208.着々と準備が進んでるようで part2
キリルに本社を持つ “騎行隊”。
その主な活動は、世界の紛争地帯における、人も含めた戦力の貸し出し、
と、言うのは表向き、余所行きの姿だ。
その実態は、海外派遣用キリル軍である。
現代世界で、他国に軍隊を送り込むには、それなりの理由が必要だ。
例えば、観光名所でもあった超高層オフィスビルと、国防軍事施設本部に、民間航空機をぶち込まれた、みたいな。
そういう前提無しに、軍事力による内政干渉、或いは侵略行為に出た場合、世界から非難され、制裁を受ける事にも繋がる。
特にキリルの場合、世界最強国家と言われるクリスティアと、冷戦の名残か犬猿の仲であり続けている。何かやらかせば、大義名分を得たと、即座に経済的攻撃の引鉄が引かれる。と言うより、引かれて来た。現に前例がある事実なのだ。
そこで政府は、ちょっかいをかけたい紛争地帯を見つけると、民間の派兵会社に秘密裏に依頼をする事にした。
そうすると企業は、その地に自分達の戦力を売り込みに行く。
対価としては、現地の資源や採掘権などを要求。
特に標的にされるのは、ダンジョンの管理・潜行権。
形式的には、一民間企業の経済活動。
実の所は、戦争経済的植民地支配。
そして世界は、資本主義は、それを咎める事が出来ない。
メリットはそれだけではない。
いざキリルの正規軍が、公に戦争する事になったとして、懇意にしているPMCを、一緒に混ぜて戦わせるだけで、
あら不思議、戦死者数が減少するのだ。
国が記録するのは、正規軍のデータだけなのだから。
そうして彼らは、キリル連邦の“奇術のタネ”、“飛び道具”として、世界各地の紛争で活躍してきた。
だからここに居るのも、飽くまで民間人からの要請、商談の結果に過ぎない。
少なくとも、書面上は。
小隊長の見立てでは、現代戦争の支配者は、クリスティアではなくキリル連邦だ。
彼らは世界の裏側を見ている。
彼らは真実の殺し合いをしている。
列強が残した負の遺産は果てが無く、ダンジョン利権は世界のどこかで今この瞬間も生まれ続け、それを巡って新たな民族・宗教闘争が始まるだろう。
故に、彼らは求められ続ける。
軍隊として、規律や大規模行動能力があるわけではない。
一つの頭の下、利益と精神的繋がりによって結びつく彼らは、中世的、前時代的とも言われ、いずれ淘汰されると囁かれている。
だが、そうはならない。小隊長はそう考えない。
どれだけ時代と逆行していようとも、人殺しが食いっぱぐれる事はない。
社会なんて物がある以上、戦闘員となる落ちこぼれ、罪人共も、尽きるわけがない。
かつてキリルで最大勢力だったPMCは、トップの政治的野心が災いし、解体された。
だがその企業の残党が作り上げた“騎行隊”は、政治の道具にされる事はあっても、国政の担い手になるつもりはなく、傭兵共の為の組織である事を貫いている。
平和に、まともに生きられない者達の、行き着く所。それが、ここなのだ。
何の役に立たない害悪が、ここでなら祖国の、人の為に働ける。
金だって貰えるし、好きな物を買える。
ついでに世界の形も変える。
彼らの第二の故郷は、名前や形を変えて、この先も再生産され続ける。
その中で、多くが死ぬだろう。
小隊長自身も、いつか死ぬ。
でも、人間そんなもんだろう?
いつか死ぬんだから、その前に戦って、
戦って戦って戦って戦って、
やり切った先で、美人付きの宴で一杯やるのが良い。
誰だって、戦士になる権利が、与えられているのだ。
——“過激派”共を笑えないな。
彼は密かに自嘲する。
「隊長!来ました!例の二人組です!」
簡易迷彩テントの中に入って来た部下が、最後の協力者の到着を告げる。
「邪魔するぜ?」
「きゃー!むさーい!シクシィ、私こわいよー!」
「あ、おい!まだ入るな!」
それを押し退けながら、後ろから二人の女が入って来る。
髪が逆立ち粗暴な方は、黒い中に反射光が散りばめられたチューブドレスを。
目元の化粧が濃く隈のようになっている方は、白を基調に水色がかった、臍出しミニスカートステージ衣装のような物を着用。更に上から長い髪が巻き付いていた。
統一されているのは、リップの黒色くらい。
「ほれ見ろ、何をして来るか分からんだろう?」
「こ、これはたしかに……」
「あん?」
「気にするな、こちらの話だ」
会話を打ち切り、今回の“提携先”との摺り合わせに移る。
「“騎行隊”のヂェーヴィチだ。事前に聞いているかもしれないが、こっちで用意したのは小隊規模。それ以外にはお前達を含めて、27名の協力者が待機している。俺達が正面玄関をノックしてる間に、お前達が裏口からお邪魔して、後背位で破瓜を喰らわせてやるわけだ。詳しい事は別のテントに居るお仲間と挨拶してから」「あー、あー、そういうの別にいい」「何?」
鬱陶しそうに事前会議を遮る跳ねっ返り女に、やや不快げに眉根を寄せる隊長。
「俺達は二人で一つだ。一人でも三人でもねえ、二人だ。余計な事すっと逆に感度が悪くなってイケねえ」
「連携を取る気がない、と?」
「烏合の衆が隊列を組もうが、すぐにゴチャるのは目に見えてんだよ。集団で120%が出るわきゃなくて、60~70%になっちまうリスクしかねえ。個別でやりたいようにやった方が、全員100パーで一番丸い」
「………ふーっ……、どいつもこいつも………」
個人の魔法能力によって、立身出世して来た奴らは、自身が持つイメージが強固で、揺さぶりにかかりにくいエゴイスト、という事が多い。
敵が単調なダンジョン内作戦ならまだしも、他国の重要施設を強襲するとなると、臨機応変に対応を変えられる、組織立った編成が望ましいのだが………。
フリーランスや思想組織との合同作戦と聞いて、隊長が真っ先に思い至った懸念は、結局の所現実化してしまった。
全員が全員、身内と固まり、排他的な態度を変えようとはしない。
「良いだろう。ただし、他との顔合わせは必ず済ませろ。奴等、気が立っている。顔を覚えられておかないと、背中から襲われてバックをキメられんのはお前になる。そん時デキても俺らは認知しねえからな」
「ケツ穴が増える事に適用できる保険もねえぜ?ネエちゃん!ケツから喋る一発芸が欲しいんなら別だけどよ」
「へいへい。チッ、ナイニィのツラはあんま見せたくねえんだけどなあ……」
「や~ん!大丈夫だよシクシィ!私は浮気しないって~!」
「お前にその気が無くとも、向こうがクラッと来ちまうんだよ!ま、いざとなりゃ、俺が許さねえけどな!」
「キャ~ん!」
彼女達が出て行って、奔放に振舞う二人にヒヤリと殺気立った室内にも、出撃準備に勤しむ忙しなさが戻る。
「本当に良いんですかい?」
「良かない。良かないが、仕方が無い。言っただろ?ディーパーとしての側面が強い奴等は、爆弾だと。あれも同じさ。敵陣内で起爆出来れば、それで役割は全うした扱いだ」
「あの連中に、そんな威力が期待できるんですかね?」
「はい、お前戦死」
「へい?」
「その目は節穴か?って言ってんだよ」
彼女達の、緊張感の無い服装。
それが、示している。
「こんな森の中、あんな格好で、土一つ付けず、虫や蜘蛛の巣を引っ掛けもせず、ここに着いてんだ。それだけで、得体の知れない、怪物の片鱗を感じろよ」
「あ、ああ……。……シャバは分かりませんねえ……。塀の中なら一発で上下関係が分かるのに」
「しっかりしろ。審美眼が無きゃ、すぐにでも宴席に1名様ご案内される業界だぞ?錚々たる武勇伝の中で、お前はなんて言うつもりなんだ?女ナメてイキました、か?せめて女にナメさせてイク方が格好がつくってもんだ」
正体不明の生物。
隊長があの二人を一目見て、抱いた感想だ。
「救世教と隷服教の狂信者共。そこに“最悪最底”と、“69”。骨太共が勢揃いだ。何かしらはやらかしてくれるだろう」
何かを奪えとか、誰かを攫えとか、高度な事は要求されていない。
騒乱。命のやり取りを伴う闘争。
それを出来るだけ長く大規模に。
命令はそれだけだ。
「ヤバい奴は、多いに越した事は無い。規格に収まり切らずとも、だからこその使い道はある」
彼は外の空気を吸いに、煙草の箱を持ち、一度テントから抜け出した。
空模様は晴れのち曇り。
じきに真っ赤な雨が降る。




