211.もうなんか始まってた!? part3
「と、そうして5人は、消えてしまいましたの」
「どう思われます?」、
連れ込まれたカフェの屋外テーブルで、ゴスロリ女はそう訊いて来る。
ゴツいマスクみたいなのをつけながら、飲食店に入ったものだから、どうするつもりかと思っていたのだが、なんのことはなく、ストローを差し入れる為の、ギザギザの開口部が作られていた。
「いや、その話、スパイもの?それとも、怪談…?」
海が柱みたいに立って、人を呑み込んで、どっかに消えた、なんて。
しかも中に居たのが、オウファの武装部隊、なんてオマケ情報まで。
「意味が分からない。その話で、何が言いたいんだ……?」
女は俺の態度を見て、露骨に失望して見せる。
「お前……、本当につまらない奴ですのね。お姉様の器ならば、もう少し気の利いた返しを、出来ませんこと?」
呼称はともかく、俺の中のカンナを知っている。
こいつは単なる変人ではない。
どこかの組織の回し者。それか、illだろう。
にしては、派手過ぎる、目立ち過ぎる気もするが、能力的に仕方なかったりするのだろうか?
「それなりの事が言えないようでしたら、伝言だけお願いしますの。ワタクシは、お姉様とお話しているんですのよ?」
「………」
(カンナ、どうする?話す?)
(((少しだけ、面白そうです。付き合ってもいいでしょう)))
「……カンナが、少しは話してもいい、ってさ」
「本当ですの!?嗚呼!有難き幸せ!至上の喜びですの!ワタクシの心臓が動いている事にすら感謝したいくらい!」
立ち上がって両手を組み、天に祈るようなポーズを取る女。
ちょ、うるさいよ……!
これでも俺、家出人みたいなものだから、あんまり耳目を集めたくはない。
もっと穏やかに淡々と話してくれないものだろうか。
「お気付きかもしれませんけれど、その器の破壊命令が出ておりますの」
座ってから、一転してウィスパーボイスで、彼女は愉快そうにそう言った。
「破壊…っ!?」
「お黙りなさいな。お前の鳴き声は不要と、何度も申し上げおりますのよ?」
それは、俺の事を殺せって、誰かが言ってるって事か?
誰が?
「沢山いらっしゃっているようですのよ?あっちこっちから、それはもう沢山」
女はうっとりしたように、鋭い目を吊り上げて、両手で頬を覆いながら、
俺を、右眼を、覗き込む。
「お姉様には、お見通しですか?それとも、計算には無いけれど、問題はありませんか?」
もし、何かの形で、邪魔になるようだったら、
「ワタクシが、排除して差し上げましょうか?」
何が相手であっても、
全てを。
「………要らない、ってさ……」
俺は、カンナが言ったままを、そのまま教える。
「『思ったより複雑化して、物騒になっているけれど、このままの方が面白くなるから、このままで良い。下手な干渉はするな』、って言ってる」
俺の右眼を意識している。
そこにカンナが入っていると知ってる。
って事は、この女はモンスターだ。
俺の手の中で、汗が滲む。
今の答えが、こいつの意に添わない物だった場合、突然暴れだしたりしても、おかしくはない。
そうなったら、どうする?
ダンジョンの外で、こいつを押さえる事が出来るのか?
今の俺は、ディーパーでないのとほぼ同義、だって言うのに。
それに、こいつはどっちだ?
“キャプチャラーズ”と、“リーパーズ”。
二つあるという派閥の、どちら側だ?
こいつがカンナに協力すると言うのは、派閥の総意か?こいつの独断か?
分からない事ばっかりなのに、要求だけは突き返した格好だ。
息苦しさが、止まらない。
「………お姉様が、そう仰るのなら、それでいいでしょう」
幸いにも、そいつは素直に引いてくれた。
「ですが、お前」
が、俺を鋭利な爪で指して、声を憎悪に色付かせ、
「お前がどうなろうとどうでもいいですけれど、お姉様が下賤の手に掛かり、どころか虜囚となり、辱めを受けるのは、堪え難き事ですの」
その瞳孔を縦に尖らせ、
「お前を狙う者達が、もうこの街の、至る所に潜んでいますのよ?その中の何者にも、お姉様を奪われるなど、許しませんの!」
命じる。
「お姉様をお守りしなさい?器たるお前の、お役目ですの」
「心するように、ちんちくりん」、
そう言って、席を立ち、
「いずれワタクシが、こんな粗悪品を忘れるくらいに立派な、極上の器をお持ちしてお見せしますの!ごきげんよう、お姉様!」
捨て台詞と共に颯爽と去って行った。
のは良いんだけどさ。
「自分の会計くらいは済ませとけよ……」
イリーガルのお茶代を奢る事になってしまった。
ふざけやがって。
でも、
(カンナ、俺の命を狙って、「あっちこっち」から人が来てるって……)
(((どうやらそのようですね。先程から恥ずかしがり屋さんが、チラチラと覗いていますから)))
(言ってよ………)
(((自ずと気付きなさい?気の抜けている証拠ですよ?減点しますね)))
懸念してなかったと言えば嘘になる。
漏魔症罹患者であるのに成功した俺を、良く思わない人は多い。
が、人に「命令」を出せる立場の人間から、結構な人数が送られて来るなんて、ちょっとおかしくないだろうか。
もしかして、カンナが欲しいのか?
学園から居なくなったのを、国からの逃亡だと判断して、“可惜夜”を確保しようとしている?
でも俺を壊す、殺すって言うのは、カンナを失うリスクだ。
テロリストとかの手に渡る前に、手に入らないなら消そうって?
うーん、そんな事あるか?
(今日仕掛けて来るかな?)
(((機があれば、当然、そう運ぶでしょう)))
命を奪おうとして来るのは、モンスターだと思っていた。
俺は、人間と、殺し合うのか。
と言うか、殺し合えるのか?
俺は一度、人間を裏切った身だ。
他の何もかもを捨てて、カンナを選んでしまってもいる。
その上、相手は俺を殺しに来てる。
それで?
俺に、人が殺せるのか?
(じゃあ、例えばさ)
悩むのを一度止めて、俺はそっちを見ないようにしながら、
(俺達より後に入店して、さっきからずっとこっち見てる、あそこの女の人は……)
(((あれも、そうでしょうね)))
(やっぱり?)
最近、経験によって研ぎ澄まされたのか、ダンジョン内程じゃないけど、視線とかの気配に敏感になっている。
物珍しげに見る他の人間とは、温度差のある目。
それに気付く事が出来た。
まあ、他にも居るって気付いてなかったから、俺が凄いってより、相手の腕がちょっと未熟なだけ、かもしれないけど。
(とすると、これさあ)
俺の前に置かれたアイスティー。
それはまだ、一口も付けられていない。
(飲まない方が良いかな?)
女がさっき、「お手洗いです」みたいな顔をして席を立ち、これを運んでいた店員さんと、すれ違っていたのを憶えている。
じっくり見てたわけじゃないから断言はできないけど、その時に毒とか仕込まれてた可能性は、十分あると思う。
(((どうです?試しに一口)))
勿体ないけど、仕方ないか……。
俺は何も飲まず、店を出る事にした。
(((挑戦心に欠けますね、十点減点)))
(はいはいどうぞどうぞ持ってけドロボー)
好き勝手に野次を飛ばすカンナをあしらいつつ、考える。
人を殺しにくい場所って、何処だろう?
例えば、公的機関の近くとか、良さげかもしれない。
そうなると、
「………………行ってみるか………」
丹本唯一の永級ダンジョン、“箴埜筵”。
あの近くなら、国による警備も厳重。
仮にその「国」が俺を殺そうとしていても、流石に現場の職員全員にまで、命令が行っているとは思えない。何せ人殺し、それも法的には特に問題の無い国民を相手にだ。ほんのごく一部に限って、知らされている筈だ。
迂闊な真似は出来ない、と思う。たぶんだけど。
一般市民も少ないから、巻き込まずに済むし。
それにあそこは、俺の原点みたいなものだ。これから再出発をする、そのスタート地点として、この地を訪れたけど、ちょっと行き詰ってた所だ。どうせなら、あの場所まで行ってみるか。
しばらくはその付近に滞在して、今後の身の振り方を考えよう。
カプセルホテルとかあれば、キャリーケースも移して。
そんな事を考えながら、
8年前、俺の全部を変えてしまった、奪い去った爆心地、
それに最も近付ける所にまで、
向かう事にした。




