214.狩り場だと思った?戦場なんだなコレが
「変、変だ、変だよ、これ………」
ディーズの心配性がまた始まった。
「何が変なの?ディーズ」「どこもおかしくないよ?ディーズ」
二人のドーブルが小心者を嗤うが、彼の震えは収まらない。
彼らが陰から監視する先、記念碑だか何だかの前で、ターゲットが誰かと話している。
それ自体に、問題は無いように見えるが、
「スナイパーが居る筈なんだ。そうだよ、撃ってる筈なんだ」
彼は落ち着きを失い始める。
「仕事仲間の名簿、確認した。凄腕が居る。数キロ先から殺せる奴が居る。あいつは見晴らしの良い場所に立ってるんだから、今が最高、絶好のチャンスだ。なのに、やらない!」
「だからさ、僕からすると、ドカンと一発行きたいけどさ、普通はバレない、目立たない方がいいわけよ」
シーズが苛立ったように指摘する。
「この国の往来でさ、いきなり魔法とか銃とかさ、撃てないでしょ。デカい魔具の所持だけで違法なのにさ。だから逃走の算段とか」「そういう!」
ディーズにあるまじき食い気味な、大きな声。
「そういうことを!気にしない奴だって居るんだよ!破壊兵器みたいな奴が!そいつが来てる筈なんだ!なんで何もしないんだよ!おかしいって!」
彼らが言い争っている間に、ターゲットを含めた二人組が、移動を開始。
何かしらの案内のもと、建物の合間に隠れてしまう。
「ママ!」
「なあに?ディーズぅ?」
ウーナがバイクのエンジンを吹かしながら応答。
「やめよう!もう帰ろう!なんかヤバい!このままじゃ失敗する!」
「ディーズちゃんは、そう思うんでちゅねえ?」
「う、うん!そうだと、思う!」
微妙に自信が無いながらも、それ以上の、何かしらに対する恐れに背を押され、肯くディーズ。それを見てウーナは、スマートフォンを取り出す。
『俺だ。どうした?』
「クワトロちゃん?作戦変更。私達で、一番乗りを貰いまちゅねえ?」
『ディーズか?』
「なあんか、見えない所で、歯車が狂ってるかも、って」
『………分かった。予定を繰り上げる』
「ディーズちゃん?乗りなちゃい?ドーブルちゃんがシーズちゃんと遊んであげてぇ?くれぐれも気を付けてねぇ?」
「はいはあい」「分かりましたあ」
「ちょ、ちょっと!ママ!」
「大丈夫。あなたが気付いてくれた何か、それを見抜けた時点で、危機は回避されてまちゅよお?」
「そんなんじゃ、そんなんじゃないんだよ!もっと、もっと大変な事なんだ!関わるのは危険なんだよ!今すぐ逃げるべきなんだ!」
「ディーズ、ちゅわあん?」
ウーナは“我が子”の顔を両手で挟んで、落ち着かせるように微笑む。
「これまでだって、あなたが怖がるのを見て、私達が罠に勘付いて、それで勝って来た。今回も、同じよ?」
既に彼女は、この地に住まう宿無し達の社会を、その手足として使い潰せる立場にある。
この地における情報戦で、彼らを出し抜ける勢力など無いだろう。
「私達は、アブない世界にいるの。アブない事しないと、生きていけないんでちゅよ~?」
三手に分かれ、挟み込んで、5人で料理してやる。
多少の困難では、ローマン一人殺す事を、面倒な仕事まで昇格できない。
人を破滅させる事に関しては、彼らこそ世界チャンピオンなのだ。
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静かな部屋だった。
テナントを入れていない、雑居ビルの1フロア。
今はまだ、何も無い。
いずれ、何らかの雑誌編集社か、法律相談所のような物が入居するか、ビルごと取り壊され、研究機関の施設が立つか。
何らかの新興宗教団体の、支部として利用される事も、有り得なくはない。
しかし今は、此処に居を構えようとする人間は、現れていなかった。
だが、そこの窓際には何やら、テーブルと、そこに脚を乗せた、前後に長い器具が置かれている。窓の外に細い部分を突き出し、後ろ側は長方形、いや台形に近い。
この国では、フィクション映像の中でしか見ない、ある用途に特化した道具。
人の気配もある。
“道具”の上に置かれた望遠レンズを片目で覗き、右の肩でその後端を押さえ、下についているスイッチらしきパーツに、人差し指を掛けている。
いいや、よく見ると男は、レンズを覗いていなかった。
目を血走らせ、一杯に開くその様子は、彼の関心が窓の外でなく、彼自身の異常へと向いている、それを意味していた。
しかし、何処が不調なのだろうか。
彼は顔を青くしながらも、体の一部を手で押さえるでもなく、倒れ込むでもなく、ただ苦しげにしているだけ。
見るからに急を要する崩れ方をしているのに、姿勢はそのまま、微動だにしない。
何故彼は、楽な体勢を取ろうとしないのか?
自分の状態を確認し、症状を分析し、悪寒の正体を見定めようとしないのか?
ちなみに、これは余談だが、
彼の後ろにもう一人、男が立っていた。
頭髪を持たない、爬虫類めいた、冷たい人相。
黒一色のスーツ、皺一つ無いワイシャツ、赤いネクタイ、黒革の手袋。
グレーのバンド帯があるつば広帽。
男は何をするでもなく、ただ見ていた。
呻き声一つ上げずに苦しむ様を、ただ、黙って見ていた。
男には、窓際の彼が、呼吸すら止めていることも、分かっていた。
もう助からない、という事も。
スーツ姿の男はやがて、ポケットの中に手を入れ、入っていた何かの器具のボタンを一回押してから、死人の背から視軸を外し、何の感慨も無く扉から出て行った。
革靴であると言うのに、音を一切立てず、
そこは本当に、
静かな部屋だった。




