222.じ、実力差ぁ……
「こいつは、この有り様はさあ、神に誓って、聞いてねえなあ……」
彼らの敵は、祖国を奪った旧典教、及び救世教である。
特に、旧典の民に資金や武装を送り続けた、クリスティア。彼らは大いなる強敵である。
しかし祖国の現状を見れば、聖地奪還の為に、彼らの力が要るというのも、また事実。
彼らからすれば、クリスティアが全軍事力を動員し、聖なる都を人の手に戻し、その上で元の持ち主に還す。それが道理である。
だが先の遠征が不甲斐ない結果と終わり、軍事的支出削減の声が大きくなり、あの国は第二次出兵に及び腰になっている。
その大きく重い腰を蹴り上げ、事業を再開させなければならない。
彼らの想いは声となり、声を届ける為に爆薬が使われた。
平たく言えば、テロ活動を繰り返した。
そんな中、クリスティアで軍事力増強のプロジェクトが発足したと、そういった話が漏れ聞こえて来た。
対モンスターにおける、一種の革命的転換となる、と。
“プロジェクトAS”。
眉唾を思われたそれは、内通者によって存在自体の裏付けがなされ、
その通過点として、一つの障害が設定された。
プランβ。
どういった理屈かは知らないが、一人のローマンを殺せば、世界のダンジョン攻略能力が、飛躍するというものだった。
クリスティアは、ライバルとも言えるキリルや央華、更に裏稼業や過激派テロリストまでもに声を掛け、様々な報酬や密約によって、このプランを実現しようとしていた。
彼ら“聖地解放戦線”にも、話が回って来た。
聖都奪還の確約が為された。
これまで彼らは積極的に、丹本をターゲットにしたがらなかった。
彼らの戦い方の元祖となる精神論は、その国が帝国だった時代のものから来ているし、大戦後も“丹軍”と呼ばれる武装勢力が、旧典教徒との戦争時に、加勢に来てくれたという過去がある。
尊敬すべき魂を持つ同朋として、クリスティアの犬へと堕した現在でも、表では標的と公言しながら、実は一種の聖域と化していた。
しかし、今回の話は無視できない。
意地を張って操を立てるのは簡単だ。だが、それで聖都への帰還が遅れるのは、本末転倒というものだ。
彼らは何としてでも、
自分達の為だけでなく、これまでその地を守ってきた祖先と、これからその地を目指すだろう子孫の為にも、
“機”を逃すわけにはいかないのだ。
だから、クリスティアの要求にひれ伏す、その屈辱にも耐え、こうして丹本の土を踏んだ。
彼らの担当は、丹本国内最高と言われ、一種の軍事施設でもある、学園を攻める事だった。
問題のローマンが逃げ込む先を潰しておこうという趣旨で、人が殺せずとも建造物の一つか二つを破壊して、混乱を起こしながら長く粘る事が重要だった。
彼らは戦闘員であり、世界で最も効率的に魔力を発散できる、人間爆弾でもある。
この学園の中枢となっている、メインの建物の中まで入り、自爆できればかなりの戦果、貢献となる事間違いなし。
だから彼らは、中央棟を目指し、
「その、カタナ、だっけ…?ヒヒヒ……。それ、どうなってんだ……?」
今、魔法を撃つ事すら出来ず、半数が死んだ。
「それって、魔法、なのか……?」
彼が注視するのは、目の前の老人、の、腰に差された、一本の刃物である。
今は鞘に収まっているそれは、少しでも気を抜き瞬きでもしようものなら、
いつの間にやら仲間の首を落としているのだ。
詠唱は最初の一回だけ。
そのたった一回の効果発動で、こうなっている。
効力を上げる為の、認識の共有をする様子もなく、ただただ不明な手法によって、ここまで数を減らしたのだった。
「ああ、よりによって、よりによってだもんなあ……」
チャンピオンの中には、能力の詳細が公開されていない者達が居る。
或いは、WDAにすら、手の内を明かしていない者達が。
その中でも特に、情報が少ない者の一人が、この男、正村十兵衛であった。
その情報量の少なさ、その原因の一端を垣間見た。
成程、WDAの監査連中が、何処かでこの戦いを盗み見れた所で、何も分からないに違いない。
「神様にお見せする栄光が、思いの外ショボくなっちまう……ああ、いやだいやだ……」
最大の果報を霊界に持ち寄るのは、出来そうにない。
挑戦者に許されたのは、一縷を引き寄せ、そこに己の全身全霊をぶら下げ、切れぬように祈る事だけ。
「お祈りは得意だけどよお……?」
祈るしかないとは如何なものか。
男は動いた。
右手を挙げて行く。
同志の一人の首がポンと飛んだ。
銃口で狙いをつけようとしただけで、彼は死んだ。
右手が目標高度に到達。
男の前で壁にならんとする他4人。
逆袈裟の傷口から血流を噴出させる一人。
構えた魔具ごと斬られていたが、刀が抜かれた姿も見えない。
拳を握る。
それを自身へと寄せていく。
詠唱が終わりかけていた二人が同時に断たれた。
刃が胸を横切ったらしく、肘から先が何処かへ跳ねた。
到着。
心臓を叩く。
最後の一人の上半身が、斜めにずり落ちる。
簡易詠唱による強化虚しく、紙のように割けてしまった。
「“勝利が無明を拓く”ゥゥゥッゥウゥゥウ!!」
だが、作動した。
彼は勝った。
——これが、勝利だ…!
彼の肉体には至る所に、骨や臓器にも魔導体が埋め込まれ、多重魔法陣を形成している。
更に彼らは信仰によって、体内魔力経路が規定の形に統一され、完全詠唱をする事によってそれら魔法陣に、最大効率で魔力を流せるようになっている。
全てが魔力で繋がってしまえば、一つの大きな機構として動作。人間には到底制御し切れない、莫大なエネルギーを瞬時に生成する。
——これが、神からのぉぉぉ!
——“愛”だ!
その一瞬は、生涯で最も魔力に溢れた境地。
奇跡と一体になる永遠の偉業。
天上高き御方の指先で触れられる。
のけぞる彼の目、鼻、口、耳から、
光の柱が発し立つ。
人体の穴から漏れただけで、見る者の視力を奪う程の光量。
もう止める事は出来ない。
魔術経路の中に、魔力が生じてしまった。
あと数秒で、内圧に耐えられなかった道が破裂、爆発が起こる。
今から魔法陣を破壊しようと、出る先を見つけた力が発散され、同じ結果だ。
こうなった時点で、直径数十メートルのクレーターの出現が、ほぼ確定。
彼の人生の、当に絶頂期と言える一時。
白く禊がれていく世界の中、
ぎぃいいいいいん、
切り取られたように真っ黒な空間が、伸長していく。
毛筆が白紙に墨を入れるが如く。
その形状は文献等で見た、極東の戦士が使う、片刃の刀身に見えて、
すらり。
それが通った事で、縦
に
一
本、境界の如き直線が現れる。
細
い
な
が
ら、
確
か
に
そ
こ
に
在
る
空
白、
い
清浄なる、い や に濃い白色が、
切れ間を見つけた 虚 ろな流体のように
その中に流れ込んで行く事で 無 が押し拡げられ徐々に染め上げ、
目の前の占有率が徐々に逆転、そこ へ 吸い込まれるように落ちるようにして、
視界はスイッチを切ったかのように、暗転。宇宙誕生以前の如き黎の到来に思え、
「あ」
空が見えた。
黒でも白でもない。
灰色模様の曇り空。
その中に一点、穿たれたような晴れ間があり、
日光がそこから、スポットライトのように彼を照らす。
かちり。
その音は、
刀が鞘に納まった事で、鯉口が鳴らしたものだった。
周囲の景色は何一つ変わらず、
蝉が鳴き、正村が残心を続けている。
彼 は、
縦 に
割 ら
れ て
い た。
不発。
否々、それはない。
爆薬で言えば、反応が終わり、爆風が広がる最中。
起爆は済んでいたのだ。
爆弾が、じゃない。
爆発が、跡形も無く消えた。
彼の魔力以外に、それほど大きなエネルギーも、感じなかった。
それなのに。
走馬灯の為に使われる領域まで費やして、
完全に事切れるまでの時間を注ぎ込んで、
それでも足らなかった。
解らなかった。
彼は疑問の中に、
これより永劫囚われ続けるのだろう。
答えを与えるなら、一つだけ。
「それもまた、神の思し召し」。




