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ザ・リベンジ・フロム・デップス~ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました~  作者: D.S.L
第八章:さあ夏休み!と言えば!?

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187.こんな夜更けにどうされました?ってか何が何ですか?

 魔力は、持っている。

 まだ断言出来ないけど、たぶん、人間だと思う。

 付近の魔素の感じと、何かが違う気がするから。

 重度漏魔症に罹って、異形化した人間なら?その場合は、どういう感じの魔力になるかは、経験してないから分からない。でも、その状態では知性を失ってるらしいから、ドアを破壊して入って来るだろ?

 じゃ、人だ。

 そう思う。

 しかし、何故、今?

 外は、騒ぎになってるんじゃないのか?ここに寄り道してる暇が?迎えに来たら、もっと焦って戸を叩いたり呼び掛けたりするんじゃ?

 いや、でも、サイレンも何も聞こえない。

 ダンジョン発生が探知されてない?国が警報を出せてない?

 そうだとして、じゃあこの人が何をしに来たか、その疑問が戻って来るだけだ。


 

「いや、仕方ない、仕方ないだろ」


 

 何度目か、間隔が段々と短くなってきた呼び鈴を聞いて、俺は一度考えるのを中止して、勝手口から外に出た。どれだけ尤もらしい論よりも、見た方が速く、正確な情報を得られる。

 ぐるりと回って、正面玄関の前を、こっそり覗く。


 あれは……昼間、この辺りで見た、女の子だ。

 白いTシャツに、短パンというカジュアルな服装。肌の色素も薄く、肩に届くか届かないかくらいの長さの、二又の三つ編みを小さく垂らした、幼げに見える黄金色こがねいろの髪。


 不安げにキョロキョロと周りを見回し、今度は2回呼び出しボタンを押下した。

 

「モンスターらしき気配は、無い、な……?」


 俺は意を決する。


 家の中に戻り、鍵を外して、そっと開ける。

 当然、さっき見た通りの人が、立っていた。

 しかし、その表情は俺を見るなり明るくなって、


「人だ!良かったぁ…!」

「どちらさm……ちょおっ!?」

 

 こっちの胸にダイブしてきた。


「え?あの?」

「怖かったよぉ~……!」


 犬が匂いを嗅ぐ時のように、ぐりぐりと押し付けられる鼻先や唇。その頭から、フローラルな香りが漂って来て、慌てて離れようにも、必死にしがみ付かれてはどうしようもない。流石に、強化腕力で引き剥がすわけにもいかないし。


 突然舞い込んだ幸せな感触にうろたえていると、彼女は突然動きを止め、パッと身を引いて、モジモジとバツが悪そうに後ろ手で指を弄り、視線は斜め下へと落とす。


「ご、ごめん……」

「あ、いえ……」


 さっきまでの緊張感は何処へやら。

 くすぐったい空気に1分程包まれた。




「へぇー!お兄さん、丁都から来たんだぁ!」

「ま、まあ……」

「私も、いつか上都したくてさあ!」

「あ、それで、方言を出さないように喋ってるんですか?」

「そうそう!分かるぅ?って言うかどう?上手に喋れてるかなぁ?」

「違和感無いですよ?イントネーションがこの地方っぽいけど、それもなんか、チャームポイントって言いますか……」

「ちょっとぉ!口説いてんのぉ!?お兄さん上手ぅ!」

「ち、違います!そういうつもりは無くて、真面目に答えてます!」

「あはははは!キミィ、すーぐ赤くなっちゃってカぁワイイー!」


 進です。

 女の子に出会って5分で、ペースを握られました。

 

 ………


 カンナから何の攻撃も無い。

 これは本格的にダンマリする事に決めたな?


「あ、ごめんごめん。私、若美重わかみえ閆里えんり。エンリでいいよ?キミは?」

「えっと、日魅在進っていいま」「ええっ!?」


 座敷に割座していた彼女、エンリさんは身を乗り出し、正座する俺の顔をペタペタとまさぐり始めた。


「ハマッ!?まま待った!何やって…!?」

「え?本物?なんでカミザススムがこんなド田舎に…?」

「ド田舎って……、住んでる町をそんな風に……」

「ド田舎にド田舎って言って何が……じゃなくて!え?あのディーパーのカミザススム?」

「そ、そうです。TooTuberやらせて貰ってます」

「あの、女の子の尻に敷かれてる?」

「ん?」

「収益化通らない事で有名な?」

「そうだけど、待って?」

「ランクがマイナスから永遠に上がらないバグの被害者?」

「どんな憶え方!?」


 不名誉な部分のみ伝わってんだけど!?

 どういう事だ!?


「なあんて、ウソウソ、漏魔症初、中級ダンジョン単独攻略者のカミザススム君でしょ?」

「………まあ……そうですけど………」

「え?スネた?スネちゃった?かぁわぁいぃいー!」


 初対面の女性相手への連敗記録が、また一つ積まれたらしい。

 どうして俺はこういう人に弱いのか。


「あ、あのですね、あなたの話を総合すると、町に人が全然居ない、って事で合ってますか?」

「そうそう!そうなの!まだ隅から隅まで見たわけじゃないけど!私一人だけみたいでぇ!」

「どうしようか考えて、昼間に見知らぬ人間が、この家を訪問してたのを、思い出した、と」

「そそそ!ここらへん、バスだって中々来ないし、車で来たんじゃなきゃ、まだ居るかもって、藁にも縋る思いで……って言うか、敬語じゃなくていいよ?キミのプロフィール見た事あるけど、タメだし」

「……じゃ、じゃあそうしま…そうするよ」

「うん?意外と素直ぉ。もっと照れると思ってたのに」


 チッチッチ、俺だってやられっ放しのままじゃない。それこそ日進月歩の進化をしている。

 こういうのは抵抗しても、恥ずかしい思いを上塗るだけだと、ミヨちゃんに何度も覚え込まされたからな!

 どうだ!これ以上俺を辱める事は出来まい!

 これで!

 ………

 これでちょっとダメージが軽減しました。

 なのでもう攻撃しないでください。

 お願いします。


「そ、そう言えば」


 俺はそこで、確認しておくべき事があったと、思い出した。


「エンリさん、今までにダンジョンに近付いたり、潜行適性検査を受けたりした事は?」

「私?私は無いよ?この辺りはダンジョンが無くなって暫く経つから、潜行者志望の人はほとんど居ないね。駐在さんに心得があるくらい?」

「そっか……」


 彼女からは、黄色っぽい魔力の、流出を感じる。

 って事は、体内魔力経路が開いている。

 覚えが無いって事は、ついさっきそうなったと見るべきだ。

 そして、ダンジョンが生まれた瞬間から暫く、強い電磁波によって、通信が出来なくなる、という事実。

 今時ダンジョン内でも通じるスマートフォンが、圏外となっている現在。

 

 以上の要素から、「新ダンジョン発生」、その仮説が最有力になった。


「………なんで、こんな事に、なっちゃったんだろう…?」

「それは……」


 落ち着いてから、一転、彼女の表情に影が射す。


「夜、寝る前までは、普通だったのに。お父さんとおじいちゃんは田んぼを見てて、お母さんは洗濯物干して、美味しいご飯を作って、学校から帰って来る私を待っててくれてさ……。みんな、どこ行っちゃったんだろ……?」


 ハイテンションなのも、そうでもしないと泣き崩れてしまいそうな、不安から来る防衛機制、みたいなものかもしれない。

 少しでも冷静になると、行き止まりの現実が、重さを取り戻してしまう。


「私達、どうなっちゃうのかな……?」

 

 何が起こっているのか、その答えを用意出来ない。

 彼女の不安に対して、俺は無力なのだ。


——そうじゃないだろ。


 お前は何の為に、配信者であり続けると決意したんだ?

 嫌な事だらけな世の中でも、貫けるかもしれない綺麗事を、

 諦めない為だろう?


「分からない」


 だったら、


「でも、分からないって、俺にはいつも通りだから」


 お前は強がれ。


「いつも通り、ここから抜け出すよ」

 

 勇気と活力を与える、エンターテイナーなら。


「まずは、この町から出て、他の町を目指してみよう」


 この付近は危険だ。魔素濃度がそれを物語る。

 でもほとんど無人なら、それは俺にとって好都合。

 被災者となり得る人が居ない、という事だから。


「やれる事はある。俺はディーパーだ。あなたの事も、守る」


 だから、


「俺を信じて、付いて来てくれるかな?」

 

 少しだけ相手に寄って、右手を差し出す。

 彼女は、脇に置かれた、俺が淹れた緑茶が入った湯呑を掴み、中身を一気に飲み干すと、


「うん、お願い。一緒にがんばろ!」


 パシンと、叩くように握手を交わす。

 一寸先も見えない闇の中、

 それでも少女の、明るく強い笑顔は、

 確かに俺の目に焼き付いた。


 気張れ、日魅在進。

 お前が彼女を守って、この現象を解き、おじいちゃんもおばあちゃんも、町の人達も全員救え。


 そのくらいの覚悟を持って、これから戦わなきゃいけない。


「じゃあまずは、確認したい事が——」

 

——これは!?


 家の外、軒先。

 濃厚な空気の層が、そこに集束し、ドロドロと流れ出るような。


「?……どうしたの?」

「しっ!……静かに………」



 この感じ、

 ダンジョン内では何度も経験した。

 

 モンスターだ。

 

 外に、モンスターが居る……!

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