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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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233.それを常識と思えなかったから

「ディーズの中から俺の魔力と種を、個別で取り除けばこうはならなかった。呉越同舟の美しさにのぼせず、誰かがこの可能性に気付いていれば、もっとマシなトレードになっていた」


 クワトロはミヨちゃん達と、俺達二人を交互に見る。


「最後の最後に、悪い所が出たな?正しく間抜けたニホン人(ジッピー)よぉ……。お前達がハラハラドキドキのアトラクションを遊んでいる時、俺達は本物の戦場に居た。お前達の覚悟が、浅い決意で結ばれた魔法が、俺達家族に届くと思うか?今、まず一度、格付けが済んだぞ?」


「お、俺は、」


 なんとか、悪い流れを変えようと、口を開く。

 精神的に押されるのは、負けパターンだ。

 魔力にしろ魔法にしろ、相手より格が下と認めてしまうのは、

 許していい事じゃない。本当に負けてしまう。


「俺はさっき、戦闘に参加してなかった。それでも、お前達と互角だった。今は違う。俺の強さは見ただろ」

「そうか、そいつは大変だ」


 「それで?」、

 クワトロの目が、暴力と恐怖を生業にする男の冷たい視線が、

 俺を刺す。


「お前は、俺達を殺せるか?」


 見えないように、半身はんみで構えた体で隠した右手、それを思わず握り締める。

 掌の中は、既に汗でグショグショだ。


「そのガキに限らず、だ。誰か俺達を殺せる奴が、この中に居るのか?」


 答えは、無い。

 ミヨちゃんは、人は何かを選び、その為に何かを選ばない事を選ぶ、そんな事を言っていた。全部は取れないのだと。

 俺達が丹本の道徳を捨てて、彼らを殺す気でやらないと、ロクさんを助けられず、自分だって生き残れない。


 だが、頭で分かっていても、そう出来ないのが人間だ。

 俺が未だに、自分の事を好きになれないように、

 「やる」と決めても、いざその場面となったら、鈍らせてしまうのではないか。


 俺には分かる。

 ここに居る人達は、少なくともミヨちゃんと先輩は、その疑念から抜け出せない。

 それは、俺が二人を好きな理由でもあるし、


 今は致命的弱点だった。


「仕方ない事だ。人間、急には変われない。ああ、そうとも、悲しい事にな」


 クワトロが続け、ウーナがその手の力を増して、指をロクさんの頸に食い込ませる。


「お前達は悪くないさ。環境が全て悪いんだ。ただ、食い物の為にネズミや同業のガキを石で打ち、雨と魔法を避ける為にドブの中へ潜り、服とシーツの為に盗みを働き利き腕を折られ、仕事を得る為に性と臓腑を切り売りして、長生きする為に単身丸腰でダンジョンに忍び込み、身を守る為にダチを裏切って生贄にする。そういう生き方をさせてくれなかった、お前達の周囲がいけねえんだよ」

「呪いの子って罵られたり?」「開運グッズとして買われたり?」

「ああ、そうだなドーブル。俺達はまず、人間になる必要があった」


 その話を、鼻で笑わなければいけない。

 ショックを受ければ、気が怯んで、魔力が劣化する。

 でも、聞き入ってしまう。


 戦闘力で言えば、こっちが強い。その自信がある。

 先輩とミヨちゃんは心強く、

 六波羅さんは言わずもがな。

 俺だって日々成長してる。


 だけど、そういう問題じゃない。

 そういう話じゃない。


 このままでは、負けるのは俺達だ。


「さあ選んで貰おう!ジジイかガキか、どっちの名前が先に辺獄の選り分け名簿に載るか」「クワトロ、クワトロ、ちょっと、ちょ、ちょっといい?見て欲しいんだ」「なんだ!」


 宴もたけなわ、演説が山場に入った所で、唐突に身内から水を差され、少しだけ苛立ちながら、顔さえ向けずに返事をするクワトロ。


「見て欲しいんだよ。あ、僕をじゃない。あっちだ。見えるかい?僕は見えないんだ、あの検問所。知っての通り、僕はディーパーとしては全然才能に恵まれなかったから、こっからだと、遠過ぎるんだ」

「何?」


 クワトロは俺の後ろ、警察だか防衛隊だかが、封鎖している方角に目を遣る。


「あれがどうかしたってのか」

「いや、ちゃんと見て欲しい。おかしい所はないかな?お、おかしくないかな?おかしいって、思うんだけど、どうかな?」

「見たぜ?おかしいって?見ての通り、サツが来てんだ。さっさと片さないといけねえってのに、話を長引かせるお前が、一番おかしい」

「そうじゃない。そうじゃあなくて、ちゃんと、強化した視力で、見てくれないかな?」

「おいおいおいおい、どうしたディーズ、お前とした事が。こいつらから注意を外して、魔力まで使って注視しろって?」

「そ、そう、そうなんだ。お願いするよ。何か、気になるんだ」

「何だってんだ、勿体ぶらずに言え!」


「なんであいつら何もしないんだ!」


 一指も見逃してはならない敵を前にしているのに、俺は振り返った。

 ニークト先輩も、ドーブルもそっちを振り向いていた。


「お、おかしいだろ!バッタは、見ての通り、全滅が見えて来た!そ、それで、ここに人は居る!警察なんだから、ディーパーだって居る!僕達が見えてる!何をやってるかはともかく、人が居るんだ!助けようと、何かアクションを起こすだろ!」


 視力を強化し、焦点を合わせる。

 バリケードに何も異常は、


「なあクワトロ!見てくれ!僕じゃあ見えないんだ!君が見てくれよ!見るんだ!何も無いのか!?本当に、ただ呼び掛ける為のスピーカーの、音量調節に手間取ってるとか、そういう笑い話なのか!?だったら早くそう言ってよ!」

 

 いや、一部が踏まれたように、地に押し潰されている。

 車の窓ガラスが割れている。

 よく見ると、ドアがひしゃげて、天板が凹んで、赤色灯が破損していて、

 装甲車の模様は、穴だ。

 何箇所も凹んで、貫通して見える穴。


「こ、これは、こんなのって…!あれ、どうやったんだ……!?」

「ススム君!ここからだと色々邪魔して良く見えない!どうなってるの!?」

「ディーズ、どうちたのお?何があるって言うんでちゅかあ…?」

「僕からすると、急いだ方が良いと思うんだけど!一々ハプニングに構っているより、やる事済ませて帰るべきだ!仕事は効率!長く働く事は何も偉くなんかない!」

「おい!どうなってるんだ!魔法が使えない俺にも分かるように言え!」


 ドアから腕が垂れている。

 ペンキのバケツを蹴倒したみたいな、赤い水溜まりも、

 無理な遊び方をされて外れてしまった、制服姿の人形のパーツ、みたいな物も散在している。


「クワトロ!ほ、ほ、本当にいいんだよね!?これで!僕達はここで、今から、こいつらとここで!戦って、良いんだね!?」

「増援が、防衛隊基地が近く、避難がまだ済んでいないであろう都市部を守る、あの場所に増援が来ていない……いや、もしかして、来た後なのか…!?あの装甲車…!防衛隊が、配備された後なのか…!?」

「バッタが…、そうだ、バッタがやったんだろ…。永級のフラッグなんて、起こらないと思われていた。この国の上澄みだったとしても……、ああなっておかしくない…!それだけの話だろ…!」

「ほ、ホントにそう?」「なんか、ヘンそう?」

「バリケードも、あの装甲車も、魔具として優秀な筈…!フラッグを想定した備えもあった…!しかも、バッタはこの区画の内側の人間に集中した…!防衛隊があそこまで腰を据えて待ち構えれば、十分に対処可能な筈!それにあの装甲が、とおされている…!?」


 8年。

 あの惨劇から8年の間、この国はそのダンジョンを利用し、一方で恐れていた。

 ill(イリーガル)憑きとは言え、G型が溢れた程度で、潰滅かいめつする備えなのか?

 五十妹の魔法は、発動できるようにしてたのに?

 あの線から向こうには、あれだけ居るバッタの死体も生体も転がってなくて、つまりほとんど通さなかった事が窺い知れると言うのに?

 チグハグだ。

 そう、チグハグな光景だった。

 だってあれが胴体だとしたら、あれはきっと腕で、あっちが下半身で、でもそれらはくっついてないといけなくって「!?」


 ず お う、


 ぞ ん。


 俺の魔力が、建付けの悪い吹雪の夜の窓みたいに、震えていた。


「うぇ、」


 俺は顔を上げる。

 太陽の方角。

 表面の黒点が、

 いや、黒点なんて肉眼で見えない!

 その逆光を背負って何かが近付いて来る!


「上だあああああ!!!」


 俺は横に跳びながら叫んだ。

 みんなを気にする暇も無かった。

 一陣の風が吹いた。

 硬質な通り雨が、風切り音と共に壁や地を打ち、

 生暖かい雫が遅れて降った。


 カカッ、


 固いアスファルトに、逆関節が着地した。


「え?」「………あ、ぱ…!」

 

 ドーブルの赤い方、黒い方は、両腕を失くして端々を抉られた。

 青い方、白い方が、垂直二つに割られていた。


「ぐ、うぉおおお…!」


 ニークト先輩が、左肩からざっくりと落とされ、両膝を破壊されていた。


「な、にが…!?」


 六波羅さんが、下半身だけを立たせて、床に落ちていた。


「ごっ…!」

「ぼく、から、ぼく、どう、」

「ご、ごぽおっ…!」

「ひぃいいい!?」


 クワトロが腹を抜かれて塀に叩きつけられ、

 シーズが幾つものブロックに分割され、

 ロクさんの首の横がパックリと割られ、

 ウーナは指と頭を失っていた。


 無傷なのは、俺と、誰かに放り投げられたディーズくらい。


 そして、


「う、ぅぅぅぅぅ………」

「ミヨちゃん!」


 彼女はお腹、胸、首、右眼から血を流して、

 虚ろな片目で膝から崩れ、割り座に。

 気を失いかけている。

 死に掛けている!


 その前に、そいつは立っていた。


〈ぐぅうううう~~~……ぎゅるるるるルルルルル………〉


 バッタだ。

 大きさは、他のバッタ共の平均くらい。

 違うのは、直立二足歩行である事と、頭部のデザイン。

 詰襟の学生服を着ているが、頭までしっかりバッタなのだ。

 左右二つの大きな複眼と、額の三つの単眼、2本の触覚、トノサマバッタに近く見える。

 更に口元に、上半分が黒、下半分は朱色の、尖ったマフラーを巻いている。

 あと、もう一つ。一番上に位置する肢に、羽が、羽毛がある。

 灰色と黒色、鳩の羽に似ている。


 なんだ、こいつ?

 上位モンスター?W(ワジール)型とか?

 でも、学生服部分以外は、繋がりが無さ過ぎる。

 ill(イリーガル)が混ざってるって言ったって、元の姿がまるで分からなく——


 イリーガル?

 混ざる、だって?


——“辺獄融合現界アマゾニン・ダンジョン・ユーニオン


 俺の記憶で、一つヒットした。

 でもそれは、いや、そうなのか?


「可能、なのか……?いや…、可能と言われて…、反論できないのか…?」

 

 誰も、そんな事が起こるかもなんて、言ってなかった。

 でも、完全な理論が見つかって無くて、だから浮上しなかっただけだとしたら?


「“鳳凰トリッパー”…?」

 

 鳩の羽、2色のマフラー。

 ローカルは、「気付いた時には手遅れに」。

 ある特定の集団全体に適用される。

 元の数が多ければ多い程、数を減らす事で強化されていき、

 特に最後の数体は、破壊的な戦闘力に。

 

(カンナ、ちょっと)


 答え合わせを、する事にした。


(一つのモンスターに、二つ以上のイリーガルの能力を、乗せる事って)

(((あれ、何を言い出すんですか?)))


 カンナは心から驚いた、という顔をして、


(((出来ますよ?普通に、尋常に)))


 ああ、そうだよな。

 そういう事だよな。

 こいつ、バッタが減った分だけ強化されてるとしたら、


 今、何体分のバフが?


 そいつは長いマフラーを風になびかせ、

 左前脚を()()()と外に振り払った。

 俺は左にステップを踏み、それでも避けきれなかった分を、強化した左手の甲で受けた。

 刺さったのは1枚の羽根。

 

 その芯は、節足動物のキチン質のように、


 硬い材質の針となっていた。

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