225.この人本当に大物だなあ…
「また来たッス!これで5人目ッス!」
「狙撃してるんじゃないん!?カミザ撃ってろよ!ありえんって!」
「言い分が無茶苦茶になってるよぅ!カミっち撃たせちゃいけないんだって!」
「俺達の妨害が余程腹に据えかねたらしいぜ!」
「ぴえん…!まぢつらぽよ…!ぽよえ~ん…!」
トクシクラス狙撃妨害班は今、半開きの地獄の門、その3歩手前まで近付いていた。
日魅在進が撃ち下ろせなくなったからか、それとも別の理由からか、
彼ら妨害班を全戦力で掃滅し、それから暗殺を再開する。彼らバトルスーツの一団の中で、その方針が採択されたようだった。
マゼンタに染まったジェットを吹かして、屋上から屋根に跳び回り、トクシ5人が行く先々にその影をちらつかせ、特定四方の範囲に巧みに閉じ込め、包囲網を狭めている。
5人は何度も進路を変え、敵と遭っては引き返し、気配が無い間に出来るだけ休憩を挟み、同じ区画をぐるぐると回って、
とうとう逃げ場所にも、残存魔力にも、大した余裕が無くなってしまった。
「ノリっち先輩、あとどれだけ走り回れそうですかぃ?」
「どうだかな。俺よりも心配すべき奴がいそうだが」
乗研が横を走る一人に目を向ける。
「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」
八守月夜。
狩狼も乗研側に乗り換えさせ、それでも体力・魔力共に限界を迎えかけている。
特別指導クラスの問題児達とは言え、明胤学園の生徒である他と違い、八守はルカイオス家が付けている、ニークトの世話係、お目付け役でしかない。
戦闘訓練にしろ、体力増強メニューにしろ、高水準まではいっても、国内最高レベルの物までは、受けれていない。
ランクも3と、このメンバーでは一番低い。
今まで付いて来れているのが、正直ある種の奇跡、と言うより、火事場の馬鹿力的、根性とリミッターの緩みの賜物であった。
いつ崩れても、おかしくはない、という意味である。
「国はまだ介入してこねえのか?」
幾らなんでも遅過ぎる。
何が起こっているのか。
日魅在進の周りは、ちょくちょく今までにない事が起こる。本人の存在が前代未聞なのだから当然ではあるのだが、この場合むしろ、異例のスピードで保護しに来るのが自然だ。
世界最新にすら見える装備を持った、異国の暗殺集団。
探偵の調べでは、他にも外国人がやって来ていて、貧民の情報網を力づくで掌握していると言う。
外部からの勢力に、領内で好き勝手やられているのに、国は不自然な程にまごついて、いつまで経っても事態を収拾しようとしない。
まるで、
祖国も、異郷も、
内も外も、
誰もが日魅在進の、死を望んでいるようで——
——やめろ!んなもん陰謀論だ!
全て悪い方向に考える。
彼の悪癖だ。
不自然は大抵、誰かの無能力で説明が付く。そこに悪意を見出すから、何だか分からなくなり、それでも無理に筋を通そうとすると、大袈裟で万能な闇を想定しなければならなくなる。
それは怠惰が生んだ幻だ。
そんなに都合の良い「闇」なんてあるものか。
ただただ、世界は救いようのない馬鹿共で溢れてる、それだけだ。
自然にそうなってると思いたくないから、
人間は賢明で、誰かが意図的にそれを起こして、何かを倒せば全て良くなると思いたいから、
だから、暗躍する秘密組織、なんてストーリーが流行るんだ。
意識せずに押しつける事に慣れてしまい、自分が凶事の一端を担っていると、それを忘れたから、そんな夢みたいな事を言い始める。
かつての乗研と同じだ。
分かりやすい悪などいない。
人間とは、正義の為に戦うか、正義を望んで眠っているか、その二種類に大別出来て——
「えっ、あっ」
八守が前のめりに倒れ込む。
躓いた?
違う。脚から血を流している!
「ヤガミ!“愛卓”ァ!」
前方に防御壁展開。
お兄さん犬の人形による傷の治療が開始。
乗研も黄金を盾として「6時…!」
苦しげに警告する八守の声。
「真後ろッ!…ッス!」
「!何っ!?」
「“我家”!」
背後、景色の一点がほんの小さく歪んで、それを意識した時には八守の無事だった脚が撃ち抜かれている!隠蔽能力者!奴までもが前線に上がって来た!
訅和の簡易詠唱による、防御と治療。
だがランニングフォームが崩れた八守は、地を蹴った後に着地を上手く決めれず、アスファルト上を跳ね擦りながら傷だらけになり、やがて止まってしまう。
乗研は防御で手一杯。
後ろから連発される、銃口初速800m超のライフル弾は、視力強化を掛けても視認が困難。更に好機と見て詰めて来るその他。片手サイズの火器によって、進化したボディーアーマーを貫く為に生み出された専用弾丸が、秒間約16発で連ねられ、四方から彼ら学生達を襲う。
「クソが!マジクソ共がぁッ!」
乗研はライオン人形を掴むと、背負っている3人と八守を抱き込むように抱え、塀に押しつける。黄金と変身した肉体によって、射線が開いた全方向からの攻撃の全てを、受け止めるつもりだった。
「ちょっ!ノリド!」
「むり…!むりぽよ…!」
「死んじゃうッス!」
「うるせえぞガキ共!ガキはガキらしく大人しくしてやがれ!」
「ノリっち先輩もまだ学生ですよ!かっこつけないよーに!完全詠唱いきますぜぃ!」
「やめろ!それは待て!」
訅和の能力なら、一時的に難を逃れる事が出来る。
この場の全員の残存魔力が続く限りは破壊不能な、堅牢な壁を建設する魔法。
しかし、魔素の供給量が絶対的に少ないこの場では、全員の魔力を搔き集めても、長くは持たない。更にその壁が維持できなくなり消えてしまえば、出て来るのは魔力すっからかんの、身体強化すら出来ない5人組。
「ギリギリまで粘れ!それは最後の、グォゥッ!」
肩から頸に掛けて3発入った。
ライオンが治療し、訅和の簡易詠唱で持たせるが、黄金板が減る一方である以上、肉に届く弾はこれからもっと多くなる。
乗研は頭を働かせる。
全員生還、というのは切り捨てて考える。
彼だけを支払って、他の全てを守る方法を探す。
黄金板で球を作り、その中に彼らを入れ、撃たれながらそれを運び、動けなくなった場所から転がして離脱させるか。
今思い付いて、すぐに実行可能な物の中では、妙案に思える。
「よし、それでいくか」
実行は早い方が良い。
金がガリガリと削れる音を聞きながら、彼は4人を自身の魔法生成物で包み込もうとして、「来るッス!3時!」急接近した男がアンダースローで投げたのは、
「!全員耳と目を塞げ」鮮烈閃響!
閃光発音筒だ。
強い光と音を瞬間的に発し、相手の視覚・聴覚・平衡感覚を一時的に奪う。
非殺傷のような顔をして、場合によってはショックで死に至らしめる事も出来る、危険極まりない兵器。当然対モンスターにも有効。
男はヘッドセットの機能で、自らはその効果を低減。見えて、聞こえていない敵に対してナイフを繰り出し、
黄金板で目元への光を跳ね返していた乗研が視力だけを頼りに変異した腕で受け止める!
ぼこり。
「ごぉおおおっ!?」
傷口の内側が大きく広げられた。
ナイフ型の魔具には、柄の後ろへエネルギーを噴出する物と、刺した後に刃からエネルギーを噴射する物、大雑把に二種類ある。
これは、両方だ。
肉の中に入った部位から、高圧の気体を噴射されるだけで、傷の内から破裂させる事が出来る。
この魔具は、高圧の水流を発する事に加え、極めて高音の発熱をする。
水の刃でズタズタにした上で、液体を気化させ、その体積を1700倍に膨張させる。
小規模な水蒸気爆発。
モンスターコアのエネルギー効率を最大限活かす加工が為された、“カートリッジ”。それも、水を生成出来る、特定のダンジョンからしか採れない、専用の物だ。
それを動力にする事によって破壊力を向上させた、上位モンスター相手であろうと一撃死させかねない、刺突爆撃。
彼の腕が皮一枚で繋がり、完全に千切れなかったのは、かなりの幸運だ。
だが、右へのガードが、ほぼゼロになった。
乗研の頭に向かって、レーザーポインターめいた、赤い線が発された。無詠唱魔法。魔力が貫通したのを感じる。まだ彼に異常はない。だが、この線を動かされたらマズい、それが本能的に分かる。だが、防御策は無い。いや、あるにはあるが、もう遅い。彼らが五感を取り戻し、詠唱する前に、腕を、指を、舌を、視線を動かす前に、終わる。
それを止められる者は——
一人だけ居た。
レーザーが長い布のような、扁平な何かの耳部分で挟まれる。
それは刃物だった。
竜胆色のそれが引かれる事で赤線に一度傷を付け、先端が更にもう一度傷をなぞる。一閃双裂。
線が斬られ、消えた。
新手は、上から来た。
それに気付いた他の包囲者達は、彼女の射殺を当然試みたが、彼女が纏った斬撃の嵐を、打ち貫く事が出来なかった。
「ジュリー・ド・トロワ。“堅き中に抱く本懐”。言葉が分かるなら、憶えなさい?」
乗研の隣に、彗星の如く飛来した少女は、正体不明の敵に教える。
「数年後には“絶対に手を出してはいけない名簿”に、載ってるでしょうから」
彼女が手元の剣に、刃を呼び戻した。
それだけの動きで、詰め寄りかけていた数人を牽制し、速度を鈍化させ、
更に空間に一筋、竜胆色の傷を付ける。
「あら、そこに隠れてるコが居るのね?」
隠蔽魔法の境界、それは魔力で作られた壁。
彼女の剣が当たる物。
彼女が破壊出来る範疇。
「ノリっち先輩」
彼の下から、訅和が言う。
「まだ、全員助かりますぜぃ」
乗研は頭が痛くなる。
——この後輩共、
——俺より優秀なんじゃねえか?
おちおち自己犠牲も決められないと来た。
——と言うか「絶対に手を出してはいけない名簿」って何だよ。




