207.困るモンは困る
「問題ありません。何が心配なのかも分かってて、それも覚悟でお願いしてます…!」
「そういう問題じゃなくってですねえ………」
8月23日、金曜日。
六波羅は、またしても困っていた。
丁都を出るまでの、カミザススムの足取りを掴んだのが、20日。
現在はどの辺りに居るのか、当たりを付けたのが、昨日。
ただ捜索範囲は未だ広く、人手が欲しくなった所で、同行していた依頼人のニークトが、援軍を呼ぶと言い出した。
六波羅はてっきり、実家に泣きついてなんとか人員を引き出すのだと思って、それを了承した、のだったが、
「ニークトさん!これは聞いてませんよ!」
「特に質問はされませんでしたから」
やって来たのは、揃いも揃って学生、と言うより、彼と同教室の生徒達だった。
「何です?私がわざわざ足を運んだのですから、時間を無駄にせず、取り掛かるべきだと思いませんか?」
「この人、ほとんどの人間に対してこの対応なんだねぃ」
「ニークトの奴は狼だけじゃなく、猫も被れるみてえだがな」
「おいうるさいぞお前等!特に脳筋!協力者の方に失礼だろうが!」
「に、ニクデブが正論言ってんだけど……」
「ウケるー……」
「ニークト様が言う事はいつでも正しいッス!“しれっと1000倍”ッス!」
「?……セン…?……!“失礼千万”だ八守ィ!」
「それッス!現実見るッス!」
「お、おおう……」
一連の遣り取りだけで、一癖も二癖もあるメンバーなのが分かる。事前にニークトから聞いていた、「問題児クラス」という情報が、信憑性を帯びて来た。
何なら疑問だった、ニークトが所属している理由も、何となく分かった。
彼の「依頼者」としての顔を見た後だと、強烈な落差に驚き呆れるばかり。
イジられて活き活きしている彼を見ていれば、どちらが素なのか一目瞭然だが——
——いや、それも違うか。
使い分けが出来るタイプ、なのだろう。
人間には幾つも側面があり、彼はある程度選択的に、それを表出しているように思える。
学校内で、粗暴で幼い面を見せているのは、何か理由があるのだろう。
——彼よりも、
六波羅が危険視しているのは、一人の少女。
彼の学生時代にも、学年やクラスの中心的存在として、こういう人間が居た。
誠実で、裏表なく、嫌味を見せず、憎ませず、
同性異性の境なく、好印象を与える生徒。
彼女もまた、空気に敏感で、自分の役割を演じる、適切な「自分」を器用に出し入れ出来る、だろう、通常ならば。
が、今、その機構の何処かに、深刻な機能不全が、発生しているように見える。
恐らく、冷却能力。
見せたくない部分がカバーで閉じられているのに、熱気が六波羅の肌に触れている。
つまり、感情的になっている。
発火点と言える温度、他者と同じ。
だからこそ、既にある程度温まっている彼女が、この中で最も激しやすく見える。
それが甘酸っぱい感傷から来るのか、それとも何かもっと別の情炎なのか、それは分からない。
ただ六波羅からは、「取り扱い注意」と見えた、と言うだけである。
「ニークトさんが言ってた『心当たり』って、もしかしてこの方々の事ですか?」
「左様です。ランク7が1名、ランク6が3名、ランク4が2名、充分過ぎる戦力でしょう?」
「ダンジョン外の危険に対しては必ずしもプロではないでしょう!?」
「非常時なら、魔力の使用も許可されます。明胤生の判断となれば、警察も頭ごなしに、若者の戯言扱いはしないでしょう」
「そうかと言って、不意討ちの初撃は対処出来ないでしょう!いえ、飽くまで可能性ですが、しかし大人として、怪しい動きが見える案件に、対人実戦経験の薄い、子どもの介入を許すわけには」
「お願いします!」
頭を下げたのは、先ほどの要注意女子、詠訵三四。
「さっきも言った通り、私達は、少なくとも私は、やってる事がどれだけ危ないか、っていう認識はあります。ダンジョンの中で、完全装備で、モンスターを相手にするより、難しい、無茶な話だって分かってます。その上で、お願いします」
「私に、手伝わせて下さい!」、
最敬礼を超え、90°に届かんという勢いで下がった上体が、そこから固定されたように動かない。
六波羅は考える。
彼としては、絶対に反対だ。これは動く事が無い。
だが一方で、彼女達を突っ撥ねたとして、
この辺りをカミザススムが通ったらしい事は、もう知られてしまっている。
彼女達は、独自で調査しようとするだろう。詠訵の様子を見る限り、彼女だけでも実行する。
その場合、危険度は更に上がる。六波羅の知らない所で、命の危機に瀕してしまえば、守りようが無い。
ならばまだ、彼の監督下でやらせた方が、幾分か安全だ。
彼女を後戻りさせる事は、誰にも出来なくなっている。
「……分かりました」
同行を認めるのが最善。
けれど、
「くれぐれも、私の指示に従って下さい。でないと、命の保証はありません」
「ありがとうございます」
ようやく頭を上げ、友人らしい少女からペットボトル飲料を渡され、マスクを下げて口に含み、気を落ち着けている彼女を見ながら、六波羅は祈るしかない。
全てが取り越し苦労であればいいのに、と。
彼とニークトの懸念が考え過ぎで、これが単なる家出であれば、それでいいのだが。
ともあれ、情報さえ入ってしまえば、彼女が突っ走るなんて事は、ニークトには分かっていた筈だ。
それを知っていて、六波羅が断れなくなる事を狙って、巻き込んだようにも見える。
半ば責めるつもりで、彼は依頼人を見て、
青年の横顔が、鬼瓦のように見えた。
ほんの一瞬、誰の視界からも外れたその時、狩人を前にした狼が如く、口布の端から見える奥歯を立て軋ませ、怒っていた。
青年はすぐに六波羅の視線に気づき、力を抜きながら顔を向け、
「班を分けましょう。定時連絡をさせて、広範囲を一気に洗うべきです。遅れるほど、足取りは薄れ、奴の命が風前の灯火に近付きます」
繕うようにそう言った。
六波羅は、口を開け、
一度閉じて、逡巡した後、
「そうですね。それぞれ担当エリアを決めましょう。誰かが証言なり手懸りなりを得れたのなら、そこを基点に再出発する形で」
結局彼の判断を、尊重する事にした。
ニークトは、決して馬鹿ではない。
教室所属メンバーも、憎からず思っていると分かる。
それでも彼は、何か譲れない物の為に、この捜索に友を巻き込んだ。
己の罪を、重々自覚して。
であるならば、大人から言う事は、もう特にない。時間の無駄だ。
後は結果が出てから、改めて言い聞かせてやるしかないだろう。
「それでは、現在我々が居る、戌島県砂苗代市——」
永級ダンジョン、“箴埜筵”が現れた地。
「ここを中心に探して行く事になりますので——」
カミザススムの家族は、
この地で亡くなった。
彼が目指したのは、乗った路線や目撃情報から言って、
十中八九この場所だ。




