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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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232.誰かが望んだかのように

 バッタ共は、自然に集まるようだった。

 ローカルによる能力上昇を最大限に活かす為か、寂しがり屋のように団子状態になろうとする。


 お蔭で一度見逃されたアルファ・ワンの周囲には、人が集合していた場所から遠かった事もあり、敵影がぱったりと消え去っていた。


 この任務が始まって以来、初めての幸運。

 彼は親指と人差し指で、何かを摘まむような形を作り、胸の前で円環状をなぞる、救世教の様式の祈りで、居るかも分からない全能者とやらに感謝する。

 

 教典では、神がある男の信仰心を試す逸話がある。

 財産や子を奪い、それでも変わらず信じ続ける男を、魔王に自慢するのだ。

 だが財産はともかく、子は元の通りとはいかない。

 新たな子宝には恵まれたが、結局最初の子供たちは返って来なかった。


 もし今、神が彼の信仰を試す為に、彼女を連れて行こうとしているのだとしたら、

 彼はこう言うだろう。

 「彼女の命だけはご容赦下さい。それは得策でありません。俺が信仰を失い、如何なる手段を以てしても、貴方様の御顔の穴数あなかずを増やさんとする、悪魔の尖兵となる前に」、と。

 

〈ケタケタケタケタ〉

〈ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ〉


「おっと」


 どうやらおいでなすったようだ。


 数は2匹。

 どんな生物、どんな集団の中にも、こういうメインストリームに属さない、“逸れ野郎(アウトロー)”共がいるものだ。

 それは種族の、そして社会の余剰であり、全体が疲弊しないようにするリミッター。

 又は、全員で同じ崖から飛び降りないよう、担保とされた進化の脇道。

 こういうのが居ないと、ちょっとした事ですぐに全滅する、脆い共同体が生まれる。

 つまり、異端とは必要不可欠な物であり——


——いや、言い訳か。


 彼がやっている事が、進化の為とは言い難い。

 寧ろ逆、道を一つ潰す行いだ。

 だが彼の思慮は、勝手に先へと進んでしまう。

 “正義”によって、人殺しを容認された彼だからこそ、強く囚われる。

 

 もし、

 もしも、

 人間社会の中で悪とされ、どう見ても居ない方がいい、彼らのような存在が、

 今日ここに、一人の少年を始末しに来た、救い難い罪人達が、

 進化の為に、必要とされる時が来るなら、



 それは、どんな世界の淘汰によるのか。


 その時、どんな理屈が正義となるのか。



「……フン」


 我ながら考え過ぎたと、彼は小さく笑いを漏らす。

 そんな壮大な規模で考えて、物事を決めるわけじゃないだろ。


 第一、あのモンスターが担う役割が、彼が思うような物だと、そう言ってしまえる根拠が無い。

 モンスターはモンスターだ。進歩も進化も無い。変化という概念すら怪しい。同じダンジョンの中、同じ事を繰り返し続ける。

 生物、非生物の枠には無い、ウイルスのような別カテゴリーだと、そう言う者も居る。

 彼らを生態系に当て嵌めて考えるのは、ナンセンスだろう。

 プログラムされた、物言わぬ装置と考えた方が飲み込み易く、


 では、逸失フラッグとは?

 “不可踏域アノイクミーヌ”とは、なんであるのか?


〈ケラケラケラケラケラケラケラケラ〉


「っとぉ…!虫ケラにまで嗤われちまうとは、いよいよ焼きが回って来てるな」

 

 彼を追い掛ける集団を増やすのは、うまくない。

 密度に釣られた別の集団を引き寄せてしまうからだ。

 少数なうちに個別で処理、それがいい。


「よう、明日のランチに並びたくなきゃ、引っ込んでな?」


 彼はゴーグルの機能も使い、相手との距離感を探る。


「俺にはそのケはないが、ジッピー共はお前みたいなのでも、食っちまうらしいぞ?ライスに乗せて」

 

 忠告を聞かず、後ろ肢の力を強め、向かって来る凶兆昆虫。

 そうか、それなら、仕方ない。


「“後跪ポーズ”」


 無詠唱だと、彼の体を起点にしないといけない。

 余裕もあるので、簡易詠唱で行く。


 バッタの進路上を横断する、単色レーザーめいた赤いライン。

 奴等はそれすら、魔力の切れ端だと喜んで噛みついて、


 勢いそのまま2枚におろされた。



 これが彼の能力。

 彼が指定した相手が赤色の範囲に入ったら、止まらなければならない、そういう呪い。

 動く物なら、それこそ戦車でもミサイルでも魔力でも、指定は可能。


 止まるという事は、重く強固という事と、ほぼ同義。

 今奴等は顎の間のどこかが固定され、しかし強い脚力による前進パワーは止められず、自分の骨格だか器官だかに両断される事になった。

 あのレーザーは彼が任意に動かせるので、相手の急所に直接照射して、一部固定してから振るう事で、重要な臓器を刳り抜きながら、敵を切断といった使い方もする。無詠唱では、主にこのやり方だ。

 面として展開すれば、盾にもする事ができるし、連射される弾丸や、複数の敵からの攻撃など、彼が意識すれば別々の物だって、同時に停止させる事も出来る。


 単純な効果。

 精密機械であるバッテリーより、簡易的な構造のガソリンエンジンの方が、耐久性に優れるのと同じように、魔法は効果が簡単であるほど、起動までのプロセスが簡略、高速化し、破綻、無効化されづらい傾向にある。

 勿論、魔力の質やそれを操る頭脳、つまり使い手の才覚もまた、無視できない要因ではあるが。


 対人、対物を問わぬ汎用性、殺傷性、制圧力、魔力消費、解呪への抵抗力。

 どれを取っても文句ナシの性能と、彼はそう自負していた。



 道中は退屈とすら言えた。

 今更一人の人間くらいでは、大した注目が集まらないらしい。

 遠くでは黒い豪雪が続いているが、彼を追うのは多くて数匹。

 10秒も掛からず処理する事がほとんどだった。


 しかし、気を抜けるのは、手前まで。

 彼が踏み入るべきは、より深く。

 この騒ぎの中、それでも操作可能な状態で残った、幾つかの偵察ドローンを活用し、

 あの少年を捜す。

 死を確定させる事すら、過去最大の困難となるだろう。

 けれど彼はやり遂げるまで、この罪科から抜ける気は無く、

 


「………あ、ああ……!」



 そんな果敢さに応えるかの如く、

 天は暗雲を晴らし、大地に光あれと仰った。


「おう……!おお…!」


 晴れ間は、丸かった。

 円環だ。

 しるしだ。

 

 彼が決死の面持ちで突入する、その前に、

 バッタ達は暴食を罰され、バタバタと短い命を散らした。


 視界状況が良くなった中をドローンが飛び、カメラアイがあっさりと目標を見つける。

 生きている。

 まだ、終わっていない。


「神よ………!」

 

 彼の右手は〇字(れいじ)を切り、

 機関銃(炎の剣)を携えて、

 その足は疲れを忘れたように、

 一心不乱に駆けていた。

 

 青い、

 あの時と同じ色の、空の下。


 全ては、決まっていた事なんだ。


 彼が咎を負ったのは、この罰の為であり、


 それは全て、あの少年を殺させる為の、巡り合わせである。


 彼はその時、本気でそう信じていた。

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