187.こんな夜更けにどうされました?ってか何が何ですか?
魔力は、持っている。
まだ断言出来ないけど、たぶん、人間だと思う。
付近の魔素の感じと、何かが違う気がするから。
重度漏魔症に罹って、異形化した人間なら?その場合は、どういう感じの魔力になるかは、経験してないから分からない。でも、その状態では知性を失ってるらしいから、ドアを破壊して入って来るだろ?
じゃ、人だ。
そう思う。
しかし、何故、今?
外は、騒ぎになってるんじゃないのか?ここに寄り道してる暇が?迎えに来たら、もっと焦って戸を叩いたり呼び掛けたりするんじゃ?
いや、でも、サイレンも何も聞こえない。
ダンジョン発生が探知されてない?国が警報を出せてない?
そうだとして、じゃあこの人が何をしに来たか、その疑問が戻って来るだけだ。
「いや、仕方ない、仕方ないだろ」
何度目か、間隔が段々と短くなってきた呼び鈴を聞いて、俺は一度考えるのを中止して、勝手口から外に出た。どれだけ尤もらしい論よりも、見た方が速く、正確な情報を得られる。
ぐるりと回って、正面玄関の前を、こっそり覗く。
あれは……昼間、この辺りで見た、女の子だ。
白いTシャツに、短パンというカジュアルな服装。肌の色素も薄く、肩に届くか届かないかくらいの長さの、二又の三つ編みを小さく垂らした、幼げに見える黄金色の髪。
不安げにキョロキョロと周りを見回し、今度は2回呼び出しボタンを押下した。
「モンスターらしき気配は、無い、な……?」
俺は意を決する。
家の中に戻り、鍵を外して、そっと開ける。
当然、さっき見た通りの人が、立っていた。
しかし、その表情は俺を見るなり明るくなって、
「人だ!良かったぁ…!」
「どちらさm……ちょおっ!?」
こっちの胸にダイブしてきた。
「え?あの?」
「怖かったよぉ~……!」
犬が匂いを嗅ぐ時のように、ぐりぐりと押し付けられる鼻先や唇。その頭から、フローラルな香りが漂って来て、慌てて離れようにも、必死にしがみ付かれてはどうしようもない。流石に、強化腕力で引き剥がすわけにもいかないし。
突然舞い込んだ幸せな感触にうろたえていると、彼女は突然動きを止め、パッと身を引いて、モジモジとバツが悪そうに後ろ手で指を弄り、視線は斜め下へと落とす。
「ご、ごめん……」
「あ、いえ……」
さっきまでの緊張感は何処へやら。
くすぐったい空気に1分程包まれた。
「へぇー!お兄さん、丁都から来たんだぁ!」
「ま、まあ……」
「私も、いつか上都したくてさあ!」
「あ、それで、方言を出さないように喋ってるんですか?」
「そうそう!分かるぅ?って言うかどう?上手に喋れてるかなぁ?」
「違和感無いですよ?イントネーションがこの地方っぽいけど、それもなんか、チャームポイントって言いますか……」
「ちょっとぉ!口説いてんのぉ!?お兄さん上手ぅ!」
「ち、違います!そういうつもりは無くて、真面目に答えてます!」
「あはははは!キミィ、すーぐ赤くなっちゃってカぁワイイー!」
進です。
女の子に出会って5分で、ペースを握られました。
………
カンナから何の攻撃も無い。
これは本格的にダンマリする事に決めたな?
「あ、ごめんごめん。私、若美重閆里。エンリでいいよ?キミは?」
「えっと、日魅在進っていいま」「ええっ!?」
座敷に割座していた彼女、エンリさんは身を乗り出し、正座する俺の顔をペタペタとまさぐり始めた。
「ハマッ!?まま待った!何やって…!?」
「え?本物?なんでカミザススムがこんなド田舎に…?」
「ド田舎って……、住んでる町をそんな風に……」
「ド田舎にド田舎って言って何が……じゃなくて!え?あのディーパーのカミザススム?」
「そ、そうです。TooTuberやらせて貰ってます」
「あの、女の子の尻に敷かれてる?」
「ん?」
「収益化通らない事で有名な?」
「そうだけど、待って?」
「ランクがマイナスから永遠に上がらないバグの被害者?」
「どんな憶え方!?」
不名誉な部分のみ伝わってんだけど!?
どういう事だ!?
「なあんて、ウソウソ、漏魔症初、中級ダンジョン単独攻略者のカミザススム君でしょ?」
「………まあ……そうですけど………」
「え?スネた?スネちゃった?かぁわぁいぃいー!」
初対面の女性相手への連敗記録が、また一つ積まれたらしい。
どうして俺はこういう人に弱いのか。
「あ、あのですね、あなたの話を総合すると、町に人が全然居ない、って事で合ってますか?」
「そうそう!そうなの!まだ隅から隅まで見たわけじゃないけど!私一人だけみたいでぇ!」
「どうしようか考えて、昼間に見知らぬ人間が、この家を訪問してたのを、思い出した、と」
「そそそ!ここらへん、バスだって中々来ないし、車で来たんじゃなきゃ、まだ居るかもって、藁にも縋る思いで……って言うか、敬語じゃなくていいよ?キミのプロフィール見た事あるけど、タメだし」
「……じゃ、じゃあそうしま…そうするよ」
「うん?意外と素直ぉ。もっと照れると思ってたのに」
チッチッチ、俺だってやられっ放しのままじゃない。それこそ日進月歩の進化をしている。
こういうのは抵抗しても、恥ずかしい思いを上塗るだけだと、ミヨちゃんに何度も覚え込まされたからな!
どうだ!これ以上俺を辱める事は出来まい!
これで!
………
これでちょっとダメージが軽減しました。
なのでもう攻撃しないでください。
お願いします。
「そ、そう言えば」
俺はそこで、確認しておくべき事があったと、思い出した。
「エンリさん、今までにダンジョンに近付いたり、潜行適性検査を受けたりした事は?」
「私?私は無いよ?この辺りはダンジョンが無くなって暫く経つから、潜行者志望の人はほとんど居ないね。駐在さんに心得があるくらい?」
「そっか……」
彼女からは、黄色っぽい魔力の、流出を感じる。
って事は、体内魔力経路が開いている。
覚えが無いって事は、ついさっきそうなったと見るべきだ。
そして、ダンジョンが生まれた瞬間から暫く、強い電磁波によって、通信が出来なくなる、という事実。
今時ダンジョン内でも通じるスマートフォンが、圏外となっている現在。
以上の要素から、「新ダンジョン発生」、その仮説が最有力になった。
「………なんで、こんな事に、なっちゃったんだろう…?」
「それは……」
落ち着いてから、一転、彼女の表情に影が射す。
「夜、寝る前までは、普通だったのに。お父さんとおじいちゃんは田んぼを見てて、お母さんは洗濯物干して、美味しいご飯を作って、学校から帰って来る私を待っててくれてさ……。みんな、どこ行っちゃったんだろ……?」
ハイテンションなのも、そうでもしないと泣き崩れてしまいそうな、不安から来る防衛機制、みたいなものかもしれない。
少しでも冷静になると、行き止まりの現実が、重さを取り戻してしまう。
「私達、どうなっちゃうのかな……?」
何が起こっているのか、その答えを用意出来ない。
彼女の不安に対して、俺は無力なのだ。
——そうじゃないだろ。
お前は何の為に、配信者であり続けると決意したんだ?
嫌な事だらけな世の中でも、貫けるかもしれない綺麗事を、
諦めない為だろう?
「分からない」
だったら、
「でも、分からないって、俺にはいつも通りだから」
お前は強がれ。
「いつも通り、ここから抜け出すよ」
勇気と活力を与える、エンターテイナーなら。
「まずは、この町から出て、他の町を目指してみよう」
この付近は危険だ。魔素濃度がそれを物語る。
でもほとんど無人なら、それは俺にとって好都合。
被災者となり得る人が居ない、という事だから。
「やれる事はある。俺はディーパーだ。あなたの事も、守る」
だから、
「俺を信じて、付いて来てくれるかな?」
少しだけ相手に寄って、右手を差し出す。
彼女は、脇に置かれた、俺が淹れた緑茶が入った湯呑を掴み、中身を一気に飲み干すと、
「うん、お願い。一緒にがんばろ!」
パシンと、叩くように握手を交わす。
一寸先も見えない闇の中、
それでも少女の、明るく強い笑顔は、
確かに俺の目に焼き付いた。
気張れ、日魅在進。
お前が彼女を守って、この現象を解き、おじいちゃんもおばあちゃんも、町の人達も全員救え。
そのくらいの覚悟を持って、これから戦わなきゃいけない。
「じゃあまずは、確認したい事が——」
——これは!?
家の外、軒先。
濃厚な空気の層が、そこに集束し、ドロドロと流れ出るような。
「?……どうしたの?」
「しっ!……静かに………」
この感じ、
ダンジョン内では何度も経験した。
モンスターだ。
外に、モンスターが居る……!




