219.自由意思を持つ罪人と心得ろ part1
聞きたい事があるかと言われれば、当然ある。
あり過ぎる。
もう一から十まで、問い質したい。
「帰った方がいい」
だけどそれ以上に、
言いたい事の方が、強く前に出た。
最初に出たのは質問じゃなくて、“お願い”だった。
「ここからは俺一人で、みんなと離れて逃げるよ。気持ちはすごく嬉しいけど、でも、ううん、だからこそ、これ以上俺と関わらせたくない」
その場の5人が、次にするべき行動は、危険から距離を置く事だ。
「危険」っていうのは、俺だ。
「ありがとう。ここまで来てくれて。本当にそう思ってる。俺の事をこんなに心配してくれて、言葉にすると軽いけど、でも、『嬉しい』。それは本当だ」
だからもう、ここまでだ。
ここまででいいんだ。
「友達を、俺のせいで、死なせたくないんだ。頼むよ、ここで」「何度でも言うけど」
向かい合う事もせず、前を行くミヨちゃん。
その声は淡々と、けれど詰め込めるだけの険を含んでいた。
「ススム君が何て言ったって、連れ帰るから」
「そうは言ったって現実問題、こんな状態じゃあ!」
「今ここにある現実は、ススム君は私達が確保した。それだけ」
「確保!?どこが!?俺達は人殺し軍団に包囲されてて、この下水道のルートだっていつ見つかるか分からない!何故か警察が来る気配も無いから、安全な場所が無い!と言うか、警察でどうにかなるのかすら分からないんだよ!?銃とか魔具とかで人を撃つのに、何のためらいも持たない奴らがウヨウヨしてるんだ!」
「分かってるよ、そんなこと」
「分かってない!ミヨちゃんもニークト先輩も優しいから、分かってないよ!これは俺が招いた、俺が元凶に、台風の目になって、起こってる事なんだ!この街に居る人達と、俺の友達の周りを修羅場に変えてるの、俺なんだよ!」
「そうなんだ」
「『そうなんだ』って…!」
なんで周りの誰も、大人だって居るのに、二人を止めてくれないんだ?言い聞かせてくれないんだ?
二人が友達を見捨てるような人じゃないって、そんな事は分かってる。
でも、友情を理由に命を懸けるなんて、そんな強制はあっちゃいけない!
優しいから、それと、焦ってるから、冷静な判断が出来なくなってるだけだ!
俺なんかを助けに来てくれた時点で、もう十分どころの騒ぎじゃないのに!
責任ある大人が言うべきだろ!「危ないから、君達はここより先に、踏み入っちゃいけない」って!
そう思って彼らに目を配っても、誰も口を開こうとしない。
黙々と先を急ぐだけだ。
みんな視野が狭くなってるのか!?こんなのおかしいじゃないか!
「待ってよ!」
すぐ前に居たミヨちゃんの背中に駆け足で詰める。
「待ってミヨちゃん!」一度歩くのを止めて落ち着かせようと「ちゃんと話を」肩に手を伸ばして「ちゃんと話を聞いて」その腕を取られ体の後ろに回し極められ壁を叩くように腹から押しつけられた。
「わからずやはススム君の方だよ!」
怒声。
暗い洞の壁や天井を何度も跳ね回り、果て無き闇の先へと溶け抜けていく。
「み、ミヨ、ちゃん…!?」
「今ススム君は、私達の物だから…!今のススム君は私達に逆らえないから…!反論なんて聞かないよ?話し合いとか説得とか、そう言う話じゃない。私達が連れて帰るって決めて、それを実行してるだけ」
「そ、そんな」
「そんな、何?ススム君は、自分勝手に離れたでしょ?何も話さず、『さようなら』とか言って。だから私達も、ススム君の話なんて聞いてあげない。自分勝手に、やりたい事をやる」
「無茶だよ!論理も、やってる事も、無茶だ!そうでしょ!ねえ!?」
俺が同意を求めても、みんな辺りを警戒する振りをして、目を逸らしてしまう。
「ロクさん!六波羅さんも!こんな、危険な、いけない事じゃないですか!明らかに!止めてくださいよ!止めてよ!」
「ススム君!」
腕を引かれ、前後を引っ繰り返され、
ぴしゃりと、
頬を一発張られた。
「こわがり!臆病者!」
呆然とした隙に今度は横にした腕で喉を押さえるようにして、背中から壁に張り付けられる。
数センチの距離まで顔が近まり、だけどこれまでのような胸の高鳴りを感じない。
頭に血が昇ってるのに、脳内回路に霜が付くくらいに冷めてる。
彼女の胸が呼吸に合わせて、外から分かるくらい速く大きく前後するのを見下ろして、ああ、息切れしてる、みたいな、突き放した観察をしてしまう。
あと、目に沁みるような排水で、彼女の白い靴下が汚れてしまう、とかも思っていた。
「ススム君は怖いだけでしょ!」
「こわい、そうだよ!怖いよ!怖いに決まってる!大切な人が傷つくのを怖がって何が悪いんだよ!」
「余計なお世話なの!」
「そんな反抗期みたいな理屈でどうにかなる甘い話じゃないだろ!殺し合いになってるんだよ!?人と!人の!」
「そんな事見たら分かってるよ!っていうかここに来る前から『そうかもしれない』って話になってたよ!」
「じゃあ来たらダメだろ!なんでそんな事も分かんないんだよ!俺に親切にしてたら死ぬんだよ!死んじゃうんだよ!」
こうして頭の一部で、今の自分を外から見たから、分かりかけてきた。
どうやら俺は、怒ってるみたいだった。
心配とか責任感とか慮りの前に、頭の血管が引き千切れたように、
カッとなっていた。
ミヨちゃん相手にキレて頑なになって、
どんどん弱々しくて、みっともない奴になってるのを感じた。
「死なないでよ!お願いだから言う事聞いて、どっか行けよ!」
だけど俺の口は、情けない言い分をダラダラと喋り続ける。
「お願いだよ…!お願いだからさ…!一生のお願いだから…!」
鼻水をすする間も置かずに言い続ける。
拘束されていなかったら、汚れるのも構わず、手も額も床についていただろう。
身体強化した彼女に対して叫び暴れて、それで勝てるわけないって分からないくらい必死だった。
自分自身で顧みても不快なザマで、それで嫌ってくれれば結果的には功を奏したと言えたかも。
「イヤ。絶対にイヤだから」
でもそうはならなかった。
彼女は俺より頑固だった。
「ススム君は、分かってないよ」
「分かってないって、何が」「私達、ススム君の付属品じゃないから」
何を、
「俺はみんなを付属品なんて思った事は」
「ホントに?さっきからずっと、自分の事を特別選ばれた人間だって、そう思ってない?悲劇の主人公だから、破滅の宿命の中に居るから、そのシナリオの本筋に、入って来ちゃだめだよって、モブキャラクターに言ってるみたいだけど?」
「思い上がらないでよ」、
思い上がって、なんか…!
「人の事、思い通りに動かすなんて、そんな事できないから」
思い上がって…
「オレは、」
思い上がって、いたのか?
「別に、そう思う事自体は悪くないよ。ススム君にとっては、ススム君が中心だし、私にとっては、私が中心。それだけ。だから、ススム君は逃げてもいいけど、私はどこまでも追い掛けるよ。
もし、ススム君が私を嫌いなら諦める。ススム君の意思を操るなんて出来ないから。
だけど、ススム君をどう思うか、ススム君の事情に巻き込まれる事を、どう感じるかっていう想いだけは、私の物。
私達の為とか言って、私達の心情を、勝手に決めないで」
「でも、でもさあ…!」
そういうレベルの話じゃ、
レベル?
程度の話なのか?
そうじゃなくて、
そう、
「オレは、最低なヤツなんだよ!それは、誰が何て言ったって、変わらない、事実なんだ!」
自分の幸せの為に、一番求めていた、大切だって宣ってた、家族ですらも支払うヤツなんだ。
ただ、最期まで彼女と一緒に居たかった、それだけの為に。
「みんなはオレを守ってくれる!だけど!オレは最後までみんなを守り通せない!自分の一番欲しい物の為に、みんなを見捨てるようなヤツだ!一方的に守られて、いざとなったら自分だけやりたい事やってる男の為に、みんなが命を懸けるなんて間違ってる!」
「だからさ」
それを、
「それが“良くない”って事を、決め付けないでって、言ってるの」
「よくない、だろ…!?」
「あのさあ、ススム君、自分が世界で一番悪い人だって思ってるなら、それって自分が神様だと思ってるくらい、イタイ奴だよ?」
「イタイって、それは、でも…!」
だって、こんな奴、守られる価値なんて、
「譲れない何かを持ってて、それを他人より優先するのなんて、当たり前だよ。人間なんて、人も物も、捨てながら進んでるんだから」
「あ、当たり前って……」
「私もさあ、何でもかんでも欲しいよ。世間的な正しさも、絶対的な正義も、家族も友達も好きな人も、お金も安全も人を傷つけない事も、全人類の平和も幸福も、楽しさも強さも納得も自由も、全部欲しい。だけど世界って、全部は貰えないように出来てるじゃん」
「それとオレのやってる事は、話が」
「同じだよ。全然おんなじ。全部貰えないから、優先順位の上から順に欲しがる、それだけ。諦めて、捨てて、そうやって手を空けとかないと、本当に欲しかった物を受け取れない。渡したくないって言った所で、ああそうですかって、そこで終わっちゃう、死んじゃうだけだよ。なんにも変えられずに」
自分の中で何かを優先するなら、その分他で折れなければいけない。
何も失わず、何も壊さず、何も棄てず、そんなものは無理だ。
「どんな時でも無害な人間なんて、どこにも居ないよ。だって、自分とは違う何かが、生き続ける未来を追い出して、自分の命が居座れるスペースを争奪する、それが生き物でしょう?」
サブローさんの話を思い出す。
生物とは常に、他の生命との、
そこに代わりにあったかもしれない存在との、戦いなのだと。
「選ばなくていいのなんて、そんなの、世界で一番強いナニカだけだから」
命ですら、物質ですら、存在ですらない、“ナニカ”。
言い換えれば、「有り得ないもの」。




