのか?」
答えは、無い。
ミヨちゃんは、人は何かを選び、その為に何かを選ばない事を選ぶ、そんな事を言っていた。全部は取れないのだと。
俺達が丹本の道徳を捨てて、彼らを殺す気でやらないと、ロクさんを助けられず、自分だって生き残れない。
だが、頭で分かっていても、そう出来ないのが人間だ。
俺が未だに、自分の事を好きになれないように、
「やる」と決めても、いざその場面となったら、鈍らせてしまうのではないか。
俺には分かる。
ここに居る人達は、少なくともミヨちゃんと先輩は、その疑念から抜け出せない。
それは、俺が二人を好きな理由でもあるし、
今は致命的弱点だった。
「仕方ない事だ。人間、急には変われない。ああ、そうとも、悲しい事にな」
クワトロが続け、ウーナがその手の力を増して、指をロクさんの頸に食い込ませる。
「お前達は悪くないさ。環境が全て悪いんだ。ただ、食い物の為にネズミや同業のガキを石で打ち、雨と魔法を避ける為に溝の中へ潜り、服とシーツの為に盗みを働き利き腕を折られ、仕事を得る為に性と臓腑を切り売りして、長生きする為に単身丸腰でダンジョンに忍び込み、身を守る為にダチを裏切って生贄にする。そういう生き方をさせてくれなかった、お前達の周囲がいけねえんだよ」
「呪いの子って罵られたり?」「開運グッズとして買われたり?」
「ああ、そうだなドーブル。俺達はまず、人間になる必要があった」
その話を、鼻で笑わなければいけない。
ショックを受ければ、気が怯んで、魔力が劣化する。
でも、聞き入ってしまう。
戦闘力で言えば、こっちが強い。その自信がある。
先輩とミヨちゃんは心強く、
六波羅さんは言わずもがな。
俺だって日々成長してる。
だけど、そういう問題じゃない。
そういう話じゃない。
このままでは、負けるのは俺達だ。
「さあ選んで貰おう!ジジイかガキか、どっちの名前が先に辺獄の選り分け名簿に載るか」「クワトロ、クワトロ、ちょっと、ちょ、ちょっといい?見て欲しいんだ」「なんだ!」
宴もたけなわ、演説が山場に入った所で、唐突に身内から水を差され、少しだけ苛立ちながら、顔さえ向けずに返事をするクワトロ。
「見て欲しいんだよ。あ、僕をじゃない。あっちだ。見えるかい?僕は見えないんだ、あの検問所。知っての通り、僕はディーパーとしては全然才能に恵まれなかったから、こっからだと、遠過ぎるんだ」
「何?」
クワトロは俺の後ろ、警察だか防衛隊だかが、封鎖している方角に目を遣る。
「あれがどうかしたってのか」
「いや、ちゃんと見て欲しい。おかしい所はないかな?お、おかしくないかな?おかしいって、思うんだけど、どうかな?」
「見たぜ?おかしいって?見ての通り、サツが来てんだ。さっさと片さないといけねえってのに、話を長引かせるお前が、一番おかしい」
「そうじゃない。そうじゃあなくて、ちゃんと、強化した視力で、見てくれないかな?」
「おいおいおいおい、どうしたディーズ、お前とした事が。こいつらから注意を外して、魔力まで使って注視しろって?」
「そ、そう、そうなんだ。お願いするよ。何か、気になるんだ」
「何だってんだ、勿体ぶらずに言え!」
「なんであいつら何もしないんだ!」
一指も見逃してはならない敵を前にしているのに、俺は振り返った。
ニークト先輩も、ドーブルもそっちを振り向いていた。
「お、おかしいだろ!バッタは、見ての通り、全滅が見えて来た!そ、それで、ここに人は居る!警察なんだから、ディーパーだって居る!僕達が見えてる!何をやってるかはともかく、人が居るんだ!助けようと、何かアクションを起こすだろ!」
視力を強化し、焦点を合わせる。
バリケードに何も異常は、
「なあクワトロ!見てくれ!僕じゃあ見えないんだ!君が見てくれよ!見るんだ!何も無いのか!?本当に、ただ呼び掛ける為のスピーカーの、音量調節に手間取ってるとか、そういう笑い話なのか!?だったら早くそう言ってよ!」
いや、一部が踏まれたように、地に押し潰されている。
車の窓ガラスが割れている。
よく見ると、ドアが拉げて、天板が凹んで、赤色灯が破損していて、
装甲車の模様は、穴だ。
何箇所も凹んで、貫通して見える穴。
「こ、これは、こんなのって…!あれ、どうやったんだ……!?」
「ススム君!ここからだと色々邪魔して良く見えない!どうなってるの!?」
「ディーズ、どうちたのお?何があるって言うんでちゅかあ…?」
「僕からすると、急いだ方が良いと思うんだけど!一々ハプニングに構っているより、やる事済ませて帰るべきだ!仕事は効率!長く働く事は何も偉くなんかない!」
「おい!どうなってるんだ!魔法が使えない俺にも分かるように言え!」
ドアから腕が垂れている。
ペンキのバケツを蹴倒したみたいな、赤い水溜まりも、
無理な遊び方をされて外れてしまった、制服姿の人形のパーツ、みたいな物も散在している。
「クワトロ!ほ、ほ、本当にいいんだよね!?これで!僕達はここで、今から、こいつらとここで!戦って、良いんだね!?」
「増援が、防衛隊基地が近く、避難がまだ済んでいないであろう都市部を守る、あの場所に増援が来ていない……いや、もしかして、来た後なのか…!?あの装甲車…!防衛隊が、配備された後なのか…!?」
「バッタが…、そうだ、バッタがやったんだろ…。永級のフラッグなんて、起こらないと思われていた。この国の上澄みだったとしても……、ああなっておかしくない…!それだけの話だろ…!」
「ほ、ホントにそう?」「なんか、ヘンそう?」
「バリケードも、あの装甲車も、魔具として優秀な筈…!フラッグを想定した備えもあった…!しかも、バッタはこの区画の内側の人間に集中した…!防衛隊があそこまで腰を据えて待ち構えれば、十分に対処可能な筈!それにあの装甲が、徹されている…!?」
8年。
あの惨劇から8年の間、この国はそのダンジョンを利用し、一方で恐れていた。
ill憑きとは言え、G型が溢れた程度で、潰滅する備えなのか?
五十妹の魔法は、発動できるようにしてたのに?
あの線から向こうには、あれだけ居るバッタの死体も生体も転がってなくて、つまりほとんど通さなかった事が窺い知れると言うのに?
チグハグだ。
そう、チグハグな光景だった。
だってあれが胴体だとしたら、あれはきっと腕で、あっちが下半身で、でもそれらはくっついてないといけなくって「!?」
ず お う、
ぞ ん。
俺の魔力が、建付けの悪い吹雪の夜の窓みたいに、震えていた。
「うぇ、」
俺は顔を上げる。
太陽の方角。
表面の黒点が、
いや、黒点なんて肉眼で見えない!
その逆光を背負って何かが近付いて来る!
「上だあああああ!!!」
俺は横に跳びながら叫んだ。
みんなを気にする暇も無かった。
一陣の風が吹いた。
硬質な通り雨が、風切り音と共に壁や地を打ち、
生暖かい雫が遅れて降った。
カカッ、
固いアスファルトに、逆関節が着地した。
「え?」「………あ、ぱ…!」
ドーブルの赤い方、黒い方は、両腕を失くして端々を抉られた。
青い方、白い方が、垂直二つに割られていた。
「ぐ、うぉおおお…!」
ニークト先輩が、左肩からざっくりと落とされ、両膝を破壊されていた。
「な、にが…!?」
六波羅さんが、下半身だけを立たせて、床に落ちていた。
「ごっ…!」
「ぼく、から、ぼく、どう、」
「ご、ごぽおっ…!」
「ひぃいいい!?」
クワトロが腹を抜かれて塀に叩きつけられ、
シーズが幾つものブロックに分割され、
ロクさんの首の横がパックリと割られ、
ウーナは指と頭を失っていた。
無傷なのは、俺と、誰かに放り投げられたディーズくらい。
そして、
「う、ぅぅぅぅぅ………」
「ミヨちゃん!」
彼女はお腹、胸、首、右眼から血を流して、
虚ろな片目で膝から崩れ、割り座に。
気を失いかけている。
死に掛けている!
その前に、そいつは立っていた。
〈ぐぅうううう~~~……ぎゅるるるるルルルルル………〉
バッタだ。
大きさは、他のバッタ共の平均くらい。
違うのは、直立二足歩行である事と、頭部のデザイン。
詰襟の学生服を着ているが、頭までしっかりバッタなのだ。
左右二つの大きな複眼と、額の三つの単眼、2本の触覚、トノサマバッタに近く見える。
更に口元に、上半分が黒、下半分は朱色の、尖ったマフラーを巻いている。
あと、もう一つ。一番上に位置する肢に、羽が、羽毛がある。
灰色と黒色、鳩の羽に似ている。
なんだ、こいつ?
上位モンスター?W型とか?
でも、学生服部分以外は、繋がりが無さ過ぎる。
illが混ざってるって言ったって、元の姿がまるで分からなく——
イリーガル?
混ざる、だって?
——“辺獄融合現界”
俺の記憶で、一つヒットした。
でもそれは、いや、そうなのか?
「可能、なのか……?いや…、可能と言われて…、反論できないのか…?」
誰も、そんな事が起こるかもなんて、言ってなかった。
でも、完全な理論が見つかって無くて、だから浮上しなかっただけだとしたら?
「“鳳凰”…?」
鳩の羽、2色のマフラー。
ローカルは、「気付いた時には手遅れに」。
ある特定の集団全体に適用される。
元の数が多ければ多い程、数を減らす事で強化されていき、
特に最後の数体は、破壊的な戦闘力に。
(カンナ、ちょっと)
答え合わせを、する事にした。
(一つのモンスターに、二つ以上のイリーガルの能力を、乗せる事って)
(((あれ、何を言い出すんですか?)))
カンナは心から驚いた、という顔をして、
(((出来ますよ?普通に、尋常に)))
ああ、そうだよな。
そういう事だよな。
こいつ、バッタが減った分だけ強化されてるとしたら、
今、何体分のバフが?
そいつは長いマフラーを風になびかせ、
左前脚をばさりと外に振り払った。
俺は左にステップを踏み、それでも避けきれなかった分を、強化した左手の甲で受けた。
刺さったのは1枚の羽根。
その芯は、節足動物のキチン質のように、
硬い材質の針となっていた。




