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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第十章:欲を張るなら、力を示せ 

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228.流石にこれは想定してないか…

「ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!」


 ヘッドセットの下で、荒い息を吐きながら、男は眩しい空を見上げていた。


 大空を飛翔するのは、爆撃機だろう。

 地下施設をも破壊する、地中貫通型爆弾を、腹一杯に搭載して、

 ここを更地にする勢いで、景気よく炎の絨毯を敷く。


 だが、彼には分かる。

 彼が戦った者達は、緑の一枚も無い不毛の地でも、その存在を色濃く残すだろう。

 

「ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!」


 全てが遠く、膜を隔てたように聞こえる。

 

 この銃声は、爆音は、

 鉛が風切り炎が猛り、

 

 それが起こったのは、どこか遠くか?

 それとも死神は、隣で添い寝しているのか?

 

「ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!」


 彼は今、何をしていたのだったか。


 祖国の為、人類の為、世界の為に、

 人道と、正義の為に、

 

 何か、しなければならない事が、

 全うするべき使命が、


——使命?

——あれが、使命か?


 ある建物の、破壊命令だった。

 モンスターの巣窟になっているから、そこで数を殖やしているから、だから攻撃する必要があった。

 そこまでの敵性地上戦力を一掃し、制空権をも確保。

 爆撃でズタズタにしてやって、彼と、親友だけが気付いた。

 その時ビルの中から飛び出したのは、


——…!………!…い…!


 親友と話し合って、部下には黙っておく事にした。

 彼らは戦場で充分苦しんだ。これ以上、余計な荷を背負わせたくない。


「ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!ハァーッ……!」


——…!……しろ…!……う一度……!


 籠った呼吸音だけが、妙に大きく響いている。

 それ以外の全てが、今の彼には他人事のようにしか思えなかった。


 軍を退役した後も、どこか遠くから、残響が聞こえる。

 車のクラクションも、大通りの広告も、彼女の笑顔も、

 全部、全部が他人事だった。

 自分の身に起きる事じゃないようだった。

 

「ハァーッ…!ハァーッ…!ハァーッ…!ハァーッ…!」


——……!しっかり……!……おい……長…!


 彼はずっと、ここに居る。

 血で地を洗い流し、その湖に火と鉄の島を浮かべる。

 命の対価としては軽いメロディーに合わせ、空っぽの肉が踊っている。

 渇いた異形共が、彼の体液の喉越しを想い、昂奮して駆け回る。


 彼はその業火の芯(インフェルノ)に居ながらにして、

 “幸せで平和な家庭”という映像作品を、VRで体験している。

 そうとしか思えない。


 怒号も、轟音も、彼女の愛の言葉も、

 同じだけ遠くて、

 全部が夢のようで、


「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ………!」


 この、息苦しさだけが、

 焼ける大気を吸って、傷だらけの呼気を吐く、

 それだけが、本当に起こっている事で、


「大丈夫か!おい!隊長!しっかりしろ!」

 

「トゥ、ウ、か…?」



 その声によってアルファ・ワンは、本物の戦場に戻って来た。



「起きたか!?俺が分かるか!おい!今何がどうなってるか、憶えてるか!?」


 親友のトゥウは、彼の頬をペチペチと叩き、意識回復に努めているようだ。

 そのお蔭でまだギリギリ、お出迎えサービスをクーリングオフ出来たらしい。


「どう、なって…!」

「しっかりしろ!“逸失フラッグ”だ!それも永級ダンジョンから!管理不行き届きだと思いたいが、最重要ダイジョンでそれが起こる事は、まずないだろう。作為が介している可能性が高い」

「あ、ああ、そう、だった。そうだった、な…!」

 

 思い出した。

 低空の雲のように分厚い層となった、黒いモンスターの大群。

 あれがその面積を広げていき、彼らの頭上にすら着いて、空爆のように一斉に地を目指した。

 腹が減ったから、食事をしに来たのだ。


 当然ながら応戦した。

 特にワンの魔法は、直線的に嚙み砕こうとしてくるそのあぎと共に対しては、相性が良かった。


 が、たった数人に対して、視界の全てを占拠する程の巨大軍勢。


 火力は足りず、退きながらの戦闘を余儀なくされ、少しでも遅れた者から死んでいった。

 

「隊長!たいちょおおおおお!」


 殺傷力で言えば一番低いエイトが、真っ先に脱落した。

 彼の周囲の弾幕が少しだけ薄く。頭を鉛でノックされながら怯まぬ敵の勢いを、削ぎ切る事が出来なかったから。


「俺はアノイクミーヌを生き残ってエエエエ!」


 選抜射手のシックスは逆に、エイトを助けようと攻撃に固執し過ぎた。

 足を鈍らせてしまって、列どころか壁に近い物量に追い着かれ、鋭さと怪力を持ったあしでバラバラにされた。


「軽機関銃《LMG》でも持って来るんだったなあ!折角の撃ち放題(トリガーハッピー)だったのにあがばっ!」


 火力支援のフォウが後追いしてしまう。

 他の隊員へのヘイトを少しでも引き受け、分身で銃列を作り軍勢の進行を滞らせ、追撃を緩和させようとしたのだろう。

 

「隊長!俺達はどこに行っても、ゴアいのがお似合いなようですね!それではお涙頂戴映画にお手本って奴を見せて来ます!」

 

 もう一人の遠距離担当、セブンは、手榴弾4個のピンを抜いて、正面にボトリと落ちた虫溜まりに突っ込んだ。


「あった!100m先を左に曲がって右手二軒目!へへっ!ロクデナシの人殺しにしちゃあ!良い感じの最期じゃあねえか!」


 スポッターのスリーが、彼らが探していた物を見つけ、方向を変える角の前での、敵の足止め役を買って出た。


 残ったワン、トゥウ、ファイブの3人で、特定された民家に突入。

 他二人が外に向かって乱射している間に、床にあった落とし戸をファイブがこじ開けて、全員がそこに入った後に、彼の魔法で内側から完全に接合させ、開閉できなくするつもりだった。


「ファイブは…?どうなった…?」

「カバー仕切れなかった個体に体当たりされて気絶したお前を引っ張って、この中に放り込んだ後、外で戦いつつ《《施行》》した」

「そう、か……」

 

 トゥウの隠蔽魔法は、指定範囲の内側に入られれば、敵からも認識される。

 ああやって数撃ちゃ当たるで押し寄せて来る敵とは、相性が悪い。

 その為、こういった狭い床下収納のように、相手が入って来ない空間が必要だった。

 彼らはそこで、横になって天井を、地階の床の裏を見ていた。


「ワン、ここまでだ。手を引こう」


 トゥウが悔しさを滲ませながらも、言わなければならない事を切り出した。

 

「俺達はもう、充分足掻いた。天命は、どうやら“余計な事はするな”と仰せだ」


 少年一人を殺す。

 一見卑小な、陰謀とも言えない醜行しゅうこうの果てに、この馬鹿騒ぎである。

 彼らの力が、想像力ですら、及ぶところではない。それが明らかだった。


「帰ろう。くそったれ(ファッキン)ホッパー共のお蔭で、魔素の供給は充分にある。カミザblah blah(何某)もあいつらが食ってくれるさ。この国の政府に見つかるまで、ここに隠れているんだ。逮捕されて、送還される。それで終わりだ」

「帰してくれると、思っているのか?」

「拘束される時に、映像配信を同時に行えば、下手に拷問や処刑したりは出来ない。生き残れるさ」


 そう。

 それ以外に無かった。

 彼らはもう、無力なのだ。



「いいや、そうはいかない」

 


 ガンスリングで体からがっていた機関銃のマガジンを入れ替え、スライドを引いて薬室に弾丸をセット。


「俺は行く。止まる事はない」

「バッ……!」


 魔法効果の範囲内とは言え不安になったのか、トゥウは怒鳴る直前、反射的に息を潜める。


「バカか…!?意味が無い…!そんな危険を冒して、結局お前が見つける前に、標的がバッタのディナーになってたら、どうするんだ…!?無駄死にだぞ…!彼女をまた一人にするつもりか…!」

「トゥウ、お前は道理を分かっている」

 

 だが、


「お前は、俺を分かっていない」

「何を…!」


 アルファ・ワンはゴーグルを上げて、その青い瞳でトゥウを見る。

 あの空を映したままの瞳で。


「俺は、帰れない」


 ここに来る前は、半分は持って帰れたと、そう信じていた。

 しかし、戦場に戻って、分かった。

 彼は、ここに居た。

 故国に戻って、平和な街中で平穏な郊外で休んでいても、彼の魂は戦場と繋がっていた。



 鉄と硝煙の臭いが、彼の臓物に沁みついて取れないのだ。



「彼女はきっと、そんな俺の臭いを嗅いで、俺が居ないって気付いたんだ」

 

 彼女はいつだって正しい。

 何が誇りだ。愛国心だ。人類の為だ。

 行くべきではなかったんだ。


「『意味が無い』と言うなら、トゥウ、同じ事なんだ。俺が戻っても、意味が無いんだよ」

「おま、おまえ、は、お前は…!」

「帰っても、彼女を寂しがらせる、どころか、怯えさせるだけだ。人殺しが横に居て、夜も眠れなくしてしまう。俺を有効活用するには、彼女を救う為に俺が出来る事は、ここであの少年の生存率を、0.1%を0.00%にする事だ」


 戦場でしか生息出来ないなら、戦場でやれる事を見つける。

 銃把を握った者には、引鉄を引いた兵士には、

 戦争のルールしか適用されない。

 敵の殺傷が良い事で、

 任務失敗こそが悪だ。


「俺は行く。俺は行くぞ。必ず行く。この任務の中で、そう決めた」

「………なら、」


 だったら、


「俺もお前に付いて行くぞ」


 彼も兵器だから、

 彼は親友だから。


「いや、いいや、」


 自身の命を人質として、説得を試みた友に、男はただ首を振る。


「お前には、帰って貰う」

「そんな勝手な言い分が…!」

「彼女の為だ」

「………何?」

「この仕事が終わったら、クライアントから確実に報酬を出させろ。彼女の治療費を払って貰う」


 「踏み倒させはしない。取立人が必要なんだ」、

 それは、

 その理屈は、

 やり返された形だ。

 大切な人の命を、盾に使って要求を通す。

 それをそのまま、そっくりと。


「ふざけるな!」


 狭い中で胸元を掴むトゥウ。

 声を抑える発想すら、熱された鉄板の上の雫みたいに、気化して飛ばされていた。


「ギャンブル狂いに金の管理頼んでんじゃねえ!お前が渡せよ!お前の手から、お前の手で、彼女を守るんだよ!」

「トゥウ」


 抜けるような青空を宿して、


「出来ないんだ」


 彼は結論を繰り返す。


「出来ないんだよ」


 耳元で聞こえた吠え声は、バッタが鳴いているのか、悪夢の中にある戦場の咆哮か、誰かの悲鳴か哀号あいごうか。


「俺はもう、彼女に会えないんだ」


 彼女の前に、その身体を引き摺り出した所で、

 



「もう、あそこに居れないんだ」


 


 上からの振動が収まって来た。

 この辺りに食い物が無いと分かり、狩り場を移動したのだろう。

 男は身体を裏返し、匍匐姿勢で前進。離れた場所に、高熱で物体を焼き切る魔具で穴を開けて、そこから外に出ようとする。


「まだ、決まってないからな」


 一時的に、能力の範囲をそこまで拡張したトゥウが、そう言葉を掛けた。


「まだ、今生の別れと、決まったわけじゃない」


 二人は目を合わせる。


「賭けるぜ。お前は生きて帰って来る。俺が勝ったら一発ぶん殴らせろ」

「俺が勝ったら?」

「あの世で拳骨ゲンコツを一個くれてやるよ」


 男は含み笑いを漏らしながら、地上に出る。

 バッタはいない。神様か死神か知らないが、彼の番はまだ先らしい。


「お前はギャンブルが下手だからな。きっと俺が勝つさ」

「言っとけ。次こそは当たる」

 

 「それでこれまでの負けはチャラだ」、

 親友の懲りなさに肩を竦めながら、


 最後の戦場へ、その身を投じた。

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