218.カウンターストライク! part1
丹本の潜行者育成における、最高峰の学び舎、明胤学園。
その敷地内に今、大型車両が煙を上げて、その周囲で十数名の怒号が行き交っていた。
「撃て!撃ち続けろ!弾が一発幾らだとか気にすんな!とにかく撃て!」
誤算であった。
対人用の9ミリ弾。
対物用の12.7ミリ弾。
更に対魔法用の貫通魔具。
訓練されたディーパー達。
戦闘車両と共に、それらを積載したトラックの体当たり。
その質量で正門を破壊し、速やかに内部に侵出。
生徒も教員も木端微塵に蹴散らし、良きところで離脱。
そのまま姿を晦ます予定だったのだが、
「おい!何をしてる!早くしろ!」
さっきから幾人かが、その身を乗り出した瞬間に、攻撃の手を止めてしまう。
守る物が無いのに、ボーッと体を半分以上晒していれば、
「ぴぐっ!」
「クソが!またやられた!衛生兵!眉間だ!」
このように、敵の攻撃をもろに受ける。
更に身を隠した彼らの頭上から、小さな壺が放物線を描いて投げ込まれ、それが割れると、
「うわあああ!!」
「またクソ火だ!解呪!解呪急げ!」
外縁部が紫色で、中心に近づくと黄色へと変わっていく、奇妙な炎が燃え上がる!
それは負傷者に、主にその傷口に吸い込まれるようにして、延焼し、治療を妨げる!
「なんなんだ!なんなんだよこの学園は!?」
燃えた箇所が炭化し、そこから金属の針が生えて肉を貫いて、治療行為より生体破壊の方が速く広がっていく!
「どうなってんだよ!どうな…!これのどこが学校なんだよ!?」
最初から、全てが狂っていた。
計算も、敵も、狂い切っていた。
トラックが開いていた門を潜った途端、意に反して減速、否、停止。荷台内側が水へと変化、彼らを沈めようとしていった。
慌ててウイングサイドパネルを開き、中の戦闘車両を発車させ、目に付いた人影に重機関銃をぶっ放したが、その全てが減衰、その男に届かず地に落ちてしまう。
隊長はそいつの外見的特徴を知っている。
度が強い眼鏡、マッシュルームヘア、ピシリと整えられた佇まい。
ニノマエとか言う、エネルギーを減衰させる能力者だ。
しかし報告によると、ガキの攻撃を辛うじて受け止められるくらい、という話だった筈。それが何故、装甲板をも撃ち抜く大口径砲塔の連射を、事もなげに無力化しているのか、理解に苦しむ。
そこからは、徐々に「全滅」の2文字が歩み寄るのを見ながら、明らかな結末を少しでも後に回そうと、耐える、オブラートに包まなければ、「遁げる」だけの時間だった。
耐魔装甲を持つ車両ですら徐々に水へと変換され、弾丸は尽く止められ、手榴弾やロケットランチャーが爆発してもビクともせず、戦士は初歩的な思考停止を連発し、高精度の遠隔攻撃で狙い撃たれ、傷を焼く炎が投げ込まれ、
戦闘不能レベルの重傷者が増える中で、未だ相手方に傷一つつけられていない。
建造物でさえ、破壊する事が出来ていない!
「たい、ちょ……たいちょォォォ……!とどきま、せん……!俺達じゃあ、勝てない……!てったいを……!てっ、たい、おおおお……!」
焼かれながらの請願を耳に入れながら、しかし隊長の命令は引き続き交戦から動かない。
勝手に逃亡するなら、それもいい。
隊列を乱して、生存率を下げたいなら、そうするといい。
どうせ、この化け物共は、逃がしてはくれまい。今頃門も閉鎖されている。
こうなった理由、その大体のところを、彼は理解しかけていた。
まず丹本側は、この襲撃を予期していた。準備の上で、完璧な布陣で受けられた。
そしてもう一つ。本国は、彼らが無事に帰らない事を期待している。
敵の戦闘力が、明らかに過小に評価され、彼らに伝えられていた。
正規軍とは異なる影響力、それを強めるPMCは、たとえ完全な犬に成り下がったとしても、政府にとっては脅威であったのだろう。時にこうやって、戦力の“調整”が必要、という事だ。
彼らは、“騎行隊”から削ぎ落とされる、贅肉である。
細身に沁みる寒さに凍え、御上から恵まれる毛布に涙を流す。
その程度のパワーバランスを、連邦政府は望んでいるのだ。
「出来るだけ多く死んで欲しい」というキリルの意思。
「来るのは分かっている」という丹本の周到さ。
二つが重なった結果、この一方的な負け戦となった。
「弾薬は!?」
「ほぼカラっけつです!」
「ほっとくとどんどん溶けて水になっちまいます!」
「これなら酒の方がまだ残ってまさあ!」
「は!まったく最悪だ!チョロそうな女のケツ追っかけてたら、逆にレイプされたとくれば、酒の席では良い肴だろうがな!ああ本当にひでえ!ひでえ気分!ひでえ筋書だ!」
さて、張るなら強気な賭け方だ。
「お前ら!慈悲を請いたいなら今の内だぜ!」
「いけますかあ!?」
「どうせお前らも、不能の丹本でテロるって決まった時から、最後の手段として頭の隅にずっとあっただろ!逃げるよりそっちの方がいい!奴らにケツ掘られながら爪先にキスする覚悟があればいけるだろうよ!」
戦意を持たない相手を殺して、平気な顔ですっとぼけられるような、強かな外交姿勢を持つ国じゃない。
世界で最も命乞いが有効な場所が、ここだ。
インターネットに繋いで、リアルタイムで配信しながら降伏を呼び掛ければ、問題になる事を恐れ、この国の政府は攻撃を止めざるを得ない。
「隊長はどうするんです!?」
「ここで捕まったらもう暴れられなくなるからなあ!なんとか帰れても、裏切り者として今度こそお偉方の目の敵にされる!下手すりゃ仕事場に出させて貰えずに粛清だ!」
「何も話さなきゃいいでしょうよ!」
「駄賃を弾めばお前らはポロッと話すだろうが!そうしたら連帯責任で、俺まで〆《シメ》られるんだよ!どっちみち同じだ!」
彼はそれを良しとしない。
偉くも賢くもない彼が、唯一世界の中心に触れる機会を得れる、それが戦場なのだ。
彼は最後まで戦場で生きる。死ぬまで戦って勝ち続ける事を諦めない。
ここに居るのは、金の為に来た者達がほとんだ。役目なんて、劣勢になればひょいと投げ出す。
しかし隊長には、そうするつもりはなかった。
自身の命と尊厳を売った自覚があるからこそ、
最後まで命を売り抜く決断を変えなかった。




