209.あなたにとって、“カミザススム”とは? part2
六波羅は詠訵が持つ感情への注意を強めつつ、
断片的な評価を取捨選択し、“カミザススム”を脳内に描いていく。
「フィルター」は、誰にでもある。
一先ずは、最大公約数で見るしかない。
そこに現れるのは、彼の価値観越しに見ると、なんとも愉快な人物だ。
各々の要素が、結びつくようでチグハグでもあり、
あまりに多層的、それでいて一貫している。
是非直接会って、話してみたい。
彼の中で、職責や使命感以外のモチベーションが、熾ろうとしていた。
「………」
「………」
ところで彼は今、乗研竜二とか言う、成人済みなゴテゴテのヤンキーと、同じ灰皿を囲んでいる。
どうやら彼も、結構吸う口のようだった。
「……乗研さんは……」
「………なんだ」
「いえ、なんとなく、カミザさんのような生徒とは、仲良くなりにくいタイプに思え、少し意外で……。ああ、失礼」
指で叩いて灰を落とす。
「勝手な偏見です。お気になさらず」
「………俺は、仲良くなった憶えはないんだがな」
彼は一度、煙を大きく吐いて、
「嫌われモン同士、あいつと同室になって、何を勘違いしたのか、チョコマカ近付いてきやがった」
疲れたように、肩が僅かに落ちている。
「お蔭で、知らねえ仲じゃなくなっちまった。こういう付き合いにも、顔を出さねえといけねえくらいにはな」
いや、これは、
「恐怖を押してまで、探しに来る程に、近しくなったんですか?」
「………」
これは、寂しがっているのか?
それとも、怖がっているのか。
「……どこを見てそう思う」
「取り敢えず、それもう捨てた方がいいですよ」
乗研はそこで漸く、彼が持つ煙草が末端以外、ほとんど残ってない事に気付いた。
さっきから、ろくに口を付けていない。
「指も震えてますし」
「………禁断症状、ってヤツだよ」
「だったらもっとスパスパ吸えばいいでしょ」
「俺は控え目な性格なんだ」
よく言ったものだ。
「何をそれ程、恐れているんです?………いや、そうか」
この地の特異性を考えると、
「8年前、あなた、お幾つでした?」
「は!まるで小説の中の名探偵だ」
彼は指を焼きそうなくらい短くなった煙草を捨てて、
「心配しなくても、酷え依存症とかじゃあねえ。安心しとけ」
そう言って出て行った。
「………そこを心配してるんじゃあ、ないんですけどねえ」
流石にこの探索期間中に、聞き出せるような事では無さそうだ。
もっとデリケートな、奥底の魂に絡み付いた病巣。
下手に切除しようとすると、触れただけで、
ベリベリと大事な血管や臓器を損傷させる。
そう見えた。
「!…うお!」
「おっとっと」
六波羅が喫煙ルームから出てすぐ、人とぶつかりそうになった。
「…?…も、申し訳ない。少しぼうっとしていました」
「いえいえ、お互い様ですよ」
相手は中肉中背の青年だ。
清潔感があり、人当たりがほどほどに良く、飛び抜けて魅力的ではないが、嫌いにはならない程度の印象。
つまり、何一つ引っ掛かる所の無い、至って普通の男である。
このまますれ違って、数秒後には顔を忘れているだろう。
出会い頭にならなければ、目に留まる事も無かったに違いない。
何の変哲もない人物。
「どうされました?私に何か?」
「あ、いえ、何でもありません。失礼しました。それでは私はこれで」
六波羅は軽く礼だけし、その場を後にして、離れた場所でもう一度振り返る。
先程の男は、もうどこかの室内に入ったらしく、姿は無い。
「気のせいか……?」
接触する直前、六波羅の血肉が防御反応を取り、結果的に衝突を免れた。
その鋭い直感は、ただ体を守ろうとした、それだけの本能か?
それとも、もっと重大な危険を前に、回避能力が発されたのか?
六波羅は念の為、何らかの機器を仕込まれていないか、体をまさぐり確認しながら、取っている部屋に戻って行った。
—————————————————————————————————————
「思ったより疑り深いなぁ……」
角を曲がった先、歩き去る男を盗み見る青年。
誰かがその場を見たとして、不審がる人間はいないだろう。
そういうものだからだ。
「あの人に先に見つけられると、面倒になるかもしれない……」
大して焦る様子でもなく、彼は頭の中で、明日のプランを練る。
あとほんの数日あれば、県内の誰かが標的を見つけるだろう。
ついでにそのまま片を付けてくれれば、すぐに帰れるのに。
物臭な青年は、そんな事を考えていた。




