220.やっちゃいけない事ばっかやるんじゃないよ!
戌島県、旧苗町区画。
そこの住宅街にあった、鋼板屋根の家の2階。
窓の中から毛むくじゃらの三角形が飛び出し、背の高いマンションの一室へ直撃。
その時既に、仲間を乗せた乗研と八守は、別の窓から出発していた。
「しんど…!盾直されてるんだけど…!」
アルパカ人形の効果で視力を大幅に強化された狩狼は、設置されていた防御壁が、見えなくなってる間に修復されている事に気付いた。
「プロいよ…!だいぶヤバめ…!」
「国内に銃持ち込んでる時点で分かってたが、ガキが相手に出来る奴らじゃねえな!」
「警察はまだ来ないッスか!?」
「アレかも!ここって国の施設以外、正式な住民ってのがホントは居なさげだから、検問とかで封鎖だけして、『とりま見てます』とかやってんのかも!」
「無人区画内での発砲事件だからねぃ。機動隊か防衛隊か、どっち呼ぶかで揉めてるかもしれないよ~?」
「ぱぱっと寄越せっての!ムカつく!」
「六本木!どうする!?まだ続けるか!?奴らいい加減慣れて来る頃だぞ!」
「んな事言ってもこれ以外で特殊部隊的なのを止めとくなんてむりぽよ——」
「なんか来てるッス!7時の方向からちょこちょこ屋根を蹴ってる音が」
報告する八守の背後。
狩狼の目前にその男が現れた。
「はやっ——!?」
そいつが構えたマシンガンがあまりにもあっけなく連射を開始し「“愛卓”!」ミーアキャット人形が作る魔法壁がそれを防ぎ、しかし火力が防御力を上回り数発が狩狼六実の胸骨付近に穴を「“我家”!」訅和による簡易詠唱!額から胸上までをすっぽり覆うような白い立方体が現れ弾丸をはじく!
「この野郎がァ!」
並走する乗研が黄金の楕円板を射出して腕を折るなり断つなりを狙ったが、男はバトルスーツの機能によってマゼンタの炎を噴射し加速済み!八守の前から逆様に覗くようにして銃口を構える!
「それは遅いッス!」
横にあるブロック塀に向かって飛び、蹴りつけ、回り込んで躱す!
「ナメてもらっちゃ困……!?な、なんか重いッス!」
「なんだって!?」
「狩狼さんがいきなり重くなったッス!」
「はー…?ありえんけど…?」
「違うヤガミ!あんたが弱くなってる!」
六本木に残っていた、余裕が全て抜け落ちている。
「今ヤギおじが壊れた!」
「え、えっ!?」
「パンダの効果でムー子が防御されたっつってんの!」
という事は、今の一瞬で、狩狼六実は一回死んでいた、という事になり、
「また来るッス!」
「クソがよおっ!」
乗研の飛び道具攻撃をスイスイと避け進み最接近!
黄金が見せる幻覚に効き目が無い!
「解呪!まあ持ってるよな!」
或いは強靭な意志の持ち主か。
どっちにしろ搦め手が効きづらい事には変わりはない!
一対一でも厳しいが、他を守りながら戦える相手ではない!
「もういっちょ“愛卓”!」
「逃げろお!なんとしてでも逃げ続けろ!」
「そんな事言ったって…!」
着弾!念の為と張ったばかりの障壁が破壊される!
「今のは!?」
「狙撃!ノリっち先輩の黄金の幻影が直接解除されてるから、あっちからこっちを撃ち放題になってるよ!」
「クソッタレ丸見えだ!この道は良くねえ!」
「じゃあ次の次の角曲がって!そっちならイケる!」
玩具の家を抱えてスマホを見ながらの六本木の指示!
マンションから射線が通らないルート!しかしその道は狭く、並走が出来ない!
更に!
「!?あいつメチャはやなんだけど!?」
塀や外壁を蹴りジグザグに跳ね、脚力を活かした反動で何段階も加速!
「うわああああ!?来るなッスぅぅぅぅ!」
八守も同じやり方で対抗するが、魔法効果補助の人形を失い、人一人を背負っているというハンデは、覆し難いもの!
特に、これ程に突き詰め高みにある敵に対しては!
「八守ぃ!前だ!何がなんでも前に進み続けろぉ!」
乗研の言葉が届いたか、1ミリでも推進せんとする競走馬のように後ろを見返すのをやめて飛び跳ねる八守!
その先に左への曲がり角!
「行けエエエエエエ!!」
追跡者はカーブの減速を狙い右の塀を蹴り刺すようなクイックジャンプ!
正面の壁を蹴って方向転換する八守の、膨らんだ軌道の内側を先んじるように「前だ!八守!」
乗研は言い続ける。
「前だけ見てろ!今はそれでいい!そこに乗れ!」
八守は愚直に目の前の建物に衝突し、
その壁が数枚の黄金板にで組まれた構造体に変わり、倒れる。
その先に道が開けた!
一度敵の魔法で解呪されたらしい黄金を遠距離攻撃として使い、先回りさせて行く手で再度効果を発動させた!
進路を大きく変えざるを得ない場所があれば、もっと手早く追い着ける、その願望を反映させることで「はあ!?誰アイツ!?」
男が跳んだ先に、もう一人、同じ格好をした、どう見ても仲間らしい男が、突如その姿を現した。
二人は互いを蹴り、反動で追跡者が八守目掛けた弾道を描く!
——解呪していたのは…!
隠れていた方だった!
乗研が飛ばした黄金板の行方からも目を離さず、それが道を塞いだのを確認して、無線か何かで共有、この連携を決めたのだ!
そしてこの距離感となってしまえば、先ほど狩狼がやられた攻撃を、今度は八守の方に向けて——
「あっぶな!パイセンからこの使い方聞いといたあーし、マジGJなんですけど」
倒れた黄金板は、そのまま八守と乗研の下敷きになり、
そこにあった坂を滑り降りる!
「マップアプリサイコー卍」
黄金板は、ある一定の、短い時間の間に受けた損傷、衝撃を全て引き受け、反対側に通さず、代わりに自壊するという効果を持つ。まるで償いとして、他者の痛みを肩代わりするかのように。
何枚ものそれを層状に重ねていた見せかけの壁は、そのまま倒れ、一番下が摩擦を無効化し壊れている間に上部がつるりと滑り出る、使い捨ての橇として機能した!
「“罪業と化ける財宝”。痒いもんだぜ」
この使用法を知っていて、ここでなら活かせると考えたからこそ、六本木はこの地点までナビゲートしたのだ!
跳ぶでも大幅減速するでもなく、真っ直ぐ降りる。
八守の予想外の挙動によって狙いを後ろへ逸した追跡者!
彼に向かって合わせていた掌を開いた狩狼が、
「“マフくん”…!」
ピンク色の円形歯列を撃ち出した!
男はそれを紙一重で回避!
が、減速を挟んだ事で引き離される!
「ざまあ!」
後方へ上下逆さのピースサインを送ってやる六本木!
「鮮やかな逃走劇だねぃ!」
「一旦!一旦ね!」
「だが同じ手は通用しねえぞ!」
「今…!見えた…!」
「ムー子!?どしたん!?」
格上を置いて行けた達成感も、一時の安堵すら見せず、いつも眠たげな目を怯えるように開く狩狼を見て、六本木の胸中はまたしても不安で薄黒く染まって行く。
「純粋魔力じゃない…!魔法…!」
「何!?」
「魔法使ってた…!詠唱ナシで…!」
「は、はあ!?」
激しい運動による発汗が、朝露のように冷却された。
「え、ちょ…?そんなの出来るんスか!?」
「……理論上は可能だ。可能だが……」
自身のイメージを固めるという意味でも、相手に認識させるという意味でも、詠唱の効果は極めて大きい。
効力がお話にならない程に弱まって、それでも一瞬でディーパーを殺せるのだとしたら、
「なんなんだ、あいつらはよ……?なんであんなのが、カミザを殺そうとしてやがるんだ……?」
ここは、ダンジョンの中以上に、彼岸が近い場所。
彼らの中で、「死」が現実味を帯びて、重さを増していくのだった。




