227.これは誰が仕掛けたわけ?正直に名乗り出な? part1
サイレンと、それに続くアナウンスによって、報知された事実に、敵味方問わず愕然とした、その数秒後には、その音が聞こえて来ていた。
ブゥゥゥゥゥゥゥウゥウゥゥウゥゥゥウゥウ!
ブブブブブブブゥゥゥゥウゥゥ!
細かい、電動歯ブラシの駆動音を、思いっきり不快に振った音。
夏の夜に耳にすれば、部屋中見回し、何も見つけられないと、不安で睡眠の質まで下がりそうな振動。
「ママ!クワトロ!みんな!駄目だ!やっぱり駄目だ!逃げなきゃ駄目だ!」
穴の上から、誰かが喉を嗄らさんばかりに、泣き叫ぶ。
「ダンジョンから出て来てる!凄い数だよぉ!ふざけた数してるよぉ!数って言うかもう一つの嵐だよぉ!吞まれてしまうよぉ!喰われちゃうよぉ!」
永級ダンジョンからの逸失。
本当に起こってるのか?
暗く狭い空間内に、濃密な恐慌が詰め込まれ、
「詠訵!登るぞ!」
「!はい!」
先輩の号令でミヨちゃん穴へ飛ぶ!
「躾がなってねえな!」
伊達男が茨を伸ばしてリボンに繋がれたロクさんの足を掴むが、
「足癖も悪いもんでね!」
六波羅さんが蹴り上げて切断!
そのままドッ、ドッ、ボボッ、ドンッ!リズムに合わせて壁を蹴りながら地上へ!
敵中から脱出した先には!
「ひぃいいいい!!」
穴の傍らで腰を抜かしているその男は無視して、
俺達は全員、その空を見た。
「……!」
絶句。
その言葉に相応しい景色。
空の上を、黒っぽい昆虫が、
虫が、
黒い虫が、虫が、虫が、黒い虫が、虫が虫が虫が虫が黒い虫が虫が黒虫が虫が虫が虫が虫が虫が黒虫が虫が黒虫が虫が虫が虫虫虫黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫黒黒黒黒黒黒黒黒黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫黒黒黒黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫黒黒黒黒黒黒黒黒黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫黒虫虫虫虫虫虫虫虫黒黒黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫黒黒虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫
「なん、だよ…!なんだって言うんだホントに!」
これ全部、ダンジョンから出て来たって言うのか?
国が最優先最重視して、徹底管理している、永級ダンジョンで、こんな大規模な逸失が起こったって?
うっかりミスとかで、こんな事になるのか?
これもまた、誰かの意思か?
俺を殺したい奴が?
その為にここまで?
誰だよこんな事した奴は!
今すぐ出て来て答えろ!
数が多過ぎる。
雲だか虫だか、分からない。
それに、あのデカさ。
多分、人間より大きい、全長2、3mはある、羽を持った昆虫が、
空を飛んで、地に降り注いでいた。
肉食の雨。
町どころか、世界が滅びる前の空と言われても、ああ、そうかもって受け入れてしまいそうになる。
その中で、より色濃くなった部分があって、
それはぐんぐん大きくなって、
「来てるぞオオオ!」
先輩に言われて、それがこっちに向かって来る大群だと分かる!
「これに見合う報酬って幾らだ!?請求するのが楽しみになってきたぁ!」
六波羅さんのテンションもおかしくなっている。
そりゃそうだ。
これを見て冷静沈着でいられる人がいたら、一生に一度でいいから顔を見てみたいくらいである。
「なんだありゃあ!」
「撃て撃てうてうて!」
「ど、どいつをうちゃあいいんすか!?」
「とにかくハジいてりゃ当たるだろうが指動かせノロマぁっ!!」
周囲の奴らも現状が切迫している事くらいは理解し始めたようだが、対処が良くない。
この群れ相手に、人を一人殺す用の武器で応じようとするなんて、パニックである事が良く分かる。
少し考えれば思い至る筈だ。一体一体が、永級ダンジョン産のモンスター。しかも奇跡的に一人一殺を達成したとしても、敵は圧倒的多数なまま。
潜行者崩れが、と言うより、グランドマスターでもない限り、
やるべきは戦う事じゃない、避難する事だ。
問題は、どっちへ逃げるべきか、なんだけど。
「ママ!みんな!逃げないと!ここから離れるんだ!もうローマンとか知ったことじゃないよぉ!みんな死んじゃうよお!危ないとか怖いとかじゃなくて、処刑台の13段目とか噴火前の火口とか、そのくらい確実に死んじゃうんだよお!」
伊達男やキャットスーツ等のマフィアっぽい連中が、穴の近くで叫ぶ比較的若い男と合流している。その後ろで、双子が大男を引き上げていた。
「先輩!町の外に!検問を敷いてる筈の警察に合流しないと!きっともうすぐの筈です!」
「クソッ!走るぞお前ら!オレサマに続けえ!」
四足歩行モードになったニークト先輩が先頭を行き、その後ろからロクさんと俺を掴んだミヨちゃん、殿に六波羅さんの並びとなって、人混みを強行突破しながら「待て!」「マトが逃げんぞ!」「目を離してんじゃないよ!」「ここまで来て報酬ナシとかあるかよおおおおおおん!」それを咎められる!
「そ、そんな!」
「やってる場合か馬鹿共奴!」
「人ってのはどうも効率で動かないな!特に追い詰められてると!」
先輩は無理矢理通ろうとするが、ディーパーも混じっているせいで、思うように障害を撤去できない!
「ちょっと!俺を仕留められてもお金とか受け取る事が出来ないんじゃ——」
その時、背筋を百足の列が這い上ったような、厭な感触があった。
それは頭上を流れて、そのまま俺の顔を卸すように「先輩!こっちに跳んで下さい!今すぐに!」
彼の反応は早かった。
地に着いた腕のバネを利用してバック転を放ち、その足が地に触れる前に緞帳が下りた。
俺達の退路から回り込むようにして、怒涛の奔流が墜突して来たのだ。
「ぐげ」
「うぎゃああああああ!?」
「あ、が、わ、ぷあ…!」
「おえげげげごごごおg」
モンスター共は、ただ地上に着地しただけだ。
それだけで、付近数mの人間が圧死、それか窒息死した。
〈ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ〉
〈ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ〉
〈ゲラゲラゲラゲラ〉
〈ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ〉
「な、んだ、こいつら……!?」
“箴埜筵”が出現した時、他のダンジョンと同じく、初回特典と言わんばかりに“逸失”を起こした。だから、幾ら詳細が不明とは言っても、その外見的特徴くらいは、情報として残っている。何なら動画サイト等で、映像がアップされているくらいだ。
“プーカ”。
学生服やスーツを着て、着ぐるみやビニール人形のような手足を持ち、顔には嘲笑う大口だけ。
見た目に似合わぬ怪力と、G型らしき奴らすら持つ投擲能力。食らい付いた物からエネルギーを吸い上げる。それが、そのダンジョンのモンスターだ。俺の家族を殺した奴らの、その姿を覚えておきたかったから、何度も見返して脳裏に焼き付いている。間違いない。
じゃあ、こいつらは何処から出て来た?
顔は、頭部は確かに同じだ。
不快な笑い声も上げている。
学生服を着ているようにも見える。
だけど、体は、人型じゃない。
遠目で見た時、既に虫っぽくておかしかったが、近づかれてはっきりした。
バッタだ。
黒地に黄色い斑。
スズメバチのように毒々しい色をした、バッタのボディを持っている。
こいつらは、
そこに感じる印象は、
「混ざってる?」
一匹から、二つの別々の気配を匂わせてる。
一人の人間から、サイエンス番組に出て来る外国人博士の吹替みたいに、別々の声が出ている。
それを見た時と同じ、脳の混乱。
「もし、もしかして…!」
俺が知っている現象に、当て嵌めるなら………
「ぎぇええガバッ!?」
突如降り立ったバッタ共を見て呆気にとられていた男が、バルーンの模様みたいな口に噛み砕かれた。
「く、喰ってる……!?」
ミヨちゃんですら怯えを隠せない、凄絶な一幕。
誰もがそれを見て、絶望とほぼ同じ色の恐怖に染められた。
それを狙ったのか、ただ腹の虫に従ってか、
口の一つがこっちを見て、
逆関節が地を蹴った。
「っ!?」
恐るべき速さだった。
並のディーパーでは、わけも分からず首を齧り取られていても、おかしくはなかった。
ミヨちゃんでさえも、リボンを横渡しにして、その程度の防御が精一杯。
ニークト先輩も、止められなかった。
白く歯並びの良い大口には、血液の赤は良く映える。
くっきりと断頭の証を見せつけながら、それは俺達に目掛けて——
——俺はなんで、目で追えるんだ?
ディーパーでさえ、置いて行かれる速度を、俺の感覚は完全に捉えていた。
そういえばさっき、奴らの気配を察知出来ていた。
そいつらが混ざっている、という、確信めいた不快感を抱いた。
全てがゆっくりと進み、
俺は自然と、
「す、ぅぅぅううう……」
呼吸していた。
「ふ、ううぅぅぅ……」
水中のように、時間の抵抗力が増している中で、
俺の心臓は、変わらず動いていた。
違う。
加速しているんだ。
無意識の内に、体内で魔力を廻して、
魔力?魔素も無いのに?
いいや、魔素はある。
モンスターの周りは、魔素濃度が上昇する。
彼らが魔素を作っていると、そう言われてる。
それも、永級から出て来た、強力なモンスターならば、
恐らくその生産能力も、極めて高いと考えられて、
そうか、
俺の、「手番」か。
(((そうです、ススムくん)))
壊れた屋根の上で、カンナがモナカアイスの端を、口でパキリと割る。
(((面白い物を、期待していますよ?)))
彼女が言った通り、
俺の出番が回って来た。




