誰が何処まで知っているのか part1
「そろそろ、かナア」
遠照は天井を見上げながら言った。
「何が『そろそろ』なんだ、バカガリ野郎」
シャンは彼から目を離さず問い質した。
「なんか、怒ってるかい?久しぶりに会ったって言うのに、随分突っ慳貪じゃないカナ」
「碌に連絡も寄越さねえで、他所様で無茶苦茶して回りやがって、いざ現れたと思えば、こんな場所に来やがった。手が先に出なかっただけ有難く思えや」
「そんな場所で待ってたのは、お前じゃないか」
「お前ならやりかねねえと思ったんだよ」
「来て欲しくなんてなかったぜ」、
シャンの強硬姿勢は変わらない。
ここは明胤学園の地下。
中央棟から潜れる、秘匿された空間。
金属製の螺旋階段が外周に沿って長く降りて、最下層には丸く巨大な扉が、蓋が待っている。
錆、黴、埃に塗れ、年代物である事が窺える一方、ここに来るまでの道は整備され、最低限の手入れはされている為に、まだ使われているという事も分かる。
禁忌を封印しているような物々しさとは裏腹に、愛用され使い込まれている痕も見える、不思議な空間であった。
「そろそろ、終わってるカナ、って思ってさ」
遠照の視線も、上向いたままブレる気配が無い。
「上ではそろそろ、状況が終わって、次が始まってる頃だから」
「次?次だと?次って言ったかお前?」
シャンが更にその目を険しい物にしても、柳に風である。
「そうだよ、シャン。『次』だ。ボクは『次』と言った。今頃上は大慌てだ。あ、この『上』って言うのは、物理的に上に居る人達の事だし、立場が上の人達の事でもあって、ダブルミーニングになってて」
「何があるってんだ。ガキ一人に何の馬鹿騒ぎだよ、異常だぜ。ここまで来て、更に何かしようってのか」
何処までも飄々とした遠照に対して、シャンはどこか、苦しそうに見えた。
「何だってんだよ、なあ?どうしちまったってんだ。お前は、お前が何で、何でこんな事してやがる?いや、そもそも何をしてる。意味が分かんねえんだよ。何がしたくてカミザを殺そうって話になったんだ?こんなに寄って集りやがって。戦争したいならガキ巻き込まず勝手にやれ。ダセエんだよ。なんだその服!どうせなら全身黒タイツとか思い切ってた方がまだ見れるぜ!」
「質問は一つずつ聞いてくれよ。いっぺんにされても何聞かれたか忘れるって。……って言うか、これそんなダサい?イカしてない?」
「ダセエ。『無個性感が一周回って逆に只者でない感じ』を狙ってるのが丸分かりなのがマジでキツイ」
「マジー……?暑い中黒のタートルネック頑張って着てんだよ?もうこの格好、ボクのトレードマークとして認知されてんだよ?ボクの苦労はどうなるのさ」
「知らねえよ。お前のセンスが壊滅的なのがいけねえんだろうが」
「知らない仲じゃないんだし、もっと手心をくれないかナア?」
「知らない仲だから言ってんだ。お前の服はダセエし、」
シャンは前腕を上げ、人差し指を突き付け、
「お前のやってる事はクズのやる事だ。過激さだけで理論の粗を誤魔化して、何もかも放り棄てて、他人が理想と現実の差に苦しみ考え抜いている所を見て、優柔不断だと貶して回る。それが今のお前だよ。これがダサくなくて何だってんだ」
ぴしゃりとそう撥ねつけた。
そこまで言われても、遠照は馬耳東風といった様で、上階を幻視するように視点を固定したまま、
「最近さ」
一人勝手に話始めた。
「あんだって?」
「最近、若いコの間で、流行ってるじゃん。ダンジョン潜行配信。いや、もう若いコ限定じゃないのかナ。今や小学生から、ご老人まで、母親が赤子をあやす為にすら、動画サイトを使う時代だから。その中で王様と呼べるジャンルが、ダンジョン、だよね」
はぐらかそうとしている。
そうも思える。
しかし遠照は、自身が思う正義について、人一倍主張したがる男の筈。
それが変わっていないのならば、この話は何か、彼の根幹に繋がるのかもしれない。
「まあ、いつかはそうなってただろうよ。TooTubeで稼ぐ奴が出て、より強めの刺激が求められて、ダンジョンからの映像っていう、ニュース、アクション、リアリティ、ドキュメンタリー、テクノロジー、エトセトラと、やたら広い要素を掛け合わせたコンテンツが、見逃されるわけがねえんだ」
だからシャンは、続けてみる事にした。
北風と太陽だ。無理矢理叩いて埃を出すより、相手にヒントを喋らせようと。
「そうだね。企業の広告としての価値は、他の分野と比べても段違いだ。主要産業且つ、命に係わる領域だもの。自分の身体を張ってまで、嘘を吐ける者は中々いないし、下手に詐欺が露見すれば、信用は地に墜ちる。つまり、信頼度が高い。そんな情報を、魔法と超人が怪物を倒す、楽しい映像と一緒に摂取出来る。こんなに良い物は他に無い」
そう。
殺し合いとは言っても、生物かも怪しいモンスターを相手にしている。
動物愛護団体も、機械やプログラム的な彼らを前にすると、保護対象かで見解が割れ、あまり大きな声を出さない。
やっている事は、人類のエネルギー産業及び平和維持上必要な事なので、それに従事する人間が現場の様子を届けると言うのは、映像資料としての価値もこじつけられる。
道徳や職業倫理の観点から言っても、配信行為を全面的に問題視出来ないのだ。
あまりに隙が少ないエンターテインメント。
それがダンジョン配信。
「でも、話が美味過ぎる、とは思わないカナ?人の生活を支える、鉱山や油田の一種なのに、まるで人に娯楽として提供する為に、舞台化したように整っている」
「……思わないでもねえが、だが現実そうなってんだ。運が良いぜ。色々とな」
「でもそれが、人類が現れて暫くしてから、世界に生まれた物って言われたら、どうだい?」
「どうもこうもねえよ。そんな事もあるんだろうな。それで終わる話だ」
遠照は、その顔を漸く下げて、シャンの方を見た。
盲人のように、瞳孔が光を反さぬ目で。
「ディーパーとモンスターの戦いをビジネスにしたのは、これが初めての事じゃあない」
話がそのまま続いたように見える。
けれども、佳境に入ったかのような、語調の変化があった。
「コロッセオは、ダンジョンから生まれたモンスターを引っ張り上げ、観衆の前で人間と戦わせた。吟遊詩人達は、遠い国の興亡や戦争と共に、ダンジョンの中身についても、虚実入り混ぜて唄って回った。喜劇や悲劇を描いた戯曲は神話とダンジョンを好み、救世教も隷服教もダンジョンへの畏怖を語り伝える事で権威や財を成してきた。
武勇伝でも音楽でも、人の残した物語には、ダンジョンの影響が色濃く残っている。
王政において神から与えられた王権の証拠は、彼らが所有するダンジョンだ。そのダンジョンが恐ろしければ恐ろしい程、彼らは偉大な王である証明となった。王冠が領土を持ち、ダンジョンが権勢を持ち、血脈が魔法を持つ。それらは時に誇張されながら、国民に喧伝される事となった。それは支配の正当性だったから。
逆にそれらダンジョンが枯れれば、天が命を革めた事になる。だから彼らはダンジョンを手厚く保護して、それは民主主義が強くなった昨今でも続いている。独立や革命を目指すテロリスト達は、まず真っ先にダンジョンを抑えようとする。それか、発電所やディーパーなど、ダンジョンを利用・管理する機関に、ダメージを与えようとする」
2000年前からずっと、人間にとってダンジョンとは、成功の象徴だった。
誰もがダンジョンを語り、その姿を空想し、楽しんで来た。
「ダンジョンはまるで、人を楽しませたいかのよう。モンスターが人間を執拗に殺そうとするのも、逆にどうやっても無視されない為に、構って欲しいからやっているように見える」
「それは、」
そう見えるのは確かだが、
「偏ってる。特に人間様の視点に、大いに偏ってるぜ、トオリ」
人からは、そう見えるだけ。
ダンジョンに、意図なんて無い。
「そうかナア?」
本当に?
「それは、ボク達が、罪から逃れる為の方便、じゃないカナ?」
「罪?何の罪だ。俺達が何をして、それがダンジョンの在り方にどう関係してるって言うんだ」
「そうだナア、例えば——」
——何かを忘れちゃった、とか




