誰が何処まで知っているのか part2
「忘れた?」
シャンには遠照の言いたい事が、この問答でより分からなくなってきた。
「そう。みんなが忘れた。それか、忘れようとした。だからダンジョンは、姿を変え、やり方を工夫し、人にその『何か』を見せようとしてる」
「何かってのは、何だよ」
「言わないよ。言ったら意味が無い」
「そこで勿体ぶるのかよ」
「思いついてないだけじゃねえか?」、
口を滑らせて欲しいシャンは、問い詰めの厳しさを増す。
「言葉にしてはいけないんだ。言葉って、事柄を分かりやすくする為に、最も近い意味に置き換える、代替物だから。理解しやすくなるようで、その本質を忘れさせる。かつて悟伝教の開祖は、弟子に“言葉にならない教え”を授けた。それは今日まで、ただ座ったり、定型を一心に唱えたりする事で、受け継がれて来ただろ?それと同じように、体験こそが、それを受け入れる心の方が、本質なんだ」
「奴らはそれを、理解させたい、って?」
「と言うより、理解したくないっていう、人間の我儘が、反作用を生んじゃったんだよ」
「それが、ダンジョンだってのか?」
馬鹿馬鹿しい。
シャンは首を振って、その演説を頭から切り離そうとする。
「ダンジョンは人間なんて、スケールの小さい連中を、何とも思っちゃいないだろうが」
「じゃあ、どうして、ダンジョンの中から映像が送れるのカナア?」
それが、彼が発した中で最も重い命題だと、シャンは感じ取った。
「映像と、魔法陣、両方の技術が発展して」
「発展して?それで、何をしたんだい?」
「何って、魔素を媒介として、内から外への通信を」
「媒介?魔素が何であるのか知らず、感覚以外に観測出来ず、実在すら疑う人類が、それを媒介として利用?」
「実際伝わってんだから、魔素がそういう働きをしてるのは間違いねえだろ」
「そう、とにかくそれっぽい事をしたら、動いた。だからそれでよしとした。ブラックボックス化した通信技術を、みんなで何の疑問も持たず利用している。でも具体的には、『そういう働き』ってどういうものか、言えるカナア?」
「だから、電波を伝えるっていう、そう、魔力は人間の脳波だか体内電気だかによって操られるんだ。つまりそういう物を媒介する性質が、魔力なり魔素なりにあるってのもおかしな話じゃねえ」
「そう、伝えているんだ。魔素は、伝える為の物なんだよ」
伝える為の。
「魔素から魔力が生まれ、魔力は人の意思に強く影響を受ける。そして、映像を外部に発信するという行為は、それ乃ち外に何かを伝えたいという、“意思”に他ならないんじゃあ、ないカナ?」
「魔素は、魔法陣や通信技術を理屈として、人間の『伝えたい』という意思を、実現している?」
魔法のように。
「魔素は、“媒体”だ。意思を媒介するものだ。だから、人間の意識の根底に沿った力を、魔力をそこから生み出せるし、それが魔法という物語を紡ぐ」
「魔素は“伝達”こそが主要機能だって、そう言いてえのか……!?」
「そしてダンジョンは、その魔素から出来ている」
ダンジョンは、伝える為の姿。
「ダンジョンは、それじゃあダンジョンって連中は、何が言いてえんだ。一体何をそんなに伝えたがってんだ!」
「それは、」
それは、
「ボク達はもう、それを知っている」
ただ、言葉によって、
人間としての性質によって、
それが見えなくなっているだけ。
「『見ざる聞かざる言わざる』、さ。もしも、自分にとって不都合な、どうしても見たくない何かを、受け止め、受け入れて、それすら愛せる人間が居たら——」
そうしたら、
「でも、そんな人間は居ない。居たとしても、いずれ居なくなる。その高潔さを、継承する事は出来ない。人間の原罪は、完全に雪がれる事などないんだ」
罪は消えない。
対処療法はあっても、根治はない。
「人間は、償わなきゃいけないんだ。今は先延ばしにしているだけで、でもそれは不自然な事なんだ」
「先延ばし?不自然だと?」
「世界に十番目の永級が顕れた。席は揃って、後必要なのは器だけだ」
「何だ?何の話をしている?」
分からない。
ここまで聞いて、それでもシャンの前には、
遠照のやりたい事が浮かび上がらない。
あまりにも極端、あまりにも抽象的。
その無理解が、シャンを追い詰める。
これまで幾度も、言葉と行動を交わしてきた男を、何一つ分かってやれない。
その事が。
「彼女は見出された。今は仮の器を満たして、来たる清算を待っている」
「彼女?」
見出されたのは、
「それは、“可惜夜”か?」
「これは、試練であり、試験だ」
「おい、質問に答えろ……!お前は、誰に、何をしたいんだ…!」
「賽は投げられた、だよ。ちょっとした占いさ。これで途絶えてしまうなら、彼は相応しくなかった事になる。その道は“本物”に繋がっていないという事になる」
「お前は何を目指している…!」
「さあね。決めるのは彼女だ。そして、世界だ。僕は代理人でしかない。きっと僕がいなくても、誰かが代わりにやるだろう」
「おい!トオリ!」
「世界が自然な安定状態を求める。その力が、真理への導となるだろうね」
彼が何を見ているのか、シャンには分からない。
シャンには、何が見えていないのか。
あらゆる光を吸い込む彼の瞳の前に立ち、
シャンはただ呆然としているしかない。
「果たして彼は、最後までやり遂げる事が出来るカナ?」




